鉄輪の赴く先

iPhoneが登場した時、日本において、結構な地位の偉いさんやアナリストの方が、「iPhoneは日本では流行らない」と言ってしまった理由は、既に各所で分析されていますが、要は「何かの延長線上でしか見れなかった」から‥‥ですよネ。携帯電話の延長線上、パソコンの延長線上、そして人々の今までの使い方の延長線上‥‥と、何かしらの延長線上にiPhoneを当てはめようとしたのは、当人の思考の性質そのものだったのでしょうネ。

 

iPhoneが発売からしばらくのあいだ、売り上げが伸び悩んだ頃に、

 

「iPhoneは、一時的にはブームになるだろうと思っていた。だが、端末が一般の人に魅力的かは疑問。こういう流れは想定していた」

 

‥‥だそうな。

 

でもまあ、その次の流れは想定できなかったんですネ。今では驚くほど、会う人会う人がiPhoneを持っているような普及ぶりです。

 

言うなれば、今までの流れの中だけで、新しい何かを捉えることの難しさを、iPhoneの日本での大流行の一件は物語っているのでしょう。

 

 

なんか、同じ思考形態で、4Kをはじめとした未来の高品質映像フォーマットについて語っている人、特にアニメ業界で多くないでしょうかネ?

 

 

4Kを「解像度が上がった2K」と考える人は結構目や耳にします。驚くのは、すでに「デジタル作画」を取り扱っている人間でも、4Kを「解像度が上がっただけ」としか認識していない人がいることです。

 

延長線上から一歩外れて、「解像度が上がるということは、何を呼び寄せるのか」をちょっと考えてみただけでも、「流れにどのような変化が生じる」のかがイメージできる‥‥と思うんですよ。実際に「何ピクセルのキャンバスに、何ピクセルのペン先で」絵を描いている人ならば、特に‥‥です。

 

 

iPhoneの時と、同じ勘違いが、また「再演」されるのかな。

 

 

作画の延長線上で未来の映像フォーマットを理解しようとする。現在の身の回りの機材の知識だけで、未来の現場を思い描く。人々のアニメに対する印象の延長線上で未来のアニメを考える。つまり、既存の何かの「直線的な」延長線上でしか思考できない状態です。

 

何かと何かが衝突して生ずる新しいベクトルとエネルギー‥‥とか、多かれ少なかれ、考えてみたりしませんかネ?

 

直線的な延長線上の視界しか持てない人にとっては、例えば、ハチミツを水に溶かして瓶詰めして放っておいたら、やがてミードになった‥‥なんて魔術としか思えないのかも知れませんネ。

 

 

日頃、iPhoneを使っているのなら、なぜ、「日本におけるiPhoneの顛末」を、思考のイメージとして活かせないのかな? ‥‥特に、自分らの仕事の未来イメージにおいて。

 

‥‥私は、私なりのレベルゆえに考えが及びきらないまでも、あーでもない、こーでもないと、色々と角度を変えて考えて、自分らの技術開発の基軸に活かそうと心がけますけどネ。iPhoneが日本で「売れちゃった」のって、「思索の好材料」だと思うのですよ。

 

 

 

単一直線上に、物事が大人しく在り続けたことって、逆に「稀」ですよネ。

 

物事は、したたかに、動的に、クロスオーバーさせつつ、取り扱っていきたいもの‥‥ですネ。

 

 

私は今、昔ながらの作画スタイルの仕事をiPadで、新しい技術ベースの仕事もiPadで、別方面の新しい技術ベースの仕事はMacで、畑の違う映像の仕事もMacで‥‥と、「重い鉄輪」がゆっくりと動き出した感慨をしみじみと実感しています。「動き出し」はいつも、傍目からはまるで静止しているかのように、ゆっくりと動き出します。

 

その鉄輪が歩む軌道は、いくつも交差しながら、見知らぬ新しい土地へとつながっています。

 

 



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