子孫たち

未来の技術展開を思う時、自分たちは「大戦争に負けた国の子孫」なのか、「ボロボロの焼け野原から奇跡の大復興を遂げた国の子孫」なのかをよく考えます。

 

つまり、日本で生きる人間は、「自分らの過去の実績に慢心して新たなる大きなプロジェクトで失敗して全てを失う」可能性も、「僅かなチャンスをきっかけにして技術を地道に積み上げて大いなる成功を得る」可能性の両方を持ち合わせているわけです。日本の国民性は両極端な性質を内包しているのです。

 

開戦半年で劣勢へと転じた太平洋戦争の負け戦の子孫でもあるし、悲惨な敗戦から僅か十数年で復興し高度経済成長を成し遂げた子孫でもあります。まあ、どう考えても、前者にはなりたくないですよね。

*Wikipediaの記事を読んで驚くのは、戦中の軍需増産の時期も高度経済成長レベルの成長率があったことです。まあそりゃそうか‥‥とも思いますが、そんなのも何だか現代にトレースしてそうで嫌ですね。好景気=勝つ‥‥という図式には必ずしもハマらないことを、歴史は教えてくれます。

*歴史を紐解くと、近年のアニメ業界の制作本数の多さは、結局は崩壊へと突き進む好景気だった‥‥のかも知れませんね。

 

 

しかし、不思議なことに、同じことは何度も繰り返されます。「インパール作戦を地で踏襲するような作品制作」をアニメ業界で見聞きします。

 

要するに、良いことも受け継ぐ一方で、悪いことも受け継ぐんでしょうね。

 

そして、過去の日本人と同じ轍を踏んでいることを、当事者は全く無自覚だったりします。

 

‥‥これがいけないんだと思います。歴史から学べない、経験を活かせない‥‥ということが。

 

でもまあ、「その場の雰囲気で気取る」国民性も、何百年と踏襲しているんでしょうね。ゆえに、戦中の御前会議のような有様=マズいと解っててもその場の空気を優先して合理的な判断ができない人々と化す‥‥のでしょう。

 

 

どんなに大人数で寄り合っても、失敗する時は失敗するし、どんなに少数でも、新たなムーブメントを興すことは可能です。日本の歴史の数々が証明しています。

 

日本の気風を受け継ぐ人間たちは、「大負けする底力(普通、そういうのは底力とは言いませんが)」も、「大勝ちする底力」も、両方持っています。

 

 

大転換期において、日本のどちら側の子孫になり得るか。

 

私は、大戦争に負けた子孫の側にはなりたくない‥‥と思うのからこそ、今、そして未来に、何をすべきをいちいち愚直に考えるのです。

 

 


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