Procreateと自分の未来と

iPad ProをiOS 11にアップデートしたら、同時にProcreateもアップデート。インターフェイスの刷新を始め、様々な機能が追加されたようです。

 

特に目を引くのは、P3ワイドカラーのキャンバス設定で、カラーピッカーからして寒色系のピンクからシアンまで、目に刺さるほどに鮮やかです。ただし、P3色域の今年のiPad Proでのみ設定可能です。

 

また、iOS 11との相乗効果で、ファイルの取り回しが非常に楽になりました。以前は色々と苦心したものですが、アクセスできる場所の制限がほぼなくなり、macOSのFinderのように使えるようになったのは、地味に嬉しい機能改善です。

 

様々な機能アップで、一段と絵を描くのが楽しくなったProcreateですが、私がまだiOS 11の機能追加も把握できていないので、実のところ、どこまでProcreateの機能が豊富になったのか、これから使いながら探っていく感じです。

 

Procreateを使うようになって、そろそろ2年近くになりますが、最初のうちは「原画作業の延長線上」に終始していたものの、やがて、「こんなに豊富な描き味があるのなら」と「アニメの線画とは異なる」方法も試すようになってきました。

 

そしてそれが、いつしか様々なアニメーションスタイルの可能性へと繋がっていき、現在は色々なアプローチのアニメ制作技法をテストしています。

 

様々なタッチで線を描くと、今までの作画技法だと「量産不可」に陥っていましたが、コンピュータをベースにした新しい技法はその辺の縛りがないので、思い立ったら即座に実践して、映像に仕上げることが可能です。何をするにも、いちいち腰の重い大規模な旧来ワークフローと違い、フットワークが軽く、アイデアをすぐに形にできる新しい作業スタイルに、iPad ProとProcreateはうってつけです。

 

Procreateをイジっていると、色々な技法による色々な商売のアイデアが次々と具現化でき、未来の光明も見えてきます。

 

思うに、若い人は、実践される保証のない現場の改善策をじっと待って時間を無為に消費するより、自分が動けばそのぶんだけ状況も動く、能力自己開発に時間と金を費やしたほうが、現実的ですし実利的だと思います。

 

紙と鉛筆、もしくは会社のペンタブとPCの前で、日々変わることのない日常を繰り返して、「今の現場って、いつ、良い状況に変わるんだろう」と待ち続けるよりも、例え一時的に親に金を借りようと、36回や48回のローンを組もうと、自分の可能性を具現化できる道具を揃えて、自分の秘められた能力を発掘することに時間を使ったほうが、よほど、未来の展望が見えます。

 

秘めた能力を秘めたままにしておいては、いつまでたってもその能力に対して、誰も対価を支払ってはくれません。

 

旧来の現場での作業と、自分の可能性を見出す自己プロジェクトの「両面作戦」は、そりゃあ、やることも増えて、キツくはなりましょうが、実はそのキツい両面作戦を可能にするのは、20〜30代の若さゆえのバイタリティ・持久力でもあるのです。自己の潜在的な可能性を発展させることまで、周囲に頼ってはいけないのです。

 

自分の秘めたる可能性は、自分で具現化するのです。

 

 

そういった意味で、iPad Pro 12.9インチと、Procreateって、絵で自分の未来を切り開こうとする人にとって、最強のアーミーナイフみたいなものです。いや‥‥、ナイフどころかアサルトライフルと呼んでも言い過ぎではないかも。

 

自分の身を守り、自分に敵対する「苦しい現実」を討ち果たすための、いつでも携行できる最良の武器として‥‥です。

 

 

私の20代の頃に、これがあればなあ‥‥‥‥‥と、呪ってみたり。

 

でもまあ、何よりも今、目の前に、未来を切り開く道具が並んでいる事を、素直に喜ぶことにします。

 

自宅にiMac 5KとiPad Pro 12.9インチがあり、ProcreateAdobe CCがあれば、たとえ1人だって、色々な可能性が膨らんできます。ましてや複数の人間が手を組めば、可能性は掛け算式に増大できます。

 

Adobe CCの年間維持費は確かに高い。ProcreateやAdobe CCなど多様なソフトウェアを習得するにも相当な時間と労力は必要。‥‥ですが、それによって、「旧来アニメ作画の慣習に閉じ込められていた自分」を解放できて、新しいフィールドを切り開けるのなら、特に20代のパワフルな世代こそ、自分自身に賭けてみるべき‥‥と私は思いますし、時代こそ違えど、私もそうしてきました。

 

もし、アラウンド40や50の人間が、「後進の指導」をするのなら、それは若い人たちにとっての2030年代、2040年代に、若い人々がどのような技術と経験を有すれば良いか、積極的に未来像を思い描くことから始めるべきと考えます。技術的な面において、「自分たちもこうだったから、君らもそうしろ」というのは、フィルムが消え、紙も消えるかも知れない未来にのぞむ時、果たして善き「後進の指導」と言えるのか。2020年代以降を見据えた、指導要領の精査が必要ではないのか。

 

ベテランにとって、「自分らの技術指導は、未来をちゃんと志向できているか」が問われると思います。

 

一方で、現場の窮状を老いも若きも憂いて、若い人たちが得られたものは何でしょうか。「みんなも苦しいんだから」というある種の安心感‥‥でしょうか。何らか未来の自分へと「確実に繋がる」要素を、そうした共有意識や安心感から得られたことはあるのでしょうか。得られるのは僅かな鎮静効果と、計り知れない未来への不安ばかり‥‥ではないでしょうか。

 

業界の未来も大事でしょうが、それ以上に、若い人間は、若い時にしかできない、自分の未来の可能性を大事に育むべき‥‥だと思います。

 


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