クリスタで4Kで原画

色々と諸事情がありまして、私もクリップスタジオペイントEX(以後クリスタ)で4Kの原画を描いてみました。いつもはProcreateで描いているのですが、諸般の事情でクリスタも使ってみようということになり、おくればせながら、原画作業に取り組んでみました。

 

 

まず作業環境ですが、

環境概要

iMac 5K(初代の2014年モデル=Late2014)

32GBメモリ

iPad Pro(第1世代=2015年)

AstroPad(iPadを液タブに変えるスグレモノ)

‥‥です。

 

特に最新で高性能というわけではないですが、アニメ制作会社のマシンは16GB以下の少ないメモリも多いですから、メモリは普通レベルに積んでいます。

*ちなみに、今はメモリを64GB積んでも特に驚くほどではない時代です。128GBまで積んでると、多いなあ、金かけてんなあ…と感じますが。

*蛇足ですが、32GB〜128GBのメモリとは、SSDの容量ではなく、メモリ〜RAMの要領です。今でもHDDやSSDのことをメモリと呼ぶ人がちらほらいらっしゃいますので、付け加えておきます。

 

 

まず使い始めて1発目に驚いたのは、レイテンシーがPhotoshopよりも少ないことです。‥‥まあ、昔からPhotoshopで絵を描くのは、ペンのレイテンシーが気になることも多かったのですが、AstroPad経由で普通に絵を描けるのは、とても好印象でした。

 

さすがにCPU・GPUとディスプレイが一体となりAppleの思いのままに設計できるiPad、iOSで動作する定評のあるProcreateほどではないですが、普通の技量をもった原画マンなら、iMac 5K&iPad Pro、そしてAstroPadで、レイテンシーにイライラすることもなく、いつも通りに原画が描けるでしょう。もちろん、もっとディスプレイ面積が大きい方が良いですが、AstroPadの設定で絵を描く部分だけにエリアを限定すれば、Procreateのようにディスプイレイのほとんどの面積を描くエリアに割り当てられます。

 

今回は訳あって、iOSではなくmacOSのクリスタを使って、4K原画実証実験をおこなっています。スタイロスで色々と問題が出たので、Mac/PCの次世代ソフトウェアを探るためにも、macOS版のクリスタを使っています。

 

ちなみに私は本格的にクリスタのアニメーション機能を使うのは初めてなので、セルシス公開の解説PDFを読みながら進めました。

 

https://vd.clip-studio.com/clipcontent/lib/clipstudio/paint/common/CSP_AnimationGuide_01.pdf

 

このPDFを読めば、コンピュータに慣れて今まで色々とソフトウェアを渡り歩いた人なら、1〜2時間熟読するくらいで原画作業を開始できます。つまり、そんなに難解な使い方では無い‥‥ということです。

 

「アニメーションフォルダー」という独特の構造は、最初は戸惑いますが、今までの自分の流儀で考えるのではなく、クリスタの流儀に従えば、「ソフトウェア設計の意図」を汲み取って使い始められます。ラフ、原画、動画などをフォルダにまとめて整理できるのは、音楽ソフトのTrack Stack(音源の種類別に任意にフォルダにまとめる機能)にも似ていて、使い方次第で色々と整頓方法を工夫できそうです。

 

私は毎日Procreateを使っているので、余計、セルシス社の「日本のアニメの取り扱い」に慣れたアドバンテージを、クリスタからも感じました。日本で開発するソフトウェアメーカーの強み‥‥と言えるでしょう。

 

描いた原画の実際の絵は掲載できませんが、例えばアニメーションのスタートポイントの設定は、以下の通りです。

 

*「現実の紙」は1枚も介在しないので、「解像度」欄=ppi・dpiはテキトーで構いません。ピクセル寸法だけで決め込みます。

*基準サイズをボックスに例えると、演出フレームはパディング、作画サイズはマージンということになります。

 

 

 

この寸法で描いて、かつ、AstroPad経由でも普通に描けて、レイテンシーにムカつくこともなかったのは、クリスタmacOS版の優れた点と実感しました。Photoshopだとちょっとモタつきますからね‥‥。

 

ただ、大きな難点が1つあって、解像度に関わらずアニメーションの「再生・停止」がリアルタイムで再生できないのは、深刻な弱点です。

 

全てのフレームを再生するオプションを入れると(作画作業では普通そうしますよネ)1秒分の再生に4〜5秒かかるので、まともに動きをプレビューできません。原画作業の場合は、アニメーターの頭の中で既にリアルタイムで原画が動いているので「ゆっくり再生」でも答え合わせはできますが、動画作業は現バージョンの「再生」能力では辛いかも知れません。

 

After EffectsのRAMプレビュー、スタイロスのモーションチェックに大きく劣ります。RAMを積めば積むほど再生範囲が伸びるプレビュー機能は欲しいですネ。RAMを多く積んだことがどんな形でも作業のプラスになるように。

 

macOS版のVer1.9.0では、動きを正常にプレビューしたいのなら、都度、ムービーファイルで書き出す必要があります。ムービーファイルにしてしまえば、ちゃんとリアルタイムで再生されます。

*もし、4Kサイズのムービーファイルを滑らかに再生できない場合は、マシンの性能をアップする必要があります。

 

あと、描画の速度がちょっと遅いかもな‥‥と思います。最近の高速なiMac(iMac Proとか)でもレイヤーのVisibleをオンオフすると、パタパタパタと絵が書き換えられる様子は、処理性能が低く感じられてちょっと不安です。‥‥原画作業には支障はないですが、映像ソフトとしてみると、もっとGPUとかを有効に使って欲しい印象はあります。GPUの環境設定が見当たらないんだけど、無いのかな? それともどこか違うところにあるのかな?

 

細かい点で言えば、カット名が自由に定義できないのは、すぐにでも改善して欲しいです。デリミタがハイフンだけなのは、俺様仕様過ぎます。予約語を使って、

 

[title]_[scene]_[cut]_dgen_[take][##].[ext]

 

‥‥みたいにユーザ定義の自由度を実現して欲しいです。今の仕様だと、セルシスが命名規則を決めているような感じで、制作集団主導で運用できません。

 

 

とはいえ、それらイマイチな点を補って余る、原画の描きやすさは優れた長所です。これだったら、4Kでも普通に原画が描けるじゃん。‥‥とお世辞抜きに思いました。

 

ちなみに、私は単価で4Kの原画を描いておらず、4Kの実証目的でもあるので、通常の制作状況とは異なります。もし外注でガチ4Kの原画を依頼する場合は、金額設定をちゃんと計算して協議することが必須です。このブログで読んだからと言って、安易に4Kサイズの原画を今までの金額で外に出さないでくださいネ。

 

 

 

動画で使いにくいという話も耳にしてきましたが、一方で、動画でも普通に作業できて困ったことが特にない‥‥という話も聞いています。

 

思うに、使いこなしの方法によって、大きく状況が変わる性質をクリスタはもっているのかも知れないですネ。

 

書き出しの際の問題も、一旦Photoshop形式で書き出して、Photoshopのスクリプトで各セルの素材を書き出せば、手間も人災もなく、TGAに書き出せますしネ。

 

 

 

「デジタル作画」の「作画」部分は、皆さすがに本職ゆえに長けていますが、「デジタル」の部分って30〜50代の中堅・ベテランでも知識が足りなくて、その知識の足りなさが、ソフトウェアに対する不当に低評価なジャッジにつながっているようにも感じます。

 

「デジタル作画」を標榜するなら、作画だけに熱中するのではなく、デジタル‥‥というかコンピュータの広範な使いこなしにも熱中してください。じゃないと、「デジタル作画」とは言えないでしょ? dpi・ppiの理屈もわからない、RGBの原理もわからない、メモリとストレージの見分けも曖昧、ファイル形式とコーデックを混同してばかり‥‥では、同じくコンピュータで映像制作している他のジャンルの人から見くびられても、致し方ないです。

 

若い人はこれからどんどん色んなソフトを使って、見識を広めて、技術を高めれば良いです。

 

中堅・ベテランは、結構必死になって「デジタル」部分をマスターしていかないと、ソフトの機能や性能を20〜50%くらいしか使いこなせず、「使えねえソフトだ」なんて悪態をつく愚かな行為に及ぶかも知れません。それはとてもカッコ悪いことです。

 

 

 

私は現在クリスタEXを2ラインセンス持っています。iMacとMacBook Proの2つで同時に使うために、それぞれ毎月500円払っているうちに、1つはいつのまにか支払いが完了して永続ライセンスになり、もう1つは支払い続行中です。

 

クリスタは特に安いですよネ。アマチュアでも導入できる月額です。iPad版でもサブスクリプションで月1000円ですしネ。

 

