縦と横

clip形式で原動画をやり取りすれば、いちいち連番で書き出して、連番で読み込んでフォルダを構成して‥‥とかいらないんですよネ。clip形式は中にいっぱい詰まっているわりにパッケージではなくバイナリみたいなので、clip形式でやり取りするのは、ユニバーサルな運用方針とは逆行するとは思いますが、取引先次第では有効な手です。まあ、アニメ業界はAEPでやり取りするくらいなので、clip形式に始まったことではないですけどネ。

 

Procreateのレイヤー機能だけで原画を描くのが私の基本スタイルですが(もう4年近くそのスタイルでやってます)、Procreateはレイヤー名が日本語だと文字化けするものの、レイヤーフォルダ(LayerSet)はそのままPhotoshopとやり取りできるので、クリスタとも当然やり取りができます。

 

クリスタでおもむろにアニメーションフォルダーを作って、Procreateで描いたレイヤーをそのフォルダに移動して、アニメーションセルとして割り当てれば(一括割り当てできますよネ)、あとはAfter EffectsやDaVinciやプレミアやLogic Pro Xなどの共通の「横書きタイムライン」ウィンドウでタイミングを調整して出来上がりです。場合によっては、クリスタで作画修正して動きや造形を調整しても良いですネ。

 

 

 

タイムラインで思い出しましたが‥‥、縦書きのタイムシートって、そんなに必要かな? ‥‥と常々思っています。

 

ほとんどのムービーや音楽のソフトウェア=時間軸を持つソフトウェアって、横書きのタイムラインです。

 

*クリスタ

 

*After Effects

 

*Moho

 

*DaVinci Resolve

 

*Logic Pro X  ‥‥と、まだ他にも山ほど列挙できますが、このあたりで。

*つまりは、縦進行のタイムラインを探すほうが難しい、ソフトウェアの世界‥‥というわけです。

*まあ、そりゃそうだよね。モニタは横長だし、ムービーの画面も横長だし、スコア(楽譜)も横書きだから、時間軸を俯瞰でみたいのなら、縦のインターフェイスを無理やりねじ込むより、横のほうが有利ですもん。

*縦並びは、画面両端のツールアイコンウィンドウとかに確保したいですもんネ。限りあるディスプレイの面積をどう使うか、自分がUIのデザイナーになった気で考えてみましょう。

 

 

アニメ制作関係者は、タイムシートに慣れ過ぎて、縦書きじゃないと「使いにくい」とか言いがちですが、もうちょっと冷静になって、自分の好みや慣習を引いた目線でジャッジしたほうが良いです。縦書き・縦進行のタイムラインは、未来の進展において、絶対に譲れない最重要な要素か否か。

 

あまりにも縦書きのタイムシートのインターフェイスに拘っていたら、様々な時間軸進行系のソフトウェアはほとんど使えないことになります。

 

むしろ、「デジタル作画」を標榜するなら、縦進行のタイムシートの他に、ソフトウェア標準の横進行タイムラインの使い方に積極的に慣れるくらいの意識で、ちょうど良いと思います。

 

アニメ旧来の慣習に閉じこもることが、どれだけ自分の未来に有益か、視野を広くして考えましょう。色々なソフトの横進行のタイムラインを使いこなせた方が、きっと仕事の幅も収入も増えますヨ。

 

アニメ関係者の中には、縦書きのタイムシートの実装を待つあまりに、自分の発展の可能性を「何ヶ月も何年も」無駄にした人が、実は潜在的にかなり多いんじゃないかとさえ思えます。

 

 

 

作画だけでなく、色々な技術で報酬を得ていく際に、アニメの作画の流儀しか知らなければ、そもそも技術の幅が広がりません。縦書きのタイムシートにこだわるよりも、さっさと横進行のインターフェイスに慣れて、どんどん色んなソフトウェアを習得して自分の能力を拡張したほうが、自分の未来の財産・糧になります。

 

1年3年5年‥‥と「いつまでたっても縦書きのタイムシートが実装されない。けしからん!」と怒って待つだけで時間を無駄に過ごすくらいなら、ソフトウェア一般のタイムラインに慣れてサクサクと色んな映像系の仕事を引き受けちゃえばいいじゃん。

 

アニメがコンピュータの世界に入ってきたのなら、コンピュータの流儀に合わせることも必要です。

 

ちなみに、私らの取り扱うカットアウト系のタイムシートは、Googleスプレッドシートで横書きです。カットアウトですので、動きを1枚1枚シートに記述する必要がなく、演技の指示や演出の流れの記述、パーツ構成表の役割のほうが重要です。標準的なソフトウェアのタイムラインと同じなので、縦を横に脳内変換する必要がないです。

 

 

 

保守的なのは悪いことではないと思います。私も結構、根本の部分は保守的ですし。

 

しかし、保守的な思考が、排他主義や思考の固さに繋がるのは、回避したいと思っています。

 

大切なものは守る。一方で、新しいことにも柔軟に接して取り入れる。

 

むしろ、一番大切にしたいものを守るために、外殻の表層部は時代に合わせて先進的な技術で更新すべきとも思います。

 

アニメを作る人間にとって、タップが一番大切なものでしょうか。縦書きの書式が一番大切なものでしょうか。

 

縦書きのタイムシートでもなく、タップ穴の空いた用紙でもなく、1枚1枚3コマで動かすことでもなく、絵を描くこと、その絵を何らかの方法で動かすこと、それが一番、少なくとも私にとっては最重要な要素です。

 

実写や3DCGと、とことん比べて、いろんな周辺の要素をそぎ落として、何が残るのか。

 

当人の脳内の混沌から生まれ、ふと手から描き出た絵、そして、それが動く。

 

「うわ〜ズルい。それ、実写でも3DCGでもできないヤツじゃん。」と言わせる、人間の主観に基づいた「その絵限り、その瞬間限りの美意識」こそ、一番重要です。

 

アニメ制作の細々とした段取りや処理にまみれると、何が自分たちのアドバンテージかを見失います。3DCGの線画処理に取って代わられるようなことを、手で絵を描くアニメが自ら率先して進んでどうするのか。

 

 

 

あくまで私の主観ですが、究極として、絵は「ウマヘタ」「ヘタウマ」で良いと思っています。「ヘタヘタ」でなければネ。

 

実写の写真をスケッチ風の処理したのと似たような絵を、わざわざ人が手で描いても、ぶっちゃけ、しょうがないです。

 

*今では、写真をもとにして、このくらいの処理は数分でちゃちゃっとできちゃいます。画像処理の開発者の方がアーティストみたいなものですネ。

 

 

色々なジャンルの色々な画像&映像処理に関われば、絵描きとしての自分が為すべきことが、逆に浮き上がって明確に見えてきます。

 

人の手じゃないと描けない絵を描きましょう。リアルとかデフォルメとか関係なしに。

 

*Procreateでの落書きを再掲。‥‥絵は、自分のココロのナゾが表れるくらいでちょうど良いと思うのです。自分のスタイルなんて決め込まずに、自分でも不思議に思うくらいの迷走があってこその「絵」‥‥だと思います。仕事の場合はキャラ表に合わせますが、何の気無しに描く絵にキャラ表なんてないですし、新たな発想も日々の落書きから生まれましょう。

 

 

タップとか、縦書きとか、周辺の要素にこだわりすぎると、ホントに時間を失って、貴重な契機を逸し続けます。今が忙しいのは、未来の担保にも保証にもならないのは、社会の歴史を見ればお解りでしょう? 昔はあんなに忙しかったのに、今は衰退して記念館だけになった産業スタイルなんて、いくらでも歴史を掘り起こせば出てきます。

 

過去の慣習にこだわるのは、本質を欠いた場合に、結構な致命傷になりましょう。

 

コンピュータの画面は、デスクトップコンピュータだと、ほぼ皆、横長ですよネ。映像作品も横長の16:9でしょう。某社(‥‥。)でスマホに合わせた縦サイズのアニメを作っていたこともありますが、スマホを横にすればいいだけじゃん‥‥とのツッコミもありました。

 

映像のメディアが横長で、映像機器のアスペクトも横長比率なのですから、UIも縦ばかりにこだわらずに、横も受け入れて、新しい技術と表現を模索していきましょう。

 

 


marginとpadding、コマとフレ、0と1

マージンとパディング。CSSではおなじみの用語ですが、恥ずかしながら私、CSSを使いながらもテキトーに接し続けて、マージンとパディングの区分が曖昧なままでしたが、最近ハッキリと認識しました。ボックスをあまり使ってこなかったので、マージンだけで何とかなってた‥‥ということもありまして。

 

マージンはともかく、パディング〜paddingは、日本人には馴染みの少ない言葉ですよネ。

 

マージンは外側の余白、パディングは内側の余白を指すようです。

 

アニメの映像制作で言えば、マージンとパディングは、100Fの標準フレームだと、

 

標準フレーム内側の安全フレームやタイトルフレームの余白部分は「パディング」

標準フレーム外側のペイントフレームの余白部分は「マージン」

 

‥‥と表現することができます。

 

 

例えば、安全フレームの余白を呼び示す際には、「内側のマージン」と言うよりは、「パディング」と言った方が的確に伝わるように思います。‥‥まあ、パディングという言葉を知っているもの同士なら‥‥ですけどネ。

 

マージンやパディング以外にも、「デュレーション」「トランジション」などの映像制作一般用語を、アニメ制作現場の標準用語として浸透させていく取り組みは必要だと感じます。拡大縮小をなんでもかんでも「TU」「TB」で表現するのもやめて、Z軸の移動(トラック〜土台の前後の動き)とズーム(スケール)をちゃんと使い分けることも必要になりましょう。

 

 

 

アニメ現場を離れて、実写やポスプロなどの仕事のやりとりをすると、「コマ」という言葉よりも「フレ」という言葉のほうをよく耳にします。「1コマ」よりも「1フレ」という感じで。

 

また、コマやフレームの開始が1なのも、アニメ業界独特です。私は実写系の仕事もするのでタイムコードは0スタートに慣れていますし、アニメのコマなら1スタートという風に頭が切り替わりますが、たまにタイムコードで1スタートになっているアニメ素材を受け取ると、タイムラインの表示が変なことになって混乱することがあります。

