じゃあ、プロは。

はっきり申しまして、個人や学校の機材のほうが、アニメ制作会社よりもゴージャスで最新です。資金がなく、今でも旧型のPCとCS6を使っている会社はごまんと存在します。

 

まず、2020年代は、2020年代の映像技術にふさわしい機材へと、アニメ制作会社の装備がリプレースされることが必要です。それができない会社は、徐々に足場が削りとられていきます。いくら何でも、CS5.5やCS6を2020〜2030年代まで使うなんて、その時点で会社として「かなりヤバい」と自覚すべきです。

 

 

 

プロは何をすべきでしょう。

 

前回のブログでも書いたように、4Kの解像度の「4K作品」は、技術さえ更新されれば、個人レベルでも制作可能です。

 

しかし、「4K作品」ではなく「4KHDR作品」は、個人では無理です。機材が買えませんし、それゆえにノウハウを蓄積することもできません。もし個人で無理して業務用のHDR機材を購入しても、メンテできないですよネ。

 

現在10万円前後で買えるコンシューマ向けHDR機材=「Display P3」では、DCI-P3でPQで1000nitsの映像制作は実質不可能です。なので、私は自宅にはHDRのモニタは導入していません。中途半端なのを10万円出して買っても意味ないかな‥‥と思います。「なんちゃってP3」なら、iMacやiPad Proで十分。

 

DCI-P3でPQで1000nitsターゲットの映像なんて、個人の機材レベルではまだまだ数年は「自分で作った絵を、あるべき状態で見ることすら不可能」なままでしょう。

 

単純に金の問題です。金がなければ機材は買えず、ゆえに技術も知識も更新できません。iPadやiMacを買っても、それだけでは全然無理です。1000nitsでDCI-P3でPQの正確な色が映し出せるモニタって、まだ300万円(CG3145とか)はします。ラボでHDRのグレーディングなんて、個人規模でできるわけもなし。

 

ですから、まず映像品質面で言えば、プロの面目躍如は「4KHDR24p」と言うことになります。Dolby VisionのPQに対応して、映像コンテンツを公開する‥‥なんて、アマチュアや個人では現時点では不可能と言っても言い過ぎではないです。DaVinciを使うにも、別途でDolbyのライセンスが必要ですしネ。HDRの絵作りをネイティブにおこなう過程で、カラーサイエンティストの助言も必要になりましょう。

 

プロは、4KHDR24pでDolby Visionにも対応。

 

アマは、4KSDR24pで旧来のRec.709のまま。

 

‥‥わかりやすい棲み分けです。

 

 

 

アニメ特有の技術で言えば、各工程の基礎技術の高さは、プロならではです。実は基礎技術こそ、プロがプロである大きなアドバンテージなのです。

 

前回の女の子のムービーは、線画をiPad Proで描きました。そして塗りも自分で作業しましたが、ぶっちゃけ、塗りのミスがあります。私は彩色のプロではないので、彩色作業に関する技術レベルが低いのです。ペイント作業が遅く、ミスも多いのです。

 

ですから、「自宅で作ろう」というテーマではなく、商業ベースのアニメ制作なら、ペイント方式が新時代に合わせて進化しても、作業は彩色のプロに100%依頼するでしょう。

 

背景美術だって、実写を加工して作るには限界がアリアリです。商業ベースならば、専門の美術スタッフの力量が不可欠です。頼りになる美術監督は得難い財産でしょう。

 

「撮影」、いわゆるコンポジットも同じです。私は今まで劇場作品のVFXや撮影監督をしてきたので、コンポジットに関してはクオリティコントロールに目を光らせる習慣が染みついています。ゆえに、前回の女の子のムービーも、「もっと顔が見えるように照明をコントロールしたほうが良いかな」とか色々改善案が実際の作業段取りで想定できます。

 

4KHDRか、4KSDRか‥‥の他に、アニメ制作を生業として生きてきた現場の人間は、基礎技術、さらには応用技術のアドバンテージがあり、そこはアマチュアには手が届きにくい「プロならではの特別なエリア」でもあります。

 

 

 

カットアウトを取り入れる‥‥と言っても、動きの技術がなければ、それはもう、動きの醜い素人芸になります。

 

現場の作品作業の数々を経験したからこそ、作画で喰ってきたプロのアニメーターであればこそ、カットアウトにチャレンジしたスタート時点で、「動きの知識と経験」の「量と質」が違うのです。

 

‥‥そのアドバンテージを活かさずして、プロが何を活かすのか。

 

 

 

プロの作業者のアドバンテージは、「どこどこの何社は、どんな制作体制で、どんなソフトを使っている」ことを薄く中途半端に知っていることではないです。そんな上辺の情報ばかりに気を取られていては、時にはノイズになって、判断を迷走させる原因にもなりましょう。「アニメ業界のインサイダー気取り」なんて、正直不要ですわ。

 

技術に対して、それこそ愚直なくらい、実直であること。‥‥それさえあれば、2020年代の技術を導入して応用して、新しいパワーにもなります。

 

厳しい現場で研鑽を積んできたプロのスタッフ(アニメーターに限らず全工程)に、新時代の技術革新が加わった時、良い意味でとんでもない化学反応が起こって、信じがたいほどのパワーが発生することだって、あり得ます。

 

個人やアマチュアに有利なことは、実はプロに対しても有利なことでもあるのです。

 

プロが保身や既得権益に走って、昔の殻の中に閉じこもるのなら、どんどん状況は劣勢になります。

 

アマチュアが好機と感じる要素を、プロはもっとエゲつなく骨の髄まで活用すべきと思いますよ。

 

 

 


6K、ブラックマジック。

プロ機材における価格破壊の雄、Blackmagic社から、知らないうちに6Kカメラが発売されていました。発表から半年も経って気づく始末。

 

実売28万円未満(税込)だってさ。激安っしょ。ProResで記録できる=プロ仕様のカメラであることを考えれば、考えられない安さです。

 

https://www.blackmagicdesign.com/jp/products/blackmagicpocketcinemacamera

 

 

 

EFマウントだと??? Lレンズでなければ、すごく安価にレンズも調達できるじゃん!!!

