爆弾を抱えたゼロ戦

多重組み、多重合成の話を聞いていると、ほとほと、現在のアニメ業界の標準技術の限界を感じます。何よりも当事者たちが、本質よりも「言葉遊び」「言葉の揚げ足取り」に終始し始めている状況もツイッターから感じ、「ああ、だから日本て、改革することに弱いんだな」と思う次第です。

 

まあ、そもそも「多重組み」「複数組み」「複合組み」なんて、誰かが最初に「表現するのに困ってなんとなく言い始めた」言葉で、用語の規定も対処方法・取り扱い方法の標準化も全く為されていないですよね。

 

正しい用語が規定されていないのに、的確な言葉で技術を呼びあらわすことはできません。

 

取り扱い方法が標準化されていないのに、適切な対処方法もフローも実践できるはずもありません。

 

よって、問題が発生した時に、どうすればその問題を根本から抑制できるのか、旧体制の中の誰も示すことができません。

 

 

現在着々と技術の構築段階を進めている新技術において、セル素材の多重「組み」は存在しません。技術的に不可能です。ゆえに、多重組み・多重合成のことなど、ツイッターで見かけるまで、忘れていました。そう言えば、そんなことがちょっと昔にあったな‥‥と。

 

なぜ、新技術では多重組みができないか‥‥というと、答えは簡単、すべて「階調トレス」で線画が描かれるからです。二値化でぴったりパズルのようにハマる組みが、階調トレスではアンチエイリアスや中間トーンがあるがゆえに物理的に不可能なのです。

*ゆえに、新しい技術においては、スムージングフィルタは存在しません。

 

なので、アルファを使ったマスク合成とか、実際に透けさせるなど、色々な手法で「下の絵が上に透けて見える」映像を作り出します。

 

新しい技術は、60フレームの秒間分解能に対し、60枚の絵で動かす「60pフルモーション」のアニメーション技術です。ゆえに、「組み」など旧来の対処法で複数の絵を組み合わせると、非常に手間がかかります。まあそもそも、1秒60枚の絵を描いて塗る‥‥という行為すら非現実的です。

 

新しい技術は、新しい映像フォーマットを、十二分に活用できるように、技術設計段階から様々な要素を開発しています。それが新技術の最大の強みと言えます。

 

 

 

 

多重組みや拡大作画に悩まされつつも、一向にそのフィールドから抜け出そうとしない作業者の人々。アニメの原理を理解しようとせずに原作通りに描かせようとする妄信的な「制服組」(背広組‥‥と言うべきか)の人間たち。

 

日本人の大半は今でも、老いも若きも、男も女も、「ゼロ戦の国の人」なんだな‥‥と思います。

 

零式艦上戦闘機、通称「ゼロ戦」は、太平洋戦争開戦当時、「空の覇者」として君臨しました。日本人ならではの設計思想、日本人ならではの工業スタイル、そして日本人ならではの闘争本能。‥‥それら日本人の特徴を具現化したのがまさにゼロ戦です。

 

しかし、そのゼロ戦に「絶対的な自信」「揺るぎない信頼」を抱いてしまったが故に、刻々と変わる戦況と技術進化に対応できず、大戦末期は爆弾を抱えて敵に突っ込む「特攻御用達」の「自爆機」に成り果てました。

 

トップから末端の人間に至るまで、一貫した思想において‥‥です。

 

悲劇としか言いようがありません。

 

 

「ジャパニメーション」は確かに世界を席巻しました。

*ちなみに、「ジャパニメーション」という言葉は、ディズニーなどのアメリカン・フルアニメーションに比して、安普請ゆえの「蔑称」だと言うことは、以外に知られていないようで、偉いさんが「日本のアニメーション」の意味と誤解して公然と口にするあたりで、「本当はアニメなんてどうでも良いと思っているんだな」という「金脈大好き」の人々の真意が透けて見えます。本当に好きなら、興味を持って言葉の意味を調べるはず‥‥ですもんね。

 

しかし現在、その「ジャパニメーション」とやらを支えるために、現場の人間はどんな状況に置かれているのか。

 

まさに爆弾を抱えて「特攻」するかのごとくの労働状態です。

 

多重組みを頻発したり、手当たり次第に拡大作画したり、明らかに採算を度外視してセルの1枚1枚に細かい処理を入れたり‥‥ということが、まさに「特攻で体当たり攻撃するゼロ戦」の「現代の姿」だということに、多くの人は気づいていないんでしょうかね? 実は、もうわかっていますよね。‥‥ただ、戦時中と同じく、「原因を今さら話しても、どうにもならない」という「進め一億火の玉」状態なんでしょう。

 

では、その特攻は誰が立案して誰が指示しているのか? ‥‥まあ、それも、考えればすぐにわかりますよね。

 

 

でもさ、アニメ制作は徴兵制もなければ、国家存亡の大事でもないのです。

 

「いち抜け」しても国家反逆罪に問われることはないです。

 

とっとと、未来を生き抜く技術にシフトした、新しい現場と新しい技術体系を、自分たちの手で作り上げていけば良いのです。

 

なのに、状況に耐えるだけ、不平を口にするだけで、新たな道を模索しようとしないのは、なぜなのか、私は不思議で仕方ないのです。

 

 

戦後70年以上経っても、日本人の本質は変わらないのかも知れません。

 

アニメ業界が、まさに、戦中と同じ轍をガシガシ踏みまくっています。

 

 

今までの方法に、もう未来がないことは、多くの人は、薄々気づいているでしょう。

 

なのに、「最後」まで付き合って、「負けた」後は、「こんなことになったのは、誰が悪いんだ」と内輪で戦犯探しをして、「状況に付き従って加担してきたけれど、それはやむなくであり、根本的には自分たちは悪くない」とでも言うのでしょうか。‥‥いや、十分悪いですよ。まずいとわかっていて加担し続け、何も行動を起こさなかったのですから。

 

 

今すぐ、100%、新しい技術にシフトできなくても、草の根で、水面下で、徐々に進めることはできるはずです。結局、何かの理由をこじつけて「私にはできない」と言い訳しているのです。私も過去にやさぐれた頃がありましたし、今でもくじけそうになるので、「できない言い訳」は肌身で解っています。

 

でも、本当に、生活時間の数%も新しい取り組みに割けないんでしょうかね。ゲームや酒で散らす時間はあるのに?

 

 

どんなに頑張っても、命がけで苦しみ抜いても、負ける時は負ける‥‥ということを、70年前の大戦争から学べることこそ、現代に生きる人間の特権のはず‥‥です。

 

なのに、なぜ? ‥‥です。

 

昔の人間たちはバカだった‥‥とでも?

 

 

年に1度、大懇親会を開いて、「悪い中での良かった探し」をして、不安を紛らわして何になりましょう。どんなに数を集めても、ダメな時はダメっすよ。

 

信頼できるのは、自分、そして同じ意志を持つ数少ない仲間だけです。

 

ちょっと不利になれば蜘蛛の子を散らすように去っていく人間たちよりも、頼りになるのは誰なのか。‥‥それを考えて、業界なんかあてにしないで、自分たちで未来を切り開いていくのが、一番「プラグマティックな選択」だと思います。

 

 

「爆弾を抱えて自爆する自己犠牲」に酔いしれたいのなら、止めはしませんが‥‥、まあ、自爆に巻き込まれるのは嫌ですね。

 

私は仲間たちと未来を歩いていきたいので、自爆するわけにも、巻き込まれて大怪我するわけにもいかないのです。

 

 

 



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