思うに、セルシス社もデスクトップ版(iPadのモバイル版ではなく)をサブスクリプションへと移行する日もやがて来るのではないか‥‥とは感じます。ソフトウェア会社も霞を喰って生きているわけじゃないですもんネ。

 

ソフトウェア会社の体力不足で、アップデートの頻度が極めて少なかったり、最新のOSへの対応が遅れたり、バグや機能改善が放置されたりするのは、どんなに買い切りライセンスでもユーザの不利益そのものです。

 

ソフトウェア会社と、映像制作会社、そして映像制作を生業とする個人は、一蓮托生です。

 

できるだけ安く‥‥と、作画の単価で苦しめられてきたアニメーターが、できるだけ安く、できればタダで、ソフトウェアを使い続けたい‥‥なんて、誉められた行動ではないですよネ。

 

CS6の「認定外」で大きく騒ぐような業界は、徐々に集団も個人も体質改善していく必要がありましょう。

 

映像作品制作などの娯楽産業は、これから先、まだまだ進化していきます。一度買ったライセンスで何十年も通用する業種ではないことを認識して、絵を描くスタートから映像を映し出す機器のゴールまで、アニメ制作現場の外側にも「フロー」があることを踏まえ、2020年代の仕事を進めていきたいと思います。

 

 

 


マルチメディア

そういえば、ツイッターで、

 

何処其処なう

 

‥‥っていう書き方、最近ほとんど見なくなりましたネ。2010年になったばかりの頃は、あちこちで「なうなう」言ってたのにネ。

 

前回も書いた通り、SNS〜ツイッターなどのテキストは「書いたら消える」ような虚ろな存在であり、後に残って読み返せないのが、欠点でもあり利点でもあります。後に残らず書き捨てられるからこそツイッターには軽さゆえの存在価値があり、刹那的な文言が世界規模で駆け抜けるのがツイッターの強み(たまには弱みになるようですが)でもあります。

 

なので、ツイッターで技術解説や問題解決などできるわけがないのです。ツイッターを長文の細切れドキュメント形式にするなんて、家族の夕食のカレーをミルクパンで一人分ずつ作るような無駄がありましょう。

 

ミルクパンとは、ミルクを温めるパン(鍋)のこと。ミルクを練りこんだ菓子パンではありません。小さくて可愛いお鍋です。

 

 

ツイッターにはツイッターの長所があり短所もある。ブログにも長所と短所がある。Webサイト〜「ホームページ」にも長所と短所がある。‥‥つまり、それぞれの長所と短所があります。

 

軽い気持ちで、ただ単にぼやいたり呟いたりするなら、性能の長短など気にせず、好きにボヤけば良いですが、「業界の問題が〜」とか「技術のあるべき姿が〜」とかを、ツイートで呟き続けるだけでは問題解決へは結びつきません。

 

ぼやく、つぶやくのは一向に構わないでしょう。

 

問題は、そのぼやき・つぶやきが、状況の改善に少しでも貢献しているという「錯覚」「思い過ごし」です。

 

単に危機感と怒りを煽るだけで、その後に結びつきません。複合クミの1つとっても、ツイッターだけでは「こうすれば解決できる」という解決策へと導き得なかったのが、論より証拠です。「困る」「ダメだ」「ムカつく」をいくらツイートしても、全く効力がないです。意思を伝えただけで問題が解決するなら、とうの昔に、世界は争いごとのない天上世界になっていましょう。

 

ツイッターは瞬発力こそ強いですが、物を動かすトルクはとても弱いことが、ツイッター数年の歴史から分析できます。

 

一方、Webサイトは鈍重で小回りが利きません。ゆえに、ネットを単に「承認要求」の手段と考えていた人々は、どんどんツイッターに流れたことと思います。

 

 

 

では個人的な承認要求ではなく、プロジェクトや事業の一環としてツイッターやブログやWebサイトを活用するには、どのような使い方が良いのか、今後の自分らのためにも色々と考えています。

 

ツイッターやブログでは、以下のように、日々書き綴った文言が漠然と堆積しています。

 

 

 

この状態のまま放置するから、ツイートもブログ記事も「用語辞書」「参考書」「辞典」にはなり得ず、読む側も「本を読むというよりは伝言を読む」程度の認識に留まります。

 

なので、ツイッターはともかく、ブログに関してはジャンル分けしておいて、後々に再編集と構成をおこえるように準備しておきます。例えば「雑感」でも「何に対する雑感か」をジャンルで分けておけば、書いた本人すらどこに存在するのか忘れてしまうようなお茶目を防いで、選別しやすくなります。

 

 

 

これらジャンル分けした記事を、あらかじめ用意しておいた独自ドメインのWebサイトで「体系化したドキュメント」として再公開すれば、ブログ記事が日々埋もれて無駄にならず、再利用して新たなコンテンツとして蘇ります。

 

つまりSNSやブログだけで終わらせるのではなく、プロジェクトや事業として自分の行動を自覚するのなら、Webサイトも依然として有用だということです。

 

 

 

ポイントは、自分の日々の雑感はジャンルが多様で、1つのWebサイトには収まりきらないということです。ゆえに、Webサイトを複数用意して、自分の事業のジャンルに合わせて使い分けることが必要になりましょう。

 

以前、私がプログラムの初学者だった頃(1997〜2003年くらい)、「プログラムとポメラニアンのホームページ」というWebがあり、プログラムの指南は大変参考になったものの、ポメラニアンのページは全く読むことはなく(可愛いですけどネ、ポメラニアン)、今ならドメインを分けて運用するのが主催者にとっても利用者にとっても有用だと思います。

 

SNSやブログからWebサイト‥‥という一方通行だけではなく、以下のようにWebサイトからSNSやブログ、電子出版や映像配信を含めた体系も、決して大風呂敷ではなく、「電子」「デジタル」ゆえに個人規模で運営できるほどにコンパクトです。図には書いていませんが、PixivやPinterestなどの公開手段も有効でしょう。

 

 

 

10年前ではできなかったことが今では可能。

 

しかも、個人規模のコストでも、旧来では考えられなかった幅広いエリアと高品質で、プロジェクトと事業の展開は可能です。個人規模と言っても、必ずしも1人だけではなく数人で運営しても良いでしょう。

 

フォントの問題はAdobe CCのAdobe Fontsで当面は解決できます。新しいアニメーション技術を用いれば、絵柄を工夫することで、わずか数人で短編を作ることも可能です。GaragebandやLogicで音楽を作ることも可能です。

 

 

 

FM Townsが大泉学園の「オズ」の家電売り場に並んでいた平成の初期、「マルチメディア」という言葉が流行りました。私は1989年の「平成元年」当時、大泉学園駅界隈でフリーアニメーターとして棲息しており、気晴らしにオズに行っては、憧れの眼差しで「パーソナルコンピュータ」を高嶺の花のように眺めていたものです。

 

マルチメディア。

 

文字の通り、「マルチなメディア」です。色々なメディアを媒体として、コミックやアニメや文章や音楽や映像をミックスして展開しようと盛り上がったのは、まさに「その当時の技術背景」ゆえです。

 

マルチメディア。メディアミックス。

 

その思想は、今や個人の手のひらにのせることが可能です。

 

 

 

Adobe Fontsを使えるようにしたこのブログ。せっかくなので、貂明朝体で、

 

 

 

明日から令和

 

 

そして来年から2020年代の幕開けです。

 

面白い時代と言わずになんとする。30年前なら実質、数百万、数千万、数億円でしか実現できなかったマルチなメディアのミックスを、個人規模のコストによって違う形で実現できる、愉快痛快奇奇怪怪な時代がもうそこにあります。

 

面白く愉快な時代の幕開けを、皆で堪能しましょう。

 

貧困から抜け出すには、ツイッターでつぶやくだけではどうにもなりません。今ある媒体・リソースを存分に活かす方策を考えましょう。

 

 


After Effectsでもアニメーション

私が、いわゆるカットアウト系のアニメーションソフトウェアをあまり使わないできたのは、After Effectsをもう20年以上使い続けて手足のように馴染んでいること、そして、After Effectsのような一般的なコンポジットソフトウェアで絵を動かせるようになれば、それなりに他のソフトでも融通が効くだろうと思ったからです。

 

だってさ。After Effectsって、全然アニメ向きのソフトじゃないもんな。

 

それを使って、アニメが作画レベルから作れるようになれば、‥‥すなわち、基礎的なトランスフォームやエフェクトツールで絵が動かせるようになれば、他でも応用が効くと判断しました。

 

それに、何度も繰り返し書きますが、いざとなれば、描いて動かせば良いんだもんネ。アニメの作画経験を経て、カットアウトやキーフレームのアニメーションへと進めば、2つの技術を融合させることも応用することも庇い合うこともできるわけです。

 

何が何にとってかわる‥‥なんて短絡的な物の見方ではなく、「長所を活かして使えば良い」のです。‥‥これも何度も書いてきていることですが、ぶっちゃけ、そうとしか言えません。

