20と16

今日、After EffectsやPhotoshopの2019が利用可能になりましたネ。

 

After Effectsはバージョン16、Photoshopは20。

 

昔、「Photoshopって、どこまでバージョンアップし続けるんだろう。もしかして20とか。ふぇふぇふぇ。」と笑っていたのが本当にバージョン20。

 

同じくその頃に、「Photoshopがバージョン20とか言ってる時には、自分も相当ジジイになってんだろうなあ」と思ってましたが、まさにジジイになりました。半世紀生きてもうた。

 

Photoshopは、レイヤーモードを切り替えるとライブで更新されるのが目新しいです。小技が盛り込まれてます。

 

あと、やっぱり仲間内で「おお〜」っとなったのは、複数回アンドゥ機能。「今更感」と、誰もが思う機能ですが、あれば便利です。

 

早速使い始めてますが、驚いたことに、

 

After Effectsは複数回アンドゥに体が無意識に馴染んで対応して、コマンドZに慎重な操作をしている

 

Photoshopは「どうせ1回しかアンドゥできない」と体が覚えているので、雑にコマンドZを押しまくって戻っちゃいけないところまで戻って混乱する

 

‥‥という自分の「PhotoshopとAfter Effectsの使い分けの癖」をはじめて認識しました。

 

もしかして、ユーザーから「前のような1回しかアンドゥが効かないオプションも追加してくれ」とかニーズがアドビに寄せられたりして。

 

 

After Effectsをアップデートすると、どうやらAME(アドビメディアエンコーダ)も合わせて自動でアップデートする模様です。

 

最近のAfter Effectsは、様々なムービーのファイルフォーマットやエンコードに対応するのに、AMEとの連携機能を使いますから、AMEのアップデートは必然です。

 

After Effectsはエクスプレッション・スクリプト制御のJavaScriptが強化されたと聞いたので、早速試してみました。

 

バージョン15、つまり2018のAfter Effectsまでは「Date()」をエクスプレッションで使うことができませんでした。以下の通りに。

 

 

つーかね‥‥、現在時刻をカットボールド(スレート)に書き込みたいので、Date()を使いたいのにな‥‥と、ずっと困っておりました。しょうがないので、昔ながらの「番号」エフェクトを使っていました。日付と時間を同時に使えなくて、どんくさくてイヤなんですけど。

 

しかし、新しいバージョンのAfter Effectsはめでたく、Date()が通るようになりました。

 

テキストレイヤーを作って、テキストソースにエクスプレッションを追加して、「Date();」と書くだけです。

 

 

 

これを、テキトーに加工して自分の好きな書式に変えれば、現在日時を書き込むことができるはず‥‥ですが、キャッシュが画像を握っていた場合は、番号エフェクトの時と同じく、期待した結果にならない可能性もありますネ。

 

すっかりJavaScriptのDateとはご無沙汰だったので忘れてましたが、JavaScriptのDateってShellの「+%Y.%m.%d」みたいに簡単に日付を文字列化するのってなかったっけ‥‥? いちいちgetYear()とかで「2018.10.16」を組み立てるのかな‥‥。

 

なので、やってみました。

 

以下のエクスプレッション文。

 

var cd=new Date();cd.getFullYear()+"."+cd.getMonth()+"."+cd.getDate();

 

で、結果がコレ。

 

あれ? 9月? しかも1桁。

 

 

 

そうか‥‥。なぜか、月だけはゼロスタートのコンピュータ流儀なのです。だったら、getDateもgetFullYearもゼロスタートにすれば良いのにネ。‥‥あ、アレか、月には呼び名があるから、配列のインデックスとして使えるようにゼロスタートなのかな。

 

var cd=new Date();"今日は"+["睦月","如月","弥生","卯月","皐月","水無月","文月","葉月","長月","神無月","霜月","師走"][cd.getMonth()]+"です";

 

‥‥みたいな感じで。

 

なぜ月だけゼロスタートなのかは本当の理由はナゾですが、まあ、それはおいといて、ちゃんと今日の年月日が出るようにします。

 

var cd=new Date();

cd.getFullYear()+"."+(String(cd.getMonth()+101)).slice(1)+"."+(String(cd.getDate()+100)).slice(1);

 

ベタベタな方法ですが、これで4ケタ.2ケタ.2ケタの年月日表記になります。

 

 

 

一発でこの書式が作れないのは面倒といえば面倒ですが、Date()が使えるようになっただけでも、素直に喜びましょう。

 

地道に機能を更新し続けるAfter Effects。Dateの他にもどんなことができるようになったのか、使いながら探っていきたいと思います。

 

 

そういえば、今回のアドビフィーバー(Maxか)で予告された「Project Gemini」は結構期待してます。他のドローソフトに遅れること数年、満を持しての登場だと良いんですけどネ。

 

 

 


iPad版 Photoshop CC

「iPad版Photoshop CC」の情報が今日、出ましたネ。

 

https://www.adobe.com/jp/news-room/news/201810/20181015-adobe-announces-next-generation-creative-cloud-max-2018.html

 

以下、引用です。

 

 

マルチデバイス対応の高性能な画像アプリとイラスト制作アプリをプレビュー

アドビは、マルチデバイスという新たな時代の制作環境に対応し、主要デスクトップアプリと連携したワークフローを構築できる、2つの次世代モバイルアプリのプレビューを公開しました。

 

iPad版Photoshop CC:タッチ操作でコントロールできるよう再設計されたiPad版Photoshop CCは、デスクトップ版と同じパワーと精確さを受け継いでいます。つまり、iPad版PhotoshopでPSDのネイティブファイルをそのまま開いて業界標準と言えるPhotoshopの画像編集ツールで編集ができ、使い慣れたレイヤーパネルも装備されます。マルチデバイス対応のPhotoshop CCは、iPad版が2019年に提供開始予定です。iPadで編集作業を開始し、すべての編集内容をCreative Cloudを介してデスクトップ版Photoshop CCで引き継ぎ、両者間を行き来して編集をすることができます。

 

Project Gemini:デバイス横断でのドロー&ペイントワークフローを加速するために新たに開発されたアプリです。Project Geminiは、iPad版を2019年に提供開始予定です。ビットマップとベクターならびに新しいダイナミックブラシを統合し、単一のドローイングエクスペリエンスを提供します。Project Geminiでは、アーティストは使い慣れたPhotoshopブラシを同期して使うことができ、Photoshop CCとの連携もスムーズに行えます。

 

 

iOSでのPhotoshop。‥‥既にiPadを作画&映像制作業務で毎日使っている私としては、メモリの上限によるレイヤー数や、色深度(8bitどまりか否か)の制限が気になるところですが、まずは「デバイス横断」が可能となるPhotoshopの登場を素直に喜ぶことにします。

*デバイス横断を宣伝するあたり、16bitモードの読み書きは可能だとは思いたい。ちなみに、クリスタもプロクリも8bitどまりで、16bitは扱えません。軽量のプロクリはともかく、クリスタが今でも16bit非対応なのは不満というよりはナゾです。カラーイラストを扱うのにネ。そんなに設計の古いソフトなのかな。