 

「大型のEFフォトレンズ」とありますが、おそらくAPS-Cではなく、フルサイズのEFレンズを指しているように思います。数万円のフルサイズEFレンズから、ん100万円するLレンズの超望遠とかも使える‥‥ってことですネ。

 

であるならば、EFレンズユーザーにはおなじみの、入門50mmレンズ(売価14,000円)も使えるってことですよネ。(ちなみに私はキャノンユーザなので、35ミリフィルム・ライカ判時代からEFレンズをコレクションしています)

 

 

入門とは言え、F1.8で十分な明るさをもつレンズですし、絞りを開放すればスマホではできない浅い深度の絵作りがやりたい放題。

 

手持ちのEOSで、EF50mm入門レンズで撮った写真はコチラ。

 

 

iPhoneはこういう写真もムービーもなかなか難しいですよネ。深度がどうしても浅くなるようなシチュエーションをセッティングしないと撮影できません。iPhoneにはF値のコントロールはないですもんネ。

 

14,000円のレンズでも、カメラの性能次第でいくらでも自由に撮れます。Blackmagicの宣伝を読むと、深度の浅い雰囲気のあるムービーが撮れる!‥‥とアピールしてますもんネ。

 

 

 

才気はあれど資金力のない若手、チャンスを伺うインディーズに、6Kのパワー。編集はDaVinciで。

 

う〜ん、いい波が来てる。1996〜2005年の「あの豊かな10年」がまた来る予感。

 

クリエイティブとエンジニアリングがシンクロする機会って、それこそ20年周期規模だからネ。いつでも巡り会えるわけじゃないですからネ。チャンスだって、一期一会なのよネ。日蝕や竹の開花みたいなもんなんよ。

 

アニメ畑ゆえ、たとえガチで仕事ではなくても、実写を綺麗に本格的に撮りたい人は、中途半端なコンシューマ向けミラーレス一眼のムービー機能よりも、プロ向けを買ってしまうのも選択肢です。作監とかキャラデザとか担当するようになって、ある程度お金が稼げるようになったら、こういう機材を買って自分の能力の幅を広げるのも良いものです。

 

こういうところから、アニメ業界人が4Kに馴染む手もありますネ。

 

 

 

4K60pカメラに至っては実売16万円。レンズはマイクロフォーサーズなので、私はレンズの資源がないですが、こちらも安価に揃えられそうですネ。

 

Blackmagic、相変わらず、おそるべし。

 

 

 


カタカナと向き合う

パーセプチュアル・クオンタイゼーションはともかく、コンテンツとかユニークとかのカタカナは流石にもう意味を知ってて当たり前‥‥とも思いたいのですが、どうも今でも「ユニーク=面白い」と勘違いしている人はいるみたいです。ユニークとユーモアを混同してるんでしょうかね。

 

ユニークは独特とか独自とか、いわゆる「他にはない」という意味です。

 

ですから、「ユニークなID」とか言った場合、「ぷよぷよもっちりむっちゅむちゅ」とか面白い言葉の響きのアカウント名を考えることではなく、「他とかぶらない1つだけのアカウント名」という意味を指します。

 

しかし「ユニーク」という言葉は日本ではいつしか「他にない楽しさ」「独特の面白さ」の意味としてなんとなく思われているので、不用意に「ユニークな文字列のアカウントIDを設定して」とか言うと、「ユーモアがあってクスッと笑いを誘う文字列」と勘違いされやすいです。ゆえに、「他と被らないように、他には存在しない文字の組み合わせで」と長々と説明することになります。

 

「他にない楽しさ」の「楽しさ」のほう、「独特の面白さ」の「面白さ」のほうが一人歩きして、いつしかユニークが「他にない」「独特」から、「楽しさ」「面白さ」にすり替わって認識されているんでしょうネ。レイバックをイナバウアーと間違えて覚えている日本人が多いですが、似たようなものです。

 

本当の言葉を知っていれば、時と場所によっては、ユニークの3文字だけで済むのにネ。アカウントIDを考える時に、「面白い」言葉を考える必要があるわけ‥‥ないじゃんネ。

 

 

 

なぜ、英語を使うのか? カタカナを使うのか?‥‥と考えると、日本語だとありふれてしまって「知っている」と油断しがちなのを防ぐ効果もあるんでしょうね。

 

あとは、無理に日本語化するよりマシなので、カタカナのまま、とか。

 

パーセプチュアルクオンタイゼーションを、知覚的量子化と訳して、すぐに「そうか、それだ!」とわかる人ってよほど特殊です。

 

なので、PQ〜ピーキューのままで良いわけです。内容は別途覚えて理解すれば良いです。

 

ちなみに、知覚的に量子化する‥‥とは、その単語の通りで、人間の知覚に適した状態で、離散的な値で近似的にデータ化することです。人間が知覚する帯域に合わせてデータ量を割り当てる方法です。実写カメラで「ログ」収録している人は、仕組みがすぐにわかるんじゃないでしょうか。

 

 

 

カタカナを使うと、抽象的になってボヤける‥‥みたいなことを言う人もいますけど、別に漢字を使おうが、焦点の定まらないマヌケな会議なんていくらでもあるでしょ。カタカナのせいにするなや。

 

カタカナでわからないことがあれば、調べれば良いんだし。

 

むしろ、耳慣れないカタカナを使うことで、知ったふりのまま曖昧に流れなくなる効果もありますよネ。

 

要は、プロジェクトに参加するメンツの問題であって、カタカナがどうとか、抽象的な言い回しがどうとかは、ほとんど関係ないと私は思いますけどネ。どんなに平易な言葉を用いようが、メンツが烏合の衆ではどうにもならんス。

 

シンギュラリティとかパラダイムシフトとかセレンディピティとかレトリックとか、短く簡単な3〜5文字の日本語(漢字)で表現できないのなら、そのままカタカナで使えば良いです。「特異点」なんて言うほうが、わかったようなわからないようなで、曖昧になります。「うん、わからん。調べよう。」と、最初から諦めるくらいの耳慣れない響きのままでいいじゃんか。

 

