増やし過ぎ問題

ここ10年間のアニメ制作の傾向として、様々な要素について「増やし過ぎ」な問題を抱えていると感じています。もちろん、増やすのには理由があるのですが、その理由のほとんどは「今、足りないから」という場当たり的な判断に基づくものが多いように思います。

 

私が知る、ここ10〜20年で増えた要素は‥‥

 

1話あたりの原画マン

1話あたりの作画監督

線撮などのオフライン素材

セクション(工程)の数

撮影のスタッフ数

 

‥‥あたりです。それぞれ異なる理由がありますが、増えた事実に変わりありません。

 

1話あたりで十数人の作監がクレジットされる作品もあるなど、もはや「作画の監督」ではなく作業内容や発注の仕様(作監=作画の監督料がなんと1カット単価!?!?!)から鑑みて「原画修正」と役職名を変えた方が良いような状況です。普通、現場の単一セクションに監督職の人間が十数人もいる状況なんて、他には考えられないですもんね。十数人の作監が各々「作画の監督責任」を負えるとは到底思えないですが、そうしたことも含め、「増やし過ぎ問題」はアニメ業界のそこかしこにあるのでしょう。

 

 

しかし、根本的な原因を思索すると、現場に課せられた作業量=処理内容のオーバーフローやキャパオーバーが蔓延しているゆえだと感じます。

 

キャラが複雑で描くのに時間がかかれば、人ひとりあたりのこなせる量は減りますし、技術内容が難しくなって旧来のセクションでは処理できない内容が発生すれば、他の処理能力をもったグループに作業を委託することにもなるでしょう。そもそも制作本数が増えれば、全体的にスタッフ数が足りなくもなるでしょうし、仕事を掛け持して首が回らなくなるスタッフも増えるでしょう。

 

そして何よりもマズいのは、やることが増えて、人数が増えて、業界全体、会社全体、グループ全体、そして各スタッフが「儲かり過ぎてウハウハ」なのでは決してなく、むしろ絵に描いたような「レッドオーシャン」状態へと突入して、徐々に単価が下がる傾向が表れている‥‥ということです。

 

もちろん、会社にブランドがあって、増えた中から条件の良い選択することで有利に制作を進めることができる場合もあるでしょうが、大半は「増やし過ぎたことで結果的に苦しんでいる」事例の方が多いんじゃないでしょうか。

 

アニメ業界の知人たちに聞く話は、「最近はとてもお金の面で楽になった」とか「良い仕事が増えて景気が良いねえ」ではなく、「仕事量は増えてるのに稼げなくて、どんどんキツくなる一方だ」なんていう話ばかりです。

 

 

それにもっと深刻なのは、増えた人間の未来です。

 

例えば、撮影工程で手が足りなくて、数年の短いスパンで増やしていって、あれよあれよという間に今は10人20人の大所帯だ‥‥となった時に、その大所帯を構成するスタッフは、未来、全員が撮影監督になるのでしょうか。明らかに人員の構成がおかしくなりますよネ。撮影監督になった後はどうするのでしょうか?

 

技術の層が厚くなければオーダーに応えることが中々難しいアニメ制作の性質を鑑みた場合、60,50,40,30,20代の人間が適度に分散して人員が配置されるのが理想だと思いますが、アニメの制作本数バブルの時に、むやみに人を増やして、特定の年齢層だけが過多になって、その反動で特定の年齢層以下の需要が極端に減る‥‥なんていうことも起こり得ます。

 

加えて現在は、以前よりも「キャラが描ければ良い」という風潮が強いので、年齢層だけでなく技術内容も、かなり偏った編成になる可能性はあります。今のキャラの流行りが下火になって、様々な絵柄に対応しなければならなくなった時に、まさか40代でパースや平面構成を習得するわけにもいきますまい。吸収の効率が落ちたアラウンド40〜50になって初めて基礎的な技術に目覚めるのでは、正直、遅すぎます。

 

業界バブルの時に増やした人材は過多だから減らして‥‥なんて、人を雇った後では、中々都合よくいかんでしょう。

 

何だかベビーブームのような話、バブルとロスジェネみたいな話ですネ。

 

 

さらに深刻なのは、増えて重くて身動きがとれなくなった現場は、技術開発にコストを回せず技術的進化が停滞するようになり、技術的な個性=アドバンテージやブランドを損失し、競争力を削がれていくことです。どんなに仕事が多くても、同じことを繰り替すばかりで、未来の進展や展望が全く見えない‥‥という、極めて辛辣な状態に陥ります。

 

実はこの構造は2008年くらいの頃には既に見えていた事です。ゆえに、危機感を感じた人々は、それぞれ、未来の危機に備えて、着々と準備してきたのです。やりかたは人それぞれですが、風船が膨らみ続けることがないのを悟って、様々に行動してきたのを、私はいくつも垣間見ています。

 

一方、「頑張り続ければ、いつかきっと、報われる日が来る」と根拠のない希望を胸に抱き続けてきた人は、今の状況をなんとするのでしょう。夢を打ち壊すような話ですが、「報われる要素や条件が存在したときに、報われる可能性が高まる」のであって、何でもかんでも一生懸命やってれば、無条件に救われたり報われたりするわけではないのです。

 