*PQのHDRを扱う場合、8bitは使わないので、いちいち16bitをiPadのドローソフト用に8bitに変換するのが面倒です。‥‥線画作業なら8bitでも大丈夫ですが、行き来がネ。Pixelmatorは16bitファイルを開けますが、ドローソフトにはならないので、なかなか悩ましい。

 

選択肢が広がるのはイイです。

 

私がPhotoshopを初めて使ったのは、バージョン2の頃で、レイヤーがないバージョンでした。レイヤーのないPhotoshopなんて、今では冗談みたいな話ですが、当時はアンドゥリドゥ、フェード、マスクが使えるだけでも、めちゃスゴいと喜んで使ってました。だってさ、現実の写真撮影や絵具を使ったイラスト制作は、アンドゥやフェードなんて無理ですもんネ。

 

当時では夢の道具でしかなかったiPadのようなガジェットが出現した上に、Photoshopが動作するようになるとは、リアルに想像できませんでした。奥行きがあってドカンと重いCRTに、タワー型Macの1152px解像度の映像を映し出し、1670万色なんて無限の色彩だ!‥‥とか言ってた時代が、何もかも懐かしいです。

 

今度のiPad Proの新型は、5.9mmの薄さとも噂されていますよネ。

 

時代はどんどん進化しますネ。

 

 

1995年頃に初めてPhotoshopをイジった時に、「これで自分の人生が変わるかもしれない」と予感したものですが、2015年に発売されて即座に飛びついて買ったiPad Proも、実は、刻々と自分の人生を変え続けているのかも知れません。

 

たとえ将来にAppleのiPadがなくなったとしても、iPad Pro的な何かさえあれば、自分はなんとかなりそうだ‥‥という実感があります。

 

だってさ‥‥、私が20代の終わり頃にPhotoshopとMacと遭遇していなかったら、アニメ業界から離れて、今は全く別のジャンルの仕事をしていても不思議ではなかったと思います。そのくらい、道具との出会いは重要です。当人を生かすも殺すも、道具次第‥‥だと、人生を半分以上生きた今、ハッキリと自覚できます。

 

iPad版Photoshop CCは来年に提供が開始されるとのことです。

 

iPad Proの新型もあいまって、また何か、新しいワークフローやものつくりのアイデアが生まれると良いですネ。

 

 

 

 

 

 


iMac相当のWindows PC

私は最近はMacばかり使っていますが、昔からWindowsも使ってきました。2010年代に入ってからはFusionとかの仮想OS環境の性能が向上したこともあり、ハードウェアはiMac、仮想環境でWindowsという状況が続いています。

 

最近はその仮想環境も使わず、macOSとiOSだけで仕事場も自宅も作業しています。

 

別にWindowsが嫌になったわけでもなく、macOSとiOSの作業快適性が、新しい映像制作のスタイルに適しているからです。もし自主制作をするにしても、macOSとiOSのコンビはパフォーマンスに優れています。映像制作には絵も音も必要ですが、GarageBandは言うに及ばず、有償のLogicにしても、他社では太刀打ちできないライブラリの豊富さがありますし、なんだかんだ言っても、QuickTimeのProResが使える恩恵は大きいです。

 

昔、Windowsは「フリーソフトがいっぱいある」のが売りでした。とは言え、大して使い物にならないフリーソフトが膨大にあるよりも、使えるソフトが指折りで数えられるくらいあれば良いのです。

 

 

で‥‥、前回の続きですが、「自分たち数人でプロレベルのアニメを作りたい」と自主制作を思い立った時に、Macに「お引越し」しなければならないのは、大きなハードルですよネ。

 

私はmacOSでのノウハウが積もりに積もっているので、Macを使いたいという理由もデカいです。同じく、Windowsを使っている人もノウハウは継承したいでしょう。

 

なので、Macだけに偏って未来の少人数精鋭のワークグループを模索するのは、あまり良い方針とも思っていません。Windowsだけに偏るのもマズいですが、Macだけなのもマズい。

 

ゆえに、現在、「iMac 4K」「Mac mini上位機種」あたりの性能と同等クラスのWindowsマシンを探し始めています。自分で所有して使ってみないと、実感に基づく文章は書けないもんネ。

 

「Windows PC おすすめ」の語句で検索すると、そりゃあもう、「ノートパソコン」ばかりが検索に引っかかります。ああ‥‥そうだった‥‥、世間ではWindowsは「ビジネスパソコン」なんだよネ。ジョブズの術中にまんまとハマった世界が今ここにある‥‥という感じで。

 

10万円台前半で買える構成で、

 

4K10bitを接続できるビデオ性能

PCIeのスロット

Core i7 4GHzあたり

M2のSSD

 

‥‥くらいので良いのです。メモリは4スロット、PCIeは2スロットあるのが望ましいです。

 

後で自分で増設して、

 

追加で16GB2枚=32GBのメモリを追加

BlackmagicのHDMI出力カードをPCIeに差す(=当初は必須ではない)

ビデオカード(ボードのビデオ出力が1つしかない場合)

適当な4K HDRモニタ(6〜7万くらいの)

適当な4K HDR出力モニタ(編集ビデオ出力をカードから出して繋ぐ・別接続でサブモニタにもする)

追加のHDDか、SSD

 

‥‥というあたりでストップ。それ以上のお金はかけずに、必要最低限のマシン構成のWindowsでどこまでできるかを試してみたいです。

 

ちなみに、ソフトウェアは、

 

Adobe CC(全部入りかAfter Effectsのみ)

DaVince Resolve

 

‥‥くらいで良いでしょう。Adobe CCとDaVinciがあって映像が作れない‥‥なんて言うのなら、そもそも本人のポテンシャル不足でしょうしネ。

 

そこに、iPad Proとプロクリ&クリスタで、ペンタブ環境は十分です。板タブはあれば良いけど、必須ではないです。高い液タブ(30万円前後)は不要です。

 

安く抑えても、これらを一度に買おうとすると、50万円くらいはかかってしまいますが、これら機材を一度に使うことはあり得ません。ですから、最初はiPad Proから買い始めて、たっぷりと絵を描きためて、iPad Proのローンが終わる頃に4Kマシン(MacでもWinでも)を買って、カットごとのアニメ制作が終わる頃=4Kマシンのローンがそろそろ終わる頃に、サブモニタと出力カードを買って編集をおこなう‥‥という順番でしょうかね。

 

あしかけ5〜6年くらいにはなると思いますヨ。なので、年齢的なことを考えても、若い頃から取り組んだ方が良いです。

 

「え〜、そんなにかかるの?」と言う人は、おとなしく受け身で、商業ベースの単価仕事を続けていれば良いのです。自分の欲しいものは簡単には手に入らないんですヨ。

 

 

私は何もMacのエバンジェリストになりたいわけではなく、アニメーションの再定義・再発明のムーブメントを盛り上げたいので、MacもWinもどっちも「どんとこい」です。

 