 

例えば、After Effectsだと、以下のように奇妙な表示になってしまいます。

 

 

秒数の区切りが消えてしまって、非常にわかりにくいですネ。タイムコードを1スタートにすると、「コマ表示の見かけ上は問題ないが、タイムコードの扱いでは大問題が起こる」のです。ムービーファイルの多くはタイムコードを埋め込みますので、1スタートの「みっともない」ファイルを知らず知らずのうちに出力することにもなります。

 

開始タイムコードを1に設定するのは、アニメ制作現場だけにありがちな「オレサマ仕様」で、映像制作でのタイムコードのお行儀から著しく外れていて通用しません。

 

‥‥なので、タイムコードを「0:00:00:01」に設定するのではなく‥‥

 

 

以下のように「0:00:00:00」に設定し、開始タイムコードは標準的な「0スタート」で、

 

 

プロジェクト設定の表示形式で「1スタート」に変更しましょう。

そうすれば、以下のように正常にタイムコードでもフレーム数でも表示されます。

 

*タイムコード表示では0スタート

 

*フレーム数表示では1スタート

 

 

 

アニメ業界だけの用語、例えば「色パカ」とか「割りミス」とか「パクズレ」とかは、そのままで良いでしょう。何か他の言葉に変える必要性を感じません。無理に欧米の言い方や英語の当て字をもってくるのも不自然です。

 

しかし、社会的に一般用語過ぎる「余白」とかは、マージンやパディングという言葉を他業種から取り入れても良いですし、映像の一般用語として既に定着して久しい用語は、アニメ制作の標準用語として更新したほうが誤解も手間も省けます。

 

また、アニメーターも含め映像の中身に関わる人間は、1スタートのコマ感覚だけでなく、0スタートのタイムコード感覚も等しく持ち併せることをお勧めします。タイムコードで話されると途端にパニックになるようでは、映像制作者として「時間の感覚」が半完成です。

 

アニメ制作で覚えた感覚にこだわりすぎて閉じこもるのではなく、むしろ、さらなる広い映像フィールドでの足場にした方が有意義じゃないですか。それこそ、一生勉強して学び続ければ良いのです。

 

 

 

コンピュータの処理履歴を「ログ=丸太」と今でも呼ぶように、コンピュータの世界で技術肌の人でも、結構古い言い回しは使い続けています。ですから、なんでもかんでも昔の言葉を指摘して「言葉狩り」するのは、逆に過剰です。やりすぎと思います。

 

しかし、表現と内容がズレて誤解を招きやすいのなら、その部分は訂正して改良していけば良いです。

 

単に「余白」と呼ぶよりも、マージンとパディングで呼び表したほうが、用語さえ知っていれば誤解なく伝わります。

 

アニメの用語は、たかだか100年未満の短い歴史であって、絶対的なものではありませんから、時代の技術変化とともに、更新していくのが妥当だと思います。

 

まあ、そのためには、Webでどこでも誰でも閲覧できて、協議の上で内容更新もできる、用語辞書の存在だよなあ‥‥。

 

 

 


空セル

After Effectsでのタイムシートの「空セル」はさぁ‥‥、本当に「空」にすれば良いんじゃないのかな。ブラインドなんて使わなくてもさ。

 

私はSTSをタイムシートの反映に使ったことがないので(MacOSだから)、昔から空セルを0番ファイルで自動で作るか、プリコンして先頭一コマをオフセットして空にするかで、ずっと20年近く作業してきましたが、何の不具合もありません。

 

単にプリコンポーズで空セルを作り出すだけなので、最新のAfter Effectsでもバージョンによるトラブルがないです。おそらく未来も互換性を保つでしょう。

 

さらには、一旦素材を未処理でプリコンすることで、素材を差し替える時にレイヤー重ねで履歴を残せますし、歯抜けの連番にも対応できますし、色々と良いこともありますよ。プリコンの手数はスクリプトで処理すれば手間もかかりませんしネ。

 

タイムリマップだけでシートのタイミング適用が完結するので、プロパティが1行だけで見やすいです。空セルだけブラインド管轄になるより、整然と把握できますヨ。

 

 

 

アニメ業界って、一度取った杵柄は、絶対に手放したくない性根がありますよネ。

 

標準仕様を更新する機運が生まれにくい業界なのかな‥‥。

 

考え方を変えられないので、未来にも対応できない。

 

CS6を、あと何年使うつもりのなの? 10年? それとも20年?