 

何がトップをとって席巻するかなんて、どうでもいいことです。表現者、作業者としては、「いろいろな表現のニーズに応えられること」が重要です。

 

そこに加えて、バージョンアップの熟成を重ねてきた、カットアウト系のソフトウェアを導入すれば、さらに選択肢は広がりましょう。

 

 

 

例えば、以前、FollowとPANのガタつきを説明するためにアドリブで作った、簡単な絵柄の下図のアニメーションは、何もないゼロのところからAfter Effectsだけを使用して1〜2時間で完成しました。

 

 

 

まあ、この絵柄だもん。時間のかけようがないよネ。

 

でも、こういう簡素な絵柄でも、プロダクション規模で作れば、どのくらい時間がかかって、どれだけお金がかかるのか、私個人の1〜2時間の対価では到底収まらないでしょう。‥‥まあ、個人がアドリブで作った絵と、プロダクションで企画立案して制作運用する絵を、同じ天秤で計るのは「反則」なので、厳密に比べようとは思いませんが、事実として、After Effects1つあれば、技術次第でこのくらいの絵なら1〜2時間で動かせるわけです。

 

空と遠くの山はこんなで、パスで一発描きそのものだし。

 

 

女の子も、やっぱりパスだけでアドリブで描いて、「絵本テイスト」っぽく見せてはいるものの、実はとても短時間で仕上げてます。膝小僧のグラデや、向こうの足の影部分も、ちゃちゃっとグラデで作れます。

 

動画枚数全てに処理を入れるのとは対照的に、根本的に作業量が少なくて済みます。実写の技術も応用して(After Effectsでは女優さんの肌影を調節したりもするので)、効果を足しています。

 

 

1秒で2歩のサイクルにしていますが、必要とあらば、もっとゆっくり歩いても良いですし、前に出した足が着地する際に子供っぽく上から踏みしめるようなポーズに変えることもできます。そうした「動きの変更」「タイミングの変更」を描き直しせずにすぐにAfter Effectsで実現できるのは、今までのアニメの常識とは大きく違うところでしょう。

 

 

 

After Effectsで元絵から作らないで、外部で絵を描いてAfter Effectsに持ち込んで動かすことも、当然可能です。私は現在iPad ProとProcreateで4000〜8000ピクセルの絵を描いて、After Effectsに持ち込んで動かすような作業を毎日おこなっています。トレス線にはわざとかすれや途切れを作って、表情を出しています。塗りつぶしのキッパリした二値線とはニュアンスを使い分けています。

 

今から5年前の2014年にはまだiPad Proはなかったので、紙と鉛筆をインプットメソッドにして、4Kで動かそうとしていました。以前に何回も載せたコレです。

 

2014年当時に、A2〜3サイズ相当の紙に鉛筆に描き、Mac mini上のAfter Effectsでペイントしました。After Effectsでもペイント的なことはできるんですヨ。まあ、前述の背景と女の子がゼロから作れるんですから、ペイント相当の作業も「とりあえず」はできます。もちろん、本番ではプロの人と機材に任せますけど、開発段階では自分で塗ったりします。

 

 

こうした、コミックやアニメだけでなく日本画からも影響を受けた絵柄でも、2019年の今では十分動かせる自信もついてきました。いろんな意味で、「ジャポニズム」を2020年代に再燃させたいとも思っていますしネ。‥‥まあ、髪の毛は大変でしょうけど、できなくはないです。この5年間の作業経験によって、どこをどうすれば動くかのノウハウも溜まってきました。

 

私は、萌えキャラというよりも、日本の絵画や象徴主義などの画家たちの絵が好きなので、このような絵柄を自分では描きますが、絵の作風なんて、どんな絵柄だって構わないのです。After Effectsで絵を動かしてみようかと思った人が、描きたい絵を動かせば良いだけです。今までのアニメの作風でも良いし、イラストの作風でも良いし、まったく違う畑から持ち込んでも良いです。

 

つまり、どんなソフトを使おうか、悩んで5年10年過ごすのは、いかにも時間の無駄使いということです。After Effectsでも、Live2Dでも、Mohoでも、CACANiでも、Toon Boomでも、使えるものは迷わずどんどん使うスタンスで良いと思いますヨ。「使えば都」ですヨ。

 

私はソフトウェアに絵柄を決めつけられるのは「大嫌い」なので、ゆえに、どちらかというと実写系のAfter Effectsを好んで使っていることもありましょう。

 

After Effectsじゃさ、「こんなアニメを作りましょう」なんてデモは一切ないもんネ。After Effectsからは「流行りのキャラを描け」と強要されないのが気楽で良いです。

 

After Effectsの開発者の方々からすれば、もしかしたら想定外の使い方かも知れませんが、まあ‥‥、使えるんだからいいじゃないの。

 

 

 


画角と距離

全ての人がスマホを持っているわけではないにしろ、今はほとんどの人がスマホを所有していますよネ。

 

おそらく、そのスマホにはカメラ機能がついており、レンズ越しの情景をすぐに確認することができると思います。

 

つまり、前回取り上げた「Follow」のシミュレーションを、そのスマホで簡単にできるわけです。なんなら、録画して何度でも再確認すらできます。

 

良い時代ですネ。

 

 

 

で、カメラを扱う時の基本中の基本ですが、

 

ズームだけでなく、自分も動いて、フレーミングする

 

‥‥というのが、撮影する時の鉄則です。

 

アニメーターのような日頃絵にこだわっているような人間でも、スマホの画面に実写がモニタされると、「ああ、こんな感じか」と妙に無批判に納得したりします。

 

カメラに写った実物相手に、ナンですが、

 

こんな感じじゃない

 

です。早々に納得してはイケませんよ。

 

自分の記憶やイメージと、スマホのカメラモニタの内容がズレている時は、まあ、十中八九、画角の問題=ズーミングの問題と、被写体との距離の問題です。

 

大概のスマホの画角は、日頃の距離感の被写体を捉えるために、広角寄りのレンズになっていることが多いようです。少なくとも、iPhoneはそうです。

 

ゆえに、何でもかんでも「パースがついて」鬱陶しく湾曲します。こんな感じに。

 

 

椅子に座ったまま、さきほど飲んだサイダーのペットボトルをiPhone8で撮りました。もっと良い被写体は無かったんかい‥‥とか言わんでください。

 

Vの字に、パース線が開いて、上に広がって、下にしぼんでいますよネ。画角と被写体との距離によって、このようなパースの絵になります。

 

では、もっとフラットに撮りたい場合は、どうすれば良いでしょうか。

 

簡単です。椅子に座ったまま、体をちょっと反らして引いて、サイダーのペットボトルとの距離を開けて(以前より30〜40cmくらい離れて)、距離が開いた分だけ小さく見えますからズームで寄って、フレームの納まりを同等に収めます。

 

こんな感じに。

 

 

まだ、若干、下側に狭まっていますが、かなりフラットになりましたよネ。

 

画角と距離を、自分の思いのままにコントロールするとは、すなわち、

 

ズームで寄って引いて、レンズで近づいて離れて

 

‥‥という、とても基本的で簡単な内容です。

 

一眼レフを買わなくても、iPhoneでいくらでも学習できます。

 

たったこれだけのことをしないばかりに、似たような広角の誇張された画面の写真ばかりを撮ることになります。ズームで寄ってレンズは離して、ズームで引いてレンズは近づいて‥‥という単純な操作だけで、撮影される写真の内容は大きく変わります

 

たとえそれが、手の届く距離の範疇〜身辺1m未満のエリアであっても、です。

 

 

 

なぜ、広角レンズで近づいて撮影すると像が歪み、望遠レンズで離れて撮影すると像がフラットになるのかは、上図の模式図でなんとなくわかりますよネ。

 

広角側の距離AとBの長さの差は大きく、距離Aのほうがレンズに近いので、Vの字に湾曲します。

 

一方、一番離れた望遠側の距離AとBの長さの差は少ないため、Vの字に湾曲する度合いも少なくなります。

 

理屈を知れば、なるほど簡単。

 

 

 

なぜか、カメラを使う人の多くは、「撮りたい!」と思った瞬間から足が地面に張り付いたかのごとく、自分では動こうとしません。カメラで撮影する時は、カメラを持った手を動かして角度を探すだけでなく、足も使って距離も探しましょう。そして、しゃがんだり中腰になったり背伸びしたりして、アイレベル(作画でお馴染みの)を操作しましょう。‥‥それだけで、写真はググッと自分のイメージ通りに面白くなります。

 

3DCGでも同じことが言えるのですが、実写はカメラの画角と距離と高さによって、人の顔の印象は激変します。可愛い女の子を可愛く撮りたいのに、広角で顔面を狙って馬面に撮ってどうする。お人形さんみたいに撮りたいのなら望遠、身近でさりげない雰囲気で撮りたいのなら50mmの標準や85〜105mmの中望遠‥‥と、レンズ口径の選び方と被写体との距離に気を配れば、いつも描いているアニメのキャラのように、普通に可愛く綺麗に撮れます。