カタカナの外来語は、わからないままわかったふりをしがち‥‥とか言うけど、カタカナのせいじゃなくて、調べずに放置する当人の問題ですわな。

 

平易な言葉で話せば伝わる‥‥というのも、一種の幻想だと思いますしネ。逆に、平易な言葉で何度もしつこく強く訴えかけると洗脳できる‥‥みたいなことを、100年近く前(1920〜30年前後)にどこぞの先進国の「のちの独裁者」が言ってたのも、時には思い出しましょう。

 

 

 

カタカナと向き合いましょう。ひるむことなく。

 

 


9300ガラパゴス

ツイッターで見かけた、アニメ制作現場のモニタの色温度、ホワイトバランスの話題。

 

扱いやすいsRGBやRec.709ですら、いまだに齟齬があるようで、HDRかつPQを扱うことになる未来に対して、アニメ制作現場はどうやって歩んでいくのか、ガラパゴスにあぐらをかくのもいい加減にやめないと困窮を極めそうです。

 

 

 

HDRはHDR10(HDR10+)やHLGだけでなく、Dolby VisionかつPQの仕様も存在します。私が最近まで取り組んでいたのは、Dolby VisionのPQで1000nitsターゲットの色環境です。

 

HDRは規格上は10000nitsありますから、1000nitsをターゲットにしつつも、「今は真っ白にみえるけど、情報を含む帯域〜将来的には知覚できる帯域」を意識して絵を作る必要があります。

 

またPQ〜パーセプチュアル・クオンタイゼーション〜直訳すると知覚的な量子化、いわゆる「PQカーブ」の扱いは、SDR時代のリニアとログの扱いの「ログ」に似ています。私は実写作品でログとリニアの運用を経験しているので、Dolby VisionのPQカーブの意義についてすんなり受け入れられて、運用の手順もLUTではないにせよ実際のモニタ(CG319Xなど)をPQに調整することで運用可能となりました。

 

色温度、ホワイトバランス(イルミナント)は、HDRにも存在します。DCI-P3は6300Kと6500Kの2つがあるとも聞きますし(微妙に異なるとの話)、世界的には日本がなぜか9300Kを続けていて孤立しているとの話も聞きます。

*D65に統一しようという流れに日本が組みするか、テレビ局の人たちがまたゴネないといいなあ‥‥とは思います。

 

カラーサイエンティストと呼ばれる専門知識を持つ人でなくても、ここらへんのHDRやPQや1000nitsの知識は普通に有していないと、未来の映像制作では1枚絵すら思った通りに作れません。

 

学生の自主制作ノリの延長線上で、プロの人間たちが作るのは、そろそろヤメないと。

 

 

 

まあ、日本のテレビ放送業界が9300Kなんて続けているから、混乱がまず最初にあって、技術の理解に最初から妙な障害があったりもしますよネ。世界相手に映像を作るのなら、9300なんかをターゲットにしちゃアカンです。

 

そんな中、テレビ作品でも最初からD65で作る会社も出てきているようで、9300Kは変換で対応するとのこと。言葉にすれば大したことがないように見えますが、9300Kをやめて6500Kを標準にした英断は高く評価すべきと私は思います。「テレビ放送の時しか9300Kを使わないから、合理的に考えて、6500Kにした」とのことで、実際に行動して実践できたことを、まず見習うべきです。放送枠だけで考えていたら決して思いつかない、従来のハコ主導から抜け出た、コンテンツ主導の思考ですよネ。

 

アニメ作品作りは、ハコではなく、コンテンツ=作品そのものを中央に据えるべきと思います。1回の放送で終わるものじゃないんだから。

 

テレビ放送はあくまで「一時的なチラ見せ」であって、テレビ放送枠をご本尊にして何でもテレビに合わせる発想から脱出しましょう。テレビ放送は、今でも影響力は強いですが、作品作りの中心として据えるのは時代遅れですネ。

 

とはいえ、色温度の知識は普通に知ってて然るべきもの。

 

アニメ業界には馴染みのうすいログとリニアや、PQなども、普通に知識として、わきまえておきたいものです。

 

座学をするなら、HDRも含めた知識に移行すべきです。2020年に入って、今さらsRGBやRec.709だけを覚えるのではなく、最初から枠を広げて、DCI-P3やBT.2100、PQなどを覚えたほうが、よほど未来の糧になりましょう。

 

 

 

アニメ業界の技術ガラパゴス。

 

川が増水し床は浸水し、裏庭の崖は土砂崩れし、強風で屋根の一部を飛ばされ‥‥と、四方八方から「近代化してこなかったツケ」が押し寄せてきます。突然ではなくても、徐々に、そして確実に。‥‥嵐はこれから何度も押し寄せるでしょう。

 

でも、考えようによっては、アニメ業界の技術の遅れは、古い家が存在する以上、挽回することは難しいのかも知れません。

 

であるのなら、その瞬間は残酷でも、2020年代の嵐によって洗いざらい吹き飛ぶことで更地になって、未来にふさわしい技術を「新築」することもできるんじゃないでしょうかネ。

 

 

 

 


液タブの10年

10年前〜2010年当時に制作現場に液タブを導入する‥‥ということは、それはもう困難の連続でした。まず高価だったので(あ、それは今も同じか)液タブの必要性・必然性を説かなければ導入は難しかったですし、導入しても1680pxだかの解像度では当時から性能不足を感じました。加えて、ペンタブの軌跡の精度もかなり低かったです。「湾曲ポイント」が画面の中ほどにあって、そのエリアをペンタブが通過すると必ず線がヨレて湾曲する‥‥という中々のポテンシャルの低さでした。

 

10年経った現在、液タブの性能向上と相対的な低価格化により、導入ハードルは格段に下がったと言っても過言ではないでしょう。加えて、iPad ProとApple Pencilという新たな選択肢も2015年以降に生まれ、機材側ではなく、使う人間側のポテンシャルが問われる逆転現象が起きています。

 

今のアニメ業界。迷走以前に、走り出す前に何に乗るかで迷っています。

 