そんな私がWindowsマシンを現在稼動状態にしていないのは、ちょっと苦しい。‥‥ので、何か、iMacの中位機種かMac mini上位機種くらいのそこそこの値段でWindowsマシンを買えると良いなあ‥‥と思っています。

 

でもねえ‥‥‥。私がMacに落ち着いているのって、煩わしい構成に気を揉まずに、だいたいどんなMacでもすぐに映像制作が開始できること‥‥なのですよネ。一番安いMac miniでも買わない限りは。

 

 

 

 

 


魂!=手段

ネットの記事を読みました。コレ。

 

失敗を重ねる名門パイオニアが、”解体ショー”に突き進むこれだけの理由

http://blogos.com/article/328092/?p=1

 

パイオニアの凋落

http://blogos.com/article/325227/

 

 

考えさせられる事の多い記事です。「成功体験が未来の失敗の原因となる」というのは、まさに「デミヤンスク包囲戦」=「スターリングラードの悲劇を招く遠因となった成功体験」を彷彿とさせます。実はこの「成功体験の暗部」は、私がプロジェクトの立ち上げに関わる時にいつも念頭におくことでもあります。「成功体験に基づく自信」と「次がうまくいくとは限らない」という相反する思考は、プロジェクトのキーマンならば当然のように有すべきことだと痛感します。

 

「解体ショー」の記事でもう1つ気になるのは、「企業の魂」というフレーズです。

 

私も「魂を売るべきではない」という事自体には同感です。‥‥で、そこで「魂」という「言葉だけ」で「わかった気」にならずに、「では、魂とは何を指して表す言葉なのか」をちゃんと考えるべきでしょう。

 

パイオニアの部外者から見た、パイアニアにとっての「魂」とは、決して「オーディオコンポを売る」ことではなかったと、オーディオコンポ世代の私は思います。チープなモノラルラジカセとはまるで別世界の音楽体験こそが、オーディオコンポの魅力でした。

 

アウトサイダーである私が、パイオニアに期待するのは、「音」「映像」を「上質な体験としてユーザに提供」してくれることです。オーディオコンポやカーステレオやレーザーディスクは「単なる手段」に過ぎません。「手段」は時代とともに変化しますから、パイオニアに私が期待するのは、あくまで「素晴らしい音と映像をユーザにもたらしてくれる」伝道者のような役割です。そして、その「素晴らしい」という状況も時代によって変わりますから、常に「時代とともに歩む」意識が不可欠だと感じます。

*もちろん、「提供」「伝道」の対価はユーザが然るべき価格で支払います。タダではありません。例えば製品購入とか。

 

 

 

日本人って、「根本を解き明かして、始点から発想をチェンジする」ような取り組みが苦手な国民です。それはまさに、今のアニメ業界が雄弁に物語っています。

 

他業種の内情には詳しくないので、アニメ制作業で考えると、アニメ制作会社における「魂」って何だろう‥‥ということです。

 

紙と鉛筆を使い続けて、セルと背景を「撮影」する‥‥というのが、アニメ制作会社の「魂」なんでしょうかね? 紙と鉛筆をペンタブに置き換えることが「時代とともに歩むこと」なんですかね?


アニメ制作会社における「魂」とは、まさに「アニメ制作会社」なのですから、「アニメ映像作品」を作ること‥‥だと思います。少なくとも私は、そう思います。

 

そして、アニメ映像作品は、必ずしも、今までの技術やシステムや慣習で作る必要はないです。アニメを作ることが成就すれば、アニメ制作会社足り得ると私個人は考えます。

 

ゆえに、アニメ映像作品(=商品)が全世界の潜在的なユーザに対して、どのように「かけがえのない体験として提供」されていくのかも考えます。深夜に追いやられた日本国内のテレビ枠がアニメの最後の砦なんでしょうかネ??

 

アニメ制作者の未来の居場所は、世界のどこにあるのでしょう?

 

しかしながら、アニメ制作会社、フリーランス作業者、そしてアニメ業界は、あまりにも「手段に固執し過ぎている」ように思います。そして、「アニメ」を一意に考えすぎて柔軟性がほぼゼロのような状態にも思えます。慣習による行動を「自分の魂の発露」と思い込んで、惰性で未来を占おうとします。

 

つまり、アニメに対する「固着化した思考にもとづく手段」を、「魂」に同化させてしまって、まさに「解体ショー」に突き進んでいるように思えるのです。作監20人なんていう制作体制も、それが「何がなんでも作監の肩書きは必要。アニメの魂だ」ということになれば、自分の思考の内外で正当化もできる‥‥とういう仕組みです。

 

私自身はハッキリと自覚していますが、正直、「旧来のアニメの作り方は現代に合っていない。技術的にも、品質的にも、そして思考的にも、立ち遅れが酷い」です。それは各個人の人間としてのポテンシャルではなく、技術的思考の古さによるものです。

 

実際、旧来のワークフローや制作体制の作品に関わると、いくつもの新しい技術を封印せねばならず、とても暗いキモチになります。新しいことを受け入れられず、むしろ頑固になって殻に閉じこもる業界の体質に、先の見えない暗さを感じます。

 

 

 

アニメを作るプロとしての「魂」。

 

アニメーターなら、まず絵を描くこと。そして絵を動かすことです。決してタップ穴に固執したり、紙と鉛筆に固執することではないはずです。道具は、自分の魂を具現化するための手段です。決して魂そのものではありません。

 

アニメ制作でいえば、アニメ映像を作り出す、そのことズバリが「魂」でしょう。アニメ映像を作り出せるのなら、既存のシステムやワークフローや技術体系に凝り固まる必要はないのです。新しい時代の新しい技術をどんどん旺盛に盛り込んでいくべきと考えます。

 

家電メーカーの凋落を笑っていられるほど、アニメ業界の会社や個人は安泰ではないはず。むしろ、未来に対する無思考・無計画の酷さは、家電メーカーより遥かに上回るでしょう。限界アリアリの「原動仕美撮」に変わる未来の制作構造をどれだけ考えていますか? ノープラン? 今までやってきたことをやり続ければ良い? ‥‥それこそが凋落ド直球なのです。「未来はノープラン。今までやってきたことをやり続ければ良い。」を体現し続けてきた他の業種の企業が、どれだけ消え去ったか、枚挙にいとまがないです。

 

自分の「魂」、制作集団の「魂」とは何なのか。

 

道具が魂だというのなら、道具の衰退とともに、自分も消えていくしかないでしょう。

 

作り出す事自体が魂だというのなら、作り出すための道具と手段を変えていけば、存在し続けられるでしょう。

 

 

 

まあ、色々と悩みはつきませんが、楽観的に構えられる絶大な要素を、絵は持っています。

 

これだけ実写の媒体が身の回りに溢れているのに、なぜか、人は絵に惹かれる。絵は現人類誕生の太古から存在し、今まで滅んだことがない。

 

それだけでも、凄く、楽観的状況だと思うのですヨ。

 

あとは、その絵の「表し方」を、現代社会とともに考えていくだけ‥‥です。

 

