動画の経験

私は動画の期間があまり長くなくて、3〜4年には満たないものの、動画の経験を経て、原画になりました。

 

動画の経験なしに原画になると、原画歴数年で限界が訪れ、その後、定期的に、動画歴がないことに起因する様々な挫折に直面すると思うのです。

 

自分の経験で考えても、動画の作業経験と知識は必須で、実は原画だけでなく、アニメでもなく、画業全体に動画の経験がかなり大きな財産として活きているのを、アラウンド50になってひしひしと感じています。

 

私の限界は、おそらく、動画チェッカーを経験しないまま、原画になったことだと、自己分析しています。私が原画になってから、10年以上は、その「後遺症」に苦しんだと述懐します。今でこそ冷静に分析できますけどネ。

 

ただ、動画自体は3年未満は作業していますので(さすがに私の時代は、素人から直に原画というのは、ほとんど聞きませんでした)、動画の勘所は体得しました。

 

その勘所は、iPad ProとApple Pencilを使うようになった今でも、強烈に有効活用しています。

 

動画をやっておいて良かったよ。。。

 

 

 

動画未経験者って‥‥、色々な未獲得アイテムがあると思うのです。

 

一番初歩的な要素だと、線。

 

清書ありきの原画作業なら不要じゃん‥‥とか思いますが、あまりにも視野が狭すぎます。線質を自由自在にコントロールする能力は、生涯規模の自分の画業に必須です。原画作業だけの線しか描けない人間なんて、あまりにも閉所局所過ぎます。

 

動画の線が描けるということは、様々な線を描けるように自分の体をコントロールする能力を得ることです。

 

丁寧な線から、荒々しい線まで。

 

神経質な線から、激情に任せた豪快な線まで。

 

様々な作品に作風に対応した動画の線を描く技術は、徹底的に叩き込まれないと、身につきません。

 

普通に生活してマンガ絵が得意なレベルじゃ、線1本に真剣に向き合う気運などおきないでしょう。「ただヨレない線を描けば良い」と思い込みがちです。ヨレてなくても、無神経でスボラで雑な線じゃ意味ないヨ。

 

私の時代は、綺麗な軌跡を描き、かつ、トレスマシンに出る描線を描く、技術の獲得が必須でした。

 

まるでアカデミックな楽器演奏の基礎です。自分の思った通りの音量と音の長さで、必ず一定の音を出す‥‥という点において。

 

アニメの動画は、線に対してかなりシビアだと思います。ヨレや途切れなど一切生じず、整然とした美しいストロークで、下に敷く原画にピッタリと一致した線を描き、さらには原画がラフな場合は理想的な描線を研ぎ澄まして描き出す必要もあります。

 

そんなのね‥‥‥普通に生きてたら、身につかない技術なんよ。

 

実際、アマチュアとプロのアニメ作品で、大きく違うのは線のクオリティです。

 

アマチュアは往々にして、ルーズで雑です。いわば、料理の中に髪の毛が混ざっていたり、食べられない筋や茎がそのまま入ってたりするような感じです。味がどんなにうまくても、それじゃあ、売り物にならないじゃないですか。

 

「しろうと線」から脱皮するのが、動画技術の第一歩です。

 

動画の場合は、例えばラフなニュアンスの線でも、雑に描いてたまたまラフな描線になるのではないです。丁寧に冷静に描いてラフな作風を表現するのです。

 

 

 

ただ、最近の150dpiレタス互換の動画は、どの作品も似たような線で描き、以前のような線質の広がりがないのが、少々残念です。

 

とは言え、自分の描線をコントロールする能力を得た動画マンなら、少しの慣らし期間を経れば、荒々しい劇画線も描けるようになると思います。たまたま、今はレタス向けの線だけを要求されているだけで、ポテンシャルは内に秘めています。

 

自分の描線を思い通りにコントロールする能力。

 

動画の基本中の基本ですが、社会一般で言えば、極めて特殊な能力です。

 

そして、その能力を獲得しないと、絵を動かすステップには進めないので、必ず体得することになっています。

 

今の現場は相当崩れているとはツイッターで目にしますが、ちゃんとしている会社もありますヨ。

 

 

 

線だけで、こんなにあります。さらには、様々な動きの知識も動画作業には必要です。

 

アニメ業界に居ながら、しかも作画の現場にいながら、動画を経験せずに、原画になるなんて、なんとまあ、未来を損していることでしょう。

 

私がカットアウト完全移行ではなくハイブリッドをターゲットにするようになったのは、従来の動画経験が必須だと強く認識するようになったからです。

 

素人がカットアウトでアニメが作れるほど、アニメの底は浅くないです。

 

もし動画未経験者でも、カットアウトで良い感じに動かせるのなら、そもそも動きに対する感覚と執念を併せ持っていた「稀有」な人です。

 

「稀有」に頼るより、「育成」を考えたほうが良いですよネ。

 

自分の過去を振り返ると、動画経験がなかったら、疾っくの疾うに潰れていたでしょう。イメージボード、ショットボード、コンセプトアート、カラースクリプト‥‥といった作画以外の作業の最初の線1本を支えているのは、紛れもなく、動画経験です。

 

動画の期間は、厳しい時代ですが、ゆえに、基礎力が格段に養われます。

 

プロ現場の色眼鏡や慣れきった習慣ではなく、真に動画作業がもたらす恩恵を、今一度、見つめ直せば、その大きな存在意義を実感できるでしょう。

 

 

 


英語のマニュアルは読める

結構な頻度で、「マニュアルが英語だから解らない」という言葉を耳にします。

 

それはね。

 

思い込み。英語に対する、苦手イメージ。

 

マニュアルの英文なんて、中学生レベルです。

 

高校はもはや義務教育のようなものですからともかく、大学まで卒業していて英文のマニュアルが読めない‥‥なんて、ありえません。

 

どこが難しいのさ。

 

 

 

ハッキリ申しまして、英文のマニュアルで難しいのは、専門用語だけです。

 

専門用語なんて、日本語のマニュアルだってわかんないでしょ?

