フランケンシュタイン、ブラウンサウンド

私の洋楽のルーツは、ディープパープル、レッドツェッペリン、ヴァンヘイレンと、とてもわかりやすいメジャーなバンドによるサウンドで、小学生高学年の頃に聴き始めました。

 

小学生でロック‥‥なんて、なんだかマセたガキのようにも思いますが、兄がロックを家に持ち込んだ影響で、自分の意思で聴き始めたわけではないので、マセてたわけでもないのです。ヴァンヘイレンとかを聴き始めるほんの1〜2年前には「およげたいやきくん」を聴いてたくらいなので。

 

で、やはり、兄が家に「エレキ」を持ち込んだので、私も見よう見まねで弾き始めました。グレコのレスポールコピーモデルで、ピックアップが3つついてる、今にして思えば特殊なレスポールでした。最初に弾けた曲は「スペーストラッキン」のリフでした。

 

中学に上がって、お小遣いで初めてロックのシングル盤を買ったのは、「必殺のハードラブ」です。言うに事欠いてなんてことを‥‥と凄く恥ずかしい邦題ですが、原題は「Somebody Get Me A Docter」で、ヴァンヘイレンの2枚目のLPに収録されていた曲のシングルカットです。バンドの来日記念だったような記憶もあります。

(2枚目の邦題が「伝説の爆撃機」なのも、今となっては、かなりハズかしいです。原題は「VAN HALEN II」で、「伝説」も「爆撃機」も全く見当たらない、日本の担当者の相当な「暴走」ですネ。まあ、それも時代の味です。)

 

私はやがて、リッチーブラックモアやジミーペイジよりも、エディヴァンヘイレンに傾倒していきました。底抜けに明るい雰囲気、ギターを我流でイジって改造する痛快さ、結果良ければどんな弾きかたでも導入する天性の感覚派‥‥と、怖い顔して魔法や伝説がどーのこーのと歌うブリティッシュロックよりも、理屈抜きの「今あるものであるがままに」鳴るニューエイジアメリカンロックに強く惹かれたのです。

 

最近、ふと、「そう言えば、自分の少年時代に好きだったサウンドとは、やたらと小細工して音を作り出すサウンドではなく、リアピックアップのみでワンボリュームのストレートなサウンドだったな」と思い出しました。Webで楽器屋さんのギターコーナーを何となく眺めていて、「最近、ワンボリュームでリアPUオンリーのギターって、全く見かけなくなったな」と思ったのがきっかけでした。

 

「フランケンシュタイン」と呼ばれる、エドワード・ヴァン・ヘイレン(以後、エディと略)が初期から使い続けたギターがあります。これです。

 

(レプリカが流行ってますが、フランケンもレプリカがフェンダーマスタービルドから発売されているようです。ほぼ300万円ですけど。)

 

んー、スゴい。ボロボロですネ。

 

経年変化を差し引いても、相当ラフな改造です。ピックガードを「要るところだけブッた斬って」使ってたり、リアのハムバッカー取り付けの都合でボディーのくりぬき穴の形がイビツだったり、見た目なんてどうでも良い‥‥と思いきや、ボディの塗装には3色使ってたり‥‥と、エディならではのバランス感覚としか言いようがないですネ。

 

フランケンシュタインの最大の特徴は、「エディにとって、必要なものだけがそこにある」点です。要らないものは付いていません。「もしかしたら、これもつけとけば、後々で得するかも」なんてみみっちいパーツなんて、まるでなし。「今、欲しいサウンド」に必要なパーツだけで構成されています。むしろ、要らないパーツはぶった斬ってでも廃棄してしまうほどです。

 

その潔さにも、少年時代の私は強く惹かれていたんだと思います。「サウンドがかっこよければいい」「上手ければいい」「前置きなんていらない」‥‥といった、ある種の「実力主義」を根底にしながら、決して技巧に走り過ぎて小難しくしない開放的な明快さを併せ持っていたのです。

 

* * *

 

こうして書いてまとめると、「自分の価値観の原点」になっていることを自覚できます。少年時代に触れる様々なメディアは、当人に大きな影響を与え、中核を形成していく‥‥のですネ。歳をとるとしみじみと判ります。

 

今の私にとって、「サウンド」は「絵」です。そして、「エレキ」は「コンピュータ」なのだと思います。エディの「ブラウンサウンド」が「フランケンシュタイン」によって具現化されていたように、私の欲する「アニメ」を具現化するためにiPadやiMacがどうしても必要なのです。

 

そしてサウンド作りにMXRなどのエフェクターが欠かせないように、Adobe CCやProcreateなどのソフトウェアは欠かせません。

 

私がコンピュータに馴染めたのは、集積回路に比べて甚だプリミティブとは言え、エレキギターの電気回路に馴染んで、つまみやスイッチでサウンドを探し出そうと、10代の頃にイジりまくっていたから‥‥なのかもなと、ふと実感します。

 

*我が家初めてのエフェクター「マクソンのD&SII」。これも兄がエレキと一緒に家にもたらしました。よく歪んだ記憶(ディストーションのエフェクターです)がありますが、一方で平べったい音にもなった記憶もあります。‥‥ただ、昔はアンプがとにかく「弱かった」ので、それで音がイマイチだった可能性もあります。現代の機材の中に組み込めば、良い使い道があるかも知れません。今は、アンプモデリング、スピーカーや箱鳴りやマイクのエア感のシミュレーションなど、様々な音の底上げができますもんネ。

 

10代の前半に、自分の感情を、アコースティック楽器ではなく、電気楽器・電子楽器で表現していたのは、その後の自分の特徴になったと思います。MIDIで0から127の数値で、例えばベロシティ(強弱)を表現するのも、そんなに抵抗なく馴染めましたしネ。