 

普及価格帯の一眼レフカメラを持っているのなら、フルサイズ用(35ミリライカ判)の50mm単焦点レンズを装着して、愛する人や猫や犬を絞り開放気味(=深度を浅く)で撮るだけで、美しい瞬間をカメラに写し撮ることができます。ちなみに、APS-Cですと50mmは中望遠近くの画角になりますので、ポートレイト(猫でも犬でも)に最適です。明るくて軽量で、しかも安い50mmレンズは楽しいですヨ。

 

まあ、アニメーターの多くは、自分の描いているキャラの顔立ちがレンズ口径何ミリか‥‥なんて意識せずに、「自分が良いと思った絵」を描くだけなので、カメラを使う時は画力が活きずに素人みたいになっちゃいますが、レンズの口径(ズーム)と距離で「絵を探す」意識を持って撮影すれば、自分の「絵を描く時の美意識」を反映できるようになります。‥‥だから、カメラは面白いのです。

 

何となく突っ立ったまま、iPhoneを構えてボケ〜っとシャッターボタンを押すのではなく、スワイプ操作によるズームの変更と、自分の体を動かしてiPhoneの位置をあれこれ変えてみれば、自分の撮りたかったと思う絵が見つけやすくなります。

 

ちなみに、以前自分の目で大雑把に測ったことがあるのですが、

 

片目の場合:ライカ判のレンズ(=いわゆるフルサイズの一眼レフ)で、70mm相当

両目の場合:ライカ判のレンズ(=いわゆるフルサイズの一眼レフ)で、40mm相当

 

の画角でした。あくまで、私の目での話なので、個人差はそこそこあると思います。

 

つまり、自分の両目で見た画角で収めたいのなら、フルサイズの一眼レフなら、40mmのレンズ口径で撮影すると、私は私の見た目に合う‥‥ということです。

 

 

 

たまに、「密着引き」の方向がわからなくなることってありますよネ。被写体を中心にして周囲を回るようなカメラワークだと、余計混乱します。理屈でわかっていても、確認したい時もあります。

 

そんな時は、その辺にあるコップやペットボトルで机の上に簡易芝居場を作って、iPhoneでカメラテストをしましょう。手軽に答え合わせができますヨ。

 

もし、画角と距離の操作だけで「こんなにも自分の思う絵が撮れるなんて」と手応えを感じて、もっと写真を撮ってみたいと思ったら、いまどきのミラーレス一眼とかは第1歩に良さそうですネ。

 

 


Followの意味

アニメの制作現場、映像の制作現場で度々出てくる撮影用語の「Follow」「フォロー」とはどう言う意味か。

 

私は実は、このフォローという言葉の、制作現場における意味を、いまだにハッキリ確定できていません。

 

まさか、台引きのことをフォローだなんて言うのはズレ過ぎですし、「付けPAN」「FollowPAN」の定義もあまりにも各所で違っています。

 

つまり、アニメ業界で「Follow」「フォロー」という言葉は、撮影指定用語のフリをしているものの、実際のところはとても曖昧なまま、数十年が経過したのではないか‥‥と、最近は考えます。

 

Followを辞書で調べると、

 

ついていく

追いかける

 

‥‥という意味を検索できます。まさにカメラ・撮影の用語でも「被写体(キャラだけとは限らず、写すべき対象全般)」を追いかけてフレームに収める行為を指しているものと思います。

 

被写体を追いかける‥‥と言うことでは、Followの意味は一致しそうですが、問題〜特にアニメ制作技術の実質面においては、

 

どのように追いかけるか

 

‥‥が、キモになってきます。

 

実写でも同じことが言えると思いますが、追いかける方法には、大きく2つあって、

 

被写体と一緒に動いて追いかける

 

被写体を目(レンズ)だけで追いかける

 

‥‥の2種類があります。フォローは必ずしも、被写体と行動を共にして一緒に動くだけではなく、「目で追う」というのもフォローたり得るでしょう。

 

ですから、例えばカメラドリーで人物を追うだけがフォローと言い切ってしまうのは、かなり偏った解釈と思います。

 

r2.jpg

 

 

つまり、フォローとは、被写体に対するフレーミングの状態を、一般的に指し示すものであって、特定の段取りや撮影技術を指すものではない‥‥と、最近は考えるようにしています。

 

 

ただ、「どんな内容のフォローか?」を、絵コンテを描く人間や演出家、そしてアニメーターは、「レイアウト作業時点でハッキリと明確にイメージ」できている必要があるでしょう。

 

被写体と一緒に動いて追いかける

 

被写体を目(レンズ)だけで追いかける

 

このどちらであるかを、ちゃんとイメージできて、脳内でレンダリングしておくことで、明確な素材を発注でき、コンポジット時に計画通りに組み立てることが可能です。

 

●自走してフォローする場合

 

 

 

 

 

●定点でフォローする場合

 

 

 

キャラの収まりは一緒でも、背景の流れ方がまるで変わってくるのが、カメラドリー風のフォローと、PANによるフォローの大きな特徴です。

 

ただ、これまたややこしいのですが、アニメの制作現場では、自走によるフォローをイメージしたカットでも、しばしば、背景のスライド速度を速くしてスピード感を「盛る」ことがあります。カメラドリーとパンニングの両方をミックスすることも平然とやります。

*実写でも、カメラドリーやクレーンに乗りながら、カメラをパンすることで、同じ効果は可能です。

 

つまり、

 

見た目のイメージ優先

 

‥‥であって、理屈は後からつけるというのが、「実物にとらわれない」現場の流儀だったりもします。現実世界におけるカメラの様々な特徴を、適度に、そして自由に組み合わせることができるのも、アニメのアドバンテージです。

 

一方で、実写っぽいカメラワークを模して、「現実感」を強調するテクニックもあります。国民的柔らか路線の大御所監督さんでも、実はリアルなカメラワークをふんだんに取り入れて、「真実味」を増す技法を駆使しているのを、見逃すべからず。

 

 

問題は「フォロー」という言葉の具体性。

 

明確な何らかの指定用語を指すのではなく、「カメラが被写体を追いかける行為」として捉えておいたほうが、良さそうです。

 

Followといえば、台引き/BGスライドのことなんだー! 絶対にそうなんだー!

 

‥‥というのは、あまりにも思い込みが激しいかな‥‥と思います。業界の方言、しかも業界全体ではなく各流派の方言とすら思える「フォロー」という言葉とは、余裕をもって接したいですネ。

 

まあ、つけパン、フォローパン、台引き(代引きじゃないよ)、Follow 何mm/kなど、様々な用語も混ざって飛び交う現場においては、妙に業界用語に頼るよりは、

 

BOOK1を1秒あたり900px、矢印方向にスライド

雲レイヤーをAからBにポジション移動

BGを2秒で1フレーム分、右から左に移動

 

‥‥とか、実質的なことを書けば伝わりますネ。

 

要は、

 

技術も変わって、機材も変わったのに、フィルム撮影台のつもりで指定し続ける古めかしさ

 

‥‥を、新しい方法へとシフトしていくのが、令和、および2020年代の直近の達成目標となり、特に演出と作画の両工程に必須となるでしょう。

 

これからは、アニメ業界といえど、様々な映像制作ジャンルの方々と一緒に仕事もしていくことでしょう。アニメ業界でしか通用しない用語の使い方、しかもそれが一般用語となれば、認識を新たにして未来に臨むべしと思います。

 

 

 


ガタつき

職業病だとは思いますが、テレビでたまにアニメの映像を見かけると、

 

あ、足が滑った。

 

とか、

 

大判作画のガタつきが。

 

とか、技術的なテクニカルエラー部分に目が吸い寄せられます。

 

 

足が滑るのも、大判のPANのガタつきも、「アニメの味」と言ってしまえばそれまでなのですが、その味は、私には「良い味」とは思えないのです。まあ、昔からあるテクニカルエラー=技術上の障害なので、懐かしくはありますが、未来もソレがアニメの味だなんて、できれば克服して解決したいです。

 

とはいうものの、アニメの作画とカメラワークとの組み合わせで起こる障害なので、今の技術のベースのままでは解決は難しい‥‥というか、解決不可能です。

 

例えば、大判3コマ作画で、キャラクターが歩いていくのに合わせて、カメラをPANするカットは、

 

作画3コマ

カメラワーク1コマ

 

‥‥という秒間分解能の差ゆえに、特に「足の接地面」が見えている場合に、「絶対に解決不可能」な問題となって立ちはだかります。

 

キャラが歩いて進むのに合わせて、カメラがPANして追いかけます。

 