どこに向かって走るのかが判らない上に、何に乗って走り出したら良いかも決められない。‥‥そりゃあ、まあ、停滞するわな。

 

どこに向かって走るのか‥‥なんて、自分たちで決めれば良いじゃん。

何に乗って走り出すか‥‥なんて、自分たちで決めれば良いじゃん。

 

で、今のところの結論は、

 

走り出さない。どこにも向かわない。

 

‥‥なんですよネ。

 

液タブの10年間は、アニメ業界においては、液タブの性能だけが進化し、人々は進化しなかった10年とも言えます。進化できた人々はごく局所的に留まります。

 

 

 

私はiPad Proの初期型が2015年秋に発売されて以降、ずっとiPad Proでアニメ業界をはじめとした映像関連の仕事をしています。

 

新しい道具として、iPad ProとApple Pencilを使い続けて、4年間です。道具は「使ってなんぼ」「使いこなしてなんぼ」ですよネ。

 

iPad Proでは仕事ができないなんていう人を、たまにツイッターで見かけますが、「道具に使われちゃっている人」だよね、そういう人って。

 

道具は使うものであって、人間側が道具に使われていたら失笑この上なし。です。

 

つい最近、Procreateが5にバージョンアップして、簡易アニメ機能が追加されましたが、アニメ機能なんてなくても原画作業はできましたヨ。‥‥何度も書くけど、クイックアクションレコーダーなしでも今まで原画を描いてきたわけですから、ペンタブになった途端、なぜ「動きをシート通りに再生できないとわからない」なんて言い出すのか、不思議なんですよネ。

 

クイックアクションレコーダーがあるスタジオのほうが珍しかったはずなのに、なぜ、今は必須なんでしょうね。みな、頭の中で動きを組み立てられなくなっちゃったの?

 

でもまあ、Procreateに簡易アニメ機能ができて、パラパラと複数枚連続で動きが確認できるようになったのは、良きことです。クリスタも最近のバージョンアップで画面が広く使えるようになって進化しました。‥‥そうして、どんどんペンタブもAppも進化を続けています。

 

アニメ業界の人間たちだけが、おいてけ堀です。

 

でもそれは、自分らが自ら立ち止まって進まないがゆえです。

 

 

 

液タブ・タブレットPCは2010〜2019年の10年間に、大きく進化しました。

 

一方、アニメ業界の人間、特に、作画の人間はどうでしょうか。

 

2020年代の現場がどうなっていくのか、進化に取り残された作画工程の当人たちが、考えていくしかないです。

 

 


描線のグローバル化と均質化

直近10年間、2010年代のアニメが、各社皆、同じトレス線に統一されているのは、「アニメ業界が望んだ総意」なんでしょうかね?

 

どの会社もレタスの二値化に対応するために、動画の清書の描き方がどんどん変わって、現在に至ります。レタスの二値化に対応しないと、いざという時の作業力の融通が効かず孤立するので、「レタス線こそ主流」という雰囲気が出来上がって久しいです。2000年代前半にはまだ存在した階調トレスは今や全滅したと言っても過言ではないです。

 

で、それは総意? 望んで得た結果?

 

アニメの描線にニュアンスの差なんて不要‥‥だと、皆、思っているのかな。

 

 

 

フィルム時代。トレスマシン時代。

 

矢吹丈くんと、のび太くんの、主線・トレス線・描線は、明らかに違いましたよネ。素人さんだって見分けがつくほどの個性を発揮していました。

 

会社によっても個性があり、同じ会社でも作品(制作班)によって個性があり、実は監督によっても個性があったり。

 

「ベルサイユのばら」(かなり昔の作品ですが)では、作品制作中の長浜忠夫監督の死去により、途中から出崎統監督にバトンタッチして、ガラリと作品の雰囲気が変わりました。雰囲気の大変化は、描線・トレス線の変化も大きな理由の1つですが、出崎統監督のオーダーに荒木伸吾作画監督が応えた結果‥‥と、その当時のインサイダーの方から聞いたことがあります。内情を知らない人は「杉野さんの絵」と勘違いするのですが、アニメーターがトレス線レベルから変えていたわけです。

*昔から荒木伸吾さんのファンだった私は、ますます尊敬してファンになるのでした。

 

トレス線で作品を語る

描線で作品を体現する

 

かつてのこうした意識は、今はもうありません。

 

2010年代を経て2020年の今、もうアニメ制作現場の皆さんは、トレス線には興味がなくなってしまったんでしょうか。

 

描線なんてどうでもいいよ。業界の作業力をフラット化して大量生産できることが何よりも先決だ。

 

‥‥ということで落ち着いたのでしょうか。その路線を今後も踏襲し続けるのでしょうか。

 

皆がそう思っているのなら、まあ、仕方ないんですが、‥‥本当に興味なくなったの?

 

 

 

二値化を悪者にする人がいますが、そうじゃないです。

 

二値化対応が、いつしか描線の無個性化に繋がっていった経緯に問題があるのです。

 

とは言え、二値化がトレス線の表情を出しにくいのは事実ではあります。同じ線の太さでも、その線が「ベタ1色100%」か「濃淡を含むか」の差で、線のニュアンスは大きく変わります。

 

階調トレス=線に濃淡があると、同じ線の太さでも線が細く見えて繊細になります。

 

2007年のスカイクロラでは、アニモの階調トレスとレタスの二値化トレスを混在させて作りましたが(生産力確保ゆえに)、制作事情を知っていると、「このカットはアニモ。このカットはレタス。」と見分けがつき過ぎてドキドキします。ちなみに、撮影処理・VFX効果は全く同じでも、レタスの線は太く膨張して濃い感じになります。

 

だったら、撮影処理でトレス線のニュアンスを足してだな。

 

‥‥という流れが生まれたのは、かつてのトレス線の存在意義を知る人たちが、現状を打開しようとアプローチしたがゆえです。

 

撮影処理ではなくても、例えばToonBoom Harmonyでは線にテクスチャを貼ることが可能です。テクスチャ付きベクタートレスという選択肢もあります。

 

 

 

しかし、描き手が生み出したニュアンスとは異質なんですよネ。

 

描き手が濃淡や太さの強弱を駆使して描く時、その強弱には意味があるんですよ。一種の「アニミズム」のような感覚があります。

 

そして、その難しい「アニミズムのごとき、描線の強弱をコントロール」するのが、技量の優劣でもあります。描線を自由にコントロールできるようになると、絵を描く喜び・快感が一気に高まり、それが絵の魅力となって受け取る側にもダイレクトに繋がるのです。

 

矢吹丈くんを現在標準のレタス線で描いて塗っても、当時の「絵の熱さ」は画面に表現できないですよネ。今はトレス線の均質化ゆえに難しいのです。

 

 

 

AIによる自動化・無人化の流れを嫌悪するわりに、人間が無機質な作業をおこなっているのなら、考えていることとやっていることが正反対なのです。

 

ご高説は耳にタコができた。理想より現実。量産できなければ意味がない。

 

‥‥という人もおりましょう。たしかに生産力が低すぎるのは問題があります。

 

しかし一方で、作業品質の均質化が買い叩かれを誘発していることも考えねばなりません。皆で同じレベルの作業品質に甘んじておきながら、買い叩かれるのはイヤだ‥‥なんて、「競争原理」という言葉を少しは思い出してみるべきです。

 

理想より現実‥‥と言うのなら、では、今の現実に満足してるんですか?

 

 

 

原因の根本は、アニメーターです。アニメーターがなすがままに流されて、自分たちの描く線が変わっていくことに、無頓着過ぎたのです。

 

描線を直に扱う人間が、無批判になりゆきの状況を受け入れて、むしろ無機質化の後押しまでして、結果、まるでアニメ業界が国営化された1つの会社みたいにフラット化しても、当然の結果でしょう。それを受け入れたんだから、なるようになった‥‥わけです。

 

2020年代も、今までと同じく、なりゆきにまかせ続けますか?

 

どこかで、「なりゆきに流される流れ」に歯止めをかけませんか?

 

描線の多彩な表現力を取り戻しましょう。アニメーターが主導して。

 

アニメーターも開発に関わるべきなのです。新時代・新世代の、技術開発に対して、積極的に。

 

4K時代になれば、描線のニュアンスはより克明に映し出されます。

 

二値化によるインクのように均一なトレス線は、それはそれで良いのです。「それしかない」ことが行き止まりなのです。

 

行き止まっている状況を乗り越えたり迂回するには、新たな方法・道筋が必要です。

 

自分たちではソフトのことはわからない。誰か面倒見て。

 

‥‥なんて言い続けているから、流れに流され続けるのです。

 

まさに描線と毎日向き合って、嫌というほど知り尽くしている人間が、絵の道具たるソフトウェアの使い方を「絵のプロではないアドバイザー」に頼ってどうすんの?

 

ペンタブによる新しい作画の時代は、作画する当人=アニメーターが開発にも取り組み、自分たちで切り開くのです。初期はソフトウェアのアドバイザーに頼ることもあるでしょうが、やがて自分たちで独り立ちすることが必要です。

 

でなければ、トレス線の「肝心な部分」はいつまでも「他人の手の中」です。いや‥‥、トレス線だけでなく、アニメの作画技術まで、他人が窓口で他人経由です。

 

 

 

 

まずはアニメーター=線画を直に描く人間が、まさに直にペンタブで線画のニュアンスに触れないと、話が始まりません。紙で描き続けても、一向に事態は進展しません。

 

CintiqやiPad Pro 12.9と、自分の好きなドローAppで絵を描くところから始めましょう。

 

以下は、このブログで徒然に描いてきた絵です。Procreateの描線が、面白いように自在にコントロールできるので、自分の好きな画題で描いてます。

 

 

 

誰かがiPadとAppleのアカウントとAppを用意してくれるまで待って、しかも「使い方教えて」と言うのなら、もう見込みはないです。

 

自分で動き出さない限り、トレス線はおろか、アニメ制作の未来も危ういです。

 

 

 

2010年以降にアニメ業界入りした人は、「アニメの線はレタス線」と思い込んで疑問も持たないかも知れませんが、かつては作品ごとにトレス線の表現が多彩で、コンピュータが導入されても階調トレスの表情豊かな描線が存在しました。レタス線も、レタス線ならではの特徴を活かした作風を考えたものです。

 

しかしいつしか乱造濫作の津波に巻き込まれて、トレス線の表現力は失われました。2010年代とはそういう時代です。

 

失ったものは簡単ではないにせよ取り戻せます。「再興」という言葉があるように。

 

無関心、無頓着、他人事で済ますことをやめれば、道筋は見えてくるものです。

 

 

 

ちなみに、アニメーターがトレス線の表現力を広げて、アニメ制作に導入しようとする時は、いつもペアで色彩設計さんと行動を共にしてください。

 

描いても塗れないんじゃ意味がないです。

 

ギターだけあっても蝉の鳴くような音しかでません。アンプだけあってもギターが繋がっていなければ音はでません。ギターとアンプはペアなのです。同じように、線と塗りはペアです。

 

ギターパートの音はギターとアンプで決まるように、キャラ部分の絵は線と色で決まりますよネ。

 

 

 

でもまずは、線画を描く張本人がアイデアを貯めることです。それが出発点。

 

4Kの映像キャンバスには、トレス線を表現できる豊かなスペックがあります。1.5Kとはわけが違います。アイデアを受け止める許容があります。

 

先回りして「じゃあ、その細かいトレス線をいくらで描かせるつもりなんだよ」と農奴根性を発揮させる人もいましょう。すでに雇われ根性満載の人。‥‥違うんですよ。こちら側から商売を仕掛けるんです。戦う‥‥とは、200円の単価を210円にすることじゃないでしょ。

 

 

 

アニメーターが今後、自ら行動するか。否か。

 

2020年代で道が分かれるように思います。

 

 

 

 


Zを使用可能に。

XYZ軸のレイアウトがあたりまえの未来型(と呼ぶのは少々気恥ずかしいですけど)アニメ制作において、新たに出現するテクニカルエラー〜リテークは「Z軸パカ」「ゼットパカ」「座標パカ」です。思わぬところでZ軸の位置関係が前後して、画像が消えたり現れたりするエラーです。

 

エラー、リテークとして見れば、新たな厄介事かも知れませんが、映像技術的に見れば、今までのタイムシートのシートワークでは複雑怪奇になっていたことが、シンプルに実現できる新技術でもあります。

 

例えば、以下のような動きを、今までのシートワークで指定すると、そりゃあもう、置き換え乗り換えだらけの悲惨なシートになりましょう。

 

Z軸を使えば、この通りのシンプル構造。

 

 

タイムライン上のレイヤー階層の、何とシンプルなことか。

 

大きな円のレイヤーの下にしたり上にしたり、くるくる回るレイヤーのタイムラインをブツ切りにして挟み込む必要はないです。Z軸さえ、コントロールできれば。

 

もちろん、今までのタイムシートだと苦手な動きをあえてやってみただけなので、実際の映像制作の場面では、前と後ろをまたぐ動きはこんなに複雑ではありません。せいぜい、机の下の手を移動して机の上にのせる‥‥とか、人影から前に踏み出る‥‥程度の動きです。

 

でも、そうしたセルまたぎのちょっとした場面でも、Z軸をほんの1〜2ピクセル移動するだけで、例えば、BセルをCセルの上に移動させることが出来ます。

 

「それはいい。方法はどうするの?」‥‥となりがちですが、残念ながらアニメの撮影工程はZ軸を個別に扱う習慣がありません。特殊なカット扱いです。ゆえにシートに明確に指示できません。

 

つまり座標を指定する基本的な事〜アニメ技術のインフラが旧式化し過ぎて、簡単なZ軸のコントロールもままならないのです。

 

位置を指定できないんじゃ、どうにもならん‥‥ですよネ。基本中の基本ができないのですから、発展のしようもないです。

 

 

 

Z軸を扱うには、まずアニメーターがZ軸を使いこなせる必要があります。

 

レイアウト作業、画面を構成するレイアウトを描く際に、担当のアニメーター(多くの場合、原画マン。劇場作品だとレイアウト専門スタッフが存在する場合もあり。)がZ軸を意識して描く必要があります。

 

Z軸の扱いの他に、必要十分な解像度で各要素を分解して、頭の中でコンポジションを組める必要がありましょう。むやみに大判にしてたら、4K時代は大判サイズが2〜3万ピクセルになっちゃいますからネ。

 

「そんな無茶な。自分は撮影スタッフじゃねえし。」

 

‥‥とかいいがちですが、コンポ不可能なレイアウトなんて存在意義がないです。

 

だってさ‥‥、コンポ可能なように、誰かが作り直してやり直すんだもん。レイアウト作業は、原画の下書きじゃないのは判ってますよネ。

 

レイアウトはどのように画面内の要素を構成するか、作画に入る一番最初に画面配置や前後関係、処理などを事前に計画し、各工程の中間素材(セルや背景〜Intermediate)を組み上げてコンポジット(撮影)するための計画図です。

 

アニメーターは絵の収まりを重視しがちですが、もちろんそれが最重要項目ではあるものの、どんなにかっこいい画面配置ができても、コンポジット=最終的に映像化できないのでは、全く意味がありません。静止画のイラストを描くのとは訳が違うのです。

 

 

 

だ・か・ら。

 

アニメーターが、たとえ体験学習的であっても、ゼロからフィニッシュまで、映像を1カット自分一人で作ってみることが有効なのです。

 

「形骸化した原画作業」しか知らなければ、そりゃあ、不具合も非効率も招きますよ。他の工程を「簡単認定」して酷い指示を繰り返しもしましょう。

 

例えば、テクスチャの貼り込み指示はできても、実際に貼り込みがどのような作業によって実現しているか‥‥なんて、全然知らないアニメーターが多過ぎるのです。何をどうやっているかを知らなければ、「簡単に楽にやってる」みたいな曲解をして乱発もしますわな。

 

ざるで水を汲むような愚行も平気で犯しましょう。ざるに水を入れても一気には水は流れ落ちないから、速い動作なら水も汲める!‥‥なんてバカなことを繰り返して。

 

2020年代はもうそういうのはヤメにしませんか。

 

ヤメるためには、とにもかくにも「現代のアニメ制作技術」へと皆で知識を更新することです。

 

フィルム撮影台の亡霊を、ようやく成仏させるのが、2020年代です。

 

 

 

前にも紹介したムービーですが、Z軸を使った舞台セットです。

 

 

 

こうしたZ軸ありきのコンポジットは、欧米のToon Boom Harmonyなどではあたりまえです。クリスタはコンポジットのソフトではないので、日本ではAfter Effectsで実現するのが最短距離でしょう。上のムービーは、Procreate(iPad)で線画を描き、Photoshopを背景を作るのに併用しつつ、After Effectsで完成させました。

 

欧米ではすでに2008年にはZ軸の舞台セットをやってましたヨ。私はHOLiCの劇場版(2005年)で使ったことがあります。つまり、もう15年前にはZ軸はスタンバイしていたのです。

 

日本は進んでいる部分もありましょうが、信じられないほど遅れている部分もあります。2020年代は、技術の遅れを取り戻す10年にしませんか?


 

 

情報が古いままでは、身動きが取れません。

 

何をどうすれば良いかもわかりませんよネ。

 

誰かが‥‥ではなく、自分で技術知識を増やしていきましょう。

 

 

 


マイパワーを拡張せよ。

キャラの絵をiPadで描く‥‥じゃないすか。

 

キャラの色も自分なりに塗ってみます。こんな感じに。

 

*After Effectsで塗りました。Photoshopだと破壊編集なので。

 

その後に、背景も描く‥‥というか、作ってみます。

 

前髪をアドリブで変えたりもします。

 

 

 

止め絵だとここで終わりですが、せっかくアニメの仕事をしているので、ちょっとでも動かして、映像にしてみます。

 

iPhoneの写真でも良いので、Photoshopなどでレタッチして背景画を作ります。

 

そして、After Effectsに持ち込んで、エフェクトを作って足して、コンポジットします。

 

ガラっと雰囲気を変えてみます。カメラワークもつけます。

 

そうすると、こうなります。寒いのと熱いの、2種類。

 

 

 

 

 

 

 

自分ひとりだけで、ここまで作れます。

 

必要なのは、iPadとiMac、ProcreateとAfter Effects。Photoshopのかわりに、Procreateでレタッチすれば、Photoshopすら要りません。サードパーティのプラグインは一切使わなくても、iOSのAppとAdobe CCだけでできます。

 

新時代のiOSやiPad、iMacやAdobeCCを使うと、今まで「多くの工程のほんの一部だけ担当」していた自分から、短い尺であれ、たった1カットであれ、自分ひとりでアニメを作れる状態へとステップアップできます。


4K=3840x2160で、12bitで、現在のアニメ業界よりもハイクオリティな仕様で、自宅で作れます。

 

そんなこと、30年前のフィルム全盛の頃には不可能でした。20年前の「デジタルアニメーション」の時代でも、マシンスペックや機材の能力不足で不可能でした。

 

今はできます。

 

ただ、やろうとしないだけ。

 

 

 

「髪の毛がなびいて、PANするだけなら、簡単にできる」

 

‥‥と、経験豊富なアニメーターは言うかも知れません。

 

だったら、自分でゼロから最後までやってみれば? 簡単なんでしょ?

 

‥‥と言われると、「いや、自分は作画専門だから、他の部分は誰かに任せて」と答えるでしょう。‥‥となれば、

 

誰かにお願いしないとできないことを、よくもまあ、「簡単」とか軽く言えるよね。で、いったい、いくら払って、お願いするつもり? 出来上がった素材を回収して整理するにも人の力とお金は必要だけど、全部試算したわけ??

 

実はそこが、アニメ制作現場の一番老いて劣化した部分だと、私は思っています。現場慣れして現場感覚ズレして、お互いの工程同士を「専門職ならチャチャっと簡単に作業している」と妄想を抱いて評価しています。中間をつなぎ合わせる人の手間を、手間とも考えず見くびってもいます。

 

お互いが、お互いを「簡単にこなしてるだろ」と思い合っている。

 

ダメな現場の典型じゃんか。

 

 

 

ちなみに、今のアニメ業界ではタイムシートに記述できないようなZ軸&解像度パススルーのコンポジットで、前述の映像を作っています。After Effectsなら少なくとも10年前から可能なテクニックです。

 

 

 

これさ。

 

今のアニメ現場でどうやってタイムシートに指示する?

 

まずアニメーターが、こうした立体配置のレイアウトを描けないですよネ。

 

つまり、レイアウトが構成できなくて、タイムシートの記述法も存在しない。

 

全然、今の制作現場にとって、簡単ではない内容です。

 

だけど、現場ズレした人々はキャラの動きだけ見て、容易に「簡単認定」します。アニメーターだけでなく、制作進行、現場マネージャー・生産管理の人間も。

 

 

 

アニメ制作現場に大きな陰りがで生じているのは、外圧だけでなく、かなり強い内圧〜自ら生み出した限界が深く関与しています。

 

外圧ばかりに原因をなすりつけていたら、現場を改善することは100%絶対に無理です。

 

もちろん、内圧だけが原因ではないですから、外圧を取り除く活動も必須ですが、外圧だけを問題視する現場内部の人間にも相当問題はあります。

 

 

 

紙を使い続けて、昔ながらの方法を継承するのは良いです。でも、昔の品質基準では通用しません。近い未来には最低4Kのスペックが必要になるでしょう。

 

ペンタブを使うのなら、昔の原画の真似事に終始していては発展も改善も見込めません。ペンタブならではのアドバンテージを、制作技法にふんだんに盛り込むアクションが必要です。古い頭の人間と対峙しても、です。

 

 

 

まずは、ひとり、ふたりで、限界突破のネタを試してみるのが良いです。今はそれを可能とするアイテムが身近に存在します。

 

どんなに現場慣れしてたって、未来社会の映像産業には太刀打ちできないですヨ。むしろ、今までの現場感覚など害悪になるだけです。

 

今までの慣習や考え方を改めて、未来にどう立ち向かって切り開いていくかを、驕らず謙虚に、プラグマティックに合理的に考えられる人こそ、ベテランや中堅の人物像です。

 

iPadとiMac、ProcreateとAfter Effects一本あれば(追加のプラグインなし)、少なくとも前述の映像は作れます。

 

 

 

やろうとしない、動こうとしないベテランと中堅。「そんなの無駄だ」と揶揄ばかり座ってばかりのベテランと中堅。

 

たとえ今は徒労に終わっても、チカラ及ばずとも、諦めずに、暗闇から出口を探そうと動き、新しい扉を開こうと動く、ベテランと中堅。

 

どちらが良いですか?

 

私は後者になりたいです。

 

 

 


1スタート

私は2000年前後の頃は、タイムシートの習慣が深く体に染みついていて、コマのスタートは1のほうがしっくりきていました。今でも、連番は1からスタートするのが好きなのですが(ファイル総数とフレーム数と連番テキストが一致するので)、こと、タイムコード表記になると、00:00:00:01からスタートするのはキモチ悪くて仕方ないです。

 

タイムコードはオフセットでもしない限りは、0スタートで良いでしょ。

 

00:00:00:00

image_00001.tif

image_0001.tif

00+01

 

これ、皆同じ時間位置で良いと思いますけどネ。‥‥まあ、連番に関しては、0000スタートもありかと思いますが、タイムコードは0スタートにしたいです。

 

タイムシートの番号に合わせるために、タイムコードを1スタートにするなんて、誤解が生じて、不要なミスの原因になります。まるで、先頭1フレームをカットしたように見えますもん。

 

かといって、なんでも0スタートにする必要はないですよネ。まさか、「原画0枚目」なんて言う人はいまい。現物が存在する1番目を、0と表現する方がおかしいです。りんごが1つ、お皿の上にあったら、「りんご0個目」なんて言うわけもなし。

 

ただし、タイムコードは0スタートで映像ジャンル問わず作業しているので、アニメの現場だけ1スタートにするのは、なんというか、面倒で厄介です。

 

タイムコードは「数」というよりは「位置」なんですよネ。だから、出発点はゼロなのかも知れませんネ。

 

ですから、タイムコード=位置・座標ではなく、フレーム数=量であれば、1からスタートするのは全然違和感はないです。

 

たまにアニメ制作現場で、タイムコードが1スタートのプロジェクトを引き継ぐことがあって、そんな時は全部0に直して回っています。もちろん、タイムコードに関しては0スタートにしてください‥‥と、フィードバックもしますけどネ。After Effectsには、タイムコードを0スタートのままで、フレーム数のカウントスタートに関しては1にするオプションもありますヨ。

 

 

 


生き残る

1996年から2005年に至るまでに、業界がどのように変化したか、もっと言えば、どのような仕事が生まれて、どのような仕事が消滅したか、さらには、どのような人が頭角を現し、どのような人が去っていったかを、よ〜く思い出して考えれば、2020〜2029年がどのようなことになるのかは、全く同じではないにせよ、想像に難くありません。

 

1996年からの10年間で、淘汰された人は、消滅した工程の作業者だけではなく、コンピュータの知識を持つ人も現場から姿を消していきました。「コンピュータにちょっと詳しい程度では、やがて淘汰される」という事例です。

 

クリスタの使い方がわからない、TVPの使い方がわからない。‥‥そんな状態で何年も停滞するわけがないです。やがて使い方を皆が覚えて、覚えた後は自力でもっと突っ込んだ使い方を実践して、「現場の自己同期」よろしく、先発隊の人間が後進の指導をするようになります。

 

つまり、中途半端な知識では、やがて用済みとなって、技量を獲得した新しい人々に駆逐される‥‥ということです。現場が「もっと高度な技術を」と求めた時に、中途半端な立ち位置のアドバイザーやインストラクター(開発元所属ではなくあくまでユーザ側のアウトサイダー)では太刀打ちできなくなるからです。

 

アニメ制作会社側のスタッフでは、ソフトウェア会社の開発部門と直接の組織関係をもつわけではないですし、内部的な発言権も影響力も実質存在しません。強く働きかけたり、一緒にソフトウェアを盛り上げることは可能でしょうが、立場はあくまでアウトサイダーですし、アウトサイドだからこそ、開発元に対して忖度なしに要望も出せましょう。

 

例えば、私は今、4KやHDRで、業界より先行している立場にいるでしょうが、その「先行していることそのもの」で商売できるなんて、全く考えていません。他人よりちょっと先行しているからって、それで生きていけるなんて、甘い考えは抱けるはずもなし。‥‥まあ、2000年前後の「デジタルアニメーション」の時にそうした感慨は経験済みですし、そもそも過酷なアニメ作画現場出身なので、簡単に夢を見る気にはなれんのですヨ。私が考えているのは、もっと全然違うところにあります。

 

他人より、少々ソフトウェアの扱いが先行している程度の立場で、生き残れるわけがないのです。

 

 

 

では、生き残っている人はどんな人か。

 

たとえ「いまどきで最新」ではなくても、確かな技術力を身につけた人は、部署を変えても生き残っている人が多いように感じます。

 

どんな状況であれ、作画なら絵の巧さ、コンポジットなら画面作りの美しさ・かっこよさは、当人のスペシャル=技術の「底力」を他者に認識してもらうのに極めて有効です。

 

もちろん、あまりにもオールラウンダーゆえに「浅くて広い」人も、スペシャリストと呼べるでしょう。「対応力の鬼」のような人も、1つの専門ではなくても、スペシャルと言えます。

 

 

 

何かのスペシャリストであることは、生き残りの必須条件です。

 

作画を自己流でちょっとかじりました、並撮にT光とディフュージョンをつけることくらいならできます‥‥なんて、長い目で見れば、当人にとって役に立たんのです。周りが初心者の頃に、少々頼りにされるだけ(マニュアルのショートカット代わり)で活躍期間は終了し、「いなくても良い人」認証されます。

 

残酷ですが、1996〜2005年を見てきた事実です。

 

 

 

スペシャルな技能は、生きていく上で、頼りになるんですよ。

 

皆が憧れるスペシャルでなくても、何らかのスペシャルで良いのです。一家言で良いのです。

 

スペシャルを獲得した後は、そのスペシャルをどのように自己プロデュースするかです。

 

スペシャルを持たないのに、自己プロデュースしても早々に頓挫しますから、何よりも「原動力」となるスペシャルな要素を自分の内部に形成することです。

 

そして、スペシャルを獲得した後は、錆びないようにメンテすることです。

 

 

 

パソコンが社会に浸透してきた頃、「あなたもプロなみ」「皆がクリエーター」なんてはしゃいだものですが、そんな簡単にプロのクリエーターになれるわけないじゃん。

 

厳しいこと、辛いことは、極力回避して、中途半端な知識と技量のままで、周りから頼りにされるはずがないです。もし頼られるとすれば、町内会とか親戚筋の素人集団の中でのみ‥‥です。

 

業界の技術転換時には、業界の多くの人が「一時的に素人」になるのですが、やがて皆が技量を身につけますから、「クリスタの使い方」「TVPの使用法」みたいな知識だけのアドバイザーとして生き残っていくのは長期的には難しい‥‥というか、不可能ですよネ。過去が物語る通り。

 

アニメ現場におけるコンピュータ活用のスーパーバイザーになるのなら、誰よりも映像技術の動向に敏感で、メーカーさんとも仲良くして最新の機材に触れるような立場にならないとダメです。そのためには、アニメーションの技術をまず大量に身につけていないと、その立ち位置には立てないないですよネ。‥‥ゆえに、コンピュータを昔から使っていた程度の経歴、アニメファンの延長線上では太刀打ちできません。

 

2020年代の10年間に、いつものように、淘汰が繰り広げられましょう。どんなに今、クリスタやTVPに詳しくても、それだけでは生き残れません。小手先の知識ではなく、アニメファン心理の寄せ集めだけでもなく、技術として確立された一家言を持てば、頼りになる存在となりましょう。

 

 

 



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