 

 

*追記:

 

引用記事で「その後音響製品をベースに映像分野にも手を伸ばし、映像デジタル化の流れの中ではレーザーディスクを担いで参入。」とありますが、それは取材不足。‥‥というか、引用元は「ブログ」なので、取材というよりは知識の不足か。

 

レーザーディスクの映像データはデジタルではないですヨ。アナログ映像フォーマットです。アナログからデジタルへの移行は、時代を語る上でとても重要な要素なので、見落としはマズいです。記事の説得力がガタ落ちです。

 

まあ、パイオニアの内情は全く知りませんので推測の域を脱し得ませんが、もしパイオニアがあの当時(80年代)にいちはやくデジタル映像フォーマットのディスク&機器を開発・発売できるくらいの「イノベーティブ」な体質だったら、今のようなことにはなっていないかも知れませんネ。


作業力としてのコンピュータ

コンピュータに作画作業の一部を負担させる‥‥という取り組みは、私は1997〜8年から開始して、実際に実用として私が使用したのは2000年公開のBlood The Last Vampireだったように記憶しています。

 

現在、業界で注目され始めている「自動中割り」=作画労働力としてコンピュータを扱う目的ではなく、「動かせないものを動かす」「今までは不可能だった映像表現を実現する」という目的でした。Bloodでは主人公の小夜がよじ登るBOOK描きの金網(=普通だったら止め絵で動かせないもの)を、たしかメッシュワープで動かした記憶があります。あの当時にも、かろうじてAfter Effectsにもアニメーションに活用できるツールはあったんですよネ。

 

いつも思うんですが、新しい技術を実現しようと取り組む「思惑」には2種類あって、

 

  • 表現の拡大のため
  • コストの縮小のため

 

‥‥があります。

 

私は今でも、「映像表現の拡大」を主軸にしています。動かせないと思っていたものを動かす。無理だと思っていたイメージを実現する。‥‥そのために、コンピュータの能力を作業計画に組み込みます。

 

とはいえ、「映像表現の拡大」取り組みの副産物として、「普通だったら、4人がかりで2週間かかる内容を、1人で3日で終わっちゃった」みたいな「強烈なコスト抑制効果」を「たまたま」得たのは事実で、「セレンディピティ」的な感じです。

 

現在は、その「高効率生産能力」も考慮していますが、やはり本筋は「映像の表現のため」です。

 

 

 

‥‥で、これもいつも思うんですけど、映像技術におけるプロジェクト・取り組みが迷走するのって、

 

コストを縮小するのが目的の場合

 

‥‥がほとんどように見受けられます。

 

なぜか?‥‥って、映像技術を扱っているわりに「イメージ」「ビジョン」が希薄だからです。

 

例えば今回の「作業力としてのコンピュータ」の事案を考えた場合、作ろうと思う映像のビジョンがあって、その具現化のためにコンピュータの具体的な機能を活用する場合は、どの作業が「人間管轄」で、どの作業が「コンピュータ管轄」かを、最初から計算して運用できます。映像をイメージして思い浮かべるのと同時に、コンピュータの能力を作業計画に組み込むので、「映像表現」と「現場の制作技術運用」が合致します。

 

一方、映像はぶっちゃけ今まで通りで構わなくて、人間の代わりにコンピュータが自動中割りしてくれれば良い場合は、当座、制作中の作品で「試してみる」スタンスになりがちです。コンピュータが関わって生み出される映像に対しての明確なビジョンなどなく、人間でもできることを、コンピュータにやらせてみて、うまくいけば省力化、うまくいかない場合は人間がフォローする‥‥みたいな、結果待ちで後追いの制作展開になりやすいです。

 

つまり、「コストを縮小するのが目的の場合」は打算的で泥縄的で、当然のことながら、運用計画を事前に想定できなくなるわけです。‥‥だってさ、「できるかどうかも、わからない作業を、コンピュータに投げる」のですから、作業計画なんて事前に組み立てられるわけがないもんネ。

 

 

 

コンピュータを自らの意志で使う人間は、コンピュータの能力に期待していますし、以前のコンピュータの作業経験からくる信頼もそれなりに厚いものがあるでしょう。「コイツがいれば、新しいことができる」と思うからこそ、コンピュータの能力も応えてくれます。コンピュータを相棒のように頼もしく感じて、色々なアイデアも次々と浮かびます。

 

しかし、「コンピュータを使うと作画の人件費を節約できるらしい」「あまりあてになるとは思えないけど、自動中割りとやらでも使って見るか。もしダメならファイルは使わずに人間が作業すれば良いんだし」みたいな人間は、やっぱりと言えばやっぱり、コンピュータの能力を存分に引き出せるまでには至らないでしょう。普通に考えて、引き気味で期待薄の対象に、とことん突っ込んで使いこなすようにはならないからです。

 

コンピュータを使う人間のキモチによって、いくらでも、コンピュータが生み出す映像とお金も大きく変わってきます。「コンピュータが期待に応えてくれる」なんていうとオカルトみたいですが、要はコンピュータの能力をうまいこと活用できるようになると、状況が連鎖的にかけ合わさって、ルッサーの法則の「良いバージョン」的な膨らみ方をするのです。

 

コンピュータに大した期待もせず、色々な機能をテキトーにイジるだけだと、各機能のポテンシャルを0.5くらいしか引き出せず、そのかけ合わさった結果は、

 

0.5x0.5x0.5x0.5=0.0625

 

‥‥と、まあ、事実上0%になって「なんだこれ!?コンピュータなんてボロくて使えないわ」とか言い出す始末。

 

しかし、コンピュータの能力を理解してたとえ10%でも想定以上のポテンシャルを引き出せば、

 

1.1x1.1x1.1x1.1=1.4641

 

‥‥と50%近くも総合的な能力がアップして、「コンピュータって、すごい!どんどんやりたいことができる!」と感激するわけです。

 

実は、コンピュータの機能を殺すか生かすかは、当人たちの写し鏡なんですけどネ。

 

使う人間次第だということに、個人はおろか、制作集団や会社まで気づけていないこと‥‥は、相当多いよなあ‥‥と思います。高いコストを支払って導入するコンピュータ。それを、実際にどう使うかは、それこそ、数十年以上語り継がれてきたテーマです。

 

打算的に‥‥ではなく、意欲的に、コンピュータと一緒に仕事をしていきたいと、私は思っています。

 

 

* * * * * *

 

 

私が初めて仕事で「正式に」使ったコンピュータ、「Macintosh Quadra650」。ネットワーク線は引かれておらず、MOでのデータ受け渡しだったのが懐かしいです。この1〜2ヶ月後に、私専用の「PowerMacintosh 8500/180」が設置され、コンピュータの面白さにどんどんハマっていくことになります。

 

 

 