*キャラはもちろん、背景も全て、マウス操作でAfter Effectsだけで作って動かしました。平面レイヤーとシェイプレイヤーがあれば、この感じの可愛い絵柄なら、おてのものです。

 

 

まず、ガタつかない映像を見てみましょう。

 

 

なぜガタつかないかというと、女の子の足も1コマで動き、カメラワークも1コマで動いているからです。映像フォーマットも24コマ、女の子も24コマフルモーション、カメラワークも24コマフルモーションなので、問題が発生しません。

*上図GIFでは、微妙な「揺れ」が出ていますが、これは歩く動きに「詰め」があって、等速で動くカメラワークとの兼ね合いで発生しているものです。とはいえ、次で解説する3コマ+1コマに比べれば、些細なものです。また、(今回はしてませんが)揺れを抑えることも可能です。

 

 

ほぼ全てのアニメ制作現場では、大判作画のPANになったからといって、キャラの作画を1コマにするようなことはしません。通常通りの2コマか3コマ作画です。

 

こんなことになります。

 

 

盛大にガタついていますネ。キャラは3コマで動いているのに、カメラが1コマで動くので、キャラの動きが「遅れては追いつき、遅れては追いつき」の繰り返しとなり、このような酷いガタつきが生じます。

 

テレビのアニメでも多々見覚えがあるでしょう。いかにも「日本製のテレビアニメ」という感じのモーションは、実はこうした技術的問題にも由ります。今までのアニメ作品を見れば、やまほど、こうしたガタつきを発見することができます。

 

それにしても、まあ、すごいガタつきですネ。比較して見ましょう。白黒の画像にすると、エッジがたって、より一層ガタつきが強調されます。

 

 

なぜ、この問題が話題になりにくいかというと、たまにしかこうした大判3コマ作画のPANのカットは出てこないので、問題と認識しにくいのです。‥‥まあ、現場の、しかもコンポジット(アニメ撮影)の人間なら、「ウッ」と思いますが、作画専門職のアニメーターでも「そういうもんだ」くらいの認識しかもっていない人は多いです。

 

もしこうしたガタつきが頻発していたら、生理的に受け付けず吐き気をもよおす人も出てくると思います。幸い、大判作画のPANが少ないので、難を逃れ続けて数十年‥‥という感じですネ。

 

 

 

技術的には絶対に解決不可能ですが、状況的には絶対に不可能‥‥とまでは言い切れません。

 

問題の解決の仕方はあります。まずは‥‥

 

足の接地面をフレーム外に逃がす

 

‥‥というように、コンテの内容を変えることで解決できます。これが1番の解決策でしょう。

 

3コマで動くキャラの足の接地面が、1コマで動くカメラワークと折り合いがつかないがゆえに、このような障害が発生するので、接地面をフレーム外に出してしまえば、「故意に足を滑らせる」ことで、ガツつきは一気に解消できます。

 

 

やだやだ! 絶対に足が接地しているのをフレームにいれたい!

 

‥‥と言うのなら、仕方ない‥‥、以下の方法で切り抜けましょう。

 

作画3コマにあわせて、カメラワークも3コマ

 

カメラワーク1コマにあわせて、作画も1コマ

 

 

でも、おそらく、2つも、「現実的には無理だわ」‥‥となりましょう。

 

まず1コマ作画は、何の脈略もなくいきなりフルモーションになったら「可笑しい」ですよネ。今まで3コマだったのがいきなりこのカットだけ1コマになっても、作風に合いませんし、演出上の流れも崩れます。

 

カメラワークを3コマにするのは、実はたまに見かけます。床を歩く足のアップとかでありがちです。床を歩く足をアップでフォローなんかしたら、滑るかガタるか、どっちかなのに、そういうコンテ書いちゃうんだもん‥‥仕方ないよネ。

 

試しに3コマにしたのが、下図。

 

 

特に、遠景の雲や山の稜線に注目すると、3コマ独特のカクカク・パタパタ感が表れていますが、カメラワークとキャラのガタつきは解消されています。

 

これはこれで、可愛いから(絵柄にもあっている)アリなのですが、前後周囲のカットのカメラワークが1コマなのに、いきなりこのカットだけ3コマカメラワークになっても奇妙な感じで、演出的な流れも違和感が生じます。絵柄によっては、全く合わないこともあります。‥‥やっぱり、解決策としては難しいです。

 

じゃあ、どうすれば良いんだよ

 

‥‥と逆ギレしたくなるキモチはわからなくもないですが、そもそもガタつきの生じるカットの絵コンテをOKにしちゃったんだから、現場で「決着」するしかないです。監督判断も必要でしょう。あまりにもみっともない場合は、欠番も視野にいれましょう。

 

で、解決策。

 

ガタつきはみなかったことにする

アニメとはそういうもんだと、開き直る

 

ぎゃふん。‥‥というところでしょう。それで苦節数十年、アニメ業界は乗り越えてきました。

 

しかし、私は未来まで、その開き直りのままで進みたいとは思いません。新しく成長しつつある様々な技術を導入すれば、こうしたガタつきなど発生させずに、新しいタイプのアニメを制作できると実感しています。

 

 

 

今でもよく、こうした3コマ作画&カメラワーク1コマPANのガタつきは見かけます。しかも、「撮影で何とかしてくれ」とか言われたことも過去にはありました。

 

なんか、侘しいですよネ。寂しいですよネ。いまだに、こうした問題が解決できないどころか、問題を認識すらしていない現場の人間もそこそこいますし。

 

ガタついたPANのカットを見ると、現場の技術レベルの旧式化と限界を痛感します。この技術のまま、あと何年もつんだろうと。

 

映像の高品質化にともなう「未来の試練」に対して、聖域は存在しません。次の「試練」には作画も演出も呑み込まれましょう。波に呑まれたその時になって、「ちょっと勉強しておけば良かった」なんて言っても、遅すぎます。

 

iPadとiMacで、アニメの技術開発は個人レベルでも可能です。数千万・数億も設備に要した過去とは歴然と違います。

 

今回のサンプルは手数の少ないシンプルな絵柄ゆえに、iMacとAfter Effectsだけで作り、タブレットすら使っていません。女の子も風景も全部マウスとパスで作り、After Effectsで動かしました。

 

シンプルな絵にとどまらず、他の絵柄でいくらでも描けます。iPadとApple Pencilで描いたイラストを動かすことも可能です。

 

出来るだけ簡単にページに貼り付けたかったので、今回は低品質なGIFのアニメーション画像ですが、もとは綺麗な画像です。面倒くさがらずにYouTubeなどで公開すれば、相応に高画質な状態で公開できるでしょう。YouTubeは4Kも可能だし、60pも可能なので、本人次第で様々なアピールができると思いますヨ。

 

重要なこと‥‥ですが、コンピュータで描いて動かしたいなら、「わかんないから誰かに」ではなく、自分でiPad ProもAfter Effectsも他も覚えて、自分で使いこなすよう努力しましょう。一番重要な「動き」の部分を、After Effectsが使えないからといって、他人に任すようではその時点で、もはやアニメーターとは言えまい?

 

頑張って覚えれば、After Effectsだって、Photoshopだって、DaVinciだって、使えるようになりますヨ。

 

今を生きているのなら、今のテクノロジーを存分に味わい尽くすべきですネ。

 

*GIF画像ではディザのブツブツが出ますが、After Effects上では綺麗なベタで表現されています。‥‥まあ、面倒くさがらずに、YouTubeを使え!‥‥って話なんですが、時間が経つと色々と忘れちゃってね‥‥。

*24コマなり、60コマなりで、フルモーションで動かせるのですから、必ずしも3コマに落とす必要はないです。ただ、60コマは前の記事にも書いた通り、相当動きの表現が繊細で大変になるので、まずは24コマで動きの知識の更新を進めましょう。

 

 


技術放談〜自動中割り、60p

自動中割り、60p。実際に、自分で関わって作業したアニメーターはどれほど存在するか?‥‥と言えば、少ないのが現実のところでしょう。つまり、頭の中だけで想像して話している状態。

 

私は自動中割り(という機能の名称ではないが)を実際に使うことがありますし、60pのアニメーションを作ったこともありますので、その辺りの実感があります。

 

 

 

まず、自動中割りの話で言えば、実写に比べてアニメのほうがはるかに自動中割り=フレーム補完は難しいです。このあたり、ちまたでは全く逆に予測されているので、きっぱり言っておきたいです。

 

絵は単純になればなるほど=情報が少なくなればなるほど、その「残された情報」の役割が重大になるので、扱いが困難になります。俳句って難しいでしょ? 行間、単語の間を読まなければ、何を言わんとしているか理解できないですよネ。‥‥それと同じです。

 

