美術展のベストワースト

前回、美術展より美術館のほうが、絵をゆっくりと自分の好きな見方で楽しめる‥‥と書きましたが、美術展でしか見れない絵画があるのも事実ではあります。

 

今まで見た美術展で、心に残る思い出はいくつもありますが、もちろん、良い思い出も悪い思い出もあります。

 

ワーストは、なんといっても、ダヴィンチの「受胎告知」でした。最々々々々々悪でしたな。見にいったことを後悔する美術展も珍しいですが、超絶忌まわしい記憶です。

 

怪しげな黒く広い部屋に、人々が蛇行して行列させられ、一番奥の「絵が展示してあるガラスケース」であろう地点に向かって足踏み行進させられる陰鬱なトラウマの情景の果てに、ようやく目の前にしたのは、はるか向こうのマティエールも見分けられない遠くに遠ざけられた絵画のあまりにも遠さ、遠、遠、遠、遠、遠、、、、。

 

「立ち止まらないでくださあ〜い」という係員の指示のもと、足踏み行進はゾロゾロと続き、やがて部屋の外に吐き出される‥‥という、まさに悪夢。そこで見たのは、「受胎告知」という表題の絵画ではなく悪夢。

 

ダヴィンチの受胎告知のマリアは、凛とした顔つきが魅力。別のバージョンでは「えええ、そんな‥‥(ポッ)」と顔を赤らめるような描写もある中、「あっそ。OK。」みたいな既にキモが座りきった貫禄を見せる、中々のキャラです。

 

 

*むしろ、目が坐っていると言っても、過言ではないマリア。そこに恥じらいの描写は微塵もない。

 

そんな凛々しいマリアが、まるで見世物小屋のメス猿みたいになってしまって‥‥。あんな状態のものを見るくらいなら、綺麗に印刷された図版のほうがましです。実物を見にいく意味が無い。

 

とはいえ、私の中で明確な基準も出来上がりました。「受胎告知の時のような美術展には、行ってはならない」‥‥と。

 

他は、なぜか人が大量に押し寄せていた「ムンク展」とか、人気だからしょうがないとは言えやっぱり人が多くてまともに見れなかった「国芳展」などを思い出します。ムンクって、こんなに人を呼び寄せる力があったのか!‥‥と、ちょっと嬉しいような不思議なような。

 

 

ベストは古い美術展になりがちです。昔は音声ガイドなどなくて、絵画のど真ん中に妙に立ち尽くす人もいなかったから、余計良かったんだと思います。音声を聴くのに夢中になっちゃって、肝心の絵画はBGV、ボーっと絵画をあたりの虚空を見つめ続ける‥‥なんてことはなかったから、人の流れも相応に円滑でした。

 

ベストは2つあって、1つは前回も書いた、1985年の鎌倉のモロー展です。渋谷で10年前くらいにやったヤツではなく。

 

渋谷のモロー展も絵の点数は多くて見応えがありましたけど、いかんせん、場所が狭すぎでした。渋谷の弱点ですネ。催事場を改築しました‥‥的な貧相な空間なのが、絵画の魅力の足を引っ張ってます。美術展は本式の美術館でやるのがふさわしいと思います。暗い部屋に映写機とスクリーンを持ち込んでパイプイスを並べても、映画館にはならないのと同じです。

 

鎌倉のモロー展はホントに良かったです。緑の中を歩いて抜けると美術館があって、天井も高く吹き抜けているような大きな空間で、ゆっくり自分のペースで、19世紀末のシンボリズムの画家たちの作品を心置きなく鑑賞できたのは、最良の思い出です。

 

 

時折、観光ツアー客がぞろぞろと押し寄せますが、少し待てば通り過ぎていくので、気にもならないです。むしろ、ソファに坐って足を休めるきっかけになるくらいです。

 

思うに、私は美術館や美術展に、俗世と切り離されて隔絶された空間と時間を期待しているのでしょう。だから渋谷のブンカムラは中途半端な気がするし、人混みだらけの美術館はもはや駅の通勤ラッシュみたいで俗世丸出し感に辟易するのだと思います。

 

モロー展は場所が鎌倉だったことも良かったんだと思います。人が集まる場所ではあるでしょうが、ガッチガチの都市のコンクリートジャングルではないですもんネ。

 

 

‥‥と書いた後で多少ブレますが、2つ目の良き思い出の美術展は、1980年代最後に池袋のセゾン美術館〜今はもうない〜でクリムト中心の「ウィーン世紀末展」です。4〜5回は見に行った思い出深い美術展です。

 

その頃は、18歳当時の高校卒業したての私が、大泉学園にアパートを借りてフリー原画マンの第一歩を踏み出した時期であり、池袋は実家とアパートの中間に位置しており、アクセスが容易でした。ゆえに、ちょっと気がむいたら、「もう1回見とこうかな」と気軽に何度もクリムトを見に行けたのです。う〜ん、お金ではなく状況が、今思えばとても贅沢ですネ。

 

セゾン美術館は池袋という繁華街に位置していましたが、当時の美術展は今ほど「連日人混み」なんてことはなく、空間こそ狭いものの、ゆっくりと静かに、絵画との対話を堪能できました。

 

人が多い少ない‥‥は、興行者にとっては多い方が良いのでしょうが、見る側にとっては少ないほうが良いですからネ。渋谷のブンカムラの美術展は、人が多すぎて嫌になってしまうのです。

 

セゾン美術館の「ウィーン世紀末展」は、クリムトの代表作をいくつも生で見れたし、シーレも見れたし、オットーヴァーグナーも見れたし、いわゆる「ユーゲントシュティール」の作品をゆったりのんびりまったりと鑑賞できましたが、思えば、あんなに大量に「ユーゲントシュティール」期の作品をまとめてみれたのは、それが最初で最期です。今のところ。

 

クリムトの素描や下絵も良かったですヨ。生の鉛筆の線をまじかにみると、描いている様子が、リバースエンジニアリング的に呼び戻されるのです。

 

 

 

とまあ、悪い美術展と良い美術展を思い出してみました。

 

ほんとはね‥‥、最近やった「ミュシャ展」も見に行きたかったんですけど、猛烈に混んでいるらしいことを聞いて、加えて仕事も修羅場だったこともあり、早々に諦めました。「スラブ叙事詩」は10代の頃から書籍で見てて、いわゆる「ミュシャ絵じゃないミュシャ」に惹かれていたので、「スラブ叙事詩」がくると聞いて色めき立ったのですが‥‥、受胎告知の件がトラウマでなあ‥‥。

 

もしどうしても見たくなったら、お金を工面して、現地まで行って見ることにします。日本国内の鳴り物入りの美術展なんて、どれもダメ(内容ではなく状況が)でしょうから、「美術展ではなく美術館に」赴いて見るしかない‥‥と覚悟しています。

 

それに日本国内の作家と美術館も良いですよ。プチ旅行、日帰り旅行がてら、国内の美術館を巡っても、有意義で豊かだと思います。

 

 



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