1カットごとの上がりがTIFFやSGIなどの連番ファイルだった時代(2000年代初頭)に、簡単な操作で「プルダウン画像」「プルダウン解除(=元の絵に戻す)」を生成するソフトを作りました。たしか、REALbasicで作ったはずです。フィールド合成の仕組みさえ理解していれば、プログラム自体はそんなに難しいものではなく、ラインごとに合成するだけですから、画像処理プログラムの初歩も兼ねて2002年くらいに作りました。

 

コンピュータで絵や映像を作るのは作業のメインとしても、コンピュータの長所は、雑事の自動処理にも活用できるはず‥‥と、1997年にApple Scriptからプログラムの自己学習を開始しました。コンピュータを使っているのに、ファイルのまとめとか手作業で大量の反復処理をするのは、釈然としなかったですしネ。

 


板タブ

最近、補助的な役割ですが、板タブも使うようになりました。板タブはどうにも思い通りにならなくてあまり使わなくなっていたのですが、線の1本を書き足すのにiPad Proに戻すのも面倒なので(特にファイルサイズが巨大な場合は)、簡単な線は板タブでも描くようになりました。

 

改めて、ここ数年のIntuosを使ってみると、色々と機能がついていて、便利というよりは戸惑います。Procreateを常用していることもありますが、ボタンが6つ(切り替えボタンまで含めると7つ)もついていて、ホイールもあり、ジェスチャーも可能‥‥となると、機能過多で使いにくいもんだと実感します。日本のメーカーが陥りがちな傾向はペンタブにも継承されておりますネ。機能過多で使わないのならまだしも、誤動作のきっかけになるのはなんとも邪魔です。

 

まあ、Photoshopのショートカットは体に染み付いているので、板タブのボタンはかたっぱしからOFFにしても良いのですが、それでもたまにホイールが反応したりして面倒なので、ちゃんと設定することにしました。私は左利きなので、利き腕の設定も変えて、ボタンもホイールも使えるように設定しました。

 

さすがに6個のボタンと、1つの切り替えボタンで4つのホイール機能全てを暗記するのは無理です。少なくとも私は。

 

なので、以下のようにダイモのラベルを貼りました。

 

 

 

ダイモの透明テープに最長4文字で刻印して、機能ラベルを貼り付けました。ホイールの設定は初期設定のままですが、他は設定を変えました。取り消し=アンドゥは、間違えずに操作できるように一番上のボタンに割り当てました。

 

透明テープなので、LEDの上に貼っても光が透けます。

 

 

ただ、透明の純正品テープは製造中止らしく、上図のマシューズのものが出回っています。これがちょっと扱いが面倒で、純正品より色々とヘボいので、ダイモに慣れない人は黒の純正テープを買ったほうがよいかもしれません。LEDは透けなくなりますけどネ。

 

ジェスチャー(タッチ機能)はOFFで使っています。色々とジェスチャー機能はあるのに、1本指でのジェスチャーが「クリック」しかなく、1本指ドラッグに消しゴムを割り当てることができなさそうなので(もしかしたら、ある?)、今は使わない設定にしています。1本指のドラッグ(摩って動かす)が消しゴムに早変わりするのは、とても便利ですヨ。iPad ProのProcreateとクリスタでは、1本指を消しゴムに割り当てています。

 

 

で‥‥、久々に板タブを使ってみて思うのは、板タブは何を言うても、もはや過去の機材だな‥‥という事です。ろくな液タブがなかった時代やiPad Proが未発売の頃の、前時代の名残りのような画具です。マウス代わりに使うのはアリかも知れませんが、絵を直に描く道具としては決して優れているとは思えません。コンピュータ機材が未発達だったころの産物です。

 

Apple製品をむやみに推すつもりはないですが、絵が描ける人なら、iPad Proの12.9インチとApple Pencilを買っとくべきです。板タブを補助的に使うようになって、改めて、しみじみと、絵を描く道具としての優劣を実感します。

 

 

 

やっぱりさ‥‥。絵を描く時にはさ‥‥、余計なストレスは背負い込みたくないじゃん?

 

 

絵を描くのなら、絵を描く視点と手(=ペン)が一致していたほうがダイレクトでストレスがないですよネ。「いやいや、離れていたほうが良い」という人は相当珍しいです。

 

ハッキリと言い過ぎるかも知れませんが、板タブの「ペン先から目を離してモニタを見ながら描く」というのは、相当、異常な光景だったのです。

 

ラジコンのような操作感で絵を描いていたのは、単に「昔のコンピュータがその程度の性能しか提供できなかったから」です。

 

 

iPad Proを推す、もう1つの理由は、その外形の状態。つまり、「単体で動作する」ことと、「薄く、軽量」であることです。

 

iPad ProとMacが完全に独立して動作するのは、とても「やりやすい」です。4K HDR フルモーションの作業をする場合、今までの2K映像とはレンダリング時間が段違いにかかるようになりますから、レンダリングの待ち時間にiPad Proで別の作業を進められます。

 

薄さ、軽さは、作画用紙1枚の薄さには到底及びませんが、薄手のスケッチブックくらいの薄さゆえに、違和感なく絵を描くことができます。しかも、自分の画材の全てをiPad Proの中に詰め込んで、どんな場所でもApple Pencilで、イラストでもコミックでも原画でもデザインでも即座に描き始めることができます。

 

iPad Proは机が狭くならないのも良いです。電力をコンピュータより格段に消費しないのも、実はかなり大きな利点です。

 

 

一方、ホストコンピュータが起動していなければ絵を描くことができない「周辺機器系のペンタブレット」は、マルチに作業を請け負うようになると、色々と面倒が増えてきます。

 

まず、After Effectsで重いレンダリングをしている裏で、6〜8Kサイズでレイヤー数の多い画像をPhotoshopでペンタブでイジるのは、クラッシュしそうで怖いです。じゃあ、マシンを2台に増やせば良いかというと、そんな単純な話ではなく、電源供給の問題や発熱の問題、モニタやキーボード・マウスの増設または切り替えの問題、設置スペースの問題などが、どんどん山積みになります。

 

自分の能力を多岐に展開したいのなら、会社の作業机でしか絵が描けない「固定された環境」ではなく、自由に活動できる環境の下地が必要です。ペンタブを使うのは会社の机だけ‥‥では、どうやって、自分の絵を描く能力を拡張できるでしょうか。

 

 

それこそ前世紀から20年以上、色々とコンピュータでの作画&映像制作の作業環境を模索し続けてきて、iPad Proの性能〜単体の性能だけでなく環境性能も含め〜は、相当優れていると実感しています。

 

まあ、私個人の性質もありましょうが、板タブは1997年から使い続けているのに、結局、自分の「最強」と言えるほどの画具とはなり得ませんでした。しかし、3年前(2015年)に出たiPad Proはあっという間に、大きな信頼を預けるほどの画具になりました。

 

だってさ‥‥。絵がちゃんと描けることを、自分の肉眼で目の当たりにして、それでどんどん仕事をこなせば、信頼せずにはいられないもんネ。

 

昔の道具や機材の欠点をあげつらう事が本意ではないのですが、今そこに存在する大きな落差を無視することもできません。なので、正直に書いております。

 

板タブを久々に使って、色々と実感しました。

 


泥縄と命綱

新しい映像技術を確立する際は、どんなに前もって準備してリサーチしても、泥縄式の状況に巻き込まれていきます。

 

事前に調べておけば‥‥というのは、確かにあります。HDMIケーブル1本にしても、「ハイスピードケーブル」だけを確認するだけじゃ、リサーチ不足でしょう。

 

しかし、どんなに下準備を積み重ねても、泥縄になる場面は回避できません。全て計画通りに事が進むと思うのは、「あんたは何年生きてきたんだ?」と、逆に失笑の的です。成功の前例がないから判断できない‥‥なんて、どんな素人だって可能ですヨ。成功例があるからOK、前例がないからNG‥‥なんて、凡人そのものです。

 

前例のないところから、成功のカギを見つけ出すのが、プロの仕事でしょ?