実写は情報がいっぱいあるので、素人目には「こんなにたくさんの情報を「自動中割り」するのは、さぞ高い技術が必要だろう」と思ってしまいます。たしかにフレーム補完技術はスゴい技術ですが、たくさん情報があるということは、補完する際の情報もたくさんあるので、「手がかりが掴みやすい」のです。

 

一方、アニメは色々な作風の色々な技法に基づいて、絵を少なからず要約して表現します。やはり素人目には「実写に比べて単純だから、さぞ「自動中割り」も楽だろう」と思ってしまいます。‥‥線画と動きの素人ゆえの浅はかな推測です。

 

細かく記録された高解像度の実写なら、画面の一部を切り取っても、分析できる情報が豊富に存在しますが、アニメの線画・彩色画は、情報を「描き手の意志でチョイスして要約」した内容なので、少ない情報から「何を意味しているか」を推測する必要があります。少なくとも今のコンピュータの能力では、情報量の少ない線画から推測して補完して埋めて、さらにまた要約してシンプルにまとめた新たな絵を作ることが難しいです。

 

2つの画像を分析して、中間の画像を補完して生成する‥‥というアルゴリズムにおいて、適度にさりげなく省略する絵柄、そして以下のような「グーからパー」の正面の動きは、悩ましい問題に溢れています。

 

 

もし、上図の動画が、「画像分析タイプの補完技術」で無人で処理可能だったら、革命的な発明と言えます。なぜって、「さりげなく描く」という境地に、コンピュータが到達した=人間の「意識」と同等の性能を有した‥‥ということに他ならないのですから。

 

「意識」「自我」をコンピュータも持てるようになれば、もしかしたら「さりげない」絵をコンピュータは描けるようになるかも知れません‥‥が、そうした場合、コンピュータが不満を口にして独自(=自我)の行動を開始したり、境遇に悲観して自死するようなこともあり得るのでしょう。そんなコンピュータが、大学の研究室や企業のサーバルームにあるのでしょうかね?

 

コンピュータが絵を自分で描けるほどの自我や意識や感情に目覚める‥‥なんて、なんだか、クローンの赤ちゃんと同じくらい、危険な話ですけどネ。

 

 

では、私は自動中割り‥‥ではなくフレーム補完技術をどういう場面に使うかと言えば、「コンピュータが処理しやすい簡単な場面」に使っています。

 

絵の細かさは、コンピュータにとってはあまり苦にはなりません。むしろ、絵がある程度細かいほうが補完の情報としては適しており、「どんなでも、中に絵が補完されていれば成立する」場合にフレーム補完機能は威力を発揮しています。

 

つまり、絵が溶けて多少崩れても大丈夫な場面で使います。

 

ただ、そうした場面でも、原画と原画の間のフレーム補完はかなり難しい‥‥というか、絶望的にNGです。少なくとも、動画状態(注)、または原画だと全原画の状態でなければ、フレーム補完は「割りミス」を連発して使い物になりません。

*注)動画まで動きを作ったのち、さらにその間に動きを入れるような場合

 

人間が描いた絵を自動中割りする、しかも原画から直にコンピュータが中割り‥‥なんて、はっきり言って、あてにして待つだけ無駄ですよ。

 

発想を変えて、「コンピュータでも中割りできる」内容をコンピュータにふれば良いのです。人間の代わりではなく、新しい「特殊な作画スタッフ」と捉えて、です。

 

ちなみに、CACANiとかの「自動中割り」は、フレーム間の画像生成補完技術ではなく、「線1本レベルのカットアウトアニメーション」と呼ぶにふさわしい内容‥‥と聞きました。私はCACANiを使っていないので技術内容に言及は避けますが、原画を描いてソフトにぶっ込めば‥‥ではなく、原画を描く時点から「どの線はどう動くか」を制御する技術なので、フレーム補完技術とは分けて語ったほうが良いですネ。

 

線レベルでオブジェクトとして管理すれば、たしかに「中割り」はコンピュータがやってくれますよネ。私はAfter Effectsで同じようなことをしますが、CACANiの技術は有意義で面白そうですネ。

 

 

 

次に60p。‥‥これも、実際に作業した経験がないまま、憶測と想像だけでツイッターなどで語られがちな話題です。

 

8〜24fpsに比べて、60fpsは滑らかか?

 

滑らかです。1秒間のフレーム数=秒間分解能が飛躍的に増えるわけですから、滑らかになるのは当然です。いわば、時間軸の高解像度です。fpsの「frames per second」の意味の通りです。

 

では、8〜24fpsに比べて、60fpsは良いか?

 

「良い悪い」という曖昧な基準で評価する内容なので、簡単にはジャッジできないでしょう。もう少し、違う視点で「良し悪し」を考察してみましょう。

 

 

まず、60fpsは、それまでの2コマ打ち=12fps、3コマ打ち=8fpsベースで表現される「動きの心地よさ」を実現しようとすると、ドカンとハードルが上がります。技術的に極めて難易度が上がります。

 

専門的な話で恐縮ですが、いわゆる

 

暗黙の軌道

 

‥‥で表現する余地がどんどん狭められて、

 

明示の軌道

 

‥‥を表現することが求められます。

 

「暗黙の軌道」とはどういことか、動きのポイントで軌道を考えてみます。

 

まず、動きのポイント。

 

 

もし、人間が暗黙の軌道を補完できないなら、このようになります。

 

 

しかし実際には、人間は以下のような軌道であると「勝手に」補完します。

 

 

 

一連の動きに対して、コマ落ちした限定された情報から、より多くの情報を「無意識」にリアルタイムに推測して補完する能力を人間は持っています。描く人間だけではなく、実は動きを観る人間も、こうした「暗黙の軌道」を補完しています。

 

キャッチボールをしている時、投げ手だけでなく、受け手も、ボールの飛ぶ放物線の軌道を想定して、ボールを投げたりキャッチしたりします。

 

人間というのは、どうやら、経験則によって、当座の不足した情報を反射的に補完するようです。いや、人間だけでなく、猫も(おそらく犬も‥‥。私は猫としか暮らしたことがないので、犬のことは具体的に話せませんが)、自然界の物理法則を「暗黙」のうちに当てはめて予測したり補完していると思われます。

 

ゆえに、2コマ、3コマ単位で動くアニメの動きも「うまくいっている」わけです。

 

しかし、24コマフルモーションや60fpsの場合は、一連の動きにおいて、より細かく絵のポイントを増やして表現する必要性が生じます。

 

 

 

 

そんなの、軌道をベジェで滑らかにすれば良いだけじゃん

 

‥‥と思うのは、確かにそうで、コンピュータでのキーフレーム操作の際は、秒間の分解能に関わらず、つねに軌道を意識してキーフレームのポイントを打つことが基本です。

 

しかし、実際は、簡単なカーブだけが動きの全てではなく、カーブの複合による複雑な軌道、そしてフリクションロスによる不規則な軌道など、色々な動きの軌道があります。

 

 

これを、2コマ3コマで表現する際、ポイントは以下のように要約します。要約‥‥と言っても、原画枚数7枚ですから、相当頑張って原画を描いていますネ。

 

 

しかし、60fpsだと、分解能が細かいので、動きのポイントは格段に増えます。

 

 

 

今までの2コマ=12fps、3コマ=8fpsの時には「コマ落ちの狭間に隠れていた」動きのポイントを、24コマフルモーションや60fpsでは誤魔化せなくなります。

 

「でもさ‥‥。「暗黙」なんだろ? だったら、「言わなきゃ」いいだけじゃん。60fpsでも「最初からそうだった」的にシラばっくれればいいじゃんか。」

 

‥‥とも思うでしょう。でも、それはバレるんですよ。

 

動きに興味がある人は動きの技術として見抜きますし、動きに興味がない人でも「動きにパンチがなくて、何だか動きが薄まった感じ」だと気づくことがあります。

 

 

今までのアニメを、2KSDR24pを最大とした器=ドンブリに入れる、ラーメンと例えるとします。

 

r1.jpg

 

では、未来は4KHDR60pのドンブリだ!‥‥と器の大きさだけに興奮して盛り上がっても、以下のようなショボいラーメンになってしまいます。

 

r1.jpg

 

 

麺も具も昔と同じ量のままで、ドンブリだけデカくていかにもショボいのに、こともあろうにスープは「今までの分量を4倍に薄めて」味が薄くて間延びしたマズいスープに変わり果てています。

 

こんなもん、食えんですよネ。

 

では、麺も具もスープも4Kに合わせて増量すれば良いのか‥‥というと、それもまた芸がない話です。体育会系の育ち盛りの学生の食堂ではあるまいし、単に量を器に合わせて増やせば良いという話ではないです。

 

器が大きくなったのなら、その器にふさわしい、新しいタイプのラーメンを考案して、器が料理を引き立たせ、料理と器の両方で食欲をそそるような、「新しい食体験」としての「新しいラーメン」が必要になるでしょう。‥‥料理の図例は描きませんけど。

 