 

しかし一方で、「機械さえあれば、大丈夫」だなんて全く思わず、「結局は当人の感性と技術が全てを決する」と考えるのは、やはりエディの「道具も機械もテクニックも全部必要」という明快なスタンスに大きな影響を受けているとも思います。どんなに高いアンプとエフェクターを取り揃えても、演奏が下手じゃ全然お話にならない‥‥ですもんネ。

 

* * *

 

道具を使う「思想」って人それぞれですけど、「三つ子の魂」みたいに、使い方のドクトリン的な根底部分って、人格や性質が形成されきっていない10代中頃までに無意識・無自覚に型が出来上がってしまうのかも知れませんネ。後天的には変えることのできない根元の部分が、10代中頃にほぼフィックスしてしまう‥‥のかも知れません。

 

まあ、私の場合、ヴァンヘイレンだけに熱中していたわけでなく、家にLPレコードがあったラテンミュージックやクラシック音楽、アニメソング、当時の歌謡曲、高中正義やラリーカールトンやジェフベックのようなフュージョンやクロスオーバーなどにも大きな影響を受けていますから、複雑な組成ではあります。高校の頃にバッハ生誕300年で、浴びるようにバッハの音楽がNHK FMから流れていたのも影響がデカいと思います。

 

私自身が、小難しく考えがちな一方で、スカーッと明快でシンプルで開放的な性質を求めるのは、おそらく、子供の頃に見聞きしていた音楽や映像や絵の「混ざり具合」ゆえ‥‥なのでしょう。

 

複雑なテンションノートを好む一方で、エディの爽快なドローンコード(1,5,8のアレ。パワーコードとも呼ぶみたいです)のブラウンサウンドも大好き‥‥という、真逆とも言える性質は、自分ながら奇妙で、時に持て余すこともあるのです。

 

* * *

 

10代に好んで聴いた音楽って、私の事情だけでなく、色々な人々の「感覚の拠り所」になっているように思います。

 

例えば、コンポジット作業で「空気感」「光」「風」「空間」「冷たさ、温かさ」を表現しようとする人って、多勢の人々とは異なる音楽体験をしてきたことが多いです。私の知るところ、映像ニュアンスの「感覚の表現」に鋭い人は、皆、何らかの音楽体験を通過していて、興味深いです。話を聞いてみれば、皆、音楽に深く関わった経験を持ちます。

 

周囲の話題に乗り遅れないように、流行っている音楽だけを聴いてた‥‥とか、社交目的でバンドを組んでた‥‥とかだと、映像に音楽体験が滲み出すような特性は表れないんですが、ピアノを幼少からスパルタでやってたとか、声楽を大学で専攻していたとか、近現代の合唱をやってた‥‥とかすると、ぶっちゃけ、「ニュアンスの話がすぐに疎通できる」ので解るのです。

 

音に対する探求心は、実は、絵に対する探求心と、根っこで強くネットワークしているのでしょう。

 

別にAfter Effectsなんて、後で覚えりゃ良いんです。私の目する新しい技術による制作現場において、コンポジター(ビジュアルエフェクトなど)に決定的に必要だと思うのは、「ニュアンスに対する鋭い感覚」です。

 

音楽の一節を聴いて、「なぜ、こんな響きのニュアンスになるんだろう?」と興味が湧いて、自分なりに探求したことがあるか否か。

 

例えば、1,3,5,maj7,9,11,13だったり、1,3,5,7th,9,13だったり、1,3,5,7th,9+だったり、トライアド(いわゆるドミソです)の一筋縄ではいかない響きの「ナゾ」を探ったことがあるか、もしくはそうしたハーモニーを自ら奏でたことがあるか‥‥によって、ニュアンスに対する先鋭度・敏感度が変わってくるのでしょう。

 

もちろん、音楽をやっていた人だけが、映像のニュアンスに敏感だというわけではないです。

 

ただ、私の知るところ、「ものすごく微細なニュアンスの話が通じるのは、一般の人より突っ込んだ音楽体験をしていた人であることが、とても多い」のです。憶測や理屈ではなく、経験上‥‥です。

 

ちなみに、今回のお題のエドワード・ヴァン・ヘイレンも、とてもニュアンスには細かい人だと思います。アホみたいにパワーコードだけかき鳴らしているわけじゃなく、とてもユニークなテンションのハーモニーをええ感じにチョイと繰り出してきます。かと言って、テンションノートで埋め尽くしていかにも技巧的になりきらないところが、魅力でもあります。エディは1980年代に、アランホールズワース(=独自の和音とスケールのセンスを持つ鬼才。最近亡くなってしまいました。)を援助してホールズワースのソロアルバムをリリースしたこともあるくらいですからネ。(実は、私がホールズワースを知ったのは、エディ経由です)

 

* * *

 

とりとめのない音楽周辺の話になってますが、最近、シンプル&ストレートなギターが欲しくなってきて、兄から「使うのなら、やるよ」と貰ったバスカーズ(エントリーモデルのストラトコピーの中古品。ハードオフで数千円で買ったらしい。)を改造しようかと思っています。

 

今でもワンボリュームタイプのピックガードは売ってるようですし、ダンカンはオールドタイプのピックアップを製造し続けてくれているので(「TB-59」を買おうと思っています。高出力は必須じゃないので。)、改造と言っても大した手間ではありません。ワンボリュームの電気配線は極めてシンプルですしネ。

 

 

 

絵も音楽も、「芸の肥やし」ですネ。

 

 


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