「でも、いつか挽回できる日がきっと来る」と思いたい‥‥かも知れませんが、それは過去の数百年の歴史から見て、難しいと言わざる得ません。

 

挽回する日などやってきません。「挽回」という考え方自体が負けています。挽回はなく、新しい技術や勢力が台頭して、塗り変わっていくだけです。もしあったとしても「リバイバル」「リメーク」「メモリアル」という位置付けです。青梅街道や甲州街道を走るのは自動車やバイクであって、馬車が青梅街道を走る日は、何かのイベントでもない限り、2度とこないでしょう。

 

「挽回」ではなく、人や技術の層をどんどん年輪のように「積み重ね」ていくことが重要です。自分の中に「鉄板の技術」を作るのは良い事でしょうが、「鉄板の技術」で停滞してこだわり続けては、生き抜いていけないのです。技術は追加し更新し続けねばなりません。時代性とともに歩む職業は特に‥‥です。

 

 

増やすことも時には必要となりましょう。しかし、「一時的な今」を支えるために、増やしすぎるのは、とても危険。

 

特に人間に至っては、新しい人材が、今を支える人材と合わせて「極めて有効に未来を形成」していくように、人材を採用する側にも高い能力が求められます。

 

人材や機材や場所を増やす時に、あらかじめ、どのようなロードマップを見据えているかが、とても重要です。

 

 

「そんなに、キワキワかなあ‥‥。ほかの職業って、そんなにシビアに人材を採用していないように思うんだけど。 結構、いきあたりばったりで、人手が足りないから増やしてるだけなんじゃん?」と言う人もおりましょう。しかし、アニメ制作という職種は、技術的にかなり特殊でシビア、しかも時代性の影響を運命付けられてもいます。都合の良い時だけ「アニメ制作は高い才能を要求される特殊な職業で」と言い、都合の悪い時は「他の一般的な職業と等しく」と引き合いに出すのは、あまりにも整合性を欠き、ゆえにアニメ業界の「貧困」の原因になっているとも思います。

 

 

アニメを作ってお金を稼ぐ‥‥って、そうとうシビアでキワキワでキツいことだと思います。なのに、足りないから増やす‥‥だなんて誰でも考えつくような運営方針で、肥大化の一途を辿っていたら、そのうちに抱えきれなくなって倒れるのは、‥‥‥必然ですよネ。

 

ここ10年で業界入りした人間は、未だ、「仕事が減る」という体験をしていないと思われますから、「仕事が今のようにずっと有り続ける」という想定でものごとを考えがち‥‥だとすれば、相当、危険です。仕事なんて、増えたり、減ったりです。そして「永遠の流行」というものも存在しません。必ず、今の流行りは衰退し(=過去のものとなり)、仕事の量にも大きな波があります。アニメ業界の難しいところは、世間の不況や好景気と時間軸が一致しないところで、世間が不景気だと騒いでいる時には仕事があるのに、世間の景気が上向いてきた時には業界全体の仕事の量が減るようなこともあります。私が「インサイダー」として知る業界の30年間だけで見ても‥‥です。

 

そんな中、こと、人材においては、足りないから増やす、余ったから減らす‥‥なんてことが簡単にできるわけじゃないですもんネ。

 

その昔、今は現場から消えたプロデューサーが「生活がかかっているスタッフは使いたくない」と言っていたことを思い出しますが、仕事に生活をかけていない人間なんて、どれだけいる? 普通、みな仕事で生活を維持しているでしょ? まるで無報酬の趣味のように仕事をする人間なんて、ほぼ皆無ですよね。

*そのプロデューサーの言わんとしたい意味はわからなくもないですが(些細な仕事1つ1つに生活の重荷をふっかけられるのが面倒だ)、それはそのプロデューサーが単価で仕事をする人々の痛みを全く考慮できていない証でもあります。「仕事に生活をかけてくる人間はいやだ」というのなら、まず、そのプロデューサー自身が体現してみせるべきでしょうね。生身の人間に作業を発注する際に、まるで自動販売機で缶コーヒーを買うがごとくの振る舞いゆえに、そのプロデューサーはやがて現場からフェードアウトしていきました。ドライな関係を求めるのは、いつも「使い捨て気分満々の人間側」だけです。作品制作は、どうしたって、ウェットでドロドロするものですから、そのドロドロをあえて引き受けてこそ‥‥です。

 

つまり、人材を引き入れる時は、その人間の生活の重さも引き入れるということです。むしろ、その重さを作業グループの技術発展に活用すべきなのです。飛行機のエンジンはとても重いですが、そのぶん、空を飛ぶパワーを発生させるのです。

 

 

実は私、人を増やしたくてウズウズしているのですが、それは決して今の人手が足りないからではなく、「誰も所有していない未開拓の土地に先制して進駐して領土化し、そこに新たな生存権を獲得する」ための兵士や開拓民が必要だからです。とてもキナ臭いのです。周囲の今までの状況や経緯を鑑み、然るべき人材を然るべきタイミングで、2020年代以降の新しい制作技術集団の層を形成していきたいと思っています。「作画何名、撮影何名」といったレッドオーシャン型の人材募集ではなく‥‥です。

 

 

「増やす」という行為に対して、どのような理念をもっているか。

 

それによって、人の幸不幸は長いスパンで左右されていくのだと思っております。

 

 


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