なんやかんや言ってもな。

前回、前々回、技術的特徴を活かすだの、絵描きとしてのマーケティングを考えるだの、(私の思考の整理がてら)書きましたが、結局は、当人の意思決定次第ですわな。

 

生きるも死ぬも、当人の意思‥‥としかいいようがない。他人が「あんたはやるべきなんだよおおおおお」と肩を掴んでブンブン揺さぶっても、当人がその気にならなければ、どうにもならん。

 

人間の運命なんて、自分の思念に揺さぶられて、その時々の状況に揺さぶられて、木の葉のように風に翻弄されるものです。

 

ただ、自分では何も変えられないと思い込むのは、勘違いだし、早とちりなのは、事実。自分を「木の葉」だと自嘲的にやさぐれてるから、翻弄され続けるループから抜け出せないのも、事実。

 

一方、「自分には何でも可能性があるんだ。何でもできるんだ。」というのも、あからさまな躁状態であって、勘違いだし、早とちりです。「自分の能力の実情に応じて、可能性が開ける」だけのことです。

 

結局は、自分の能力を低くも高くも見積もらない、できる限りフラットでクールな評価を、自分自身に対して実施し続けるしかないです。

 

それができれば、対応策も色々見えてきますし、自分の能力の何を拡張すれば良いかもアイデアが浮かびます。‥‥まあ、自分をフラットにクールに客観視するのは、そこそこ難しいとは思うのですが、だからといって、自己評価を放棄してちゃ、その次の段階へとは進めないスもんね。

 

自分の表現能力を直に売り物にする職業は、メンタル的にキビしいものです。自分の能力に対するオブセッションがかなり強くなります。従量で労働力を切り売りするのとは、具合が異なります。

 

ですから、「なんでこんなにやってるのに自分は」なんて、従量制的な考えに自分の状況をすり替えないで、能力を活かすために色々知恵を絞って、頑張っていきましょう。お互いに‥‥ネ。

 

 


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