 

ですから、英語だから、‥‥じゃなくて、専門用語が出てくるから、難しいように思うだけです。

 

 

Perceptual Quantization。

 

英語だから難しい?

 

じゃあ、

 

パーセプチュアル・クオンタイゼーション。

 

日本語だって難しいじゃん。カタカナじゃなくて、訳してみましょうか。

 

知覚的量子化。

 

訳しても難しいよね。

 

 

 

つまり、英語だから難しいのではなく、専門技術の専門用語がバンバン登場するから難しいのです。

 

専門用語が難しいことを、「英語だから」とすり替えていては、永遠に英語のマニュアルなんて読めず、どこかの誰かが日本語訳してくれるのを待ち続ける人生です。

 

 

 

専門の単語が難しいのは、英語も日本語も同じ。

 

そんな時はググれば良いです。

 

 

 

そりゃあ、日本語を読むように、ページ全体を見ただけで文章が頭に入ってくるレベルは難しいでしょう。よほど、英語に小さい頃から馴染んでいる人でもなければ。

 

普通に1行ずつ読めば、マニュアルの英語の文法なんて、中学英語レベルです。

 

「ともすれば」「であるにも関わらず」「もしそうだとしても」「であったとしてもおかしくはないが」‥‥なんてまどろっこしい表現なんて皆無です。

 

「であるわけがない」「そうでなくもない」なんて書いてあるマニュアルは目にしたことがないです。‥‥あ、オライリーの序文は別として。

 

 

 

英会話はできなくても、英文を自分では作成できなくても、英文のマニュアルは読めるはずですよ。よほど英語を嫌いでもない限り。

 

 


After Effectsの老朽化

After EffectsのCC2020を常用していますが、老朽化を感じずにはいられません。どこかでリフレッシュしてもらわないと、いつか倒れてしまいそうなほど、古さが目立ちます。

 

ご存知の通り、アドビはサブスクリプションに移行して、旧バージョンに対する方針も変更となり、CC2019以降のバージョンしかインストールできません。(少なくとも公式には)

 

つまり、今後After Effectsを使い続けるのなら、最新版と仲良く生きていく必要がありますが、最新版とは名がつくものの、中身は相当くたびれています。「お疲れの様子」です。

 

最近、必要に応じて、500個のAEPファイルを大量処理しなければならなかったのですが、500個はともかく、50個でも、After EffectsにAEPファイルを入れ子で読み込むと、15個あたりから異様に速度が低下し、50個のAEPを読み込もうものなら、最後の方は1個のAEPの読み込みに1分近く待たされる鈍足さに呆れてしまいました。

 

‥‥昔は、こんな子じゃなかったのに。

 

ぶっちゃけ、50個のAEPファイルをAfter Effectsで読み込むよりも、AMEに送ってレンダリングする速度の方が速くて追いつかれる始末。

 

 

 

そして、相変わらず、10bitのQTが8bitで読み込まれるバグは治っていません。バグとかミスとかのレベルではなく、業務上過失です。

 

外から見てても、After Effectsの開発に情熱が失せているのが判ります。

 

お願いだから、まともに動くように、メンテしてくれよ‥‥。

 

 

 

仕様変更なら、いくらでも対応するよ。

 

小数点の精度や取り扱いが変わったのなら、いくらでもそれに合わせて、エクスプレッションもスクリプトも変更します。

 

鈍足になったAEP読み込み処理速度は、レンダーキューのAME送りなら、スクリプトの工夫でなんとか対応はできます。一度に読み込むと速度が落ちるのなら、1つずつAEPをオープンしてキューに送る自動処理で切り抜けられます。

 

AMEにキューを送るメソッドが数年前から新設されているようです。引数がtrueの場合は、送ったと同時にレンダリング開始、falseの場合は送るだけでレンダリングは開始しません。

 

app.project.renderQueue.queueInAME(true);

 

 

でも、バグには対応できんス。

 

10bitのQTが8bitで読み込まれるのは、仕様変更じゃなくてバグで、しかも次期バージョンのAfter Effectsでもそのバグは治ってません。ユーザサイドでは対応不可です。

 

 

 

とは言うものの。

 

After Effectsを凌牙するコンポジットのソフトって、何か良いのあります?

