大判。その3。

ひとくちに大判カットと言っても、色々です。カメラフレームが1.5Kだと、横10フレームでも15Kのサイズで収まり、ほとんどエフェクトを加えない条件なら、コンポジットできないでもないです。気安く「できる」と言うと、後で面倒なことになりますから、「ほどほどに」と日頃からアナウンスするのが良いですけどネ。

 

しかし、たとえ3フレームのPANでも、場合によっては、9フレーム分の負荷がかかるケースがあります。

 

斜めのPANです。

 

 

 

斜めにカメラを振る場合は、かなりのピクセル数になります。

 

同じ3フレームのPANでも、横や縦と比べて、メモリの消費量が違います。

 

その理由は簡単です。

 

例えば、下図の斜めPANは、9フレーム分の負荷がかかります。カメラワーク的には3フレーム分の斜めPANですが、キャンバスサイズは9フレーム分になります。

 

 

 

斜めにカメラを振ると、灰色の部分の余白面積がスゴいですよネ。まさにメモリ消費量が増える直接原因です。

 

右上と左下の三角の余白部分だけは計算から除外したい‥‥というのは、少なくともAfter Effectsでは無理なのです。

 

キャンバスサイズもれなく計算対象になります。カメラに写らない部分も、一生懸命、After Effectsは計算します。

 

どうしても何とか低容量に抑えたい場合は、斜めに組む手もありますが、それは最後の手段にとっておきましょう。煩わしさがハンパないので。

 

 

 

何フレーム分のPANか‥‥だけでなく、どのような軌道を描くかも、重要なのです。

 

私はレイアウト作業をする際に、絶えずピクセル寸法を気にかけますが、横や縦のフレームではなく、全体の面積で測ります。

 

エフェクトをかける際に、全体に適用しなければズレてしまうような場合と、カメラワーク後の標準フレームで切り取った後でも大丈夫な場合と、条件・状況は様々です。

 

やはり、できるだけコンパクトに抑えておくのが、良いのです。野放図にデカいレイアウトはいくらでも作れますが、そこはそれ、知恵と工夫を最大限に働かせて、無闇な大判は回避するのが腕の見せ所です。

 

 

 

とは言え、な‥‥。

 

こうした、コンポジットに関係するレイアウト作業時の知識は、撮影スタッフ・コンポジターが知っているだけでは、一向にアニメーターにフィードバックされません。撮影スタッフはレイアウトを描かないので、レイアウトに反映されないのは当然です。

 

一方、アニメーターはコンポジット作業をおこないません。ゆえに、いつまでたっても、「レイアウト時にコンポジットの計画を盛り込む」ことができません。

 

変な言い方ですが、撮影スタッフとアニメーターがかなり仲が良くないと、情報は循環しないですよネ。それこそ、同室で作業するくらいでないと、お互いがお互いを文字通り「門外漢」としか認識できないのです。

 

70年代に基本形がほぼ出来上がって深く浸透したテレビアニメ制作のセクショナリズムは、そうそう覆せません。逆に言えば、そのセクショナリズムがあるからこそ、サバサバと他人の関係で量産が可能だとも言えます。

 

実は、簡単には意思疎通できず、仲良くなれないメカニズムが、量産システムの中にはあるのですよネ。

 

実際、作画スタッフだけの懇親会とか、撮影スタッフだけの飲み会とかは多いですよネ。そんなところからも、現場の「覆せない空気」が読み取れましょう。

 

 

 

今は、自宅でアニメーターがゼロからフィニッシュまで映像を完成できるほど、コンピュータの能力は向上しています。

 

現場の雰囲気に任せていると、広範な映像制作全域の技術など獲得できませんが、コンピュータ自体は「いつでもどうぞ」と待っています。

 

今は「動くイラスト」という名目で、いくらでも自分の映像を全世界に向けて公開できますよネ。発表の場に困ることはないでしょう。

 

前世紀末、周囲がフィルムの永遠を信じて疑わない頃、ほんのひと握りのスタッフたちで「デジタルアニメーション」が始まったのを、私は渦中で経験しました。当時はアニメ業界全てがコンピュータによるコンポジットに染まるなんて考えもしませんでしたが、純粋にフィルムではできなかったことがやりたくて、のめり込んでいったのです。

 

それは今でも同じなんですよ。

 

iPadで絵を描いたら、ものすごく、手応えを感じた?

 

もしかしたら、たとえ1カットでも2カットでも、自分の思いのままの映像が作れるんじゃないかと、直感した?

 

‥‥だったら、その勢いでどんどん進みましょう。

 

いつの時代も、Think Differentですよ。

 

 

 


ぷりれん。

After Effectsのパペットツールは、数あるAfter Effectsのエフェクトの中でも重い部類に属します。画像サイズがデカくなると、特に重くなるようです。

 

なので、プリレンダリング。

 

動きを見極めたら、億劫がらずに、予めレンダリングして差し替えたほうが、劇的に速くなります。

 

内容によりけりではありますが、レンダリング8時間コースが1時間まで短縮できることも、ざらにあります。

 

 

 

プリレンダリングなんて、いつの話だよ。

 

‥‥と思う人も多いでしょう。最近はマシンが高性能化して久しいので、いわゆる「撮影」カテゴリの作業内容で、サイズが1.5Kくらいなら、プリレンダリングなどしなくても、十分高速にレンダリングして完了するでしょう。レンダリング時間が数分で終わるカットも多いですよネ。

 

しかし、After Effectsをアニメーション=動きの表現に用いて、かつ4Kだと、全く状況が変わります。

 

After Effectsって、まだまだ処理速度が速くならないとダメだな‥‥としみじみ実感します。20年前の速度に逆戻りです。

 

 

 

20年ちょい前は、64MBとか128MBとか言ってたメモリ。133MHzとか言ってたクロック周波数。

 

凝った内容をするには、プリレンダリングは必須でした。

 

ARMのMacって、どうなのかな。

 

未来のアニメ制作に使えるように、それなりに高速になってくれると良いなと期待します。

 

 


大判。その2。

大判作画は、2コマや3コマのシートの際に、フリッカー(ちらつき・がたつき)を生じることがありますが、その他にも大きな問題があります。

 

メモリです。

 

大判サイズは、コンポジット時のメモリ消費量がデカいのです。

 

今はまだ「夜明け前」でカメラフレーム(標準フレーム・100Fとも呼ぶ)が1.5K程度ですが、未来、4Kに準じて作ることになって、納品の条件が「ドットバイドット=アップコン不可」の場合、大判をホイホイ濫用すると、あっというまにメモリをオーバーフローします。

 

クイックTUやTBなんて安易に使えなくなります。

 

枚数稼ぎのクイックTB,TUをコンポジットするために大判を組んだら、逆にメモリが足りなくて頓挫した。‥‥なんてことも起こり得ます。

 

 

 

実写とアニメの4Kは違います。アニメの4Kはマシンパワーをたっぷり要求します。

 

たかだか、横2フレームPANしただけで、8000pxです。実写はどんなにカメラを振っても4Kのまま‥‥ですよネ。アニメはカメラを振れば振るほど、どんどんキツくなります。

 

メインメモリ64GB、ビデオメモリ16GBを積んだiMac Proでも、4Kフォーマットの大判相手では大火の消防車のごとく、徐々に鎮火させるのがやっとです。

 

 

 

ぶっちゃけ、何時間かかっても、レンダリングが成功すれば良いのです。GPUのメモリ不足でキャッシュを使って低速になろうが、レンダリングが最後までできればOK。見通しも立ちます。

 

メモリが根本的に足りなかったり、ソフトウェアの内部制限にひっかかって、レンダリングが不可能な場合は、コンポジションの設計を考え直し、最悪の場合は、レイアウトから構成をやり直す必要も出てきます。

エフェクトの中には、イメージバッファを広く取るものがあって、使うのを控えなければならないエフェクトもでてきます。

 

 

 

今までのサイズならまだなんとかなることもあるでしょう。マシンのメインメモリが16GBで、ビデオメモリ4〜8GBでも、乗り切れることも多いでしょう。

 

しかし、未来の納品条件に準じるなら、今までのマシンはまるっきり旧式になり、レンダリング自体が不可能です。

 

なので、設備・環境の近代化と合わせて、既に絵コンテを描く段階から、「コンポジット可能」な内容を計画しておく必要があります。フィルム時代だって、撮影不可能なカットは作りませんでしたよね? ‥‥それと全く同じです。

 

絵コンテ、そしてレイアウトで、メモリのオーバーフローを防ぐ内容を、巧妙に仕掛けることが必要です。

 

After Effectsの最大寸法は、縦横3万ピクセルとのことですが、実際は16ビットモードで計算したり、エフェクトをかけたりと、限界は1万ピクセルくらいと考えておいたほうが良いです。

 

つまり、2020年現在では、1万ピクセル内で抑えるレイアウトの工夫が必要です。もちろん、メモリ64GB、ビデオメモリ16GBのコンポジットマシンが前提です。マシンが非力な場合は、もっと限界を低く見積もる必要があります。

 

 

 

大判のレイアウトだからと言って、正直に大判で描いてたら、あっけなく破綻します。

 

計算したら、2万ピクセル必要だ‥‥としても、2万ピクセルで組むのは愚です。

 

素材サイズを5千〜1万ピクセル以下に抑え込む知恵と工夫を総動員するわけです。作画段階のレイアウト作業時に、カメラワークと素材サイズを分離して構成するのです。

 

After Effectsですと、コラップストランスフォームと3Dレイヤー機能を巧みに活用することで、元の解像度を保持したまま、カメラワークが可能です。ラスタライズしないまま、解像度がコンポジションを通過するようにして、レイヤーを構成します。

 

フィルム時代と違って、タップがなくても座標で位置合わせできますし、タップ穴が画面に写り込むこともないですから、無駄な余白は除去して作画します。タップ穴のために寸法を割くこと自体、NGになることもあります。

 

フィルム時代にはできなかった、あの手この手を用いることで、不可能に思えた2万ピクセル相当の巨大なコンポジションも、万を超えないサイズでレンダリング可能になります。‥‥まあ、大変なことには変わりないですが、レンダリング不能で破綻することはないです。

 

 

 

近い未来、コンポジションの限界やマシンの限界を知らずして、何の配慮もなく大判を組むことは難しくなると思います。

 

1.5Kの今だって、無闇な大判はNGですよネ。

 

キャンバスサイズの大判化を抑えて、軽量な構成にすることは、今でも有用・有効です。

 

フィルム時代のノウハウは活用可能なものも多いですが、一方で形骸化したものもあります。フィルム時代のノウハウは、継承するものを厳選すべし。何でもかんでも踏襲しないことが肝要です。

 

アニメーターが実際にコンポジションを組んで見れば、「やべえ‥‥自分の描いたレイアウトの構成って、こんなに重かったのか‥‥」と実感できるでしょう。もちろん、「意外にイケるやん」と手応えを感じることもあるでしょう。

 

アニメーターがコンポジションに対して知識を持つことは、未来を切り開くための、重要な鍵の1つに思えます。

 

 

 


大判。

大判でカメラワークがあって、3コマで動く以上は、どうやってもフリッカー(色々呼び名はありますが、本ブログではフリッカーで統一します)は発生します。なので、出来る限りセルを大判にしない工夫が、レイアウト作業時に求められます。

 

例えば、キャラクターが歩くのに合わせてカメラを追い写す(付けPAN・FollowPanと呼ばれます)のなら、大判で作画してカメラを振るより、スタンダードで作画してBGを目盛り引きしたほうが、フリッカーを抑制できます。

 

でも、足の接地面が見えている場合は?

 

その時はしょうがないので(=足が滑るのがイヤでしょうから)、大判で作画して、フリッカーを黙認する他ないです。

 

 

とは言え、上図のように盛大にガタついてるのは、できる限り黙認したくない‥‥ですよネ。

 

どんどん4Kテレビにリプレースされる未来に、このパタパタパタパタ‥‥という高速ガタつきは、目にキツいです。

 

スマホならともかく、24インチ以上の画面、今どきのテレビの大画面で見れば見るほど、生理的にキモチ悪くなる(ぴかちゅう現象に似た)ので、絵コンテの段階で接地面を画面外に逃すなど、工夫すべきでしょう。

 

接地面が見えてなければ、セルをカメラフレームに固定して、BGとBOOKだけスライドして、フリッカーを解消できます。

 

ラッシュチェックで「なんとかなんないの?」と言う演出さんもいますが、なんとかするなら、絵コンテの段階で、です。

 

 

 

私は作画もやりますが、コンポジットもやるので、フリッカーは目についてしょうがないです。

 

防げるフリッカーと、防げないフリッカーがありますが、3コマシートで24fpsである以上、フリッカーの罠はすぐそこに待ち構えています。

 

大判でセルの動きが絡むのなら、フリッカーをできるだけ防止するレイアウト構成を心がけたいですネ。

 

絵コンテでは大判で描かれていても、実際のレイアウトではできるだけセルはスタンダード(=カメラフレーム・100F)に固定して、BG引きで「PAN感」を出したほうが良いです。

 

PANだけでなく、TU・TBでも、セルが3コマで動いていればフリッカーは発生しますので、用心しましょう。

 

ちなみに、カメラワークと3コマの動きが同時に重なった際にフリッカーが発生するわけなので、カメラワークの際にセルの動きが止まっていれば問題ないです。‥‥まあ、カットの内容にもよりますが、PANと同時に演技するのと、PANが終わってから演技するのとでは、後者だとフリッカーが発生しません。

 

 

 

広義のフリッカーで言えば、BGを横に速めにスライドする際に(バストサイズの歩きのフォローとかで)、BGに垂直の何か(電柱とか窓枠とか)が描かれていると、これもまた、盛大に目にひっかかります。

 

1秒間24フレームしかない映像の中で、輪郭がくっきりと描写されたものが動くと、特に速く動いた場合に「残像がないがゆえに」目にひっかかって見えるのです。

 

目の前で手を速く動かしてみればわかりますが、速く動くものは像が流れてこそ、生理的に自然に目に写ります。

 

アニメの絵はいちいち残像を付け加えて描きませんし、BGは止め絵をスライドするので、目に形が焼きつくほどシャープな輪郭を有します。このシャープ感が、アニメの「味の1要素」でもあるので、決して悪いことではないのですが、場合によっては妙に目に引っかかって気に障ることがあります。

 

その、気に障る「目に引っかかるシャープな輪郭」を、実写にて最大限利用したのが、プライベート・ライアンです。

 

オマハビーチの冒頭シーンでは、高速シャッターでモーションブラーを抑えて輪郭をハッキリ写して、故意にフリッカー感を発生させて演出表現に昇華させていました。

 

*映画制作者なら、冒頭の上陸シーンだけでも見とかないとダメっしょ。技術の見聞として。

 

 

故意なら成功ですが、意図せぬ場合は困ったものです。

 

モーションブラー(ブレて流れた画像)とフレームレートとの関係性でガタつき・フリッカー感は決まるのですが、アニメは基本全てがくっきりピントなので、速めのBG引きは、描かれている内容によっては、異様に目にガタついて見えるのです。

 

‥‥かと言って、不用意にブラーをかけると、アニメ絵的におさまりが悪くなる場合もあります。難しいもんですネ。

 

 

 

これから未来は、アニメーターも少なからずコンポジットの知識が必要になるでしょう。

 

コンポジットの中身を知れば、レイアウトの構成にフィードバックできます。

 

草の根的に次の技術へと動き出すのは、もう少し先だとしても、アニメーターはまず何よりも絵描きだと思いますから、自主的な小さな取り組みであれ、線画の枠から踏み出して、絵全体を構成する手段を獲得するのは有効です。

 

どんな素材を揃えれば良いのか、どのようにコンポを組めば良いのか、コンポジットを実際に経験して数カットだけでも完成映像を作ることで、具体的にレイアウト段階で何をすべきかが見通せるようになるでしょう。

 

 

 

コロナで大きく社会が揺れる今、何がどのように引き金となって、新しい技術世代に移行するのか。

 

今できることを積み上げておいて、次の大きな転換期へ準備しておきましょう。

 

 


混乱タイムコード。再掲。

アニメ業界内では、実は、頻繁に目にする1スタートのタイムコード。

 

タイムコードを普通に使っている一般的な映像制作の流儀からすると、混乱も甚だしいです。

 

アニメ作品の1本つなぎのムービーのカット頭は、00:00:00:01で始まっているものが多いですが、これって、編集さんが必ず頭1コマを切っている‥‥わけではないですよネ。

 

おそらく、カット個々の尺の頭から使っているのだと思うのですが、ごく普通の映像制作の認識からすると、全てのカットを先頭1フレーム切っているように見えます。00:00:00:01で始まっているので、そう見えるのです。

 

アニメの撮影現場でオフライン撮に1スタートのタイムコードを埋め込んだばかりに、常識から外れて混乱します。

 

だってさ、どんなにオフセットで1スタートにしても、ラストは23で終わりますよ。‥‥で、次は24じゃなくて、次の秒のゼロに戻るんですよ。‥‥全然ダメダメじゃないすか。

 

 

 

タイムシートに合わせて、タイムコードを1スタートにオフセットしても、タイムコードは0スタートと決まっているので、

 

↑タイムシートの1コマ目。タイムコードの本来は00:00:00:00。

 

↑タイムシートの23コマ目。タイムコードの本来は00:00:00:22。

 

↑タイムシートの24コマ目。タイムコードの本来は00:00:00:23。次の秒に進んでないのに、タイムコード上は次の秒の表示。‥‥これはいかにも大問題。

 

↑タイムシートの25コマ目。タイムコードの本来は00:00:01:00。タイムコードの標準に慣れている人間はキモチ悪くて吐きそうです。

 

‥‥のように次の秒に繰り上がるタイミングが1フレーム前倒しになってズレます。

 

 

 

タイムコードをタイムシートのコマ表記に流用するのは、即刻止めましょう。

 

タイムコード書式を見たら、映像制作者なら誰でもタイムコードの流儀だと認識します。

 

1スタートにするのなら、別の書式(0+1書式など)にしましょう。

 

 

 

1スタートとタイムコード書式の組み合わせが「超NG」なのです。1スタート自体は悪くもなんともないです。

 

例えば、「税込み価格」の欄に、「税抜き価格」を記入して、レジの際に税を手打ちで加算するような行為です。

 

誰が見ても、混乱この上ないですよネ。

 

 

 

24fpsの場合、タイムコードは0スタートで23終わりなんスよ。

 

それを無理にオフセットの設定で1スタートにしても、浅知恵です。次の秒から0スタートに戻ります。‥‥上の図の通り。

 

タイムシートの表記は、そもそもタイムコードではないのに、なぜエフェクト>テキスト>タイムコードを使うのでしょう? 根本的に使い方が間違っています。

 

タイムコードは表現技術とは違って、運用技術のカテゴリです。フレームの番地を表すものです。自己流の使い方は許可されていません。番地を各人が自分流に記述し始めたら、大混乱もいいところです。

 

テキストレイヤーとエクスプレッションをつかって、以下のようにタイムコードとタイムシート、さらにはタイムシート上の通しコマ番号を併記すれば、どの方面にも混乱なく伝わって、事故を防げます。

 

 

 

 

 

とにかく、1スタートのタイムコードはやめましょう。アニメ業界内部だけの極めて閉所的な間違った習慣です。

 

タイムシートは1スタート、タイムコードは0スタート。それでいいじゃん。

 

タイムシートは1スタートで「+で区切る」、タイムコードは0スタートで「: で区切る」。これが覚えられないほど、記憶力が低いはずはないですよネ。

 

 

 

タイムコードに合わせてタイムシートや枚数を0から数えよ‥‥なんて不要です。タイムシートや枚数は1スタートで良いです。

 

そのかわり、タイムコードの表記を扱う際は、頭をちゃんと切り替えて、0スタートでカウントしましょう。

 

TCとTS。この2つを混同せずに、ちゃんと切り分けて使い分けられるか‥‥は、未来の映像技術と共に歩んでいけるかを試す、試金石にように思います。

 

タイムコードの書式を、本来の正常な0スタートに変えることすら、できる人間とできない人間とに分かれるでしょう。

 

今までやり続けてきたことが「正義」だと思い込んで、絶対に間違いを変えようとしない類いの人々は、残念ながらどんなフィールドにも存在します。タイムコードを1スタートで運用するのは、明らかに間違いなのですが、歳をとって経験を積めば積むほど引っ込みがつかなくなって、様々な屁理屈をつけて正当化しようとするのは、正直、同じ年長者として恥な人々だと思います。

 

年長者なら、どんなに長年の習慣でも、改善すべき点があれば、知識と経験と照らし合わせて精査する能力を発揮すべきです。

 

歳をとることが、頑固さのバロメーターになってしまったら、それはもはや、老害にしかならんです。

 

いや、もう、ホントに、1スタートのタイムコードはすぐに廃止しませんか? アニメ業界の愚です。

 

 

 

タイムコードとタイムシートをちゃんと使い分けられるか。

 

当人の未来、そしてその人間たちの現場の未来を暗示しています。

 

 


納得の期間

私は、紙作画の思考から完全に抜け出るのに、10年以上かかりました。1995年前後にPhotoshopを触り始めてから、2008年前後にようやく、用紙もタイムシートもタップ穴も、他の適した方法に移行すべきと、自分の中で納得して切り替えることができました。

 

結局、自分で納得しないうちは、紙の代用品思考から脱出できないのです。他人からどれだけ理屈や事例を示されようが。

 

iPadで作画作業をするうちに、やがて、紙の流儀を模倣して踏襲することに、非効率な部分を多く感じるようになり、それでもなお旧来の方法を踏襲することに、釈然としない感情が芽生えるでしょう。

 

今のアニメ業界の人々の多くは、「デジタルで作画する時のトラブル云々」で思い悩むことが多いですが、そもそもコンピュータを使って絵を描いているのに、紙の流儀を踏襲しようとするからこそ、トラブルが発生し続けることに、まだ自分自身で気づいて納得できていないのです。

 

誰に諭されるわけではなく、自分自身で「なぜ、iPadを使っているのに、紙の真似ばかりしているんだろう」と気づくプロセスが必要です。

 

納得するには、自分なりに時間が必要です。

 

 

 

実際のところ、「これこれこういう理屈と理由で、iPadやPCはこう使ったほうが良い」と他人から言われても、自分で実感しなければ納得もできないし、さらに自分が他者に伝達する際に「実感をもって説明できない」でしょう。

 

自分が旧来の思考の枠内に囚われていたことを実感するための「時間」が必要です。

 

で、今のアニメ業界は、その時間の最初の頃です。なので、ひとかわ剥けるまで、先はまだまだ長いス。

 

しかし、その時間はショートカットできません。時間の長短は各人それぞれでしょうが、カットはできないです。カットしたら、自分で納得しないままで、本質を理解できぬままですから、先に進んでも大きくブレます。

 

 

 

絵を描くことは止めない。しかし、絵の描き方、アニメの作りかたは、紙とフィルム時代に形作られた流儀ではなく、新しい時代のツールと技術を最大に活かす、新しい流儀を形成すべし。

 

紙とフィルムの時代は、そこに紙とフィルムと絵具があったからこそ、その道具を活用する技術体系が出来上がったのです。

 

では今は?

 

目の前にiPad Proがあって、PC/Macがあるのなら、その道具を活用する方法論を考えるでしょう。

 

紙やフィルムの過去は、事例や教訓として参考にはすれど、思考を縛られることなく、です。

 

とは言え、色々な状況や理由があって、なかなか思考は転換しませんが、日頃からiPad Proで絵を描いていれば、理屈よりも感情で「昔に縛られる必要なんてあるのか」と、やがて気づいて、自分の発想の原点を自己批判できるようにもなります。

 

絵を描く本人が気づく。そして思考を変える。‥‥そのプロセスが必要なんですよネ。誰かの押し付けではなく、自分自身で。

 

アニメの作りかたを「再現」するのではなく、「再発明」する意識へと移行するための、今は移行期間だと思えば、色々なトラブルや難問も、未来の大きな糧になりましょう。

 

 


新時代のアニメーターが覚えるべき事柄

iPad Proを買ったからって、誰でも上手い絵を描けるわけじゃない‥‥のは、誰でもわかることですよネ。道具は手段。手段のおおもとは、人間の能力です。

 

ですので、CintiqやiPad Proを手にしても、アニメーターは紙作画と同じ技量がまず必要です。CintiqやiPadは技量獲得のショートカットや逃げ道ではないので、紙作画と全く同じだけ習熟の過程が必要です。

 

紙作画と同じ技術を獲得するのは、デフォルト=初期状態として必要です。大前提です。

 

その大前提からさらに、コンピュータならではの拡張技術を獲得してこそ、紙作画では持ち得ない価値が生まれます。

 

そのためには、まず、

 

トランスフォーム(位置や回転や拡大縮小)

ディストーションやデフォーム

パーティクル

フラクタルノイズ

 

‥‥の4つの要素を、「撮影」ではなく「作画」の技術として、「デジタル作画」と同時に習得するようにします。

 

この4つを使いこなせるようになるだけで、できることがかなり広がります。つまり、アニメーターの守備範囲・表現領域が拡張されるわけです。

 

 

 

日頃は「動きのタメ」とか言ってるアニメーターが、トランスフォームを使った途端に無頓着になってリニアのキーフレームでスルーするようでは、情けないのひとことに尽きます。

 

動きのツメ・タメを制御して、単なるトランスフォームの値を、アニメ作画の表現に昇華させましょう。

 

After Effectsでは、自在なカーブの制御で、いくらでもツメ・タメをコントロールできます。アニメーターが基本中の基本として拘りたい動きのツメ・タメは、ソフトウェアでも制御可能です。

 

そのためには、制御の方法やコツをマスターすることです。操作自体は簡単で、要は「自分の思った通りに動かせるまでネバれるか」です。

 

アニメーターは「動きを思い浮かべる」のが仕事です。

 

様々な動きの「思った通り」を想像できるのが、アニメーターの強みです。

 

撮影さんは画面ブレでウィグラーを多用しますが、アニメーター視点で言えば、ナンセンス。‥‥一番手軽に、画面のアクションを表現できる画面ブレを、なぜ自分で1フレームずつコントロールしないのか‥‥は、まさに工程の意識の差です。

*1フレームずつコントロール‥‥なんて時間がかかる‥‥とか思いがちですが、頭に動きが想像できていれば、制御は速くて確実で、ピッタリ演技にハマります。同じブレが何秒も続く場合は、loopOut()を使えば良いですしネ。

 

アニメーターがソフトウェアをいじった途端に、キーフレームの制御を野放しにするのは、単に制御に慣れていないからです。

 

であれば、慣れれば良いのです。

 

 

 

「デジタル作画」で従来の作画技術を継承するのは、基本を形成する上で必須でしょう。

 

そこにさらに、新たな技術要素を加えて、足し算ではなく掛け算の技術発展を目指すのです。

 

料理のトッピングではなく、料理法の掛け合わせです。

 

トッピングには限界がありありですが、料理法を組み合わせて掛け合わせるのなら、幅広い料理のバリエーションが生まれます。

 

ハイブリッドとは、パートタイムで交代することではなく、複数の要素の長所を活かすことです。

 

作画をハイブリッド化することによって、ペーパーレス環境の真の価値が創出できます。

 

 

 


負の相関

アニメ作画の機材やソフトウェアは、アニメ作画の報酬・単価が低いがゆえに、高額な設備は導入できない‥‥とは、前々回書きました。もしソフトウェアを導入しようとしても、できるだけ安く済ませたいのは、巡り巡って、アニメ業界の作画単価が低いがゆえです。

 

前々々回は、アニメ業界がソフトウェアや機材にお金を払おうとしないので、日本のアニメ業界に最適なアニメ作画ソフトウェアは、開発する機運が生じない‥‥とも書きました。アニメ業界のスタッフが霞を食って生きているわけではないのと同じく、ソフトウェア開発会社の人々だって、できるだけ安く、しかもサポートは永年‥‥なんて言われたら、霞を食う前に逃げ出しますよネ。

 

なんという負の関連性。

 

しかし、もう1つ重要な負の要素を忘れてはなりません。

 

「デジタル作画」は、紙作画と同じ内容の結果物なので、価値が同じで、優位性がない‥‥という点です。

 

ハイコスト・ローリターンの原因を、別の面から考えてみましょう。

 

従来の紙の作画と同じ、A4用紙150dpi前後で二値化で、絵も紙と変わらない内容で‥‥という結果物に、「コンピュータを使って描いてますから」という理由だけで、高額で取引されるわけがないのです。

 

つまり、ハイコストの環境を揃えておきながら、ローリターン時代と同レベルの結果物しか作れなければ、ローリターンと同じ価格で取引きされても、致し方ないのです。

 

1・アニメ業界の旧態依然とした安い作画単価

2・作業環境にお金を捻出できない

3・デジタル作画の表現技術面の優位性がない

 

この3つが絡んで、「最強(最悪?)の負の相関関係」が形成されています。

 

アニメ業界の旧態依然を払拭する結果が作れない‥‥ので、また1に戻ってループです。

 

ゆえに、現場は「改善せねば」と思いつつも、身動きが取れないままです。

 

一度でも、現場を変えようと思ってアクションした人なら、痛感しているはずです。この「呪い」にも似た、負の渦巻から、どうやっても脱出できない‥‥と。

 

 

 

思うに、渦の中で体制を立て直そうとしても、無理です。

 

渦から一旦外に退避して、考え方自体を変えて、体制の立て直しではなく、新たな構築を目指す必要があります。

 

例えば、キャラを手描きで描くのは良いです。しかし、煙の全てまで1枚1枚作画する必要はありますか? カットアウトを習得して動かせばいいじゃないですか。

 

2008年には下図のような煙の動きは、カットアウト技術でアニメーターが一人で描いて動かせるまでには、After Effectsは進化していました。原画・動画・ペイントの煙のセル枚数が、たとえ300枚分あろうと、一人で、です。

 

 

アニメーターがパーティクルを使いこなすことも必要です。アニメの動きに関わることを、撮影スタッフに丸投げして、ラッシュチェック時にあれこれ言う前に、アニメの動きの一環としてアニメーター自身が制御すれば良いのです。下図の炎は、作画の技術を応用してAfter Effectsの簡易なパーティクル(Perticle Systems II)で作ったものです。

 

 

煙と炎を組み合わせれば、下図のような粉塵爆発のような表現も可能です。これを普通に作画した際の、特に動画にかかる大きな負担は、エフェクト作監をしていたので、よく知っています。

 

 

まず、ディテールが複雑で作画ミス(割りミスとも)を頻発しやすく、1枚を描く時間もかかり、色の塗り分けミス(ペイントのミスに繋がります)も呼び寄せ、たとえ単価に色付けして貰えても焼石に水で、お金も稼げません。

 

しかし、カットアウトなら、原動仕相当の作業を1人で可能です。しかも、タイミングにメリハリをつけたり、わざと抑揚を減らしたり、飛び散る破片を追加したりなどの表現の操作が、アニメーターの絵と動きの能力によって制御できます。

 

カットアウトは今では当然の成り行きとして、キャラの動きのほうにさらに発展していますし、ToonBoom Harmonyは相当エグいキャラの動きまでカットアウトで実現している事例があります。

 

作画じゃなければ3DCG‥‥という単純な発想を止めることも大切です。簡単に自分たちの大切な表現領域を「作画が大変だから」という理由でどんどん明け渡して良いのでしょうか?

 

3DCGの方がかっこいい!‥‥というのなら良いのです。しかし、作画が大変だから‥‥なんて言い出したら、そのうち、キャラから何から全て「大変だから3D」なんて言い出しますよ。

 

3DCGに頼る一方で、3Dのカメラワークは相変わらず導入できないままです。XYZの3D空間を活用したカメラワークは、欧米のToonBoom Harmonyでは当たり前の機能です。もちろん、After Effectsにおいても、2000年代から可能な技術です。

 

 

上図左枠のBOOKの時間的位置変化を「密着引き」と言い続ける、思考の古さを更新しないまま、「デジタル作画」で紙の作業をなぞるばかりでは、技術的進歩は「タブレットを使うようになっただけ」で終了してしまいます。

 

さて‥‥、カットアウトもパーティクルもZ軸制御も、従来のタイムシートにはどのように記述するでしょうか。‥‥タイムシートの書式自体が、もはや新しい技術導入に対応できないことがわかります。レイヤー数だけで考えても、ABCDEFGセルまで列があろうと、全然足りません。私がタイムシートの「再現」に消極的なのは、フィルム時代の代用技術の呪縛から逃れたいためです。

 

タイムシートも抜け出せない負の渦巻の中にあって、旧式のタイムシートを無理やり使おうとする時点で、再度、渦に引きずり込まれます。

 

 

 

作画の経験や知識は、今までのアニメ用語に限定されるものではなく、絵を描く能力そのものに活きるものです。

 

たとえ、ABCDEセルがなくなって、head、hair、eyes、upperlip、lowerlipと名前を変えようと、作画は作画のままです。

 

画力は、技術スタイルが変わっても生き続けて、有効なままです。

 

絵を描く能力が、時代を超えて生き続けることは、歴史上の日本画や西洋画が証明しています。たかだか100年にも満たない日本のアニメの作画技術を、早々にレトロな伝統に封じ込めてレガシーな存在に変える必要がありましょうか。

 

進化し続けて然るべし。‥‥でしょう。

 

 

 

「デジタル作画」は紙作画を踏襲する一方で、新しい作画的要素の技術開発を進めて、従来のアニメ作画技術との差別化の足場を作りましょう。「紙作画の代用品」のままの技術レベルから抜け出ることで、紙作画と料金も差別化できます。「今まではできないことが、できるようになった」ものに価値が生まれます。価値はお金に直結します。

 

アニメ作画限定の知識から、映像分野全般の知識へと広げることで、ソフトウェアや機材の知識も広がり、「アニメ限定の狭い視点」から脱出できます。他人事だったソフトウェア開発も、自分のリアルとして感じられるようになり、コストに関する考え方も変わってきましょう。

 

紙や絵具やフィルム時代のスタイルを継承する作品はあっても良いです。しかし、それだけ‥‥では発展しません。技術だけでなく、お金も境遇も色々なものが、模倣を続けている限り、代用品扱いに甘んじる限り、停滞します。

 

負の相関関係から抜け出すには、新たな価値を創出することです。

 

「デジタル作画」をきっかけとして、映像制作と絵画全般を見据えましょう。アニメ業界だけでなく、様々な映像と絵の産業や収益を意識しましょう。

 

 

 

実際、アニメ制作会社だって、今までのスキームのままでは未来はキビしいですよネ。

 

ハイコスト・ローリターンからの脱出は、個人から団体組織に至るまで、今後直面するハードルです。

 

ハイコスト‥‥なら、せめて、ハイリターンにしたい‥‥ですよネ。

 

 

 

 


ハイコスト・ローリターン

アニメ制作現場やフリーランスの作業環境が、次世代に移行できないのは、次世代の機材やソフトウェアを導入できないから‥‥というのは、もっと遡れば、それなりの高いコストを投じて環境を充実させても、その高いコストに見合った報酬・収益が得られないから‥‥とも言えます。

 

従来の現場、特に作画の現場は、一生物の机、紙と鉛筆、中々壊れない文房具、デスクライトやライトボックスの電球や蛍光灯の安い価格‥‥と、ローコストだからこそローリターンで維持できたと言えます。

 

ローコスト・ローリターン。

 

しかし、いきなり、ローコストをハイコストにせよ!‥‥と言われて、ローリターンはそのまま‥‥では、導入する機運が盛り上がるわけもないです。

 

アニメ業界の、特に作画関連のコンピュータ導入停滞は、まさにこの理由につきます。

 

高い金を払って、紙時代よりも格段に設備を充実させても、得られる報酬は紙時代と同じ。

 

ハイコスト・ローリターン。

 

これでは、誰だって、足踏みしますよね。

 

 

 

私がハイコストな環境を自腹で自宅に構築しているのは、アニメの従来作画の仕事をメインにしていないからです。アニメ業界の作画の仕事だけで、iMac 5KもiPad ProもAdobe CCも様々な周辺機器も維持できるわけないです。

 

ですから、このブログでは定期的に、アニメ作画以外の仕事も兼任し、さらにはアニメ業界外の仕事も兼任するよう、書いてきました。

 

現在のアニメ業界の標準的な作画料金では、コンピュータの作業環境を維持&更新するのは無理です。はっきりと書きますが、ぶっちゃけ成立しません。

 

なので、私は自分でアニメ作画以外に、プリプロの仕事やコンポジットの仕事、実写関連の仕事を兼業する他に、若く経験の浅い人でも入門できるように、ブルーバック抜きや整形(パーツの切り出しとか)、カラーリングやディテールアップなど、アニメ以外の映像ジャンルの仕事を用意しているのですが‥‥‥‥、中々依頼する先が見つかりません。

 

なぜかって、例えば、動画スタッフは毎日の動画の仕事で手一杯で、手空きがないからです。

 

もちろん、動画作業より単価は格段に良い(時間当たりに稼ぐ金額)のですが、引き受けて貰えないんじゃ、どうにもならんス。

 

「デジタル作画」の一式があれば、十分引き受けてもらえる内容なのですが、「作画以外の仕事はお断り」的雰囲気が現場では支配的です。

 

アニメ制作現場の人間は、何か「作画道」みたいな精神的な縛りが強くて、中々他のジャンルの仕事に踏み出さない傾向が強くないですか?

 

その「作画道」がどんどん自分の未来の道を狭めていくように思えます。‥‥まあ、ポリシーは人それぞれなので、どんな道を選ぼうが、自由なんですけど、その「作画道」の先に何があるのか‥‥は作画現場から一歩離れて自分の人生のスパンで考えてみたほうが良いです。

 

 

 

アニメ業界がいきなり一斉に、作画料金を5倍10倍に上げる‥‥とかでもない限り、アニメ業界の作画仕事だけでコンピュータの映像制作環境を維持するのは無理です。現時点で、よほどお金を稼げる、高名の人か、手の速い人でもない限り。

 

70万円のパソコン一式を5年に1度買い替えるには、月々いくらの積立が必要か、Adobeだけでなく色々なソフトウェアのサブスクを払うには月々いくら必要か。

 

ちょっと試算しただけでわかりますよネ。

 

 

 

私は先月に9千円、今月は4千円、ローンの支払額が減りました。つまり、1万3千円、身軽になりました。

 

しかし、私の2014年製iMac 5Kはそろそろ限界を迎えており、WWDCで新型iMacが発表されればソレを、もしくは秋の発表で発売されればソレを、またローンを組んで買うことになるでしょう。

 

コンピュータは一生ものではないです。なので、仕事を請け負う限り、延々と経費を支払い続けます。

 

ですから、発想を変えるのです。

 

一生付きまとうコストなら、一生のスパンで「自分の生業」を見つめ直すべき‥‥であると。

 

「アニメのデジタル作画」なんていう極めて局所的で限定的な視野ではなく、自分の映像制作人生、自分の生涯の画業として、自分の作業環境設備を捉えて、アニメ制作はいくつかある受注の1つとして、広く長いスパンで自分の能力を認識すべきです。

 

 

 

テレワークでネットワーク型の作業形態へと進む中、アニメ業界のローリターンのまま、甘んじて良いのでしょうか。

 

まず、自分の環境と仕事の範囲から、再定義すべきと思います。

 

アニメ業界のシンポジウムなんて、いくら参加したって、何も進展せんですよ。

 

変えていくのは、自分と自分の仲間たちです。

 

 


現場の未来

アニメ制作現場が未来を生き抜くハードルは、1つだけではなく、いくつもあって、しかもそれぞれが高くて飛び越えるのが大変‥‥という、まさに「今までのツケ」がたまった状態です。

 

人材の枯渇、制作費の高騰、未来の映像フォーマットへの対応困難、他の映像娯楽ジャンルの台頭、ペーパーレス&ネットワーク作業型への移行困難‥‥など、挙げればどんどん出てきますが、実は直近でヤバそうなのは、次世代ソフトウェアが出現しない‥‥という「未来に歩き出そうにも靴がない」状況です。

 

多くの業界人は、まだ4Kドットバイドットでアニメを作っていないので実感が湧きにくいかも知れませんが、Retasは4KHDRには完全対応できません。ソフトウェアの設計がかなり古いので、扱えるメモリが少ないからです。

 

Stylosに関しては、もはや正常に動作しません。4Kのキャンバスだとクラッシュの嵐です(MacでもWinでも)。

 

PaintManは2K時代にも4K寸法の大判セルを扱ってきたがゆえに、ペイント作業を続行することは可能です。しかし64bitに対応していないので、状況の終わりはさほど遠くないかも知れません。

 

一方、未来の映像作品の「納品条件」は、素材の時点から4Kドットバイドットを要求しています。アップコンは許さん。‥‥と。

 

もしアップコンで作ったら、4Kの予算として大きな金額を設定している発注元は納品を拒否するでしょう。明らかな規定無視の契約違反ですから。

 

 

 

アニメ業界はプロの現場にも関わらず、「フリーウェア大好き」な性質があり、ソフトウェアの運用コストを「無駄金」のように思う人間もかなり存在します。

 

ゆえに、日本のアニメ業界の制作システムに適合した業務用ソフトウェアは、開発元からすれば「金にならない」という見方が、もはや定着して久しいです。健在と言えるのは世界市場を相手にしている企業の製品で、あとは、イラスト制作のオマケ機能として存在するか、オープンソースや小規模な開発規模のソフトウェアか‥‥です。

 

しかも、アニメ業界の現場は、あまりにも昔の制作方法に固執し過ぎます。

 

昔の方法と違うと、「使いにくい」とばかりに、悪評を連発する

新しい機能や技術は、「不要」とばかりに、前向きには評価しようとしない

 

こんな退歩的な現場のために、日本の小さな業界のシェアだけのために、大きなコストを投入して日本のアニメ業界専用ソフトを作る会社、存在しますかね?

 

さらには、「サブスクリプションは月1000円でも高い」といい、「1ライセンス3万円くらいで買い切りで永久サポートで」といい、できるだけ安く、無料なら尚嬉しい‥‥なんて意識の現場のために、どこの誰がソフトウェアを開発しようと思うでしょうか。

 

さすがに制作会社はソフトウェアや機材の費用を必要経費として認識しているでしょうが、フリーのアニメーターの視点では紙と鉛筆で長く続いたこともあり、サブスクリプションや機材リプレースの費用を「高過ぎる」と感じる傾向は根深いです。作業単価の影響はあるでしょうが、商売上の店舗の賃料のごとく必要経費として認識する意識には至っていません。

 

理由はどうあれ、「できるだけ金を払いたくない」と思う人々の中に敢えて入っていって、商売をしようとする奇特な人は少ないのでしょう。

 

もしかしたら、日本のアニメ業界は、次世代のソフトウェアを手に入れられないまま、自滅するのかも知れない‥‥と思うことがあります。

 

 

 

昔の制作方法に固執するのを止め、未来の映像技術変化と共に歩んでいく覚悟を決めれば、日本のアニメ業界も未来へと進んでいけるのでしょうが、その覚悟ができないのでしょう。

 

色々なしがらみで、覚悟に至らない。至れない。

 

絵を描いて、動かす。‥‥この原点に立ち戻れない‥‥のです。

 

いつまでも現動仕美撮の概念から抜け出ることができないので、新しいテクノロジーを活用できません。旧来作業工程の中身に、どれだけ上乗せトッピングするかの発想止まりです。

 

新しいテクノロジーを拒絶する現場に、どのような新しいソフトウェアが必要か?

 

‥‥なんていうトンチみたいな話です。

 

しかし、アニメ業界のリアルであり、笑い話ではなく現実です。

 

新しきを拒絶するものには、新しいもの自体が不要なので、既存の作業環境が社会に適応できなくなった時点で、現場自体が終了する‥‥のかも知れません。

 

 

 

私の最近の感慨では、「次のフェイズに移った」と感じてます。「コロナショック」後における世界の意識変化も、大きい要素です。

 

今までの方法論では突破できそうにないです。

 

重要なのは、今までの方法論は白紙に戻して、旧来要素で取り入れらるものだけを再編入することです。

 

前述したように、なによりも「しがらみ」「意識」「慣習」が、新しい技術を活用するムーブメントの負荷となり障害となるので、継承しないことが重要です。

 

まあ、難しい話ですよね。人や知識や経験は継承しても、作法や慣習は継承せず‥‥というのですから。

 

でも、できないことはないです。

 

機材や技術は既にスタンバイして待ち構えていて、新しい方法論で使ってくれるのを待っているのです。

 

 

 

 

 

 



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