ライフライン

最近、定間隔で見かける「孤独死」のニュース。昨日見かけたのは、被災地の40代女性の孤独死の記事でした。まだ生前の頃にライフラインの1つであるガスが止められ、その後日に電気を止められかけた時に近隣の住民が気が付いたとか。

 

孤独死は、明日は我が身です。決して他人事ではないです。

 

結婚している? 夫婦同時に死ぬなんて、都合の良いことはあるまい。どちらかは孤独死になります。

 

子供がいる? 子供が独り立ちすれば、家にはいなくなるので、孤独死の可能性はたかまるでしょう。

 

独身? 親戚か兄弟姉妹がいれば、身を寄せられるでしょうが、そうでなければ孤独死です。

 

 

記事では、生活の困窮も、孤独死に拍車をかけたことが伺えます。

 

独り身、生活の困窮、加齢による体力の衰え。‥‥‥これってさ‥‥、アニメ制作に関わる人間は、背筋が寒くなる条件だよね。

 

 

実は私、20代半ばにめったくそにアニメーターで喰えなかった頃、電気・ガス・水道全てのライフラインが止まったことがあります。全然、稼げないので払えなかったのです。

 

原画を何十枚も描いて、動きを推敲して、さらに描きたして‥‥なんてやってたら、完全出来高のカット単価のフリーアニメーターなんてあっという間に喰えなくなるのは当たり前でした。‥‥が、周りには上手い人たちがゴロゴロいましたから、絵描きの心情として、描き飛ばすことができなかったのです。

 

ライフラインの停止。それはもうミジメです。アパートに帰ると、しーん‥‥と静まり返っているので、「電気が止められた」のがわかるのです。

 

水道まで止まると、もうアウトです。排泄物が流せなくなりますから。

 

‥‥しかし、水道はガスや電気と違って、こっそり開栓できるので、それで凌いだ時期もあります。どうやって開けるかは、ここで書くべきことではないので書きませんが。

 

まあとにかく、どん底だったのです。ろうそくの光で夜を過ごしたこともありますし、キャベツばかり1週間食べたこともありました。

 

親に相談すればよかっただろ? なんて思う人もいましょう。でも、相談して返ってくる言葉は、大体予想がつきますよね。「そんな酷い仕事は辞めろ。」でしょう。私はどうしても「アニメを作りたかった」ので、家には帰れませんでした。

 

そして、そんなどん底の中で「トドメを刺した」のが、隣に座っていた演出さんの突然死でした。その時のことは前にも書いたので繰り返しませんが、その演出さんは私よりも過酷で、「家と絶縁した上で、アニメの職についた」人でした。葬儀の時にはお母さん(お父さんは早い時期に他界し、女腕で子供たちを育て上げたと聞きました)は現れず、弟さんと妹さんたちが葬儀を執り行いました。母にとっては家を継がずにアニメなんぞにうつつを抜かした息子でも、弟や妹たちには善きお兄さんだったらしく、弟・妹さんたちの流した涙が今でも忘れられません。

 

一生懸命頑張れば頑張るほど泥沼にハマって、ど貧乏になりライフラインまで止められて、志を共にして作品を一緒に作っていた人は非業の最期で生命が絶たれ、世間的にまともな仕事とは認知されていない状況で親とは断絶状態で‥‥って、一体、アニメを作るって、何なんだろう‥‥と、何もが暗闇に感じられた頃が、まさに私の暗黒の20代でした。

 

その同じ頃、アニメ制作会社の入ったビルの1階にコンビニがあったのですが、そのコンビニに夜に買い出しに行くと、店員にあからさまな嫌がらせをされたことがあります。私だけでなく、スタッフの人たちに、おしなべて。‥‥当時は、アニメをやっているだけで「気持ち悪いオタク」扱いされるような気風が高まっていて(幼女殺人事件のあった頃です)、そんなことでも、「アニメって報われないな‥‥」と思ったものです。

 

何よりも稼げないのは、厳しすぎました。人間、お金が稼げないと性格も変わるのです。地元の親友に久々に会った時に「おまえ、顔が怖くなってるぞ」と言われたのを、今でも覚えています。

 

私は駆け出しの新人の頃のほうが稼げてたのです。経験が浅く、迂闊に作画作業を進められたので、数が上がったわけです。しかし、色々な見識を深めると、自分の描いている原画の「質」を問うようになり、どんどん稼げなくなっていきました。

 

 

アニメを作るのが憧れだった? ‥‥夢や憧れだけで生きていけたら世話ねーです。現実は現実。過酷です。

 

しかし、最後に私を踏みとどまらせ、暗い穴のどん底から這い上がる一点の光となったのも、実は子供時代からの憧れや夢だったのは正直なところです。まあ、こういうふうに書くとすごく甘っちょろい美談みたいになって嫌なんですけどね。

 

言い方はどうであれ、どんなに真っ暗闇の穴の中でも、出口の光さえ微かにでも見えれば、その光に向かって歩いていけるのは、事実です。

 

逆に、どんなに明るくても、周囲が濃い霧で遮られていれば、コンパスでもないかぎり、惑うばかりです‥‥って、それが現在の業界かもネ。

 

 

今思うと、あの20代のフリーアニメーター時代のどん底は、足場を定める苦しい時期だったと思います。一方で、自分の足場の底がどこにあるのか、体が丈夫な20代で経験できて、実は幸運だったのだとも思えます。まあ、今だからそんな風に言えるんですがね。

 

また、自分の体に「命綱」を巻きつける術も、20代の頃に泥沼で泥だらけになりながら、カラダで覚えたように思います。あんな過酷な状況・試練が40代に降りかかったらダメだったかも‥‥とは本当に思います。

 

20代、30代と安全牌を渡りついで、適度な挫折程度で済ました人間は、40代50代以降にそれまでの経験値を遥かに超えた対応しきれない事にさえ直面するように思います。若い頃にテキトーにゆるやかでテキトーに辛い程度で済ませたツケが、40代以降に降りかかる‥‥のかも知れません。40代になってはじめて、「自分は何のために生きているんだろう」「自分の人生は何なんだろう」「自分はどうやって生きていけば良いんだろう」なんて、悩み始めるのが遅すぎます。

 

 

ライフラインが止まる‥‥か。

 

まあ、そそっかしくて払い忘れて止まるのは、別にいいんですよ。

 

貧窮が理由ではないですからね。

 

 

貧窮が理由で、ライフラインが止まるのは‥‥‥、味わった人間じゃないと解らないかも‥‥知れませんね。

 

まあ、そんなライフラインが止まるような時期も経て、「デジタルアニメーション」の2000年前後も経て、やがて業界は過酷な消耗期へと転落して、世の中の映像技術が大きく様変わりする激動の2020年代を間近に控えて‥‥と、人生なんて安定する時期のほうが極めて少ないように思います。こと、映像制作に関わっているのであれば、です。

 

 

でもね、私は生まれ変わっても、アニメをまた作りたいです。

 

それほど、アニメ作りは面白いし、アニメでまだまだ表現しきれないことは膨大に残されています。

 

人間の寿命が、せめて200年あれば良いのにな‥‥と思います。できれば、300年は欲しい。

 

 

旧来アニメ制作現場の作り方で満足なんか、到底できないです。できることが少なすぎるから。

 

 



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