 

むしろ、自分に絡んでまとわりついた泥縄を、丁寧に1つずつ解いて、編み直して、強く頑丈な命綱にもできるのです。

 

泥縄式状況にハマった時は、泥縄から抜け出すことだけに終始せず、ちゃんと泥縄を解いて束ねて洗浄して、新たな命綱を編む材料として有効活用すれば良いのです。そうすれば、制作集団はどんどん強くなれます。

 

泥縄式を「単なる災難」として捉えるのは、あまりにも愚か。

 

 

 

失敗例から学べることは格別に多いです。

 

成功例は、確かに成功例を体現したわけですから相応の成功のメソッドは得られますが、同時に、成功したことで過信してしまう、非常に危うい側面も併せ持ちます。

 

成功例に伴う技術過信は、負け戦の典型、先の大戦でドイツや日本での「技術立国が陥った大きな落とし穴」です。例えば、パンターがT-34に1:10のキルレシオを誇ったとしても、相手が12台で迫ってきたら、2台のT-34が戦線を突破するということですし、優秀な日本パイロットがドッグファイトで空の戦いを制覇しても、サッチウィーブによって一人また一人と歴戦パイロットを失えば、やがて劣勢に傾きましょう。

 

日本のアニメ業界は、「アニメと言えば日本」というくらいに大成功を収めたのは、誰も動かしようがない事実、成功事例でしょう。だからこそ、とてつもない負け戦が、これから先に待ち受けているように思えてなりません。

 

日本のアニメーターや美術スタッフ、色彩や撮影スタッフの技量を、まるで所与の日本の財産であるかのように錯覚して、かつての成功例に酔いしれてドカスカジャンジャン、アニメを濫作乱造する状況は、後の大カトストロフィを暗示しているように思いませんか?

 

現在の現場がハマっている泥縄式地獄で、その泥縄を掴んで解いて編み直して、新たな未来の命綱にできると思うのですが、当人らが泥縄を腫れ物のように扱うレベル止まりではどうにもならないですよネ。

 

 

 

私の在籍する小さな技術集団は、まさに技術立国的な立場ですが、ゆえに、技術を打ち出して切り拓いていく意識と同等に、技術だけでは立ち行かなくなる状況も絶えず意識しています。

 

では人海戦術を正義とした意識に転向すべきか? ‥‥まあ、日本じゃソレは無理ですよネ。

 

アメリカや中国、インドのようにはいかんです。国土も人口も少なく、資源も乏しい。

 

だったら、泥縄も資源として活用したいと、少なくとも私は思います。新しい現場での様々な困難と泥縄式対応も、糧として蓄えて、形を変えてエネルギーとしたいです。

 

技術で身を立てるということは、技術を過信することに非ず。

 

泥縄も場合によってはやむなし。むしろ、回り道や泥縄によって得られるアイデアは豊富だと、心得るべし‥‥ですネ。

 

 

 


鉛筆と未来と

私は今でも大切に鉛筆を保管しています。特に真っ黒な線を描けるペンテルの「999」はデッドストックとして倉庫で眠っています。

 

なぜ鉛筆を保管しているかというと、また使う機会を考えているからです。思い出のためだけにとってあるのではないです。‥‥とは言え、その復活の機会は、おそらく私の晩年の頃になりましょう。

 

私は2013年まで鉛筆活用の可能性をしぶとく探っていました。しかし現在は、鉛筆から離れて、Apple Pencil 100%です。

 

なぜ、鉛筆から離れたのかと言うと、鉛筆の美点・長所を真に活かそうとすると、

 

  • まず、鉛筆をあえて使う以上は、ニュアンスを保つ諧調トレスが必要だが、現場の作業工程が消滅してしまった
  • 鉛筆の黒鉛の粒子と紙の繊維の大きさが4KターゲットだとA4用紙では相対的に小さ過ぎる
  • 解像度を上げると、スキャン時のゴミ取りなどの現実世界の要素が障害となる

 

‥‥などの様々な問題が浮き彫りになったからです。

 

特に用紙サイズの拡大は、運用上の痛烈なダメージを容易に想像できました。ただ、私の主眼は、次世代の映像技術でアニメを作り続けることだったので、Apple PencilとiPad Proの登場によって、鉛筆から道具を切り替えたのです。4Kにおいては、鉛筆そのものよりも、「かつては鉛筆が生み出していたような」ニュアンス豊かな描線が必要です。

 

一方、2Kの旧来の現場においては、業界全体が「諧調トレス」を捨てて「二値化トレス」を選択した時点で、「鉛筆である技術的な理由」は喪失していたと言えます。「PC&ペンタブの導入コストは高価」「デジタルデータのフローが未発達」という運用上の理由で、導入&維持コストの安い紙と鉛筆が重宝されてはいますが、今後どうなるかはわかりません。

 

 

 

鉛筆は、ニュアンス豊かな表現を可能とします。鉛筆画というジャンルがあるほどです。

 

しかし、2000年代後半に、鉛筆のニュアンスを活かす「諧調トレス」は急速に減少しました。そして、現在の一般的なアニメ制作現場ではほぼ全てが「二値化トレス」一色です。

 

標準的なアニメ制作現場の150〜200dpiでスキャンして二値化して中間トーンを切り捨てる方法は、例えるなら、美味しく作った料理を一旦冷凍してレンジで解凍するようなプロセスです。カチンコチンに冷凍するわけですから、流通上の都合は良いですが、味は結構落ちます。

 

鉛筆の熟練者なら、恐ろしいほどに繊細でシャープな線を描画できますが、二値化&スムージングのプロセスで鉛筆のニュアンスはダメージを受けます。

 

■拡大図(かなり拡大してます)

 

スッと抜ける滑らかな線も‥‥

 

 

二値化により‥‥

*かなり拡大しているので、二値化自体にアンチエイリアスが入っておりますが、実際はパッキリとした二値です。

 

 

たとえスムージングをかけても元に戻ることはありません。「抜き」の滑らかな先端は、もはや消えて無くなりました。

 

 

処理前後比較

 

 

二値化&スムージングがもたらした生産性よって、2000年代後半から現在まで、夥しい数のアニメを量産することが可能になりました。2000年代後半の爆発的なアニメ作品数の増大は、効率的な二値化&ペイントも大きな理由の1つでしょう。二値化の功績は計り知れないものがあります。

 

しかし、失った品質も表現も相応に大きかったのです。あっけらかんと割り切ったデザインの絵柄が増えたのも、もしかしたら、二値化で染まった描線の影響もあるかも知れません。描線のニュアンスが豊富じゃないと、様にならない絵も存在しますから、自然と二値化で様になる絵柄に傾いていった‥‥とも思えます。

 

 

もし可能なら、グレースケール(=諧調トレスのまま)で400dpiでスキャンした鉛筆画を、5KのiMacで「ドットバイドット」で見てください。描き手の勢いで描線が走っている原画のスキャンのほうが違いが解りやすいですが、とても綺麗な動画でも違いは見分けられます。「今までPCモニタやテレビで見てきたのは、随分と変わり果てた鉛筆線だったんだ」と愕然とするはずです。描き手の呼吸まで伝わるような詳細なニュアンスを実感すれば、「まだ鉛筆そのものは死んでない。生きている!」と嬉しくなるでしょう。

*ちなみに、27インチで2.5Kのモニタでドットバイドットでみても、鉛筆の凄さはわかりにくいです。27インチで5Kの「高詳細液晶パネル」で鉛筆画をみてこそ、繊細さと豪快さが同居する「真の鉛筆のチカラ」が解ります。

 

でも、現在のアニメ制作技法では、グレースケールで400dpiでスキャンした鉛筆画そのまま(=階調トレス)のニュアンスでフローするなんて、実質上無理ですよネ。そもそも諧調トレス工程の確保が難しいです。単価の問題も深刻でしょう。

 

 

 

とは言え‥‥。

 

鉛筆の死に悲しめど、描線の死に悲しまず。

 

描線のニュアンスを犠牲にして、猛烈な生産性を得ようとしていた時代に、鉛筆を使う人々は「自分らの管轄外の出来事」として、多くの人が「諧調トレス廃止、二値化トレス導入」の流れに対して関心や興味を示しませんでした。

 

諧調トレスの消滅が、鉛筆にとって何を意味するのか、具体的な技術的内容を理解できていなかったのかも知れません。しかし結果はどうであれ、鉛筆が鉛筆である大きな意義が失われるその時に、鉛筆をメインの道具として使う人々はあまりにも無関心過ぎたのは事実です。ペンタブでも代用がきく流れを、間接的とは言え許容したのです。

 

現在、鉛筆に期待される能力は、「二値化に最適なトレス線の入力装置」であって、鉛筆の表現力の幅など期待されてはいません。動画注意事項も、まさに二値化に合わせた内容に変化していますよネ。

 

 

現在、ペンタブが徐々に台頭し、鉛筆の存在が脅かされる不安を感じる人もいるでしょう。

 

その昔、トレスマシンにムラなく転写される(鉛筆のカーボンに反応する)鉛筆線が求められたように、現在は二値化&スムージングに最適な描線が求めらるのなら、鉛筆に限定する理由はなくペンタブでも可能です。不安は的中するかも知れません。

 

一方、現在はまだまだ鉛筆が主流でペンタブ作画など業界全体から見れば十数%程度だ‥‥という人もおりましょう。

 

しかし、現在の主流である「仕上げ以降がコンピュータプロセス」という技術運用スタイルだって、1996年当時は10%はおろか、数パーセントに過ぎませんでした。今が何パーセントだから云々‥‥なんていう論調は、何の未来予測にも繋がりません。世の中の色々なものが、昔は数パーセントの普及率だったことを思い出せば、現状のパーセントのままで未来を推し量ることはできません。

 

 

 

私は‥‥と言えば、現在Apple Pencil 100%です。しかし、二値化ではなく、諧調トレスです。2013年に諧調トレスにおける鉛筆の運用を断念しましたが、諧調トレスは全く諦めていないどころか、現在の私の主流ですらあります。4Kのキャンバスで威力を発揮する基礎技術として、諧調トレスは復活します。

 

例えば、Procreateは、描線の濃淡や細さ太さをダイナミックに表現できるだけでなく、テクスチャやムラが描写の動作に反応する様々な機能が盛り込まれています。ハード&ソフトの相乗効果によって、様々な描線の表現による作品が生み出されていくものと確信します。

 

 

もし、鉛筆が好きならば、「作画村」の中で祈り続けるのではなく、「作画村」を内包する「アニメ村」、さらに大きな「映像村」まで「作品における鉛筆の有用性」を強くアピールし、「たしかに鉛筆だと、作品が面白くなる」と皆に思わせる必要があるでしょう。「自分が好きだから」という理由だけでは、世界は動きません。

 

二値化トレスの入力装置に甘んじているだけでは、鉛筆は他に作業を奪われましょう。

 

鉛筆は作画のテリトリーだからと、近視眼的な作画限定の視野で捉えるのも、ジャッジミスを繰り返す原因となりましょう。

 

鉛筆が未来の映像技術で生き残るには、まさに「鉛筆だからこそできる」大きな何かが必要です。‥‥その「何か」は、鉛筆の強さを熟知する当人が見つけ出すほか、ないでしょう。

 

 

 


UHD雛形

AST〜アニメーション標準技術〜のUHD HDR仕様 After Effects プロジェクト雛形ファイルを昨日作成しました。今までは2K(HD)SDR時代の雛形をもとに4Kの雛形を作っていたので、色々と古い部分を残していましたが、新たにゼロから作り直しました。

 

下図は、そのスクリーンショットです。ゆえに寸法はUHDではなく、スクリーンショットの範囲選択の寸法です。

 

 

 

ハリウッドの実写のスレートとはおもむきの異なる「Cut」単位のカットボールドですが、そのへんは今までのアニメ制作の流儀を踏襲しています。

 

画面の1/4を占めるスケールバーは、まさにPQ1000運用への慎重な(あるいは恐怖への?)対応の表れです。192あたりのピークを常に目視でも監視しておきたい、PQ1000nitsならではの仕様となっています。おそらく、ちまたの多くの環境では、普通に247まで諧調が見えると思いますが(=PQカーブではないので)、PQカーブで1000nitsクリッピングならば、191あたりが白に見えるはずです。

 

何らかのカラープロファイルの齟齬で色がズレている場合は、RGB別のピークもズレてみえます。‥‥このあたりに、数ヶ月格闘してましたから、ボールドにも当然の心情として、スケールバーを入れたのです。実写のスレートにマクベスチャートを入れておきたいキモチに似ています。

 

何秒何コマというカウントは廃止し、ゼロスタートのTCと、1秒を1で数える小数点の表記です。単体のクリップなので、時間(H)は0スタートです。スクリーンショットは30秒の雛形なので、00:00:30:00の表記となっています。ファイナルクリップ(いわゆる本撮)以外はTCが小さく画面脇に刻印されるようにもなっています。DaVinciには便利な「Data Burn-In」機能がありますが、オフライン素材であることの目視にも役立ちますので、ファイナルクリップ以外はTCの焼き込みをおこなっています。

 

「コマ」だけでなく、単位の廃止は他にもあって、現実の「実寸」が存在しないので「ミリ」「センチ」という単位は消滅しました。「ooミリ/コマ」という昔ながらの引き指示も消滅しております。

 

コンポジションの情報からエクスプレッションにて色々と取得して表記に反映させるのはいつもの通りです。「anime」というのは架空の作品名です。

 

このAfter Effectsプロジェクトは、作品共通の標準仕様であり、「AST.1806」として標準化番号を付与しました。作品ごとに雛形を修正するのって、時間の無駄だと思っていましたから、ようやくAEPの標準化も本格化できそうです。

 

 

HDRの取り組みで痛感するのは、「SDRで作った、にわかHDR」はやはり「後付け感のするHDR」になりやすい‥‥ということです。sRGBやRec.709で作り終えた絵をHDRにしても、効果は限定的です。「どこかHDRっぽくできる部分はないか」的な後追い発想といいますか、「ピークを探してつまみあげる」アクションになりやすいわけです。

 

機材的な難問はありますが、できることなら最初から、生粋のHDRでアニメも作るべきでしょう。レイヤー構造の時点からHDRの1000nitsを意識する必要があります。

 

コントロールは、まるで2ストのモトクロッサーのようにピーキーですが、扱いなれるとピークをコントロールした絵作りが可能になり、めっちゃくちゃ楽しいです。

 

まあ、2018年現在は、得体の知れぬ4K HDR PQ 1000nitsのアニメの話をここで書いても独り相撲感が満杯なので、時が来るのを待とうと思います。

 

 


レイアウトに思う

レイアウトにおけるカメラの役割。それは最終的には観客の視野へ被写要素を伝達することですが、観「客」だからと言って、かならず客観的なカメラである必要もありません。観客が主人公の視点に没入した時には、主人公の主観にもなりましょう。

 

また、根本的なことですが、アニメは実写ではないので、レイアウトの思考を必ずしも「カメラ」想定で考える必要も、実はないのです。

 

さらにはパースや遠近法に頑なに縛られる必要もないです。絵は現実から解放された「絵だけの世界」を具現化できるユニークな表現方法です。パースを超越して、児童の戯画のようであっても、一向に構わないわけです。

 

しかし、アニメーション作品を具現化する上で、映画の文法や現実世界の成り立ちを、上手に活用することで、「映画としてのアニメ」「テレビドラマとしてのアニメ」を格段に作りやすくなります。作品の作風でも、絵と現実の境界線をどのくらいに設定するかも変わってきましょう。

 

 

どの場合でも、自分がレイアウト技法やパース技法を習得できていない未熟さを、都合よく「絵の世界」を持ち出して誤魔化すのは、なんともみっともないことです。絵の世界の自由な表現は、決して稚拙さの隠れ蓑・技術の偽装ではないです。

 

つまり、レイアウトの技法のあれこれを使いこなせるようになった上で、故意に配置のバランスを崩すことも可能ですし、パース技法を習得した上で、故意にパースを無視した絵をコントローラブルに描くことも可能になります。

 

ピカソのゲルニカは、ピカソがあれしか描けないわけじゃないのは、誰もが知っていることですよネ。デルヴォーが遠近法やパースを知らないから、奇妙に崩れて不思議な一点透視を描くわけではないです。

 

いわゆる、現在の標準・スタンダードの禁則を犯すには、相応の技術の裏付けと足場が必要というわけです。

 

 

 

もちろん、ルソーのような「天然気質」のケースもありましょう。しかし、ルソーは徹頭徹尾あの感じ、あのスタイルで一貫しておりブレがないですし、彼でしか生み出せない強烈な絵の世界があるので、唯一無比の存在として異彩を放つのです。ルソーの絵に対して、デッサンがおかしいとか、パースが変だとか言う人のほうが、「絵を一意的にしか評価できず、絵の世界の広がりをわかっていない」のです。

 

では、アニメの制作現場において、ルソーのような絵をいきなり描いてOKか? まあ、ほぼ100%、NGですよネ。制作している作品が、ルソーのソレを求めていない限りは。

 

アニメの現場のあらゆる工程のスタッフは、作品表現に由来する作業内容のオーダーありきです。ゆえに、多くの場合、レイアウトの標準技法をマスターしている必要がありますし、パースや遠近法を習得した上でレイアウト作業にとりかかる必然性があります。

 

アニメーターって(‥‥に限らず、美術さんも色彩設計さんもコンポジターも)、ものすごくスキルの高いことを求められていますよネ。どんなポリシーの、どんなスタイルの、どんな空間も、描いてみせろ! 作ってみせろ!‥‥と言われているようなものですから。

 

 

 

じゃあ、その高い技術力を習得し、作品の世界に合わせて縦横無尽に絵を描ける能力を身につけて、得られる報酬はいかほど?

 

はい。現在の現場の破綻構造へようこそ。一律単価制度の世界へようこそ‥‥ですネ。

 

未熟な人、下手な人は、安い金で良いんですよ。技術力相応のお値段で。‥‥未熟な時分から「ギャラが安い」とか言うのは、今まで大切に扱われすぎて寝ぼけてんのか?‥‥ということです。未熟なりの相応で良いのです。

 

でも、上手い人まで安い金のままだから、今の現場には夢も希望もモチベーションもないのです。どんなに上手くなっても、貧乏のままか‥‥という深刻重大な閉塞感。そんな中で何が当人の支えかといえば、「下手なのは嫌だ。上手い絵を描いていたい」という意地、プライド、心情だけ。

 

そうしたスタッフ個々の心情に覆いかぶさって猛烈に依存したまま、今の現場はこの先10年20年30年と続けていくんでしょうかね。

 

「お前はプロの絵を描けてない」「じゃあ、プロの絵が描けるようになったら、どのくらいのお金が貰えるんですか」「それはその‥‥だな‥‥」なんて、情けなさすぎちゃって‥‥‥。とても線の多い動画を1枚描きました。時給200円換算になりました。‥‥という現場で、少なくとも私は「プロ云々」の話を説得力をもって話すことはできません。

 

しかし、変動単価制度、社員雇用ならば、状況は変わってきましょう。すべて解決できるとは思いませんが、相当マシになると思います。プロ云々の話にも、相応の説得力が生じます。

 

 

 

とまあ、どんなに技術論を書いても、昔から現在に続くアニメ制作現場では、お金の話で行き詰まってしまいます。なので、ここで書くことは、あくまで新しい現場での話です。報酬の話を棚上げして、プロ意識だけ語ろうとしても、どうにもなりません。プロ意識とプロ報酬はセットで考えるのが、新しい現場の鉄則です。それは清書1枚に至るまで。

 

レイアウトに限らず、プロとして絵を作り出す、絵を動かす、映像を作る‥‥なんて仕事は「プレッシャーの塊」です。プレッシャーを跳ね返すのは、まさに当人の技術力、そして相応の報酬、ですわな。

 

 

 

 

 



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