20年ぶりのMe262

年末の整理の途中で、ふと棚の一番上に置いてあるハセガワ1/72のMe262のプラモの箱を開けてみました。そしたらビックリ。

 

 

1995年くらいに買ったプラモを作りかけなのも忘れて、20年以上放置していたことになります。ゆえに、デカールはこんなことになっていました。見事にボロボロです。

 

 

 

同じ年月を経ても、こんなに劣化するデカールも少ないのに、ラッカー系塗料の揮発成分にでもヤラれたのでしょうか。

 

保管方法は、いかにも「一時的」なもので、すぐに続きを作ろうとして、そのまま忘れ去られたような状態です。

 

 

思えば、このくらいの頃(1995年前後)から、コンピュータをイジりだして、どんどん忙しくなってきたのでした。

 

当時はサーフェイサーを吹くなんて発想は、少なくとも自分はなかったのですが、意外にマメに、接合面などはパテやコンパウンドなどで処理してあって、デカール以外は特に劣化していないので、制作再開は容易にできそうです。

 

当時は単純にプラモを作るのみで、実質的な仕事への関わりは希薄でした。ゆえに、筆塗りでパイロットとかも塗装してたりします。この当時はルーペを介さず、肉眼でやってたんだよなあ‥‥。

 

 

今の私にとって、プラモデルは「趣味の置物」ではなく、「立体モデルとしての実用品」そのもので、塗装は一切しないのが原則となっています。

 

塗装は明るいグレー1色の状態で仕上げます。実機通りの迷彩塗装なんてしちゃったら、立体が把握し辛くて参考資料やモデルになりません。「迷彩」塗装で形が把握しやすかったら、それはもう「迷彩」ではないですもんネ。

 

‥‥というわけで、このMe262は空白の「1/72 Me262A サーフェイサーモデル」を埋める用途に変更です。ちなみに3DCGの「サーフェスモデル」と紛らわしいので、「サーフェイサーを吹いて墨入れと基本デカールだけで仕上げたプラモデル」を「サーフェイサーモデル」と呼ぶことにしています。

 

サーフェイサーモデルの制作は、とにかく短時間で仕上げて、そのまま映像制作などに使用するのを目的とします。モデラーの作り上げた「作品」である必要はなく、あくまで映像作品のイマジネーションや画面設計、レイアウトやアングルなどを、実物を手にとって使うための「実用品」です。ゆえに、できるだけ、丈夫に作るのも必要となります。ちょっと触っただけでパーツがもげるなんて、全くもってNGなのです。

 

間接的にも直接的にも、映画やテレビ出演歴のあるモデルも多いのですヨ。1年くらい前に、1/35のSdkfz222がチョイ役で作画の役に立ってくれましたしネ。

 

前にも書いたことですが、頭の中だけで、かっこいいメカのアングルなんて描ききれないんですよ。ネットで拾った資料写真ばかりに頼ると、どこかでみたようなアングルばかりに終始しがちです。

*ちなみにロボットなどの空想メカは別ジャンルです。実機が存在しないので、別ベクトルのパッションが活きてきます。

 

結果的に戦場写真など実写的なアングルに落ち着いたとしても、作り手側が旺盛にイメージできているか否かは、どうしても映像のパッションとして表れてしまいます。イメージが「ネットの借り物」では、表現の幅に早々に限界がきます。


実物でイメージが湧いてきたら、あとは絵で描くなり、3DCGの画角を決めるなり、いくらでも「拡張」可能です。

 

実感のないまま、3DCGソフトウェアのUIでいくらアングルを決めようとしても、元々のイメージがなければ、すごくウソッぽい雰囲気になるのです。Google SketchUpでかっこいいTiger IIやF-14のモデルを見つけてきて読み込んで使っても、「視野」の設定ひとつでつまずくのです。十数ミリ(=ライカ判換算)の広角レンズで収めてたら、メカなんて変形しすぎてカッコ悪くなるだけだもんネ。(まあ、ここぞと言うハッタリの時には、17ミリとかの超広角は効きますけどネ)

 

 

そういえば、最近必要に迫られて、スターウォーズのデススターとか、ヤマトメカコレクションとか、宇宙戦艦がらみをいくつか「必要に応じて」買って、同じくサーフェイサーモデルで仕上げました。とはいえ、宇宙ものって、イロイロと辛いですよネ。理詰めで理屈で縛られた映像が人を惹きつけるものになるか?‥‥はとても難しいし、だからと言ってあからさまに理屈抜きにすると「そもそも宇宙ものにチャレンジする意味がない」とも思いますしネ。

 

 

話をMe262に戻して。

 

Me262の1/72って、2016年冬の現在、とても入手しにくくなってるんですネ。アマゾンやヨドバシで検索して驚きました。なので、デカールの入手は諦めて、さっくりとサーフェイサーオンリーで仕上げます。それでも、墨入れしてクリアを吹くだけで、様になりますしネ。

 

 

ジェット機って、昔も今も、私の心情を象徴するような存在で、子供の頃から深い愛着があります。実は私は、それほどレシプロ機万世ではないのですヨ。

 

「熱い血の通ったピストンエンジンの鼓動」とかに固執することは、少年時代からそれほど強くはなかったのです。まあ、グリフォンエンジンとかワスプの3000馬力とかは、単純にスゴくて惹かれるものがありますけどネ。

 

ものの作り方も、ジェット機思想が出ているように(自分ながら)思えます。プロペラブレードの限界に達したのなら、プロペラなしの動力源で機体を再設計すればいいじゃん?‥‥的な。

 

でも、レシプロだろうが、ジェットだろうが、「人が操縦する」ことにはやはり固執するようです。自分ながら、その要素は譲れないようで、それは今現在のリアルにおいても、たとえコンピュータベースになっても、人が絵を描き続けるシステムを考えるあたりに反映されてます。

 

今のアニメ業界は、零戦に固執して敗北した過去の日本をトレースしているようで、いささかツラいものがあります。ジェットに乗り換える機運を逃し続けて、この先、どこに行き着こうとししているのか。

 

どんなに改良しても設計の限界に達している「零戦」ではなく、たとえ今は未熟な完成度でも「Me262」「F-86」「MIG-15」への転換を徐々に実践していかないと、この先のドン詰まりは明らかに見えていると思う‥‥のです。

 



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