 

ないのよ。

 

みな、After Effects エレメンツとかAfter Effects エッセンシャルみたいな、機能制限版で、After Effectsを上回る性能のコンポジットソフトウェアは、そうそう見つかりません。

 

After Effectsでできたことが、乗り換え先のソフトウェアで、たとえアプローチが変わったとしても可能なら、乗り換えを考えても良いのですが、実際、見当たらないのですヨ。

 

ノードで連結できても、作れる映像が大雑把では、乗り換える動機が失せます。

 

タイムラインがAfter Effects風でも、機能が足りなければ、アマチュア向けのiMovieとさほど変わらんです。

 

 

 

After Effectsが復活してくれれば良いのですけどね。

 

もしくはポストAfter Effectsになり得る、高機能で痒いところまで手の届く、新しいコンポジットソフトウェアの出現さえあれば‥‥。

 

 

 

 


もっと使ってみる

次に作業する作画は、いつものプロクリか、クリスタに変えるか、ちょっと考え中です。

 

プロクリ〜Procreateは、描くこと自体は快適で、一応パラパラと絵をめくることくらいは可能ですが、タイミングを細かく制御できるわけではないです。一方、クリスタはアニメ機能は充実していますが、ツールウィンドウが旧態依然としていて描画できる面積が狭く、エフェクトが弱い面もあります。HarmonyはそもそもiOS版は出ていないので、モバイルできません。

 

まあ、昔からこのブログで書いていることなんですが、アニメーターはアクションレコーダー(QAR)なしでは作画できない‥‥なんてことはないので、作画ソフトにタイムシート機能なんてぶっちゃけ無くても描けるのが当然なんス。アニメの作画スタジオにQARがあるほうが珍しかったですし、一連のタイミングをパラパラとめくって確認できれば、どんなアニメーターだって動きを設計する能力をもっているはず‥‥です。

 

また、紙時代にタイムシートのタイミング通りにパラパラ紙をめくれることはなくて、パラパラと絵をめくって見た動きを頭に記憶して、頭の中でタイムシートのタイミングに変換していたのですから、「タイムシート機能がないと作画できない説」はアニメーターの能力としてはありえない説です。

 

とはいえ、作画するソフトにタイムシート的な機能が付いていれば便利は便利。必須ではないですが、あれば使うよネ。

 

 

 

私がプロクリではなく、クリスタでももう少し仕事を増やしてみようかなと思ったのは、なんか、もったいないからです。‥‥変な言い方ですが、実際、そうです。

 

せっかく、3ライセンスもあるのに、プロクリばっかり使って、クリスタのまともな環境が整わないのは、芳しくないと考えているのです。

 

道具は、使えば使うだけ、環境が整います。使っているうちに、自然と整います。

 

特にペンのプリセットは重要。

 

自由自在に反応してストレスが全くなく、自分の体の一部のように動作するペンは、それだけで財産のようなものです。

 

プロクリはそのレベルまで環境を整えていますが、クリスタはまだ使用してきた絶対時間が足りないので、ボチボチです。

 

そのボチボチ状態を、そこそこ状態にレベルアップするには、仕事で使うのが一番。‥‥もちろん、仕事でクリスタも使ってはきましたが、もっと積極的に使えば、さらに充実した環境を構築できるでしょう。

 

それにクリスタって、アニメ作画専用ソフトではなく、むしろ本命はイラストのほうですもんネ。そっちの機能をもっと自分の庭のように知っておきたいです。

 

 

 

クリスタiOS版の難問は、画面の狭さと、パソコン流儀の動作です。そこにどうも馴染めないので、なんとなく使う頻度が低いままだったのは事実です。

 

12.9インチのiPad Proが10インチくらいになっちゃうんだよね‥‥。ツールウィンドウが占有して、残された面積で絵を描くので、物理的な難問です。

 

ファイルの取り扱いがパソコン然としているのも、クリスタの特徴です。

 

iOSのドローソフト一般では、新規キャンバスを作って描き始めた時点でファイル新規保存です。その後、描いたそばから保存するのでクラッシュは怖くないです。その代わりに、オリジナルをどんどん変更して上書き保存していくので、元のファイルを残しておきたい場合は、複製してバックアップする習慣です。

 

クリスタはまるで、昔のPCソフトそのままで、iOSの流儀とは真逆です。ユーザ側の動作をmacOSやWindows風に変える必要があります。

 

iPadのようなタブレットPCは、キーボードが無くてあたりまえなので、コマンド+Sなんて習慣にならんのよ。ゆえにタブレットPCには、専用のOSが存在して最適化されているのですが、クリスタはPC時代を引きずった独自路線なのよネ。自動保存のオンオフではなく、描いた瞬間から保存する仕組みはないよネ。

 

既にデスクトップOS版のクリスタを使っていたPCユーザが乗り換えるのは、違和感があまり無いのかも知れませんが、iOSに慣れたユーザは、クリスタの「パソコン感」に戸惑うと思います。

 

macOSやWindowsを使っている時と、iOSを使っている時では、頭は自然と切り替わります。Windowsのつもりで、iPhoneは操作しないでしょ?

 

でも、クリスタはiOSにパソコン流儀を持ち込んでくるのよね。‥‥それが面倒というか厄介というか。

 

 

 

かと言って、そうした壁を超えないと、クリスタは今以上に自分に馴染まないので、もう少し積極的に使ってみようと思います。

 

良い機能がたくさんある優良なAppであることは間違いないので、ユーザ側で壁を乗り越えさえすれば、体に馴染んで拡張した感覚の一部にもなりましょう。

 

しかし正直、クリスタをiPad Proで使うと、iPad Proが小さくなる問題は、如何ともし難いです。この壁が一番高いかな‥‥。

 

 


昔の作品が教えてくれること

昔ながらのテレビアニメを作りたい!‥‥と思うのなら、中途半端にAfter Effectsのエフェクト処理を拒絶するより、完全に作画の描写だけで完結すれば良いのに‥‥と思うことは、近年感じることがあります。

 

でも実際は、ガス(気体)の描写はAfter Effectsのフラクタルノイズやパーティクルのぼかしに頼っていたり、セルに放射ブラーを加味したりと、中途半端に依存してることがほとんどです。

 

本当に昔ながらの‥‥が作りたいのなら、一切、After Effectsのエフェクトも3DCGも禁止して、セルと背景の素撮りだけと決めれば良いんだよね。もちろん、セルはセレクトブラーとか一切無しで。

 

でもそれは実際にはできないんですよ。素撮りの映像を実際に見ると、そのあまりの無防備さに不安が生じて何らかの撮処理に頼ることになって、「昔ながらの」コンセプトがいつの間にかどこ吹く風になります。

 

 

 

中途半端にノスタルジーに軸足を置くことが、どれほど優柔不断でダブルスタンダードでみっともないことか。

 

本気で昔ながらのアニメを再現するのなら、私も真剣に取り組みますけどネ。

 

トレスマシンのニュアンスを再現し、16ミリや35ミリのフィルム特性(カラー特性やグレインや解像感など)をとことん分析してAfter Effectsで再現し、パーフォレーションのガタや編集点の歪みまで完全再現しますよ。

 

でもそういう話をすると、逆に引くんですよネ。「そこまでのことではなくて」‥‥と。

 

じゃあ、どこまでなのか?‥‥というと、本人の甘いノスタルジーの感傷的な気分だけで、昔と今の境界線の基準など見出せないのです。

 

 

 

老人になって、心細くなって、ノスタルジーに浸って心を慰めること、それそのものは個人の自由です。

 

でも、それを作品制作に持ち込むのは、哀れというか、面倒というか、情けなく詫びしいことです。

 

昔のながらのアニメ?

 

だったら、「ながら」ではなく「まさに本物」の昔のアニメ作品のDVDかBDのボックスセットでも買って、懐かしく観賞すれば良いことです。

 

 

 

今作るのなら、今の技術、そして新しい技術で。

 

ノスタルジーを作品作りに反映するのは、まさに「老い」の象徴です。死臭が漂います。

 

 

 

 

私は80年代前後の出崎・杉野作品が大好きですが、あのテイストを今の時代に再現しようとは思いませんし、出来るとも思いません。

 

時代が生み出した賜物なのです。時代を生きた人たちにしか生み出せないものです。

 

いくら昔を懐かしんで模倣しても、当時の作品には及ばないでしょう。なぜって、当時はノスタルジーではなくリアルタイムで真剣勝負で作っていたのでしょうから、「真似事」で同列に並べるような甘いものではないです。

 

であるならば、今を生きる我々は、今の時代にしか作れないものを作れば良いです。

 

 

 

昔の作品は、その「背中」で、我々が何をすべきかを教えてくれています。

 

我を複製せよ‥‥なんて言ってません。

 

作品世界を創り上げる強い意志を受け継げ‥‥と言っております。

 

 


雑感。

アニメを作るためには、どのソフトが適していて、何と何が必要‥‥という話題は、それこれ20年以上も語り続けられてきた話題です。

 

でも、その話題に結論など出ようはずもありません。

 

アニメは変わり続けるからです。

 

そのことに20年前から気づいている人もいれば、20年間気づかない人もいます。‥‥で、その20年間気づかない人も、実は論調を20年間の間に徐々に変えて今に至っています。

 

もう、「変わるものだ」「普遍ではないんだ」ということに、真正面から覚悟すりゃあいいのに。

 

 

 

鉄腕アトムのテレビ放映開始が1963年ですよネ。‥‥と言うことは、テレビアニメ100周年になるには、2063-2020=43で、40年以上の月日が必要です。

 

たかだか、100年も経過していないテレビアニメベースの制作技術に、普遍もヘチマもないです。

 

しかも、その短期間に、大きく道具を変え、表現を変え、放映する時間帯も変わり、テレビ以外のメディアにも変わって‥‥と、変わり続けた歴史です。

 

なのに、タップがどうたとか、タイムシートがどうだとか、まるで100年200年の伝統の技術のように、しがみつき続けるのは何なのだろう。

 

時代に合わなくなれば、変えていくのが当然。

 

 

 

当座の移行期を乗り切るために、旧来のタップやタイムシートを使うのはアリでしょう。しかし、それを普遍と信じて疑わないのは、あまりの限界集落ぶりを公言しているようなものです。

 

でもまあ、あと10年。

 

10年経てば、いわゆるヤマト世代のアニメブーム世代は老齢化(高齢というよりは老齢)し、一線からどんどん退いていきます。もし一線にとどまったとしても、もはやバイタリティは激減して、生産力としては期待できない世代と化します。

 

そんな時、そのアニメブームのベテランが、相変わらず、タップだタイムシートだミリやセンチだと旧時代感覚で関わるのか、ペーパーレス時代の柔軟な映像技術思考で関わるのかで、大きく立ち位置や発言力や説得力も変わりましょう。

 

「これは何ミリなんだ! このフレームの横幅は何センチなんだ!! 0.125ミリの意味もわからんのか!!!」‥‥と激昂して周囲を困らせるおじいちゃんおばあちゃんになって、存在するだけで疎まれる未来が待つのか。

 

「新しい技術だけでなく、昔の技術をこれこれこのように応用すると、現代にも十分通用する技術に生まれ変わるよ」とアドバイスできるおじいちゃんおばあちゃんになるのか。

 

後者のほうが良い‥‥と私は思うんですけどね。

 

アニメブーム世代は、寸とか尺とか、知らなくても生きてこれた「昭和の現代っ子」だったのにネ。いつしか自分の知っていることだけが正義だと振りかざす老人になるのだとしたら、これはもう、利より害のほうが優ってしまいます。

 

 

 

今はこの方針でいく。しかし、未来の技術発展に呼応して、方針はどんどん変えていく。

 

古参の経験者なら、むしろ、柔軟性を大胆に実践できる度胸を、最大の経験値として示していきたいものです。

 

 

 


標準中間ファイル

私は個人で2つのクリスタのライセンスを所有しています。2カ所で使うことを想定して‥‥ですが、何よりも価格が非常に安いのが、複数のライセンスを所有できる1番の理由です。ちなみに、iPad Proはまた別なので、都合3つのライセンスを自分で所有しています。

 

で、最近自宅のiMacを最新型にリプレースしたのに伴い、久々にiMacのクリスタを起動したら、古過ぎて驚きました。バージョン1.1。

 

iMacはペンタブ不在期間が長かったので、ライセンスを所有しながら使ってなかった期間も長かったのです。

 

最新のバージョンにアップして(ユーザの書類フォルダの移動も含めて)、macOSもiOSも最新の環境になりました。

 

 

 

ここ最近の2K作品の「デジタル原画」の作業をフィードバックしつつ、カットアウトのさらに有機的なハイブリッドを実践するために、クリスタの両バージョン〜デスクトップとモバイルの環境を整える必要があったのです。

 

描き送り(送り描きとも呼ぶ)の従来作画方式と、カットアウトの新方式は、2択ではなく、ミックスして使うのが有効です。実際、カットアウトで先進的なオペレーションが可能なToonBoom Harmonyでは2択ではなく当初から併用して使える仕様になっています。

 

カットアウトでどこまでできるか、ずっと「切り紙の延長線」だと思っている人は、Harmonyで作り出したカットアウト作画の数々をネットで検索してみれば、昔のディズニー映画並みに動きまくっている映像を確認して脅威に感じることでしょう。‥‥よほどの負けず嫌いでなければ、日本の技術立ち遅れを認めずにいられません。

 

ただ、その遅れを取り戻す際に、日本人は欧米人とは違うアプローチで、カットアウトを取り入れることでしょう。

 

日本人は独自の美意識と価値観で、カットアウトと従来作画との融合を果たすでしょう。

 

日本人がディズニーアニメを見ながら、全く異なる独自の路線を創り上げたのと同じように。

 

 

 

一番、低コストに従来作画とカットアウト作画を融合するには、クリスタ(もしくはプロクリ)とAfter Effectsを併用することです。月々の支払いは、プロ仕様でも低く抑えられます。

 

でも、クリスタやプロクリの独自ファイルは、After Effectsでは直には読めません。また、紙作画と混在する現状においても、Photoshopではclipファイルやprecreateファイルは読めません。

 

各ソフトウェアを橋渡しするブリッジが必要です。

 

私は数年間使ってみて、なんだかんだ言っても、PSDファイルが一番ブリッジに適しているように感じます。

 

今はPSDファイルは、レイヤー構造を保持してやり取りするデファクトスタンダードと言って差し支えないでしょう。

 

 

 

クリスタでもカメラワークが組めますが、その場限りの操作となり、ワークフローに踏襲されない独自形式なので、ハッキリ申しまして、あまり効率的で有用とは言えません。カメラワークをつけるのなら、PSDファイルを経由して、After Effectsで本格的に組んだほうが、後で再び活用できます。もちろん、そのようにワークフローを組めば‥‥ですが、少なくともクリスタで「コンポジットもどき」をするよりも、遥かに再利用可能となりましょう。

 

あまり需要はないですが、PSDファイルを中間ファイルにすれば、クリスタからプロクリ、またその逆の、橋渡しが可能になります。実際、変形エフェクトの貧弱なクリスタをカバーするために、プロクリに持ち込み直したことがあります。

 

 

 

PSDを標準中間ファイルにするには、Photoshop上の特殊な機能は使用せず、極めて基本的な機能に絞って運用します。

 

また、レイヤー構造におけるレイヤーセット(レイヤーのフォルダ)の階層も厳密に決めつつ、自由度も設定しておきます。レイヤーセットの第2階層までは掘るが、第3階層から下は1つの画像とみなす=第3階層から下は自由に構成して良い‥‥などです。

 

実際、私はプロクリで描いた原画を、PSD形式で書き出し、macOSのPhotoshopに持ち込んで、各セルやBG・BOOKごとの出力を自動処理でおこなっています。同じPSDファイルをAfter Effectsにも持ち込んで、XYZ軸やティルト(カメラの傾き)を駆使したカメラワークも組んで、カットアウトもおこなって、原画のタイミングムービー(CT用の原撮とは異なります)を作成します。

 

自主制作や、小規模インハウスなら、原画のタイミングムービーをオフライン素材として活用して、DaVinci Resolveのメディアとしても利用できます。

 

 

 

作品作りのビジョンは、映像の内容面だけでなく、運用面でも具体的に見えていることが求められます。

 

内容と運用は、双子の姉妹のようなものです。二卵性双生児のように、顔や体は違っても、同じ作品の胎内に宿るものです。

 

 

 

PhotoshopとAfter Effects。さらに、クリスタやプロクリやHarmony、DaVinciなどが加われば、たとえ2Dオンリーでも、映像表現における未開拓フィールドは広大です。

 

PSDファイルや、コンポジットの定番としてのAfter Effectsは、まだまだ中心的存在を担います。

 

だからさ‥‥。アドビは、妙な未解決バグやポリシー変更が原因で、ユーザのココロを離れないようにして欲しいのよネ。

 

 


まずはバージョン1

作業全体を見渡す視点と、1工程に専念する視点では、自ずとポリシーも取り回しも価値基準も変わってきます。

 

アニメ作品の1カットの全て工程の成果物を、1つのフォルダにまとめる方法は、作業全体を把握したい管理者視点では都合が良いですが、1工程に専念する作業者の視点では、むしろ不要な中間素材が山ほど含まれています。

 

ワークフローの最後に近づくほど肥大化するので、特にテレワークのような回線速度に限りのある状況では、不要な中間素材は除いて、必要な中間素材だけをローカルに複製する仕組みが必要です。

 

 

 

でもまあ、これは口で言ってどうこうなるもんじゃないです。

 

実際にPMを開発して、小規模作品で実際に稼働させて、各工程の作業者が「カット袋消滅後の現場」を実感しないことには、フィードバックもままなりません。

 

開発する側も、実際に使う側も、文字で意見交換するだけじゃダメなんよ。

 

いくら文字を重ねても、実際に開発してバージョン1をリリースして、皆が使ってみた実感には及ばないです。

 

 

みんなで仕組みをしっかり理解して、みんなで然るべき正しい取り扱いをして、みんなでちゃんと約束事を守って行動しよう。そうすれば現場は上手くいく。

 

まあ、皆がそのキモチを持つことは悪いことではないけど、システムやワークフローとはそんな善意や道徳など必要としなくても、コリントゲームのようにボールがゴールへと転がっていく仕組みを作ることです。

 

潜在的な欲(多くの場合、ソレは金)という重力に引っ張られながら、ボールがあちらこちらにぶつかって跳ね返りながら、やがてゴールの穴に落ちる‥‥という仕組みを考えるのが、システムやワークフローを考える人間のすべきことです。できるだけ高い得点の穴に落ちるように‥‥です。

 

 

 

 

小さい風呂敷を開いて、その中で一旦色んなことをしてみて、そこで出来た完成物を風呂敷で包んで納品すれば良いのです。

 

どんどん欲をかいて、あの機能を追加しこの機能も追加し、あれにも対応しこれにも対応し、あれもして、これもして、と構想だけ膨らんで、結局は完成したバージョンを永遠にリリースできないよりは、機能不足や制限や妥協は承知の上でまずはシステムやフローや新技術のバージョン1を完成させることです。

 

 

 

 

一度でもジェット機を飛ばせば、ジェット機の可能性に目を向ける人も出てきましょう。

 

しかし、一度も飛ばないまま研究機関の工場で組み立て状態の機体には、「いつ初飛行するんですか?」で終わりです。

 

 

 

 

たとえ5カットのスポット作品でも良いのです。小さな小さなプロジェクトを、新しい作画方式と新しいワークフロー、そして新しいプロジェクトマネージメントで作りきれば、多大なフィードバックが得られて、その次の原動力になります。

 

逆に言えば、たとえ5カットでも、作りきらないとダメです。線画だけとか、ラフだけとかの、尻切れトンボが一番マズい。「最後まで完成しなかった」というフィードバックなんて要りませんもん。

 

 

 

永遠のベータ版。

 

‥‥なんて言われないように、新しい地平を目指す人間は、頑張りましょうネ。

 

 


転換期ゆえ

前世紀末〜90年代後半に始まったアニメ業界の大転換期は、様々なものを消滅させつつ、様々なものを誕生させました。フィルム撮影からコンポジットへ、セルと塗料からコンピュータのデータへと移り変わり、同時に、廃業した人、転向した人、新規参入した人‥‥と、それぞれの人生に分岐点や出発点が生じました。

 

その中でほとんど無関係だったのは原画や作監のアニメーターでした。広い視点で言えば、フィルムとセルからコンポジットとペイントデータへと移行したことにより、今までの絵柄より丁寧に細かく描く必要が生じ、収入面に少なからず影響は出ましたが、廃業や転向するほどまでには至りませんでした。

*ちなみに、動画アニメーターには大きな影響がでました。要求される絵が、トレスマシン時代とは大きく変わったためです。

 

ぶっちゃけ、2000年代前半の大転換期は、対岸の火事と言っても良い感覚だったと思います。「自分たちには火の粉は及んでも、火は燃え移らない」‥‥と。

 

そして2020年代。アフターコロナ。

 

大量の紙を今まで同じ感覚で消費し、流通し続けることが困難になる2020年代に、実質上「聖域」だった原画・作監と演出に、火の粉だけでなく火が燃え移っていきます。

 

おそらく、前回の大転換期と同様、廃業する人もかなり出てくると予測されます。

 

 

 

そして、時を同じくして、制作運用にも大転換期が訪れます。

 

カット袋は消え、PM(プロジェクトマネージメント)が台頭するでしょう。

 

「デジタルカット袋」なんて言葉も見かけますが、いかにも移行初期の場当たり的代用品思考です。

 

そもそもの、1つの袋に素材を詰めて‥‥という発想がまずシフトしていきます。そして人々は次第にその思考の転換に馴染んでいきます。

 

 

 

ファイルシステムの「フォルダ」をカット袋に見立てて‥‥と言うのは、まあ、誰でも最初はやりますし、自分の周囲しか関わらなくて済むのなら、「カットフォルダ」単位でも乗り切れます。

 

しかし、実物のカット袋と、各工程の結果物を集めたカットフォルダには、あまりにも大きな違いがあります。

 

実物のカット袋はあくまで「オリジナルの移動」です。一方、カットフォルダは移動ではなく複製になります。

 

もちろん、Windowsの「切り取りと貼り付け」と同じことをすれば移動と同等になりますが、ほんとにそれ、やる??? サーバ上の原画上がりのデータを演出に入れる際に、原画上がりサーバデータを消して空にして、演出入れフォルダにペーストする?

 

かと言って、工程を経るごとにどんどん複製していったら、原画データは何回複製されることになるやら。

 

‥‥つまり、新しい時代の運用方式を、カット袋に見立てること自体が、適さないのです。

 

 

 

PMのクライアントソフトを介して、作業者は作業状況を把握し、実際の作業INとOUTを送受します。

 

サーバ上の保存状態を全く意識することなく、アニメを制作するスタッフはPMのクライアントで全てを把握します。

 

社内LANにしろ外部からのアクセスにしろ、制作さんや作業スタッフがファイルサーバに直にアクセスして、中身を操作する‥‥というのは、いわば、銀行の奥に入っていって、直接金庫でお金を出し入れするようなものです。実はキケンなことを平気でやってるんですよ。アニメ業界はITなき業界だから。

 

PMを介してアクセスして、ファイルサーバには直接アクセスしない、新しい運用技術が必要です。全員を直にリアルに777に設定しなくても運用できる、根本的な運用技術の転換が求められます。

 

 

 

制作会社の社内LANにいれば、PMの運用は基本設計次第でうまくいきましょう。

 

しかし、アニメ制作現場は社内LANだけでは完結しません。必ず、アウトソースに頼ることになります。

 

さらには、制作会社社員であっても、テレワークの未来も考えねばなりません。

 

ではどうするか。

 

先ほどの銀行の例えで言えば、ATMをWANで作業するスタッフ宅に設置すれば良いのです。

 

そのATMの役割を、PMのクライアントAppが担います。

 

必要なのは、各個人のVPN環境じゃないんですよ。

 

あくまでPMなのです。

 

PMを確立できないから、VPNで社外から入って、ファイルサーバをごにょごにょ‥‥という動作になるのです。

 

金庫で直にお金を出し入れする発想から離れて、ATM的、ネットバンク的な発想にシフトしましょう。

 

 

 

お金って、データですよね。

 

同じ千円の紙幣なら、世界で1つの1枚にこだわる必要はなく、どんな千円札でもOKです。

 

作業データも同じ。

 

必ず、そのセクタに書き込まれたデータじゃないとダメ!‥‥なんてことはあるまい。

 

メインサーバのデータが、PMによって自宅環境に複製されたとしても、それは同じ存在価値です。データは複製されていますが、個人宅の視点から見れば、あくまでそれはサーバ上のオリジナルです。

 

修正を加えたり、新規作業分が発生したなら、「変更」「追加」したデータとして参照優先が更新されれば良いのです。

 

 

 

わけもわからず工程履歴上の様々なデータを「カット袋」と称したフォルダの中にどんどん詰め込んで、整然と管理できる‥‥わけがないよね。

 

だからこそ、PM。

 

しかし、PM。

 

PMは天から降ってくるものではないので、開発しないと存在しません。

 

ゆえに、開発能力のない会社は既存のグループウェアを流用することになりますが、まあ、アニメ専用・自社専用じゃないから、使い勝手はグループウェアに合わせることになりますよネ。足りない機能がある一方で、いらない機能も沢山。

 

でも、そういう開発能力も含めて、実はアニメ制作会社自体も、2020年代の大転換期に、生死の明暗を分けると思います。

 

時代についていけなくて、個人ではなく、会社そのものがまさに「廃業」することも、転換期には増えましょう。

 

 

 

制作運用の意識が大転換期に大きくシフトする中で、意外にコンピュータを日頃使っている人でも、「箱庭的旧来価値観」に捉われて、「カット袋」とか「タップ穴」に拘ったりします。

 

タップ穴は、穴そのものに意義があるわけじゃないです。位置合わせの方法論です。

 

同じく、カット袋は袋であることに大きな意義はないんですよ。要は「運用の方法論」です。

 

アニメ制作現場を、コロナをむしろ好機として、近代化させましょう。

 

 

 

すべてテレワークで済むことはないです。

 

300万円もするマスモニなんて、制作会社総本山にしか設置できません。

 

自宅でできるのは、自宅でできることのみ‥‥だからこそ、自宅でできる内容を現代レベルに刷新するのです。

 

 

自宅には普及期のWindowやiMacやMac miniで組んだ作業環境。個人のニーズに合わせて自由に環境を組む。

 

PMクライアントで作業入れを受け取り、作業アップを送信して、「作業IN/OUTの標準化」を実践しつつ、作業証明(サインのようなもの)もちゃんと記録される。

 

 

アニメ制作は、制作会社のスタジオとテレワークの混合環境を、PMによって整然と運用していく未来となりましょう。

 

転換期の淘汰とは、そうしたことも全てコミコミ‥‥です。

 

 

 

アニメを作れば、それでいいんだ。

 

‥‥なんて言う人もいますが、よく頭で考えましょう。その作り方って、誰から教えてもらった?

 

アニメの作りかたは、先人たちが築き上げたものです。自然界の恵みではなく、人工のシステムです。

 

先人の作り上げたシステムに、のっかることしか考えずに、自覚もなく依存し続けて、「アニメを作れば」なんて知ったかぶって言うな。

 

先人たちと同じように、2020年代を生きていく我々も、アニメの作り方を発明するのです。

 

アニメは社会の進化と変化とともに生きていきます。

 

 

 


ファニーな好機

現在はコロナの状況もあり、ネットワークでデータを送受して作業をすることも増えましたが、一方で、従来のカット袋を動かして運用するスタイルも、もちろん健在です。

 

完全なペーパーレスでネットワークオンラインでの作業スタイルに切り替えた作品なら、自分が作業した証を何らかの情報としてコンピュータのデータとして記録する必要があります。

 

以下は作業場で使用しているPMの情報ページのスクリーンショットです。特殊なカットなので、耳慣れない工程があるのはご容赦ください。

 

*予め作業済みの作業物を転送したものは、異様に作業IN/UPが速いです。‥‥実は当初、ひとりで作業するカットゆえに、自分の中だけでフローしようと思いましたが、工数を総合すると結構な作業量となり、PMにお世話してもらう方針に切り変えたのです。

*こうした作業情報が、全カットに網羅されます。上図ではカットナンバーなど作品固有の情報を外してスクリーンショットしています。

 

 

全工程をひとりで取り回したので、私の名前ばかりですが、クライアントソフトで設定したユーザ名が反映されています。ファイルサーバを直にほじくってファイルをアップダウンするのではなく、クライアントソフトがアップダウンしますので、サーバが無法地帯にならずに済みます。いざという時は、このPMと連動しているファイルサーバがバックアップの役目も果たします。

 

開発者のかたと打ち合わせて、自社開発したPMです。私にとってこのPMはまるで虎の子です。

 

作業開始前にワークフローを確定し(中途の変更も可能)、フロー図も生成されるので、フローの中で迷子になりませんし、シーン・話数で区切られる進捗表をみれば、どのくらい作業が進んでいるかもわかります。

 

下図は、フローのスクリーンショットです。自分ひとりで全工程を作業するカットだったので、できるだけ工程数の少ないフローをカスタマイズして作りました。

 

工程の定義やフローは自由定義できる仕様です。

 

*複数人数で大掛かりな工程を有するカットは、フロー図も巨大になります。

*もしフローに破綻がある場合、警告が出て確定できない仕組みです。つまり、設計ができていないフローは、作業が開始できません。‥‥実に良い仕組みです。

 

 

 

とはいえ、完全ペーパーレスに切り替えられる作品は、まだ僅か。

 

多くは現物のカット袋との混在で進行します。

 

そんな中、ネットワークで作業する人間が、混在状況を考慮せずに、独自にコンピュータ上で署名するオプションを追加すると、「署名の重複」が発生します。

 

コンポジット作業の場合、カット袋に「誰が何撮をしたか」を記名しますし、映像のカットボールドにはコンポジターの名前が記名されます。もうそれでじゅうぶんでしょう。

 

さらにまだ増やすのは、まるでハンコばかり突いている日本社会を再演するかのようです。

 

 

 

現在はネットワーク経由で仕事する人もいますし、自宅作業で制作進行さんに回収してもらう人もいますし、スタジオに入って作業する人もいて、状況がそれぞれ異なります。

 

つまり、オンラインでの作業証明には無縁の人もいれば、是非とも署名したい人もいて、温度差がかなりあります。

 

でも、それはしかたないです。現物運用、ネット運用の、どちらかに決めきれない現状なのですから。

 

 

 

だからこそ、時期を待つのです。

 

小規模作品で完全ペーパーレスの作品作業の経験を積んで、ノウハウを蓄積して、「次」に備えるのです。

 

 

 

ネット経由のデータと現物のカット袋が混在している状況で、独自の判断でオプションを追加して広めようとしても、広まるのは困惑です。

 

現状において色々と行き違いがあるのなら、オプションを追加して解決するのではなく、旧来の方法論で地道に解決していくのが適しています。‥‥だって、旧来の方法論の現場での障害であって、ペーパーレスの現場ではないのですから。

 

 

 

もどかしい気持ちは、特に先進的な意識をもっている人なら、なおさらだと思います。

 

しかし、そのもどかしさは、現状の現場では払拭できないことを悟って、好機を待つのが肝要だと、私は考えます。

 

今こそチャンス!‥‥という時に、PM開発中‥‥では、攻勢は最初から足踏みです。

 

逆に、現在の混在して混沌としている今の状態こそ、絶好の開発期間です。

 

紙にもペンタブにも緩く二股をかけた、ある種、Phoney Warの今こそ、緒戦で得た経験値をフィードバックして、兵装の改良を進める好機です。

 

 



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