 

若い20〜30代の人たちは、オッサンたちの言う「普通のやりかた」が、本当に10年20年後に普通であり続けるかを、よ〜く考えて、今を未来に備えて行動するのが良いですよ。

 

オッサンたちの中には、アニメの未来の発展なんてどうでもよくて、逃げ切ることだけを考えているような人もいるんですから。

 

 


過渡期の一般論

現在、「デジタル作画」と呼ばれる、紙からコンピュータへの道具の移行期・過渡期において、「スタイロスが使いやすい」とか「クリスタではまだ動画の作業は難しい」とか「Toon Boomは使い方が独特で日本には向いてない」とか、色々な「一般論めいた」フレーズが飛び交いますが、実のところ、「過渡期・移行期に一般性を求める矛盾」に満ちています。

 

過渡期かつ変動期なのですから、そもそも何かを見極められるほど、足場が安定していません。岸から岸へと波間を渡る途中のグラグラ揺れる船の上で、コップに水を入れて何ccかを計ろうとするかのごとくです。向こう岸に着岸して、船を降りてから陸地で計らなければ、基準なんて見いだせるはずもないですよネ。

 

「コレコレはこうだ」「こうあるべきだ」なんて見極めなんてできるはずもないのです。どこかで耳にした一般論は、変動の激しい期間においては、ふとした状況変化で全く通用しないこともありましょう。

 

スタイロスは場合によっては使いにくさが克明に表面化しますし、クリスタで動画を作業して「困ったことがない」という頼もしい話も耳にしますし、スタイロスで曲線ツールを手早く使えるのならパスの扱い(ベクターの制御)だって相当イケるはずです。

 

実際に自分の目と手で確かめるまでは、特に過渡期においては「通説」や「一般論」を鵜呑みにするのは、損失を超えて危機に陥ることもあります。

 

今は過渡期ゆえに、ノウハウと技術を蓄積するチャンスだ!‥‥ということを、今一度、再認識しましょう。‥‥というか、最近、再認識しました。

 

なので、今後はProcreateだけでなく、クリスタもTVPaintもToonBoomも積極的に取り組んで、4KHDRの可能性をさらに広げていこうと思っています。

 

 

 

一般論めいたことを信じ続けて、通説に日和るばかりで、まだたくさんあるプラス成長の機運と契機をドブに捨てることはなかろう。

 

せっかくの成長期に、摂食せずに断食してどうする。

 

過渡期においては、一般論さえも一時的なものとして扱うくらいでちょうど良いのだと思います。

 

 


CCの例のヤツ

Adobe認定外バージョンに関するアナウンスがありましたネ。

 

アドビのブログより引用

https://theblog.adobe.com/changes-to-creative-cloud-download-availability-jp/

 

「アドビでは、すべてのお客様に最適なパフォーマンスとメリットをご享受いただくため、Adobe Creative Cloudの最新のリリースをアップデートすることをお勧めしています。Adobe Creative Cloudサブスクリプションには多くのメリットがありますが、そのひとつが頻繁な製品アップデートによって、新機能、重要なバグ修正、セキュリティアップデートをご利用いただけることです。

 

〜中略

 

アドビは、現時点で最も多くのお客様にご利用いただいている2つの最新バージョンの改善に注力することで、今後もご要望の高い機能を開発し、WindowsとMac OSでの高いパフォーマンスとメリットを実現することができます。

 

 

書かれている内容は、ごく普通で常識的、かつ、近年のコンピュータネットワークの社会的な状況を鑑みた文面と言えます。

 

漢字Talk7.5とかWindows95、Photoshop Ver.2や3を使っていた1990年代の時代感覚と、今やPhotoshop Ver.20(!)の2020年代目前の現在とでは、根本的に意識を変えなければ、コンピュータを使って仕事ができる環境とは呼べません。

 

Shift+Option+Command+「Photoshop CCについて...」をメニューから呼び出すと、開発時のコードネームが表示されます。その昔、「Photoshopバージョン20なんて日が来るのかねえ」と話していたのが、今まさに現実になりました。

 

パッケージを買って、シリアル番号を手に入れたら一生物‥‥なんて感覚は、未来はどんどん薄れていくでしょう。

 

セキュリティには、一生物なんてないですしネ。

 

古いバージョンを使い続ける際、セキュリティアップデートは特に深刻で、2012年発売のCS6を使い続けることは、その当時の様々な要素も使い続けることになります。例えば、macOSに関してはCS6においては、El Capitan(2015年)でセキュリティアップデートが停止し、最新のMojaveのセキュリティからどんどん遠のくことになります。

 

 

 

MacOS9のQuarkXPressもそうでしたけど、昔のソフトを使い続けるのは限界があります。

 

CCユーザに限らず、CSユーザも、そろそろ2020年を意識して、自分の作業環境を再構築する時期だと思います。ユーザ‥‥というと個人っぽく聞こえますが、会社組織も同じです。そろそろアニメ会社もCS6から「卒業」する時期でしょう。

 

サブスクリプションの導入を含めて、アニメ会社は新しい収益のカタチ、制作運用のカタチ、ワークフローのカタチなど、様々なカタチを見直す時期が、まさに令和の時代の「第一歩」だと思います。

 

もし、昔買ったCS6を令和も使い続けるのなら、第一歩は踏み出せず、平成に留まる過去の会社団体・制作現場となることでしょう。昭和平成の思い出の中で生きていくことになります。

 

「アニメの技術は今がMAXで最高」では「ない」のです。まだまだ先はあり、上もあります。

 

平成で技術進化がストップした制作集団が、令和の2020年代以降に、どうやって生き残っていく戦略でしょうか? ‥‥そもそも、生き残りの戦略など考えたことはないし、その都度、行き当たりでうまく切り抜けるだけ‥‥でしょうか。

 

昔のソフト、例えばセルシス社Retasファミリーのスタイロスは、曲線ツールの使い心地や色分け線の技術は、今でも優れた技術だと思う一方で、さすがにもう最新の制作環境には性能的に厳しいです。macOS版の更新は2013年で停止し(開発停止したんですよね、たしか)、フリーハンドのペンツールはまともに動作しません。Windows版も4Kが相手では苦戦を強いられます。ゆえに、2020年代にスタイロスは通用しなくなるでしょう。

 

古いソフトを使い続けたり、シリアル番号でソフトがいつでも自由に使える‥‥という感覚のままでは、令和、そして2020年代は辛くなるばかりと思います。

 

 

 

アドビの肩を持つつもりはないですけど、少なくともCCユーザは、最新のOSのセキュリティアップデートで、最新かひとつ前のCCを使う方針で良いと思うんですよ。最新のバージョンがまだ安定していなければ前の年の‥‥という感じで。

 

私は2000年代中頃くらいまで、After Effectsで「TinderBox」(セットで13〜20万円)というサードパーティ製のプラグインを使っていましたが、何かのアップデートの時に使えなくなり、業務上でピンチに陥ったことがあります。しかし、そのピンチがきっかけでプラグインに頼らない色々な新しい技法を確立しましたし、TinderBoxよりも格段に安くてしかも美しくかっこいい効果のプラグイン(Trapcodeのとか)を導入することにも繋がりました。

 

「新しいバージョンだと、アレとコレが動作しなくなる!」‥‥というのは、その瞬間はショックですが、いつまでもそのショックのままでいるわけもなく、工夫することで代替案も見つかり、さらには工夫の過程で新しいアイデアも発見できます。

 

もし、私がCS6の停滞状態に依存していたら、技術も停滞して、新しいジャンルやフォーマットの仕事を受注できなかったとも思います。

 

「旧環境に依存する人は、旧環境に束縛されるがゆえに、新しいチャンスも新たな出会いも少ない」というのが、包み隠さぬ実感です。

 

 

 

まあ、これらは、あくまで私個人の経験や考えです。各人の考えもありましょう。

 

もしかしたら2020年代はおろか、2030年代にも、パッケージ版のCS6を使い続けるキモの座った人も中にはいるかも知れませんしネ。

 

結局は、個人や制作集団の未来戦略次第‥‥です。

 

 

 


柔道の受け身

コンピュータはどんどん乗り換えるものだ、とか、スタンダードでいつまでも続くと思っているものが終了しても慣れている、とか、AppleのMacを使っていたおかげで、随分と鍛えられた感はあります。何とも皮肉ですが。

 

打ち切られるのに、慣れている。‥‥と言いますかネ。

 

Windowsって、MacOSがMacOSXに移行したようなショックは、一度も経験していないのかも。

 

ゆえに、WindowsユーザかつCS6ユーザは、今回のAdobe断捨離は、結構ショックなのかな‥‥。実感がないので、想像するばかりですが、MacOSXへの移行時に見られたMacユーザの「荒れ方」〜もうやめてやる!2度と使うか!他に変える!‥‥という言い方に似ているんですよネ。

 

MacOSXに移行した時、申し訳程度にMacOSのソフトが動く仕組み〜「Classic環境」はありましたが、ありありと「未練断ち切り期間」のていであり、やがて使えなくなることはわかっていました。やがてPowerPC〜ロゼッタも終了、今度は32bit終了、「終了終了また終了」の歴史でしたね、Macは。

 

私はWindowsもたまに使いますが、90年代のゲームソフト「大戦略」が動作するのを見ると驚きを隠せません。何で動くんだろう。すごいなぁ‥‥。

 

 

 

例え学校の体育の科目でも、柔道を習って受け身を覚えると、その後、何らかの拍子に倒れた時に、とっさに受け身が出るもんだ‥‥と、その昔、わたなべぢゅんいちさんが話していました。‥‥ホントかどうかは知りませんが、何か解る気がします。最近、トリキの段差でコケた時も(カウンター席にすごい段差があるんだわ)、スターン!と畳を両手で叩くかのように受けて、ケガもなかったですしネ。

 

「ソフト断絶」もソレに近いものがあります。Macで散々受け身を学んだので、今回のCS6の件は全然大丈夫。

 

 

 

Appleよ、ありがとう。

 

アナタの数々の酷い仕打ちゆえに、少々のことでは受け身で耐えられるようになったし、転ばぬ先の杖のつきかたも覚えました。

 

さてさて。AppleもマイクロソフトもAdobeも、10年20年後にはどんなことになっているんでしょうネ。

 

 

 


時の流れ

今回の「アドビ認定外文書」の影響で、早くも「アドビから脱皮するには」的なツイートを見かけますネ。それほどショックが大きかったと見るべきか、そもそもツイッターはなんやかんやいってもまだまだ閉じられた世界なので、一部のツイッター常用の人の意見が目立っているのか、そこんところはよくわかりません。

 

以前、どこかのツイートで「最近のツイートを見て、アニメーターたちの意思はまとまりはじめた」みたいな文言を見て、ツイッターばかりやっていると「ツイートが民の声」と勘違いする人もいるようです。私はツイートを一切しませんし、ツイッターのアカウントを持っていても仕事に関するツイートをしない人を何人も知っています。なので、ツイッターを過信するのは危険です。

 

とは言え、アドビの今回の「認定外」は映像制作関係者の間では、結構話題になっている‥‥のかな?

 

 

 

何か、既視感のある光景。

 

アレだ。MacOS9が「墓場行き」になった時の騒動に結構似てるわ。

 

1990年代後半、Appleはマイクロソフトにビジネスユーザの獲得戦争で大敗を喫したものの、MacOS(=MacOSXではない)を使うユーザは世界にはまだまだ根強く存在していました。いわゆる営業とか事務とは趣の違う、ビジネスはビジネスでも、映像や音楽や出版などの分野で。

 

そんなMacOSが、MacOSXへの移行により、開発中止となった時、世界中のMacユーザの阿鼻叫喚がこだましたものです。

 

特に、DTPのQuarkXPressのユーザは、「MacOS9を使い続けるためには」とか「MacOS9がネイティブに起動するマシンを今のうちに買わなければ」と随分と騒いでいたのが、DTPに関係のない私にまで伝わってくるほどでした。

 

おかげで、私がPowerMac8600(G4にCPUを換装していましたが)から買い換えた、G4最終型のミラードドライブドアは、16万で買ったのに中古で10万円以上で売れて、アルミタワーのMacProを買うための大きな資金になりました。

 

‥‥で、時は流れて。

 

今でもMacOS9とMacOS9起動のQuarkが現役の人って、どのくらいいるんでしょうネ。

 

 

 

今回のアドビ認定外の騒動は、アドビの強引なやりかたへの反発が主だとは思うのですが、一方で「いつまでCS6を使ってんの?」とは思うのです。‥‥少なくとも私は、実感をもって強く感じます。

 

コンピュータの宿命とも言える、リプレースの周期。

 

コンピュータを使って金を稼ぐということは、コンピュータの機材運用にもちゃんとお金をかけるということです。一度買ったら、火事か天災でもない限り壊れない、作画机やOAデスクとは全く性質が異なります。

 

「でもさあ‥‥色々と取引先とのしがらみもあって‥‥」というのは確かに頭痛のタネとは思いますが、取引先は絶対服従の神様じゃないんですから、「すみませんが、CS6はかなり古くてもう動作するマシンが残っていません。CS6でもCC2019でも双方でやり取りできる方法を考えましょう」と積極的に提案することは可能ですよ。実際、ちゃんと話して事情を説明して、打開策を見つけ出して、困ったこと(=制作作業が頓挫して暗礁に乗り上げる‥‥とか)は一度もないです。

 

それに、CS6を使っている団体やグループは、「古いCS6を使っているという自覚」があります。現在のバージョンからどんどん遅れているという自覚=自分らが時代に遅れをとっているという認識はあるので、当方がCS6が古くて動かす環境はもうない‥‥と言えば、相談にのってくれるはずです。

 

まさか「中古を買ってきて対処せよ」なんて言わないですヨ。

 

 

 

漢字Talk7.5、MacOS8。

 

懐かしくて愛着があるOSやソフトやマシンは、私にだってあります。老後の楽しみに、System6やHyperCardで遊びたいと思って、旧型マシンを捨てないで保管してすらいます。ネットに一切繋がないで、スタンドアロンで遊ぶ日を楽しみにして。

 

電源を入れて、HDDのモーターが動くかどうかは、お楽しみで。‥‥HDDのないMac Plus(=なのでファンもなく、モーターもなく、無音)も、FDDがイカれたらシステムをロードできませんしネ。ダメならダメで良いんです。遊びというか、思い出の品々ですから。

 

*Plusのほか、その昔プロデューサーさんから貰ったMac SE30なども、ちゃんとモスボール保管してあります。

 

 

でも、仕事は全く別。

 

ダメならダメじゃ、マズい。

 

古いOSはセキュリティアップデートも打ち切られているし、Javaなどのライブラリも古いものが必要だし、そもそも昔のソフトウェアは設計が古くて‥‥というか、その当時は存在しなかった現在の高品質フォーマットには対応できるはずもないので、「維持していても無理がある」のです。

 

CS6を使うことで、現在の仕事の足をひっぱられる‥‥なんて、絶対に避けたいですもん。

 

ちなみに、4KはCS6じゃ無理です。色々と制限にひっかかります。最近のCS2018だってかなりギリギリですからネ。

 

 

 

あくまでこれは、私の意見と実感。

 

CS6がどうしても必要な状況はあるのでしょう。私の主観や経験で全てが解るなんて申しません。

 

どんな状況があるにせよ、古いソフトやハードは、よほど枯れない限り(枯れた=昔から多くの人々に使い続けられて障害も出切って、古いからこそ安定した状態)、どんなに「デファクトスタンダード」「鉄板」でも、やがては使えなくなります。これはもうどうしようもないです。極端な例えかもしれませんが、1990年代の映像制作で活躍したPowerMacやGatewayのマシンで2020年代の仕事はできんでしょ。

 

古い環境から新しい環境へと、どんどん環境を乗り換えていくのが、コンピュータの宿命(さだめ)です。コンピュータに発展の余地がまだまだ残されている以上、少なくとも2050年くらいまでは、そういう流れのままが続くんじゃないですかネ。

 

要点

今の体が古くなったら、新しい体に乗り換えて、時間(とき)の流れの中を旅してきた。

こんなポンチ絵を描く暇があったら、仕事の絵を描きなさい、仕事の絵を。

 

 

 

アドビもいきなり「ぶっきらぼう」に通達するんじゃなくて、時間的猶予とか、権利侵害は何で起こり得るかなど、移行を促すにも、もっと「使う身になって」細かく説明すれば良いのにネ。

 

唐突で強引なのが、火に油を注いだのかも?

 

 

 

 


スキル獲得

最近、ツイートで「スキル獲得には体力も時間もお金もかかる。給料低く休みも少ないと、転職もスキル獲得も難しくなる。」という内容の文言を読んで、「基本的にはそうだろう」と思いました。よほど恵まれた環境でもない限り、体力も時間もお金も余裕がある人なんて、居ませんよネ。

 

どこかの御曹司かご令嬢でもない限り‥‥と書きかけましたが、私は御曹司の経験がないので、勝手な想像で書くのはヤメました。それに、大企業のお金持ちの息子や娘が全員、芸術的才能が高いわけではないところを見ると、お金持ちの子供は子供で、色々やることがあるんだと思います。

 

スキル獲得って、社会人になってからの話じゃないです。もう子供の頃から、「スキル獲得の上手下手」は表れ始めていると思います。

 

ツイートで見かけた、

 

「スキル獲得には体力も時間もお金もかかる。給料低く休みも少ないと、転職もスキル獲得も難しくなる。」

 

‥‥という文言は、逆に、

 

「体力も時間もお金もあれば、スキル獲得は成し遂げられるのか。給料が高く休みも多ければ、転職もスキル獲得も易しくなるのか。」

 

‥‥と言えるのかは、私は必ずしもYESとは言えないと実感します。

 

どんなにお金と時間があっても、遊びや酒に使ってしまう人間は結構多いと思うからです。

 

スキルを獲得するのが「得意」な人間は、限られた時間とコストと体力の使い方が違います。「手に入れたいスキルのために、時間と金を捻出している」人々を色々と見てきて思うのです。

 

何か、ストイックな精神論みたいな話に転びそうですが、全然そうではなくて、

 

自分の能力向上・スキル獲得に、お金と時間と体力を使わずにいられない「性格」

 

‥‥というのが、根底に作用しているように思います。

 

スキルの獲得、能力の拡張って、誰にでも向いている事柄ではないですよ。個人差がかなりあります。

 

本当は遊んだり酒を飲んでいたいのに、それらを我慢して犠牲にして、スキル獲得する‥‥なんて、そもそも本人の性格が向いてないのです。そしてその根本的な性格は、幼少の体験と環境に大きく影響されていると思います。

 

スキルを獲得するのって楽しい! もっと色んなことができるようになりたい! ‥‥と、本人の欲望がウズウズ渦巻くようでなければ、スキル獲得は辛いだけです。「生活のため」「年収アップのため」になって、それは「本人から湧き出るスキル」ではなく「資格獲得」程度のレベルに収まってしまうでしょう。

 

 

 

スキルを獲得する人って、どんなに疲れていても金も時間もなくても、必ず捻出して実現しちゃうんですよ。それはなぜかと言うと、

 

やらずにいられないから

 

‥‥です。欲しいスキルがあると、欲しくて欲しくてしょうがなくなるのです。これは、「遊びたい。酒飲みたい。異性とイチャイチャしたい。」という欲と同列で、何かを犠牲にするのではなく、単に「欲望のチョイス」なのです。

 

「体力も時間もお金もないから、スキルが獲得できない」と言っている人に、時間とお金を「どうぞ存分お使いください」と与えても、水を得た魚のようにスキルをどんどん獲得できるか?‥‥というと、結構難しい気はします。だって、「義務感」「焦燥感」だけじゃどうにも体は動かないもんネ。

 

「上手になるのって楽しい!!!」と子供の頃からの実体験が伴っていないと、単に打算に打算を重ねた「スキル獲得の皮算用」にしかならないもん。上手になることが好きで嬉しいからこそ、打ち込めるし、自分のコストも割けるのです。

 

絵が上手くなるコツ、ギターが上達するコツって、知ってるでしょうか?

 

他人が絵を描いてない時、他人がギターを弾いてない時に、練習すれば他人より上手くなりますよ。

 

人より練習すれば、人より上手くなる‥‥という、あまりにも単純で明快な理屈です。

 

手軽にそこそこ満足感を得られる遊びに逃げちゃう人って、ちょっと練習して上達しないと飽きて止めちゃう人なのよネ。「練習すれば」‥‥の先に進む前に、辛くなって飽きちゃうのです。「練習すれば、できるようになる」という喜びまで到達できないのです。

 

練習すれば上手くなる、さらに練習を重ねれば、無理だと思っていたことまでできるようになる‥‥という喜びを知ったら、それはいわゆる「欲望と快感」となって、遊びや酒につぎ込むのと同じように、自分の興味のある何かにどんどんつぎ込むようになります。

 

 

 

映画好きで将来映像産業に関わりたいと思っていた学生時代に、年間500本とか、信じられない本数を見た人は、映像業界には結構います。あの人も、あの人も、あの人も‥‥‥。1日1本以上観た計算ですよネ。

 

なにかの学校の課題や義務感で行動していたのではなく、「観ずにはいられなかった」と当人は言います。資格とか役職とか打算に基づく行動ではなく、好きだから観たい、もっと知りたい、もっと色んな作品の色んな表現を‥‥と止め処ない欲求・欲望が当人を動かすんでしょうね。

 

その時の行動は、打算なんて計算している隙間などなく、「もっと知りたい」「もっと観たい」という欲求です。「年収アップ」をあてこんで、映画を年間数百本観ていたとは思えません。

 

そうしたアクションがあって、結果的に自分の「能力拡張」の種まきのようなことをして、後になってどんどん芽を出して育って、自分の仕事の幅と内容を広げてくれるのでしょう。自分の従事する仕事の、通り一遍の技術しか習得していなかったら、それ以外の広がりなんて生まれるわけもないです。

 

私は年間数百本なんて観てはいませんが、それなりに映画の本数は若い頃に観ていました。米国の「コーラとポップコーンが似合う」娯楽系映画も好きでしたが、日本やヨーロッパのじっくりと観た後に余韻が残る映画も好きで、映像の文法を解き明かそうと、同じ映画を何度も見返して自分なりに分析したものです。映画そのものだけでなく、絵作りと音作りに興味が向いて、フィルム一眼レフを買った後は、月に30〜40本のフィルム〜フィルム代1万・現像代3〜4万=5万円の出費をするほどのめり込んで、CDもサントラやクラシックを買い漁って輸入のオーケストラスコアを研究しました。‥‥金もない20代の真っ盛りの頃に。

 

 

 

時間がない、金がない、体力がない‥‥という条件は、実は皆、そんなに変わらないと思います。

 

学生時代だって、イベントや誘いはいっぱいありましょう。働くようになってからは、もっと時間がなくなります。

 

「新しいことを覚える隙などない」と言いつつ、酒飲んだりゲームで遊んだりする隙はあるんだもん。そんな人は、隙を半分でも自分の能力拡張に回せば良いとは思う一方で、そもそも「新しいことを覚える喜び」を知らないのだから、時間と金がいくらあっても、「スキル獲得」には使わないのです。‥‥「スキル獲得」って思っている時点で打算が先にたっていますしネ。

 

酒やゲームも楽しいです。でも、自分の隙を全てそれで消費しちゃうこともないでしょう。「技術が上達」するのだって楽しいヨ。新しいことができるようになるのって、愉快ですヨ。

 

‥‥まあ、そこ‥‥ですよネ。「楽しい!」と、素で感じられるか否か

 

このあたりの実感は、先にも述べたように、幼少の体験が基礎を形成してしまっているので、何とも非情で残酷な「宿命」としかいいようがないです。

 

無理に自己啓発しても、無理が祟るだけだし。

 

 

 

何よりもまず、自分の性質を分析して、自分にあった発展方法を模索するのが肝要でしょう。「誰でも、時間と金と体力があれば、スキルが獲得できる」などと架空の前提条件を設定して信じ込んじゃうと、真に自分の向いている流れを見つけられずに一般論らしきものに苛まれたまま、何も手に入れられずに5年10年20年と経過して、気づけば40代になっている‥‥なんてこともありましょう。

 

令和は、ベビーブームの世代がどんどん高齢化する時代です。そのベビーブーム世代の中には、エスカレーター式で人生が上手くいくと思いこんだまま、実はあまり上手くいかなくて、令和にとんでもない貧困が襲ってくることも容易に想像できます。

 

そんな未来は避けたいですよネ。「収入増加のためのスキル獲得」なんて打算を打つよりも、今まで自分のしてきたことを冷静に決算して、未来の自分に何ができるのかを見つめ直す時期が、昭和生まれの人間に問われていると思います。

 

最近、ミシンを買ったんですよ。未来に少々必要になるように予測して、今からミシンのプロなんて無理ですが、過去から続く色々なベクトルが接する未来においては、ミシンの基礎くらいは覚えておこうと思いましてネ‥‥。もちろん、自分の服を縫うとかの目的ではなく、創作活動の一環です。収入増加に繋がるかなんて考えておらず、必要だから覚えるのです。

 

他人にどう思われようが、突拍子もないことだろうが、自分の過去のスキルが活きることを組み合わせて、行動するのがよろしいと思います。行動しなければ、少なくとも損失はないとか考えがちですが、状況分析が甘いです。行動しなくてもどんどん年老いて負のリスクが増えていくものです。どうせリスクはつきまとうのならば、行動しちゃえばいいじゃん。

 

時間と金と体力があれば‥‥なんていつまでも考えていると、10年経って50代、20年後には60代になっても、相変わらず「時間と金と体力があれば」と言い続けていると思います。今までそうだったのなら、未来に「奇跡的に時間と体力とお金に恵まれた」なんて状況が天から降ってくることはないです。

 

必ず、どこかに隙はあります。当人がその隙を見逃して捨てさえしなければ。

 

 

 


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