バッハはピアノで

私の高校時代にちょうど「バッハ生誕三百年」の年で、NHK FMから山ほどバッハの音楽を聴けたこともあり、なおかつ、私の当時熱中していたロック系のギタリストたちは結構な確率でバッハに傾倒してたりして、10代の頃からバッハの音楽に馴染んでおります。

 

ロックギタリストは半音下げチューニングをよくしていたのですが(有名なのはエドワード・ヴァン・ヘイレンですね)、バロック楽器のチェンバロもおそらく楽器の強度など機構上の制約もあってか半音から1音下げの調律(現在の440Hz基準からすれば)で、余計グッと馴染んだこともあります。なんか、バックトゥザフューチャーみたいな言い方ですが、音の響きが「ヘヴィ」なんですよネ。

 

なので、最近までバッハの鍵盤楽曲はチェンバロによる演奏ばかり主として聴いていましたし、自分で演奏する際もハープシコードの音源で鳴らしていました。(正式なピアノ教育を受けてはいないのですが、高校時代から難易度の低いバッハの曲は弾いていたので、それなりに弾けます。)

 

しかし最近、Apple Musicで豊富な楽曲数に触れられるようになって、ピアノ演奏のバッハ鍵盤楽曲も多く耳にするようになって、「むしろ、バッハの鍵盤楽曲って、ピアノで演奏することによって、楽曲そのものが際立つんじゃないか」と思えるようになりました。この歳にして、遅すぎる認識かも知れませんが‥‥。

 

私はラモーの音楽も好きなのですが、ラモーの鍵盤楽曲ってチェンバロの音色効果を期待している‥‥というか、チェンバロのために書かれたような楽曲が多いように感じます。「ひとつ目の巨人」とか「王太子妃」とかは特に、チェンバロの演奏性と音色特性を活かした楽曲です。「ジャラ〜〜ン」「シャンシャン」と鳴り響く音色で最高にかっこいい楽曲です。

 

しかし、バッハの鍵盤楽曲の場合、チェンバロでなくても、中世の家庭にあったショボいクラブサンとか、現代の平均律の鋼鉄製フレームのピアノとかで演奏しても、何か琴線を大きく揺さぶる要素が内包されていて、ぶっちゃけ、エレキギターで弾いてもかっこいい楽曲が多いのが特徴です。要は、「楽器を選ばない」といいますか。

 

最近、「ピアノのバッハ」を聴いて驚いたのが、大きな浄化作用・鎮静効果です。何の気なしに、Apple Musicの「最近追加した項目」を選択し、カーオーディオ経由でピアノ演奏によるバッハのパルティータを流していたのですが、ふと気づくと、今までにないリラックスした状態で運転できていました。都心の幹線道路とかは何かとギスギスしていて、運転していて無自覚にイライラしていることも多いのですが、たとえウィンカーなしに割り込まれようが、前の車がノロノロして信号に引っかかったりしても、一連の「流れ」として受け入れて、気が荒立つこともありませんでした。

 

やっぱり、音楽によって、人の感情なんて大きく変わるもんだね‥‥と、再認識しました。まあ、だからこそ、映像作品にはサウンドトラック、劇中に流れる音楽が活用されるんですけどネ。

 

1日に一回は、30分でもいいから、自分の好きな音楽の中から、ゆったりとくつろげる音楽を聴いて休息し、漠としたイメージが脳内にふんわり広がる時間を作るべきだと思います。

 

1カットあたり何分何時間で作業できるから、1日でどのくらいカット数が上がって‥‥みたいな計算をして、作業時間に追い立てられる「躁状態」が一日中途切れなく延々と続く‥‥なんて、いつか体調を大きく崩してしまいますよ。

 

ショパンやラフマニノフでもなく、古楽器のチェンバロでもなく、現代ピアノによるバッハ。ポリフォニーが重なり合って生まれる、その瞬間ごとの音の重なりが、透明な空間に水紋のように広がっていくピアノ音楽は、こわばった感情にまるで水が染みていくかのように和らげてくれます。

 

流行とか、どうでもいいわ。なぜ、自分のプライベートな時間まで、流行を意識して「これが今の流行りだ」なんて躁状態を演じなければならないのか。馬鹿げてます。自分の好きなように、好きなスタイルで、好きな音楽を聴けば良いだけですよネ。

 

バッハは300年前の音楽か。全然、OKですヨ。

 

 


関連する記事

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< January 2018 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM