相互にオフライン

つまるところ、あくまで紙を主体として運用したい派にとって、コンピュータ関連のリソース(「デジタル」の俗称でしばしば呼ばれる)が「オフライン」であって、逆に、ペーパーレスを目指す派にとっては、紙が「オフライン」となり、両者の溝は埋まる気配を見せない‥‥のが、実際のところでしょう。

 

私は、映像技術、そして世界全体の技術転換の傾向から、やがてペーパーレスへと移行するのは必然と思っていましたが、日本のアニメ業界はどうもそうはならない‥‥のを数年のスパンで実感し始めています。

 

 

 

2010年代のアニメ業界の実勢を見続けるうちに、特に私と同世代の「アニメブーム世代」のアラウンド50、世代的には40代〜60代、1960〜1979年の20年間の世代は、ペンタブに移行しないだろうと、悲観視するようになりました。

 

おそらく、「道具に馴染む」余裕・余白・余地がもうない=「今さら新しい道具に変えるのは無理」だと、体がついていかないと諦める人が多いのでしょう。

 

加えて、収入の問題。私の試算では、ペンタブ作画の環境をゼロから整えるには、基本環境で45万円前後必要ですし、Adobe CCなどのサブスクリプションの月額負担も加算されます。「ただでさえ、カツカツなのに、これ以上はもう無理」と諦める意識に拍車がかかります。

*2〜3年後に使い物にならなくなる安いPC一式(10〜20万円)を買っても無意味ですよネ。

 

どんなに目の前に大地が広がっていても、開墾して畑にするまでの気力が40〜60代にはキビしいのです。大きなリスクを犯すくらいなら、今以上の稼ぎができなくても、今稼げている状況を手放さずに持続していこう‥‥と思うのを、誰が止められましょうか。

 

 

 

ただ、現実は現実。

 

アニメ業界の人々のキモチとは全く関係なく、世界的な技術転換、技術進化は、歩みを止めません。

 

現在、フィルムでアニメを作ろうと思うアニメ業界人は、どれだけいる? ‥‥なぜ、フィルムで作ろうと思わない? フィルムでなくても、では「D1サイズ」で作らないのはなぜ? D1だと720x486でものすごく軽くて取り回しも楽ですよ?

 

理由は明白ですよね。‥‥2019年現在の映像産業には、16ミリフィルムでアニメを作ることも、地上アナログ派時代のD1サイズでアニメを作ることも、映像技術の基盤として適合しないからです。

 

時代の経緯を見れば、2020年代に世界規模(世界のネットワーク)で4KHDRへと移行するのは、誰もが容易に想像できます。いきなり、2KSDRで全世界がストップすると予測するほうが難しいです。

 

アニメ制作工程の中で、作画だけが紙のまま残されてきました。作画が紙のままなので、都合、制作進行も紙をどう取り回すかを考え、カット袋運用は続いています。制作終了作品の大量の紙は、制作会社の空間を徐々に、そして確実に、占有していきます。紙の管理コスト(保管場所やスタッフの人件費含め)はかなり高いです。

 

今までのままの意識では、紙運用が時代の進化と逆行し、現場の改善を間接的に阻むのは必至‥‥というか、宿命と言えましょう。

 

 

 

ここで「紙を悪者」とする短絡思考に陥るのではなく、むしろ、紙を使う必然性を考えてみましょう。

 

まずは現在、紙はどのように扱われているか。

 

二値化トレス線を作り出すための、「低解像度インプット」に過ぎません。どんなに紙に絵を描く人間が、描線にこだわりぬいても、そのこだわりのほとんどは処理の過程で喪失します。

 

つまり、紙の「品質面」「表現として」の良さは、ほぼ全て破棄されます。

 

紙だからこそ、この表現ができる

 

‥‥という必然性が全くと言ってよいほど「希薄」なのです。

 

紙を使うことが、技術的・品質的必然ではなく、単に慣習においてのみ必要とされるからこそ、紙を使う説得力が失われるのです。「紙以外では、俺は描きたくない」>「あなたの慣れの問題なのね」‥‥と、簡単に会話が終了するだけです。

 

自分は紙以外は使いたくない‥‥という主張ではなく、紙だからこそこの表現とクオリティが可能だという主張

 

‥‥のような他者を同意させる根拠が、紙の現場には2020年代は必要になってくるでしょう。

 

‥‥だってさ、世間はどんどん先に進んでいくんだから、「自分は昔の方法に慣れているから」という理由では限界はありましょう。

 

確かにこれは紙じゃないとできないことですね。

 

‥‥と周りを納得させる決定的な根拠が、「未来社会の紙」には必要です。

 

 

 

このことは、「デジタル作画」にも全く同じことが言えます。

 

現在、テレビ作品において、ペンタブ作画と紙作画が混在することも多々あるでしょうが、さて、どのカットがペンタブ作画でどのカットが紙作画か、見分けがつきますか?

 

つまり、

 

どっちでもいいじゃん

 

‥‥と言われるような状況に、ペンタブ作画は甘んじているわけです。せっかく、金をかけて環境を用意したのにネ。

 

だったら、紙のままでもいいよね。

 

ペンタブ作画が「紙作画の代用品」である限り、ペンタブ作画は停滞したまま先に進めないでしょう。

 

 

 

紙作画は紙でしかできない次元を実現し、2020年代にふさわしい品質を確立する

 

ペンタブ作画はペンタブでしかできない次元を実現し、2020年代にふさわしい品質を確立する

 

私は、両者ともこれに尽きると思います。

 

どっちかが、どっちかを「オフライン」と認識しているような状況では「共食いして、お互いを殺しあう」だけです。共食いを自覚なしに、2020年代も継続するのでしょうか。‥‥そんなの誰だって避けたいですよネ。

 

自分のメインウェポンのポテンシャルを発揮して、2020年代の映像新基準に立ち向かっていく気概が求められます。

 

 

 

私はiMac 5Kが発売された2014年秋以前は、どのように紙で4K品質を実現するかに取り組んでいました。なので、実は、紙が4K時代に生き残る「基本コンセプト」は私の中では出来ています。

 

私は今、ペンタブ〜iPad Pro 12.9インチへとメインの道具を持ち替え、どのようにペンタブで4K時代を切り開くかを考えています。紙に戻ることは、少なくとも仕事上ではありません。紙を4Kに活かす方法は封印しました。

 

紙を使い続けたい人が、4KHDR時代の紙運用を、自分で考える。

 

紙をどうしても使いたい人が、どうやったら2020年代、4K時代に、紙を使い続けられるか、紙のポテンシャルを4Kにふさわしく活用する方法論を、「自分ごと」として考えるしかないです。他人任せではどうにもならんスよ。

 

「デジタル」のことは誰か面倒見て。‥‥なんてやってるから、紙はどんどん劣勢に追い込まれるんじゃないですかね。

 

 

 

セル時代のアナログの絵はいいよなあ‥‥なんて、何を見て言ってるのか。

 

今、目にする画像・映像は、よほど特殊な環境でもない限り、全てデジタル標本化された「デジタルデータ」ですよ。

 

つまり、人目に晒される時は、すべてデジタルデータになっていることを、改めて認識し、どうすれば昔の方法の良さを最終的にデジタル画像映像データに定着できるかを、冷静に突き放して思考することが必要です。

 

昔のアニメ〜セルとフィルム時代の映像の風合いが良い‥‥と思うのなら、プロジェクトとして立ち上げて再現方法を確立すれば良いのですが、そこまでしようと思う人はいませんよネ。ツイッターで昔話に花を咲かせて終了です。

 

おじいちゃん・おばあちゃんのノスタルジーに終始するから、進展しないのです。井戸端の外には、実が本人たちが出たがらないのです。

 

 

 

業界がなんとかしてくれる。でなければ、政府がなんとかしてくれる。‥‥もうそういうトコロに頼って依存するのはヤメましょう。

 

貧困から脱し、未来も紙を使い続けるのなら、自分たちのアイデアと実行力で、紙運用派は、紙を2020年代の4K時代に魅力あるものへと変えていけば良いです。

 

ペンタブも同じです。紙の代用品どまりで、明るい未来など想像できないでしょ? 今は代用品扱いでも、水面下では着々と準備と強化を進めて、ペーパーレス派は、近い未来にはペンタブでしかできないアニメを作りましょう。

 

双方が双方をオフライン認定して食い合うよりも、自分らのポテンシャルを活かして競い合ったほうが、作品作り、ひいては産業としても活気付くと思います。

 

考えを変えていく勇ましいココロを、2020年代は皆が持てると良いですネ。

 

 

 

 


無益なプリント

ペンタブ作画において、プリントアウトを挟まないと運用できないようなら、いっそのこと、ペンタブ作画での仕事は引き受けないほうが良いと思うようになりました。だって、混在運用は、鉛筆派もペンタブ派もお互いに不幸をばらまいているようなもんでしょ。

 

紙を使っている作監や演出がいる限り、その作品の仕事ではペンタブを使った作業はできないと、割り切ったほうが良いと思います。

 

どうやったって無理が生じますもんネ。

 

どんなにタップ穴あけ器にバックライトが装備されても、ズレて穴を開ければ意味がないです。タップ穴が半分ズレているのなんて、結構見かけますしネ。穴を開けた人も、穴を開けさせた人も、穴を開けなければならない状況も、みんな不幸です。

 

「穴ずれ」はプリントアウトでも起こるし、穴あけ時にも起こるのです。紙が印刷ユニットにロードされる時、いかにもズレそうなのは動作を見てればわかりますよネ。必ず定位置に穴が印刷されるわけではないし、穴あけ時にちょっとルーズにしただけでもズレます。

 

プリントアウト&タップ穴開け、つまり、紙とペンタブの混在作業は、無益な殺生そのもの‥‥と最近は痛烈に思います。時間と人間の両方を殺します。

 

 

 

まさかタップ穴にピッタリ合わせて作画用紙にプリントするプリンターの開発をする?

 

それとも、タップ穴を認識して0.05mmの誤差で自動で穴あけする機械でも作る?

 

‥‥まあ、どれも、アニメ業界の財力では開発自体が無理とは思いますけど、もし開発したとて、最近話題になって失笑を買った「印鑑を自動で捺印するロボット」です。まるで。

 

タブレットの作画によって、せっかく紙がなくなって、データ流通の高速な「オンライン運用」が可能なのに、作監や演出のチェックのために、紙にプリントアウトしたり、紙をスキャンしたりなんて、他業種のハンコ自動捺しロボットを笑ってられないです。

 

印鑑ロボットを「IT」と表現していた国営放送も失笑ものですが、ペンタブ作画をプリントアウト&チェック修正後にスキャンするのも「IT」の一環なら、「IT」が何の略字だったかも忘れます。

 

 

 

プリントアウトの穴あけではないですが、タイムシート絡みでこんなのを空想で考えてみました。

 

 

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>特別サイト:開発秘話「意外に難航した、消しゴムの角を使って消す動作の制御」

 

 

 

過渡期ですネ。

 

もしかすると、紙の問題は、2020年代も相当引きずった上で、団塊ジュニア世代の引退をもって、紙終了‥‥のようなシナリオになるかも知れません。

 

紙を使うアニメーターは、数々の経験を積んだ、かなり技量の高い人たちですから、その人たちが「もう辞める。引退する。」というまで、紙運用は延々と続く予感です。ベテラン勢の動向を傍観していて、「これは中々移行できないぞ‥‥」と考えを改めました。

 

別の言い方をすれば、2Kの作品を1.5K程度で作っているうちは紙からは絶対に逃れられないのかも‥‥知れませんネ。

 

 

 

レシプロ(プロペラ)旅客機がほぼ消えて、ジェット旅客機へと塗り変わったのと同じく、紙からペンタブ=ペーパーレスのデータ運用への移行は、なんらかの「時代の必然」が必要でしょう。「紙だと絶対に無理で、ペンタブでしか対応できない」など、抗いがたい強力な必然性がね。

 

2030年代に思いを馳せて、今は状況に柔軟に対応(=つまり、無益な作業は未然に防ぐ)しましょう。

 

業界が10年でどう変わっていくか、生き証人になれますネ。

 

 


もっと、パワーを。

2Dのアニメは、3DCGと違って、マシンのリソースをそんなに滅茶喰いしません。‥‥でした。

 

しかし、4Kのドットバイドットで制作するようになると、特にアニメはカメラを振る(もしくはFollow)とすぐに大判背景になるので、すぐに1万ピクセル超えの寸法に達します。

 

以前にも書きましたが、もはや、

 

64GBメモリ必須

16GBビデオメモリ必須

高速なディスクキャッシュ(M.2のSSDとか)

CPUもそれなりに高性能求む

 

‥‥というマシンスペックはどうしても必要になってくるでしょう。

 

4Kの制作と同時に、iMac Proに機種転換したのでしばらく気がつきませんでしたが、Mac Pro(ゴミ箱型の2013年モデル)だけでなくWinも、メモリ32GB、ビデオメモリ8GBのスペックだと、以前は高性能で快速だったマシンでも、あちらこちらで不具合が発生します。

 

 

 

 

1フレームに8分なんてこともあります。3DCGはもっと時間がかかるでしょうが、2Dのアニメでは中々無いです。1カットで数分で済んでいるからこそ、最後の追い込みがテレビとかは効くわけですし。

 

 

 

10フレームレンダリングするのに、80分か。‥‥マルチマシンレンダリングが必須なのはもちろん、かしこくコンポジションを組んで、時短を追求しないと、アカンですネ。

 

1フレームに8分も要するのは珍しいとは言え、現実に事例は存在するので、もう2K時代のアニメ制作の常識は通用しなくなるでしょう。

 

劇場Bloodのやイノセンスを作っていた頃の記憶が蘇ります。BloodなんてPowerPCのG3で512MBのメモリで作ってたんだからさ。‥‥今再び、知恵と工夫が試される時代がやってきたと思えば、乗り越えられましょう。

 

 

 

制作会社の夜逃げ、放映落ち、放送延期、国営放送が「安さで勝負してきた」とか表現しちゃうアニメ産業‥‥。(海外2原動仕もぜひ、ドキュメンタリーで取り上げて頂きたいものです)

 

そろそろヤバい感じはしてきましたよネ。

 

 

 

主よ御許に近づかん

 

沈みゆくタイタニック号の中で、弦楽奏者たちが演奏したと伝えられる賛美歌です。奏者たちは全員、船と運命を共にしたとのことです。

 

大きくて立派だけれど、船体の老朽化と疲労が極まった「タイタニック号」に、今後も乗り込むべきか、冷静に考えることも必要でしょう。

 

船乗りは死なず。

 

新しい船をイメージすることも、これからは重要です。

 

まだタイタニック号で商売したい人もいるでしょうし、タイタニック号に誇りを感じて乗り組み続けたい人もいましょう。

 

しかし、タイタニック号を解体して新たな構造材となるべく鉄として鍛え直し、新しい船を造船して乗り組んで、改めて大海原へと錨を上げることも考えるべき‥‥と私は考えます。

 

 

 

カット袋の中の用紙の束ね方も大事かと思いますが、今、最も必要なことは、カット袋をなくすこと、紙から移行すること、‥‥だと、私は思うのです。

 

そして、マシンを次世代のレベルにパワーアップすること‥‥ですネ。

 

 


利害と未来

未来、十数年以内に引退を考えている人の多くは、できるだけ今までの自分のやり方が通用し、かつお金を現状維持かそれ以上に獲得して、自分の人生における仕事を締めくくりたいと思うでしょう。未来社会がどのように変わっていくかはあまり関係なく、十数年のスパンで現状維持しつつ報酬額をアップできれば、引退後の生活の「蓄え」「保証」にもなる‥‥という考えです。

 

一方、現在20〜30代の若い人は、自分の技術と経験が通用し、お金をもっと稼ぎたいと考えているでしょう。その部分は、50〜60代の中高年と同じです。しかし、十数年で引退など考えてはいないし、未来社会の変化にも歩調を合わせて、自分の技術と経験を更新しつつレベルアップを図ると思います。

 

自分の技術と報酬に関する利害だけは一致していますが、それ以外の要素は大きくズレていると言えます。

 

ぶっちゃけ、どの世代にも共通しているのは、お金の話だけ。

 

例えば、技術に関しては、

 

全く新しいことでも、未来の自分の糧になるのなら、習得したい

 

‥‥と、若い世代が思うのに対して、

 

全く新しいことは、今の歳から習得は困難なので、しないほうが良い

 

‥‥とベテランは思うかも知れません。

 

これはすなわち、

 

自分の未来のスケジュール

 

‥‥を各人が計算しているからですよネ。未来が50年あるのと、20年未満とでは、計算も大きく変わってきましょう。

 

場合によっては、人生のスケジュールの違いが、技術発展に対する思考において、真逆の方向性を示すこともあります。

 

自分の未来を考えて、新しい技術開発を推進すべきだ。古い技術は更新すれば良い。

自分の未来を考えて、古いままの技術で維持すべきだ。新しい技術は補助程度で良い。

 

‥‥と、自分の未来における「技術の取り扱い」を考えるだけでも、各人の状況によっては正反対になることすらあります。

 

 

 

ただし、「未来」ということについて、今一度、重要なポイントを思い起こしましょう。

 

自分の個人的な思惑では直接手の届かないところで、社会の未来がどんどん決定され続ける‥‥ということを。

 

エンタメの世界、趣味娯楽の世界は、社会の様々な要素の移り変わりによって、その姿を変えていきます。「時代に合わせて新しく変わり続ける」特性があります。それは製造業におけるマテリアルやエレクトロニクスの進化、地域に張り巡らされるインフラの進化と、決して無縁ではないでしょう。

 

社会の技術が進化すれば、社会の価値観や速度感も変わり、やがてはエンタメ・娯楽の世界にも影響を及ぼす‥‥というのは、今に始まったことでなく、昔からの性質です。

 

どんなに自分の思惑で「古いままがいい」と考えても、新しい機運と契機を常に追い求めて産業を活性化させようと動く社会構造は、変えられないですよネ。

 

 

 

まあ、各人がどのような人生を歩むかは、当人が決めれば良いことです。

 

しかし、「古いまま」をさもアニメ制作の一般論や通論、アニメ業界の総意にするのは、やめた方が良いですよ。‥‥マジで、ベテランの引退とともに、「古いままの構造」が破綻します。「ベビーブーム流」の作り方は、未来にはベビーの少ない日本には通用しなくなってくるのは、理屈で考えれば誰でもお判りでしょう。

 

ベテランの心情は、アニメ制作現場が晒される未来の状況とは、一致していません。ベテランの心情に合わせて、若い人間まで新しい可能性に目を向けないのは、極めてマズいです。

 

ベテランの慣習に沿って、旧式な装備と技術で2020年代も続けてしまって、いざ、

 

「俺ら、引退するから。今までありがとう。後は勝手にどうぞ。」

 

‥‥と、ベテランが去った時に、未来社会の技術レベルから深刻な遅れをとっていることに今更ながら気付いて、再構築しようにもベテランに引きづられて古い慣習で生きてしまったので「開拓の方法論」を知らず、資金調達も一度には難しく、進退窮まる‥‥なんてことも、容易に想像できます。

 

別に思惑や目論見は個人それぞれでいいです。問題は、世代を超えて共依存してしまうことです。何を言うても、世代ごとに思惑や目論見は違うのです。完全一致させようとすることに無理があります。

 

 

ベテランはベテランで、「旧来の技法で作り続けて、売り物になる方法」を本気で必死に模索すべきでしょう。「どうせアニメはこういう作り方でしょ」とあぐらをかいているばかりでは、自分が走りきるまでに息切れ・期限切れすることもありましょう。

 

若手や中堅は、世界規模の「新しい技術世代」を意識して、自分らのアニメの作り方に積極的に取り込んでいくバイタリティが必要です。ベテランの価値観に染まりきって、自分らの未来を忘れるべからずです。

 

そうした世代ごとの思惑の違いを踏まえて、何が共通で共用できて、お金だけではない他の要素も含めて利害一致する部分を探しだせるかを、明確に意識して考えていくのが、2020年代、そして令和の未来です。

 

 

 

ベテラン‥‥ということで考えると。

 

旧来の技術が自然とダメになるわけではなくて、あくまでその旧来の技術を扱う人間の問題です。旧来技術に慢心して、未来での「技術のありかた」をほとんど考えなくなる、いわば「技術のセルフネグレクト」〜自分らの技術に対する自己放任が大問題なのです。

 

中高年や老人のセルフネグレクトは、ゴミ屋敷だけでなく、自分の仕事の技術にも及ぶように思います。

 

旧来技術だって、その技術の本質を改めて細部まで見直して、旧来技術のアドバンテージが活きる制作現場を再構築できれば、じゅうぶん、4KHDRの時代にも生き残って存在をアピールできるでしょう。‥‥まあ、今のままの延長線上では難しいですけど、一旦細部まで分解清掃した上で、2020年代のインフラを導入して、「ネオクラシカル」として様式を確立すれば、新方式には真似のできない領域を獲得できると思います。‥‥でもそれは、それがやりたい当事者の情熱でしか成し得ないでしょうけどネ。

 

一方で、単純に「今の方法で逃げ切り」だけを考えるベテランは、‥‥まあ、未来の運命に任せて、うまく逃げ切れればそれはそれで当人は良しでしょうし、ダメだった時は後悔してピンチに立たされて悪しでしょうし、当人の選んだ現在と未来の選択肢であり、他人がどうこう言うこともないです。

 

 

 

私は、やろうと思っていることが、未来社会の技術進化なしでは成立しないことですし、それによって報酬も獲得できると目論んでいますから、若い世代の未来の指針と一致する部分が多いです。別に若い世代に合わせたり媚を売るつもりはなくて、単純にベクトルが一致しているだけの話です。

 

まあ、未来を指向すれば、年齢に関係なく誰でも行動は似てくると思いますけどネ。未来に背を向けると行動が似てくるのと同様で。

 

それに私は、制作集団活動と個人活動の2系統で自分の人生を設計する方針へと、近年は変わっています。自分の世代だけでなく、自分の立ち位置についても、フリーも会社員もおしなべて「皆アニメ業界の社員」みたいなマインドセットから離脱すべきと考えます。

 

まあ、20代の頃から、もっと明確に、集団と個人の活動の切り分けをすべきだったと思いますが、私が20代の頃は、パソコンもネットも未発達で、iPadのような本格的な絵を描けるタブレットなんて皆無(PalmやNewtonは絵を描けると言うよりはメモ)でしたから、それも「時代=社会」の宿命と考え「恨み節」など吐きません。逆に、経験も知識も備わった今、iMac 5KとiPad Proがあるだけでも、ラッキーだと思います。

 

「扉の鍵」は見つけようとしなければ、いつまでも見つからず、鍵を開けて扉を開かなければ、向こう側には行けません。アラウンド40〜50のベテランでも、扉の鍵を見つけることは可能でしょう。扉の鍵を見つけようとする若い世代と、行動が一致することもありましょう。

 

自分らの保身のために、若い世代が扉の鍵を見つけられないように隠す‥‥というよりは、扉があることすら隠すようなことは、ベテランはすべきではない‥‥とは、私は思いますけどネ。結局は、保身にはならず破滅に繋がると思いますから。

 

世代で限定せず、扉の鍵を開けて向こう側に進んで、そこから先は、年相応に引退するなりペースを落とすなり、どんどん進みまくるなり、それぞれが未来を進めば良いと思います。

 

過去に留まるのではなく、未来を目指して‥‥が、私の考えです。

 

 

 

昔のロボットアニメで、

 

決められた道をただ歩くよりも

 

選んだ自由に傷つくほうがいい

 

‥‥なんて、グッとくる歌詞が主題歌だったアニメがありましたヨ。(今はあまり顧みられないアニメですけどネ)

 

傷つくのが怖くて過去に留まって日和って生きるのと、生傷が絶えずとも未来を目指して日々戦って生きるのと、どっちを選ぶかって言えば、私は後者だよなあ。

 

 

 


カットアウト雑感

日本のカットアウト技術者の人口は極めて少ないです。私が苦労しているのは、まさにソコで、誰にも仕事を分配して頼めないという点です。

 

中国のカットアウトの記事を見たり、カンフーパンダの10年前のカットアウト短編を見たりすると、日本の状況に悲観したくもなりますが、一方で、各国もかなり苦戦はしているようで、それはそれで「自分だけではないんだ」と妙にホッとしたりもします。動きの知識がまず必要で、さらにカットアウト用に「動きと造形の分解・再構成」を行う技術ともなると、技術的なハードルが高いのは事実ですから、技術者人口も通常のアニメーターの数には全く及ばないのは、現実として受け入れざる得ません。

 

カットアウトと同内容の手法は、日本でも昔から使われていて、ローリングやスライドでキャラに動きを加味するのはカットアウトの一番基礎的な手法です。Flashで動かすのもカットアウトのカテゴリに分類できます。王蟲のゴムマルチも同種の技術ですネ。

 

ではなぜ、さらに進化したカットアウトが日本に出現しないかというと、そうしたローリングやスライドやFlashの表現内容が、手描きの動きと同等かそれ以下のクオリティで、手描きで動かすアニメを凌駕していないからです。

 

これはとても重要なポイントです。

 

10年以上前に、Flashのアニメを見て思ったのは、手描きで動かすアニメの品質簡易版という印象でした。「Flashでもアニメが作れたよ!」なんていうのはアマチュアの言い分であって、「Flashで今までのアニメ以上のことができた!」というレベルに到達しなければ、失笑のうちに終わります。

 

 

 

実はこの状況、「デジタルアニメ」でも黎明期には存在しました。Retasでペイントしたキャラの色がどぎつくて、コンポジットした完成映像はデリカシーのかけらもなくベタッと平面的で、透過光の代替処理はお世辞にも光っているとは言い難い表現でした。

 

私はそうした極初期の業界の「デジタルアニメ」を見て、「こんなふうになるくらいだったらフィルムの方が全然良い」と思っていました。私は最初の頃、コンピュータで彩色してコンポジットしたアニメを全然評価していなかった‥‥のは、自分の今の状況を見ると我ながら意外です。

 

しばらくした後に、故わたなべぢゅんいちさんに「江面君のイメージボードをPhotoshopに取り込んでみたから、見に来いよ」と呼ばれて見たら、質感も豊かな画像データとして表示されており、しかもトーンカーブ1つで色々な表現が次から次へと作れることに、「デジタル=ダメダメ」という意識が180度反転したのです。「これなら、今までのアニメではできずに諦めていたことが、どんどん実現できる」と認識が大きく変わりました。

 

つまり、使い方次第だった‥‥ということです。新しい道具と手段を用いるのなら、今までと同等は当たり前、さらに凌駕するくらいの内容が必須なのです。

 

要点はコレ。

 

従来の代用品ではなく、新しい表現の手段として用いる

 

言い換えますと、

 

今までできなかったことを、可能にする技術

 

‥‥が極めて重要なのです。

 

実際、Retasだけでは無理でした。Retasは「従来のペイントと撮影の代用品」から脱し得ず、アニメの映像表現に新風を吹き込むツールではなかったのです。ただの「コンピュータ移行製品」でした。しかも撮影に関しては、明らかに劣化していました。フィルムの麗しい透過光には全く及ばず、のちにAfter Effectsとの組み合わせが必須となりました。

 

 

 

カットアウトも同じです。

 

今までのアニメと同じデザイン(キャラなどの省略技法)、同じモーション(2コマ3コマの動き)、同じ画面のクオリティ、つまり、今までと同じアニメの内容をカットアウトで作っているだけでは、カットアウト独自の意義を広く問うことは不可能です。

 

代用品、代替品の意識でカットアウトを使うのではなく、カットアウトでしかできないことをどんどん実践しましょう。

 

「こんなの、絶対手描きじゃ動かせねえ‥‥」

 

‥‥と誰もが感じる一方で、

 

「これは3Dにも見えるけど、3Dなのか? 2Dなのか? 手描きなのか?」

 

‥‥と思う「手描き」のニュアンスも必要です。

 

‥‥まあ、Bloodのパイロットフィルムを作った時もそうでしたが、今までのアニメでは不可能な表現を見ると、特に通ぶった人はすぐに「これは3Dだ」とか言うんですよネ。理解不能なものは全て「3D」って、映像表現の技術者としてはかなり恥ずかしい反応なのですが、そうした手合いは放っておいても、せっかくの手描きですから3Dとは違った表現をいつも心に留め置くべきでしょう。

 

 

 

ちなみに、カットアウトは手間がかかります。

 

カットアウトだと楽に動かせる‥‥というのは、「言い方」次第ではありますが、半分当たっていて、半分外れています。

 

動かす効率が抜群なので、従来の送り描きの動かし方に比べて、未来の映像フォーマットとの相性が優れています。そういった意味では「楽」とは言えます。24コマフル、60フレームフルのモーションなんて、なかなか手描きでは効率的に難しいですが、カットアウトなら可能です。

 

しかし、効率こそ優れてはいますが、動きの知識と技術が「猛烈に必要」なのは、手描きとなんらかわりません。特に、60フレームフルモーションは動かす表現そのものがかなり難しいです。

 

むしろ、感性だけで絵を動かしている人は、その自分の感性を分解して体系化してカットアウトに利用できるように再構築しなければならないので、余計手間取って難しいかも知れません。なので楽ではないです。

 

カットアウトは、楽になる部分もありますが、手のかかる大変な部分も増えます。

 

しかし、そのハードルを超えれば、自分の手で絵を描くだけでなく、コンピュータまでも自分の分身のように使いこなせるようになるので、‥‥まあ、いやらしい話、稼げるようにはなるでしょうネ。今は希少な技術でもありますし。

 

 

 

現代のカットアウトは、コンピュータのソフトウェア上で実現します。

 

つまり、「切り紙」ではないです。「カットアウト」と呼び続けているのは、今でも「セル=セルロイドフィルム」「ログ=丸太」と呼び続けているのと同じで、慣習の名残りです。

 

コンピュータのテクノロジをふんだんに導入できる現代のカットアウトは、もはや、切って動かすだけのカットアウトではありません。三角メッシュ、ボーン、グリッドのメッシュ、トランスフォーム、XYだけでなくZ軸、必要とあらばパーティクルやフォームやポリゴンメッシュなど、あらゆるコンピュータの映像表現手段を盛り込んで、「カットアウト」できます。

 

 

 

足りないのは、実際に使える技術者。ホントに少ない。身近にいません。

 

ぶっちゃけ、弊社では私一人だけ。御社はどうですか? ‥‥なんとかならんもんですかネ、この技術の立ち遅れは‥‥。

 

コンピュータを所有しているアニメーターはやまほどいるだろうに、なぜ、カットアウトをやらんのか。

 

カットアウトができるようになれば、商業作品では難しい自分オリジナルの作品を短編とはいえ、フルに動かして作れるようになりますよ。

 

カットアウトを習得すれば、新たにアニメーションを作るチカラを自分の手で掴めるのに、プロダクションの助けがないと10秒のアニメすらすぐには作れない弱い自分に留まり続けます。

 

他人の原作で、他人のデザインしたキャラで、他人の執筆したシナリオで、他人が考えた演技で、他人に色を塗ってもらって、他人に背景を描いてもらって、他人に編集してもらって‥‥と、線画しか描かないアニメーターが「何の著作権を主張する?」のか、そもそも無理があるでしょ。冷静に考えればわかることです。

 

だったら、アニメプロダクションの仕事はそれはそれで引き受けつつ、「この映像は自分の著作である」と完全に言い切れるものを作れば良いです。その際に、何百何千何万と手描きで描くのは不可能ですよネ。

 

それにアニメプロダクションの商業作品にしたって、今後4Kに移り変わって、今まで通りの手描きで何千何万も描く路線で、本当に上手くいくと思ってます? だとしたら、相当計算に弱い人です。

 

一方で、アニメは1.5Kくらいで十分だ‥‥というのなら、それもまた相当、情勢に疎い人です。

 

NABINTER BEEの情勢を見れば、2Kなんてもはや過去のもので、4Kは当たり前になっています。アニメプロダクションはそうした世界的な情勢に目と耳を塞いで2020年代も経営していくんでしょうかね。4Kのビジネスチャンスを延々と逃し続けて。

 

アニメプロダクションのプロデューサーも監督も、NABやINTER BEEくらいは気にしておいても良いと思いますヨ。玉手箱を抱えた浦島太郎にならないためにも。

 

 

 

ペーパーレス、4K、HDR、手描きモーションとカットアウトのハイブリッド。

 

ごく普通に見通せる未来のビジョンです。

 

私はアニメを古典芸能にはしたくないです。現代とともに歩み続け、未来を生き続けていくのが、テクノロジーの申し子たるアニメ制作の姿だと思います。

 

近代のテクノロジー〜産業革命以後の科学の発展があればこそ、アニメも誕生したことをお忘れなきよう。

 

人畜無害路線で自然とともに生きる‥‥といったって、アニメは工業と産業の申し子ですヨ。野原で動物と戯れていたって、アニメを見るのはガチガチの工業製品ですからネ。

 

なので、アニメーターといえども、映像の技術進化は気にかけるようにしましょうよ。描いている線画が1カットごとのスタート地点になって、やがてアニメの完成映像となり、映像制作分野の1ジャンルをなすのですから。

 

線画の殻に閉じこもらず、外界の映像技術にも目を見開いて直視すれば、アニメーターが未来にどのようなチカラを手にすべきか、実感も湧いてくるでしょう。

 

 

 

ぶっちゃけて言いますが、

 

描きもカットアウトも、両方使えりゃいいじゃん。

 

‥‥ですよネ。

 

せっかく現代に生きて現代のテクノロジの只中にいるのなら、両方使えるのが色々とツブしが利きますヨ。

 

 

メモ

最新で商用の映像は掲載できませんが、古くは10年以上前に作ったカットアウトサンプルを再掲します。

 

*パーツの分割が大雑把なので、動きが少々カタいです。背景(実物を撮影)も含めて4〜6時間くらいでゼロから完成しました。全弾撃ち尽くして、スライドが後退して止まるのは、もちろんスライドを別パーツにしているから出来るのです。

 

*実際に本番でも使いました。2008年くらいの作品だったと思います。いきなり発生するように見えますが、手前にBOOKが乗りますので、コレで大丈夫です。煙の作業自体は数時間で、原画動画仕上げの所用時間と比べて劇的に効率的な上、割りミスは構造上絶対に発生しない強みがあります。

*手でも同じ煙は動かして描けますけど、とにかく大変ですよネ。割りミス・送りミスの巣のようなシチュエーションですし。

 

*作業の合間に、気分転換に遊びで作ったものです。2006年か2007年くらいだったような記憶があります。遊びが転じて、いつかこういう簡素な絵柄のアニメをオリジナルで作ってみたいと思っています。

*故意にクマの動きを3コマにポスタリゼーション(3コマのタイムシートの動き)しています。カットアウトの場合、素だとフルモーションなので、任意に動きを停止させて旧来の2コカ3コマの動きを作ります。

 

*3コマ動き+1コマPANの「ガタ」を説明するために、最近作ったサンプルです。背景もパスで作って、2〜3時間で作りました。10年前と比べて手際も慣れてきたので、このくらいの内容なら「お手のもの」になっています。

*シンプルなデザインなので簡単に見えますが、実際にコレを普通のアニメ制作でやろうとすると、24コマフルモーションなので結構大変です。

 

 

最新のカットアウトによる映像は、そのうち公開される運びとなりましょう。ベースのフォーマットは4KでHDRですし、技術も10年以上の試行錯誤の積み重ねを投入して作っています。‥‥技術の積み重ねは重要ですよネ。作画の技術なんてまさに地道な技術の積み重ねなわけですが、カットアウトも全く同じです。

 

私は「デジタルアニメ」が普及するまでの長い道のりを、リアルタイムで直に関わって経験しましたが、同じような状況を4KHDR、そしてカットアウトにも感じます。

 

最初はごく少数の人々だけが「確信」して夢中になって、他の人々は傍観して日和るだけだったのを思い出します。

 

せっかくアニメーターで絵を動かせる技術を持っていて、しかもパソコンまで使えるのなら、新しい技術をまずは体験してみることをお勧めします。日和ってたって、何も得られないばかりか、日和見層の中に居続けると結局はレッドオーシャンに飲み込まれる運命が待つだけです。

 

After EffectsでもLive2DでもMohoでも、できるところから始めてみてはいかがでしょう。

 

 


勘違い

ドイツの戦車で、パンター(俗にいうパンサー中戦車)はエンジンで発電機を回してモーターで車軸を動かす‥‥と何となく思っていましたが、ふと何かの拍子にパンターの諸元を見ると「モーター」のモの字もなく、‥‥‥‥‥‥‥あれ、ソレって、エレファントか。‥‥と今さら再認識することもあります。どこで覚え間違いをしたのか、ナゾです。

 

 

というような勘違いは、半世紀生きても、私の中にまだ相当残っていると思われます。

 

パンターの初陣の「ツィタデレ(クルスク)」戦では、故障車が続出した‥‥というエピソードが、いつのまにか「エレファント重駆逐戦車」のモーター駆動での故障車の話にすり替わったのかな‥‥と推測するばかりですが、理由はなんにせよ、単なる思い違いです。しかも、エレファントは自重の過大に使えてモーターの故障で役立たず‥‥という従来のイメージも、近年の研究では、特殊な動力部のイメージが一人歩きしただけで、当時の前線からの報告書を分析すると、従来のイメージとは随分と相違があって、実はドイツとソビエトの双方に評価されていた‥‥との報告もあります。

 

 

 

 

 

思い違い。勘違い。

 

アニメ制作現場で、3コマなどのタイミングを言う時に、

 

3コマうち〜コマ打ち

3コマ落ち〜コマ落とし

 

‥‥という呼び方が混在しており、私は両方耳にしたことがありますが、どちらが正しい‥‥というか好ましい使い方なんでしょうネ。明らかに、同じ意味の内容を、上記2つの言い回しで聞いたことがあり、現場それぞれの慣習に基づく思い違いや勘違いが含まれていると感じます。

 

そもそも、

 

シートを書く

シートを打つ

シートをつける(「つける」の漢字は不明)

 

‥‥という3種類の言い回しがあります。‥‥なので、私の勘違いかもと思いつつも、このブログでは、

 

シートを打つ 〜 3コマ打ち

 

‥‥という書き方をしています。

 

 

 

勘違いだと思うのなら、確認すれば良いじゃないか。

 

‥‥と思う現場部外者の人はいましょう。普通はそう思いますよネ。でも、業界で複数の現場で経験を積んだ人なら、

 

どこに? ‥‥どこの誰に確認しても、「正しい用語」の出どころなんて曖昧なままだろ。

 

‥‥と感じることでしょう。ぶっちゃけ、その現場のリーダー、チーフ的存在の言い回しが、その現場だけの標準に「なんとなく」なっているだけで、明示的な「アニメ制作用語規定 勧告2000.1」みたいなドキュメントは存在しません。

 

そんな曖昧な状態でも、何十年も作業力を融通しあってアニメを制作してきた日本のアニメ業界に代表される日本人の性質には、驚くばかりです。それゆえに、そうした「無規定」「標準無し」の状態が、報酬などのお金の面にも色濃く影響しているんでしょうネ。

 

 

 

「付けPAN」の「付け」とは何を意味するのか、色んな説を聞いたことがありますし、作画の内容に関する「普通の価値観」も実は現場ごとでバラバラです。

 

付けPANの「付け」とは、これこれこういう意味で正しい。

 

出典はどこですか?

 

昔、先輩から聞いた。

 

その先輩は、何かしらの規定書・規約に基づいて、発言したのですか?

 

当時先輩が撮影監督から聞いたと言っていた。なので、撮影用語として定着しているのは確かだ。

 

では、その撮影監督さんは、何を基準・規約として、撮影用語を扱っているのですか?

 

それは知らん。

 

ぎゃふん。

 

 

何か、古代の神話を紐解く思いですネ。

 

なので、誰がどう考えても計算しても合致する内容、‥‥たとえば、「(100+50)x2=300」とか「RGB画像をアルファチャンネル画像で透明部分を切り取る(マスクする)」とかいうことでもない限り、アニメ業界の用語や技術は、勘違いや思い込みや出どころの怪しい伝聞で成り立っていることを大前提として許容し、その許容を意識しつつ話すことが肝要でしょう。

 

実際、今の若い(20代〜30代前半)のアニメーターは「第1&第2原画があって当たり前」と思い込んでいる人もそこそこ存在するようで、「レイアウトの時は動きの大まかなアタリをピンポイントで1〜2枚描いてくれれば良いです。レイアウト作業時にシートを書く必要もありません。」と言っても、どうしても「背景の原図、ラフ原画(第1原画)、シート」を描いてきてしまう人もいるようで、そうなってくると、もはや「作業様式」すら「世代ごとの方言」が存在すると言っても過言ではないでしょう。

 

私は新しい技術をどんどん実用化する取り組みを、「用語辞書」を書きながら進めています。自分で決めたことでも、記述してデータベースにしておかないと、簡単に記憶違いをするからです。自分で決めたことなら完璧に記憶している‥‥なんてことは、どんなに記憶力に自信がある人でも、10年の歳月が経過すれば細部は怪しくなるものです。

 

旧来の現場はどうでしょうか。基本的な用語を策定しようなどという動きは全く聞こえてこないですネ。道交法が施行されてなければ、交通事故が多発するのは当然のことですが、なぜか道交法を決めずに「皆の自助努力と機転で事故を回避しよう!」と言い続けるだけです。

 

「この用語はこういう意味だ」とツイッターで書いて呟けば、どんどん規定が進めば良いですが、そんなことはないですしネ。単に自分の雑感を述べているに過ぎません。しかも、ツイッターの言葉の寿命は極めて短く、個人がバラバラで呟くがゆえに、読み返そうにも散逸して読めません。

 

どんなにケーブルのコネクタがHDMIやUSBの形状をしていても、信号線の規定を守らなければ、それはHDMIでもUSBでもなく、単に「接続コネクタ」でしかありません。

 

工業では誤差まで規定しますが、アニメ業界は誤差どころか基礎的な規定すら怪しいです。「そんなの、毎回テスターで測ればいいじゃん」といいつつ、テスターで測る習慣は根付いておらず、各所で事故や行き違いが頻発します。

 

でもまあ、旧来の現場の規定はもう無理かな‥‥とも思うのです。皆それぞれ主張がありますし、今から規定しても規定を終了する頃には次の技術や勢力に転換している可能性も高いです。令和に元号が変わり2020年代を迎える今さらになって、フィルム撮影台の用語を標準化してどうすんの?‥‥という話です。

 

次世代の技術では、こうした業界の経緯を踏まえ、用語などの規定は同時進行で構築して、ある程度のタイミングで勧告をおこなえばよいと思います。

 

「勘違い」かどうかを確認する「よりどころ」さえあれば、混乱せずに済みます。

 

何でも取り決めれば全て良いとは思いませんが、基本的なことだけでも取り決めておけば、右側通行と左側通行が錯綜して正面衝突する大事故は事前かつ明示的に防げますよネ。

 

 

 


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