このあたり、アマチュア、素人さんだけでなく、アニメ業界のプロの方々も考え違いをしている人が多いのを感じます。今までと同じ方法で4K60pなんて無理‥‥だと。

 

同じ方法では済まないどころか、商品としても新しい思考が求められます。なので、今までの方法論を引き合いに出す必要などありません。

 

 

では、「良い悪い」について。

 

60pの特性を理解し、そして十分に活用するアニメーション技術を確立できれば、観ていて美しくうっとりする映像を作れるでしょう。ですから、「60pを使いこなせれば」、「良し」と言えます。

 

しかし、24コマ時代の価値観にとどまって、24コマの流儀を60pに持ち込もうとしても、「悪し」です。決して観ていて感動する映像にはならず、単に間延びしてチカラのない映像になるだけです。

 

60pは、使いこなせれば「良い」。

 

使いこなせなければ「悪い」。

 

‥‥あ、これって、まるで一般論ですネ。でも、そういうことだと実感しました。ゆえに、今は粛々と技術を溜めて方法論を模索している状況です。

 

60pの滑らかな動きになれば、どんなアニメでも素晴らしいものになるなんて、あり得ません。

 

しかし、60pの滑らかさを使いこなせる技量・技術体系を確立できれば、24コマとは大きく隔たった、新種のアニメーション作品を作ることは可能です。60pを実際に扱ってアニメのキャラを動かしてみたから、解った実感です。「もっと観たい」と思いましたもん。

 

 

 

古い方法しか知らないからと言って、新しい方法にチャンレジしちゃいけない‥‥なんてことはないですよネ。

 

また、新しい方法が未来の全てとも限りません。

 

明確なビジョンを持って自覚的に行動しているつもりでいても、実は私も含めて、慣習という束縛の中に、無意識に自らハマって身動きを不自由にするのが、人間のサガというヤツです。ですから、定期的に自分の思考が凝り固まりかけていないか、自己診断する必要はありましょう。

 

自動中割りは完璧にはなり得ないでしょう。しかし、使える場面は相応に存在します。

 

60pのアニメを完全に否定する必要はないでしょう。過去のアニメーションの価値観から切り離された、新しいタイプのアニメが4KHDR60pを器として生み出されることは十分に想像できます。

 

私たちは、毎年毎月毎日、「発見の可能性」の中で生きていることを認識できれば、これほど楽しく豊かで、しかもビジネスチャンスに恵まれていることに、しみじみ実感できるでしょう。

 

昔からの表現を妄信せずに、要素をクールに捉えて再評価し、あえて現代に実践できれば、それは新しい時代においては「新しい売り要素」として映るかも知れませんよネ。温故知新とはそういうことと思います。

 

一方で、今まで通例ではなかったことを頑なにナンセンスと捉えるのではなく、荒唐無稽といわれるアイデアの中にこそ、未来へと続く道標が隠されているとも思います。新しい技術は、地域と言語と常識を超えて相互にリンクして、さらに新しいステップへと進みます。我々映像制作者におけるシンギュラリティとは、新しい技術世代の「ミーム」とも言える、無自覚で同時多発的なシンクロ=同調によるものと心得ます。

 

ただ1つ新旧どちらにも言えることは、

 

新しい時代の、新しいツールを、自由に使いこなそう!

 

‥‥ということですネ。目指すところは各人各所360度バラバラでも、「今」を生きているのなら、「今」を思う存分活用してこそです。

 

日本がアニメ技術先進国というのなら、色んなアニメを作って、日本の存在をアピールしましょう。

 

一時の流行に隷属しない、自由な創作の翼を広げましょうヨ。今の技術を活用すれば、海の上でも、山の上でも、街の上でも、空高く飛べるのは、本当に幸運だと思います。

 

 

 

追記:

 

今回からこうした技術的な雑談は、「技術放談」としてジャンルをまとめていこうと思います。

 

ブログって、記事を書けば書くほど、昔書いた記事が埋もれて死んでいくので、こまめにジャンル分けして、後ほどにWebにまとめてコラム化したいと思っています。

 

 


口パク

新しいアニメーションの技術〜アニメーターが描いた絵を、アニメーター自身によってコンピュータで動かす技術は、色々な技術面が従来とは異なります。最近ツイッターで見かけたクチパクやBG組みも大きく変わる要素です。

 

口パクの中割りの絵は閉じ口寄りか開き口寄りか。‥‥というお題を見かけました。

 

‥‥。

 

新しい技術では、どっち寄りでも可能‥‥といいますか、「無理に枚数でカウントせよ」と言うのなら、口パクは24fpsだと24枚ありますので、閉じ口寄りから中間、開き口寄りまで、「芝居にあった口の動きを使えばいいじゃん」というだけの話です。

 

よほどロングサイズでもない限り、「う」の口まで作りますので、昔の合作アニメのAからG(H)の口まで(‥‥と言っても、解る人はどれだけ居るか)みたいに口のバリエーションは豊かです。

 

しかもタイムリマップでいくらでも微妙な中間の絵は作れるので、口のバリエーションは実際のところ、24枚どころの枚数ではないのです。大袈裟に言えば、無限です。

 

口パクの話題は、2020年を前にした現在、レガシーな技術の象徴とも感じるのです。

 

 

 

「常識」という言葉ほど、移ろいやすいものはないです。

 

開き口寄りか否か‥‥は、作風に合わせて各所が好きにやれば良いことですが、セルワークに関してはコンピュータ導入前後で大きく変わりました。

 

レイヤーは100%の透過率である!‥‥というのが、まさにコンピュータを導入したアニメ制作現場の大革命とも言えました。

 

「何を言ってるのか」わからない人も今はどんどん増えているのでしょうが、昔、現実のセル用紙(アセテートフィルム)は無色透明ではなく、かすかに、しかし確実に目に見えて、濁っていました。

 

つまり、A,B,C,D,E‥‥とセルを重ねていくと、一番下のAセルはどんどん色がくすんで濁って、色が変わってしまったのです。これを逆利用して、「空セル数枚重ね」という色馴染ませのテクニックまで存在したほどです。(昔、監督・演出のわたなべぢゅんいちさんがよく使っていました)

 

例えば、横顔の口パクがあったとします。iPad miniで描いたラフなので、精度はご勘弁ください。

 

s1-2.jpg

s1-1.jpg

 

 

こうした動きを実現する際のセルワークは、現在では「かぶせ」による構成が一般的です。

 

pc-a.jpg

 

pc_b1.jpg

pc-b3.jpg

 

 

頰周辺で分割しても、同色の肌色なので一体化します。

 

しかし、フィルム撮影台時代、セル用紙&セル絵具時代は、このようなセルワークは「論外」「非常識」でした。

 

なぜだか、お解りでしょうか?

 

肌の無地部分で分割してしまったら、AセルとBセルの肌色がセルの濁りによって微妙に変化して、「被せてあるのがモロにバレる」からです。

 

現在の常識は、昔の非常識だった「典型」と言えます。

 

では、どのようなセルワークだったのか。

 

film-a1.jpg

film-a3.jpg

film-b.jpg

 

 

こうすれば、肌がそもそも1つのセルに収まっているので、難無きを得ます。

 

「なんだよ。いっそのこと、全部Aセルにして合成にしちゃえば良いじゃん。一枚削減できるし。」

 

‥‥というのは、フィルム時代&トレスマシン時代を知らない世代ならではのセリフです。

 

参考図では省略していますが、影のトレス、白目の境界線のトレスなどは、色トレス=ハンドトレスでした。トレスマシンが使えるのは実線トレスのみで、色トレスは枚数があるだけハンドトレスで作業していました。

 

つまり、どういうことか?‥‥というと、色トレスは「同トレスブレ」を発生するのです。セルワークが雑で、むやみに合成に頼ると、口パクのたびに、色トレスがふにゃふにゃ動いてしまうわけです。仕上げさんのハンドトレスの作業量も増加します。

 

神業のトレス精度を持っていたと言う伝説の仕上げさんの話は耳にしたことはありますが、それすなわち伝説レベルであって、ほとんどの色トレスは「同トレス」すると「同トレスブレ」が出てしまいました。

 

どこの誰が、0.1ミリも違わず、トレス線を同トレスできると言うのでしょうか。ほとんどブレて見えないという高い技術力はありましょうが、やっぱり、まるでコピペしたようにはハンドトレスはいきません。

 

不要な同トレスブレを防ぐには、セルワークの巧妙な構造が求められました。それは作画だけでなく、演出のスタッフの必須の知識〜常識でした。

 

「描いてある内容だけ、作画基準だけで判断せず、総合的にジャッジして最適解のセルワークを目指す」のが、求められました。

 

‥‥というか、ソレは今でも同じか。

 

 

 

興味深いことに、フィルム時代とコンピュータ時代では、口パクで用いるセル=ABセルが反転していますよネ。

 

