しみじみと

最近、色々なスタンスの仕事を引き受けて、しみじみ、アニメのような映像作品作りは、バックヤードの状況が映像に表れるものだと感じました。丁寧に長期間かけて準備するテレビもありますし、劇場スペック並みのクオリティを目指すテレビもありますし、時間の極端に少ないテレビもあり‥‥と、金ー時間ー品質の関係性は、なんだかボルトとワットとアンペアみたいなもんだなと改めて認識しました。

 

かつてのバブル経済やリーマンショックがそうであったように、第三次アニメブームなんていわれる現在の状況も偽装構造によって成り立っていると言わざる得ません。中小規模の制作母体でもアニメが作れるようになったここ10年の傾向は、その反動として、急速に業界の基盤を劣化させ、制作システムを老朽化させるに十分だったのでしょう。内部のことが解らない門外漢の人々は浮かれてもしょうがないとしても、インサイダーである制作現場側の人間は、以前のアニメブームの時と比べて、現在の「第三次アニメブーム」がどのように異なるのかを、しっかりと認識しておく必要がありましょう。

 

特に深刻に感じるのは、作画技術の層が急激に痩せている現実です。‥‥なので、ちまたでは「人材の育成を早急に」との言葉が各所で聞かれるのでしょうが、現場に金がない時点で「技術継承」「人材育成」なんて無理なんだと悟ります。技術を継承し人材を育成するにも「金ー時間ー品質」の関係性はついてまわります。

 

時間がなければ、自分の作業をストップして新人に人体やらパースやら平面構成やらの技術をレクチャーすることはできません。私がこの1〜2ヶ月、テレビシリーズの作監を請け負って全く身動きがとれなくなった様子を同僚が見て、「技術の育成、現場の技術力といったところで、仮にこのフロアに作画の新人がやってきたとして、江面さんはその新人に教えてる時間なんて、今ある?」と言われて、しみじみ納得。‥‥たしかに、テレビに関わっている以上は、毛頭無い‥‥ですネ。

 

線がめちゃくちゃ多い昨今のキャラ、ビデオグラムありきの高い品質要求度、期間の短いスケジュール。つまりは、中堅、ベテランが忙殺されるということは、新人が育たないことと同義なのです。

 

そして、パースも美術解剖も平面構成も習得しないまま中堅になってしまったスタッフが第1原画で「形だけのレイアウト上がり」を乱発する‥‥なんていう絵に描いたようなマイナスなスパイラルが発生もします。第1原画だけ作業するので、自分の原画がどのように修正されたかも解らず、技術の自己同期・フィードバックがなされないまま、どんどん歳だけとっていく‥‥というさらなる悪循環まで生じます。

 

新人の時代に右左がわからないのは、決して悪いことではないです。むしろ、当然です。問題は、そうした右左もわからない人間にたいして、技術の継承・伝達がなされず、人材育成が実質上機能しなくなった現状です。

 

で、ぎゃふん、と言われるかも知れませんが、そうした現状はどうにもできないでしょう。なるようにしかなりません。過去から現在へと続くアニメ業界は、誰かモーゼのような高潔な指導者が導いたわけではなく、なんだかんだ言いながらも、なるがままになってきたのです。

 

強固な新人育成プログラムが各現場に明確に確立されていたわけではありません。そもそもフリーランスのアニメーターが会社に席をおいて作業する際に、いきなり新人を指導する立場になるわけもないです。フリーの集まるフロアになんとなく新人や若年を育てる「隣組」みたいな雰囲気があっただけです。会社に所属しているアニメーターが新人を指導することもありましたが、腕が立ってくると独立して、さらなる広範囲な技量を習得するためにも、色々な現場を渡り歩くようになっていきました。

 

そうしたなんとない「人が育つ気風」が、いつしか「人が育たない気風」に変化しただけで、誰かが意図的に操作したものではないのです。世代人口の経緯、アニメブームの浮き沈み、人との関わり方における社会的な気風の変化も、影響していることでしょう。

 

人材を育成‥‥といっても、いきなり他社や他人の自宅に踏み込んで、技術指導するわけにもいかんじゃないですか。「じゃあ、このままで良いと言うのか?」と焦る気持ちもわからないではないですが、育成のメカニズムや実践のコストを計画しもせずに、ヒステリックに焦燥感、危機感だけを募らせても、状況は何も変わっていきません。「キモチの問題」だけで済むような甘い話ではないのは、一定の経験を有していればわかります‥‥よネ。

 

「じゃあ、滅びるしかないじゃん」と思う人もいるでしょうが、滅びるのをアホみたいに指をくわえて待っている人間だけで業界が構成されているわけでもないです。要は、滅びるところは滅び、生き残るところは生き残り、新たに台頭するところは台頭してくる‥‥という野生的とも言える自然淘汰がまた今回も作用するだけです。

 

滅びたくないのなら、滅ばないようにアクションすれば良い‥‥です。当事者たるそれぞれの、人、グループ、会社が‥‥です。

 

最近、テレビの作監を手伝ってしみじみ思ったのは、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」‥‥です。安全地帯で制作現場の未来を語っていても、結局は机上の空論ですもんネ。アニメーション作品制作の未来像を得るためには、キリングフィールドに立ち入って、未来のビジョンを見極める必要があったと痛感します。50代に入る前に、非安全地帯=危険地域の現状を身を以て体感したのは、未来を切り開く上での大きな指針となりました。

 

 

第2次世界大戦でドイツが失った人口は800万人で、現在のドイツにおいてもその影響は続いているらしい‥‥と同僚が話していました。同じく、アニメ業界がこの10年で失った事の影響を、この先の10年20年で嫌という程、思い知ることになるのかも知れません。

 

しかし一方で、日本では第2次世界大戦=太平洋戦争の反動として、団塊、そして団塊ジュニアの世代を形成したのも事実です。滅び、終焉というのは、新たな誕生のサインでもあるのでしょう。

 

ある一定の人々は、現在の状況に対して即物的に反応しがちですが、そうした日和見的感覚に巻き込まれることなく、大局を見据えてこそ、未来に「自分の望む生き方」を実践できるというものです。

 

ずっとアニメを作って生きていきたい? 映像作品に関わって一生を全うしたい? ‥‥だったら、その願いが成就するように、未来をしかと見つめ、順次的・累積的にアクションするしか‥‥‥ないですよネ。

 

私は、未来を諦めるどころか、逆に現状が見えたことで見通しが立って、どのようにすべきかが、数ヶ月前の自分より、明確に意識できるようにもなりました。新しい技術分野をどのように活かすか、そして「戦いの原則」をどのようにこれから未来の制作現場に当てはめて実践していくか、むしろ以前より積極的なキモチです。

 

ドラッカーの言う「基本と原則に反するものは、例外なく破綻する」という言葉は、個人の中にも、組織の中にも、技術体系にも制作運用にも言えることなのでしょう。

 

落胆や悲観などに限りある時間を費やす暇などありません。やることはいっぱいあります。「戦いの原則」を過去の歴史から学びつつ、どのように新旧の技術と織りなしていくか‥‥ということでしょうネ。

 

 


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