常識というものは、その時代ごとの基礎技術によっては、180度逆転することなど、よくあることです。

 

「BG組み」という用語も、新しい技術では「懐かしさ」すら感じる古い言葉です。

 

レイヤーの構成で背景と人物(など)の前後関係が破綻しないように組むのは、新しい技術ではアニメーターの極めて基本的な知識です。「BG組み」は背景美術の書き味によっては簡単にズレますから、レイヤーの前後関係やマスクワークにて「昔のBG組みと同等の効果を得る」のがレイアウト作業時のアニメーターの技術です。

 

アニメーターがコンポジットの基本構造を知らずして、なぜレイアウトや原画を描けることがありましょうや。

 

作画はわかるけど、コンポジットのことはわからない‥‥なんて、建材・パーツは作れるけど建物は組み立てられないと言うに等しいです。組みあがった姿を思い描けないのに、どうやって、ピッタリと組み上がるパーツを作れるでしょうか。どうなるかはわからないけど、習慣と惰性で作る‥‥なんて、新しい「ものつくり」の技術では通用しません。

 

まあ‥‥レイアウトが、第2原画の下書きだと思うような風潮が蔓延しているので、レイアウト=画面の構成および舞台の設計図だなんて思いもしないアニメーターも中にはいるでしょう。結果、背景とセルの前後関係が破綻して、泣く泣く彩色と撮影のスタッフが「チカラワザ」でリカバーする‥‥という図式が出来上がります。

 

私はね‥‥、もうそう言うのは止めたいんよ。

 

コンピュータがこれだけ社会に普及して新しい技術を実践することはいくらでも可能なのに、昔の常識で自らを縛り続け、面倒で大変でお金を浪費する現状に甘んじて、「業界は金がない」だなんて、窮状の自作自演と言われても言い返せません。技術内容もお金も、時代からどんどん乖離する一方なのは、多くの人が実感していると思います。

 

ただ、常識を変えたくない人々が相応に存在するのもアニメ業界。

 

旧来の現場を立て直して改革するのは、「昔のままでいたい」人々が存在する以上、無理だと悟っています。

 

なので、新しい技術に取り組んでいるわけです。

 

 

 

口パクが三枚だと思い込んで疑わない、技術の習慣の限界。

 

本当に、2020年代以降は、技術の根本〜意識の根本が問われると思います。

 

 

 

 


パーティクルを作画する

「何をとぼけた事言ってるんだ」と嘲笑されそうですが、私にとってパーティクルは「作画カテゴリの技術」です。

タイムシートに「パーティクル」と書いておけば、撮影さんが何でも引き受けてくれる‥‥と信じている事のほうが、的外れのとぼけた認識だと思っています。昔は作画でやっていたような事を「誰か」に任すのであれば、それは「作画スタッフ同等の技量と責任」を内包するからです。

「でもさ、何かプラグインとプリセットを使って、誰でも簡単に出来るんじゃないの?」と考えている人もいるでしょう。確かにそういう仕事をする人もいるでしょうし、まさに「プラグイン開発元がアニメーター」だと思うような使い方もたまに見かけます。現場に表現者不在‥‥という状態です。しかし、多くの場合、パーティクルの制御は「誰でも簡単に」できるようなものではありません。

「絵として成立している状態」をパーティクルで作るには、それ相応の知識が必要となり、さらに「自分の思うがままの絵を作る」のであれば、絵(と動き)の才能がどうしても必要になります。

After Effectsをモーション(アニメーション)に用いる時、アニメーター同等の技量を持った人間が必要となります。「アニメーター至上主義」を唱えたいわけではなく、たとえアニメーターの役職を通過してこなくても、「絵を動かすのであれば、絵を動かす技量は必須だ」‥‥という当たり前の事を述べたいわけです。

絵は、絵を描くだけでなく、絵の仕事を引き受けた責任も負うのです。パーティクルの撮影上がりを見て、「もっと、絵と動きをかっこよく」みたいなリテークを撮影さんに出すのだとしたら、どんな責務を撮影さんに課した事になるのか、よくよく考えたほうが良い‥‥ですよネ。

私がここで書く事柄は、鉛筆もコンピュータも自分の手のように扱える、未来のアニメーターに向けた内容です。要は、鉛筆線もベクター線もパーティクルも、自分の手のうちで同列に扱う能力を持てば良い‥‥だけの話です。コンピュータの中に入った途端に、自分の管轄外だと敬遠する意識とキッパリとお別れすれば良いのです。

「パーティクルを作画する」とは具体的にどういうことか、炎のサンプルで説明してみます。(ちょうど別で使った教材があるので)

炎の描き方には様々な方法がありますが、今回のサンプルは「変形した三角形の集合体」でマッス・フォルムを捉える方法です。

このアプローチでは、炎の最小単位を三角で捉え、その三角が集合して炎全体の姿を形成します。アプローチはこれだけではないですが、今回は三角形で捉える事にします。ひし形や四角形も、三角形が2つ組み合わさったものだと考えれば良いですし、円状のアウトラインは三角の一辺が丸く湾曲したものだと考えれば良いです。

今回のアプローチを一文でまとめますと、「湾曲した三角形の集合体が、気流に煽られて、ちぎれて変形しながら、上昇し消滅する」‥‥となります。



海中のワカメみたいなビラビラを漠然と描くのではなくて、何かしらのメカニズムの基にして、炎を描くわけです。



三角の集合体も、輪郭線をなぞれば、炎のように見えてきます。



色がつけば、さらに炎っぽい感じに。



‥‥ということは、幾つもの三角形をパーティクルで生成して、自分の思うように変形させながら飛ばせば、「作画の時に想い描いていた炎のプロセスと似る」のでは?‥‥と思いつくわけです。After Effectsには「パーティクルシステムズ」というシンプルなパーティクル生成のエフェクトがありますので、それで実践してみます。



こんなの炎じゃない‥‥と思うかも知れませんが、絵を描いて動かしている人の中には、「極端に言えば、そういう事だ」と理解できる人もいるんじゃないでしょうか。実際に、湾曲させて色をつけると‥‥



随分と炎っぽくなり、さらに手を加えると‥‥



‥‥ほぼ完成形が見えてきましたネ。フォルムの推敲にもうひと踏ん張り必要ですが、プロセスとしてはこんな感じです。

パーティクルを作画として扱う場合、手で描くのではなく、頭で描くのです。鉛筆で描くのではなく、プロセスで描く‥‥とでも言いましょうか。

さらに作り込んで、実際に動かしたものをGIFFで書き出した動画は以下です。10秒のムービーが、3種類あります。
*60fpsでも動かせるんですが、GIFFには荷が重そうだったので、とりあえず24fpsで書き出しています。


アニメのT光風〜やや大ぶりなフォルムにまとめたもの


もう少し細かいディテールにしたもの


背景美術を動かしたようなテイストに仕上げる事も可能〜元が三角形の単純なネタでも


このように、如何様にでも炎を表現する事が可能です。三角形でアプローチする方法だけでなく、ひも状に描いたり、透明感のある描写にしたりと、まだまだ色々な表現や方法があります。元は単純なパーティクルの粒でも、作画的思考を当てはめれば、その自由度は計り知れません。実写作品ではないので、作品のイメージに合う「絵の世界」を展開していけば良いので、「リアルに見えれば正解」というわけでもありません。パーティクルの扱いが、まさに「作画管轄の技術」だと言う理由です。

私は上の3種類の炎の作画を、手描きでも描けますし、パーティクルでも作れます。手描きのほうが圧倒的に時間を要しますがネ‥‥。要は、作品制作に最適なツールと技法のチョイスをすれば良いだけです。もう20年前の「ジョジョ」で似たような思考で炎を描いてましたしね‥‥。

でもまあ、今のアニメ業界の「面倒なものは作画以外のCGに‥‥」という風潮はどうにもならんとは思います。この風潮が行き着くところまで行って、色んな作画要素をコンピュータを扱うスタッフに投げて放棄して、アニメーターの能力がどこまで減退するのか、見届けてみれば良いと思います。

あくまで私の考え‥‥ですが、アニメーターがペンタブレットを含めたコンピュータ環境で作業をする意義は、「紙からデジタルへ」なんて瑣末なポイントではなく、「『デジタル』の機能をアニメーターが使いこなす」点にあります。他人事のコンピュータから、自分事のコンピュータへと、意識を変える事です。

「デジタル」を「紙と鉛筆の対極として」とらえている限りは、先には進めないのです。アニメーター像を旧態依然としている限りは。

アナログだデジタルだとゴタゴタ言わずに、手描きもベクターもパーティクルもタービュレントも三角メッシュも、全て同列に作品作りのジェネレータとなる状態。コンピュータが当たり前のように存在する未来において、「アニメを作る」とはそういう事だと私は考えています。


1

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM