描く道具

Procreateは、「レイヤー数が少ない」と言われるClipStudioよりも格段に少ないレイヤー数が上限ですが、作業に困ったことはあまりないです。さすがに8Kの大判はレイヤー数が30くらいに制限されちゃって、3つのファイルに分割して大変でしたが、そもそも8Kのアニメーション素材(止めのイラストではない)は色々ハードルが高いですから、納得ずくで回避策を講じて切り抜けました。

 

どちらかというと、Procreateで悩ましいのは、ペンの設定が細かくて、今だに「コレだ!」という設定を見つけられずにいることです。もっと書き味が良くて、生産性の高いペンを作れるのではないか?‥‥と現状に満足できません。

 

Proceateは、なまじ「鉛筆」「ペン」とかのプリセットからカスタムするより、ペイント系のブラシからカスタムした方が、軽い筆圧でスラスラッと描けて良いのかな‥‥と最近感じております。

 

妙に筆圧に対して敏感だと、線が途切れがちになりますし、ものすごく細いインクペンのようなペンだと、ジャギっぽく描写されたりと、中々、さじ加減が難しいです。今まで色々とペン入力系のハード&ソフトは使ってきましたが、Procreateは設定の内容が繊細すぎるような印象です。

 

‥‥でもまあ、それでも良いです。大雑把すぎるよりは、繊細すぎるほうが、調整の自由度が高いので。

 

 

Procreateで気に入っているのは、何と言っても「指先消しゴム」です。ClipStudioでも実装されているようなので(ペンと指に別々のツールを割り当てる)、Procreateだけの機能ではないですが、絵を描く際の必須機能だと感じます。

 

いちいちペンをひっくり返したりツールを切り替えて消しゴムにするなんて、効率的にもはや「あり得ない」です。指先が消しゴムになる機能は、全てのドローソフトに導入して欲しい機能‥‥ですネ。

 

 

* * *

 

 

ほんとに正直に言えば、鉛筆の書き味が一番好きです。やっぱり、どんなにコンピュータ機材の処理速度が速くなろうと、リアルの筆致には敵いません。

 

ただ、筆致や書き味のために、紙に描かねばならず、デジタルデータ運用の大きな足枷になるのなら、もはや選択の余地はありません。2018年現在は、迷わず、iPad ProやApple Pencilなどの「デジタルデバイス」を選択します。

 

実は数年前、「インプットメソッドとしての紙と鉛筆」をデジタルデータ運用で模索したこともありました。しかし、鉛筆の粒子の限界が、「4K時代のアニメ」をターゲットにしていた我ら開発チームにはあまりにも不適合でした。

*その経緯は、以前にこのブログでも書いた記憶があります。どの記事かは全く覚えてないんですけど‥‥。

 

有り体に言えば、紙が小さすぎます。

 

A4用紙の中に収まる100フレーム(カメラの撮影フレームをアニメ業界では100Fと呼び表します)なんて‥‥‥‥、どんなにスキャンのdpi数値を上げようが、仕上げさんに無意味な「ごみ取り」の負担を増やすだけです。そもそも紙が小さすぎるので、鉛筆の線の太さとの兼ね合いで品質が頭打ちになるのです。

 

ゆえに、現在の紙の現場のスキャン解像度150〜200dpiって、ベストチョイスなんですよネ。その数値に収まっているのは、理由があるのです。

 

ちなみに、私は当時(iPad Proが登場する2015年秋以前)、4K解像度をフルに活かせる品質を「紙と鉛筆」で実現するために、最低でもA3、時にはB3やA2まで用紙を拡大して描いていました。「分割作画」で「分割スキャン」していたのです。‥‥まあ、大変でしたヨ。単純に、手間がかかりますもん。

 

どう考えても、1話数千枚の旧来技術では運用など無理なのは判っていましたが、開発の主力は新しい技術ベースに移行していたので、分割作画はまだ「なんとかなるかもしれない」状況でした。

 

 

 

しかし、2015年秋に、Apple PencilとiPad Proが登場。

 

前年に登場していたiMac 5Kと合わせて、新しい作画技術の幕開けが実現し、現在に至る‥‥ですネ。

 

 

 

愛着は「思い出」にとっておけば良いです。

 

昔話は、酒の席での「肴」でじゅうぶんです。

 

 

 

実際の仕事の現場では、頭はスッパリと切り替えるべきでしょう。

 

未来の映像技術の中で、どのように高品質なアニメーション映像を具現化するか。

 

その目標に対して、合理的な手段を模索すれば良いのです。

 

 

 

もし、鉛筆の書き味が大好きで、どうしてもその書き味から離れたくないのなら、「鉛筆の書き味」が「高い商品価値」として活きる作品制作を獲得すべきでしょう。

 

レタスの二値化のための「入力装置」に甘んじている時点で、鉛筆ならではの特性は、映像品質に何ら貢献していません。

 

鉛筆の作業を本当に残したいのなら、もっとプラグマティックに鉛筆の未来を模索し、生き残りを賭けるべきだと思います。

 

 


豆本

前回のブログでふと思い出しましたが、「豆本」って今でも新刊がどんどん刊行されているのかな?

 

アマゾンで調べたら、今でも健在でほっとしました。

 

正式名は「ポケットリファレンス」シリーズです。

 

 

 

オライリーだけでなく、このシリーズにもずいぶんとお世話になりました。それはもう、前世紀から。

 

まるで学生時代の漢和辞典や英和辞典のように。

 

 

今でも正規表現やPHPなどのポケリファ(勝手に縮めてスミマセン)は座右に置いています。専門書にしては小ぶりなので、机に常備するのにちょうど良いのです。

 

新しい取り組みに向けて、何冊か新しい版に入れ替えようかな‥‥。

 

 


いきもの本

私が1996年に本格的にコンピュータを「映像制作業務」で使い始めて、翌97年にはプログラムの独習を開始しました。

 

コンピュータを自分のメインの道具として使うのなら、ごく普通に考えて、コンピュータを自在に操れるプログラミングの能力は必須だと考えたのです。

 

メインのソフトウェアはPhotoshopやAfter Effectsなどの大手の製品を使うにしても、日頃の雑事まで「ソフトがないとできない」なんて、いかにも限界が低すぎてアカンと思ったのです。

 

それは今でも何ら変わりません。

 

現在は、iPhoneなどのアプリが手軽に入手できて、見かけ上は便利になったように見えます。

 

でも、自分の今現在のリアルな作業をアシストしてくれるプログラムは、誰も作ってくれません。自分自身だけの「今そこにある危機」を助けてくれるソフトウェアは自分にしか作れません。

 

誰かが助けれくれるのだけを待つ人生って、わびしいし、みじめです。

 

皮肉な話‥‥ですが、iPhoneなどの手軽なガジェットが普及した影響で、かえって、「できる人」と「できない人」の能力格差・貧富の差が、ものすごく開いている時代だと思います。これは言い換えれば、「自分で作れる人(や作業集団)」と「自分では作れない人(や作業集団)」の差‥‥とも言えるでしょう。

 

アニメ制作はどうやったってコンピュータのお世話になるしかないのです。‥‥だったら、誰かが作ってくれるであろうアプリに高依存するのではなく、コンピュータをとことん使いこなした方が良い‥‥のは判りきっていますよネ。

 

 

私がプログラム関連の独習を開始したのは、20代の終わり頃で、決して早いスタートとは言えませんでしたが、それでも、20代にスタートできて良かった‥‥と思ってます。

 

独習を始めた90年代後半の頃、街の大きな本屋さんには「いきもの」のモノクロイラストが表紙の「オライリー」社の書籍が並んでいました。

 

以下は、現在のラインアップの一部です。「ディープラーニング」とか、時代を感じますネ。

 

 

*あ‥‥「いきもの」とか書いたそばから、一番最初がロボット。‥‥まあ、ロボットも「未来のいきもの」ということで。

 

 

知っている人はおなじみ‥‥ですが、当時初心者だった私には、そうとう敷居が高く、「はやく、オライリーの本がすんなり読み進められるくらいに、レベルアップしたいものだ」と思ったものです。

 

ネット通販本なんてなかった昔、こうしたオライリーの本がズラリと並んだコーナーがある本屋さんには信頼を寄せていて、飯食いがてらによく立ち寄ったものです。今はあるかどうか知りませんが、国分寺のマルイの本屋さんにはそこそこ置いてあって、ついあれこれと買ってしまって、書籍代がハンパなかったです。専門書は高価だからね〜‥‥。

 

オライリーに限らず、コンピュータをもっと使いこなすために、プログラム独習の参考書として、専門書籍を購入するのは必須です。

 

やっぱり、読まなければ、わからないもん。超能力者じゃないんだし。

 

コンピュータでPhotoshopやAfter Effectsやクリスタをいじってるだけじゃ、コンピュータの知識ってそれ以上には蓄積されないもんネ。

 

 

 

‥‥で、私は最近、めっきりとプログラムから遠のいており、昨日久々にスクリプトを書いた程度で、いまどきのmacOSってUNIX的にはどんな中身になっているのか、あまりチェックしていません。

 

なので、オライリーのMac/UNIX関連の書籍を調べていて、今回のブログとなった次第です。

 

*2013年刊。動物に詳しくないのでわかりませんが、おそらく「マウンテンライオン」でしょうか。‥‥そろそろ、新しい次の版が欲しいですネ。

*しかしなんだな‥‥。オライリーの専門書籍シリーズは、表紙に独自の風格があって、イメージを貼り付けるだけで、シュっとしますネ。

 

 

これから2020年代を迎えるにあたって、今までのようにのんびりと手作業でファイルやフォルダを処理したり集計したりするのは、非現実的です。コンピュータを日常の業務に積極的に活用できる取り組みと、それらを支えるライブラリが必要です。

 

私らが推し進める新しいアニメーション技術は、日常雑事レベルでのコンピュータ活用なしでは成立しません。これはすなわち、新しい世代の技術=若い人間たちのコンピュータ活用能力レベルが問われる‥‥ということでもあります。

 

そして同時に、年長者の振る舞いも‥‥です。年長者が「デジタル音痴」を自嘲して開き直って何もしないのでは、現場も育っていきません。苦手なら苦手なりに、せめて、若い人間の背中をどんどん押して支える気概がないとネ。

 

昔の老朽化した土台に、どれだけ新しい建築物が築けましょうか。

 

未来建築は、土台から作り直してこそ、安定してそびえ立つ‥‥のでしょう。

 

 

 

 


PSDレイヤー名

前から感じてたことなんですが、iPad Proなりペンタブなりで従来方式で作画した後に、印刷用のデータを整形する段取りに時間がかかりすぎて、妙に作業完了時刻の見込みが狂うことがあります。

 

その昔、ラッシュチェックが終わってOKになたよー!‥‥の後に、テープ落としがあったように。‥‥そのテープ落としが、1フレでもズレたらやり直しでさあ‥‥。プレミアがたまにズレやがってさぁ‥‥。そもそもなぜテープレス運用にしなかったのか‥‥とかさあ。

(その頃、私らのチーム内部だけでラボ入れが完結する作品はテープは使ってませんでした。だってデッキが高かったですし、わざわざ画質を落とす行為だったから。広大な大陸の北米においては、既にデータ運用が確立していて、テープを輸送して運用‥‥などありえませんでしたしネ。日本は国土が狭いから、インフラや運用技術がガラパゴス化しやすいのかな??)

 

従来の現場は今でも紙ベースなので、印刷データが必要だとしても、その印刷データを用意する手間は、スクリプトで自動処理できそうに感じてます。まあ、PSDデータを作る側が整然とレイヤーをまとめておけば‥‥ですけどネ。

 

Photoshopはご存知のように、かなりの動作をスクリプトで制御できます。レイヤーを総当たりで処理するなど、大したハードルでありません。スクリプトが直に手出しできない部分も、アクションを作って処理できるようにしておけば、スクリプトからアクションを呼び出して実行することで、ほぼ無敵状態になります。

 

 

 

要は、Photoshopのレイヤーを作り出す人間側が、ちゃんとルールを決めて、Photoshopにおける作業の標準化をおこなえば、ザクザクとコンピュータは「人間の命令=プログラム」通りに自動処理をこなします。24時間いつでも。

 

これは逆に言えば、レイヤー構成を整然と最小限まで纏めていないPSDファイルは、プログラムで自動処理するのは非常に難しい‥‥ということです。PSDファイルを開いてみたら、作った本人しか理解できないほど、レイヤーの名前も構成も場当たりで散らかっているのでは、コンピュータ(=のプログラムを作る他者)では手のつけようがないからです。

*まあ、実際はどんなにレイヤー構造が散らかっていても、レイヤーフォルダでWrapして=ぶっこんで、レイヤーフォルダの名前だけキチンと命名すれば処理はできるでしょうけど‥‥。

 

 

いつもvisible(=表示されている)にしておくレイヤー、順番にvisibleにして書き出すレイヤー、1枚の絵を複数のレイヤーで構成するレイヤーフォルダ、シーケンスをひとまとめにしておく管理上の都合のレイヤーフォルダ、印刷には必要のないvisibleがfalseのレイヤー‥‥などの規定を決めれば、自動処理はスタンバイです。

 

ではその規定とはなんぞや‥‥というと、まあ、ぶっちゃけ、レイヤー名ですね。自動処理にレイヤーの状況を判断させるには、レイヤーの構成状況というよりは、シンプルにレイヤー名で判断させた方がてっとり早いです。これは、何も自動処理だけでなく、他者がレイヤーを見た時にも理解が容易になります。

 

「レイヤー11」「レイヤー11 のコピー」「レイヤー11 のコピー 2」なんていうレイヤー名のままじゃさあ‥‥自動処理なんて実質不可能だもんネ。そのレイヤーをどういう名前で書き出せば良いか、本人しか判らん‥‥のでは。

 

レイヤーの名前、もしくはレイヤーフォルダの名前を「A3」としておけば、PSDファイルのファイル名と連結して、例えば、

 

title_episode_cutnumber_A3.tif

 

‥‥のような出力を自動でおこなうのは簡単です。IBMバイト並び順のLZW圧縮で‥‥などの仕様も細かくスクリプトで制御できます。TIFFが嫌なら、レイヤー無しのPSDとか、JPEGの最大クオリティとか、解像度情報を持てるファイル形式なら、何でも。

 

*AppleScriptじゃなくても、ESTKでも大丈夫です。Mac/Win両対応。

 

 

もしテイクやバージョンをPSDファイルのファイル名から反映させたければ、PSDファイルの名前を例えば、

 

title_episode_cutnumber_***_t1.psd

 

‥‥のようにしておいて、「 *** 」の文字をセル番号に置換して出力するようにスクリプトを書けば、

 

title_episode_cutnumber_A3_t1.tif

 

‥‥のように出力することも普通に可能です。

 

 

余談‥‥ですが、こういうことができるか否かって、現場全体の「データファイルの名称の運用」に関わる話題でもあります。どういう時に、どういう名前をデータに命名するか‥‥をちゃんと考え抜いて予め規定しておかないと、上述のファイル書き出し処理自体が「名前が決められず」に頓挫します。実は「ファイル命名規則」1つで、現場のスキルが問われます。例えば、デリミタ(文字列に含まれる要素を分割する文字)がファイル命名規則に含まれているか否かで、どれだけプログラム処理を現場運用に導入しているかが透けて見えてきますしネ。

 

まあ、そこまで話を広げるのは今回はやめておいて、PSDファイルの内部のレイヤー名で考えるだけに収めますが、つまりは、

 

レイヤー名におけるマクロ文字列を規定する

 

‥‥ということですネ。まあ、あくまで「プチ」レベルではありますが、レイヤーやレイヤーフォルダの名前に含まれる文字列を読み取って、プログラムが動作するわけですから、マクロと呼んで差し支えはないでしょう。

 

ただし、マクロ‥‥なんていうことを妄想しだすと、とかく「だったら色々なことができる高機能なものを」と欲が出がちです。でも、それをやると「元の木阿弥」になることも多いです。機能を盛り込むにしても今後の段階を踏まえることにして、今はまずは動作することを第一目標にすべきだな‥‥と思います。

 

プラモデルのキットは買うものの、工作の妄想だけ広がって、実際はなに一つ完成しない「積んどくモデラー」を制作現場で再演してもしょうがないですし。

 

例えば、非表示レイヤーの名前の先頭には「//」をつけておくとか、レイヤー名にコメントを付けたい場合も「//」で区切ってその後に記述するとか。‥‥そういうシンプルな規定から始めるだけでも、今回のミッションは完了できそうです。

 

‥‥と、ブログで書きながら、考えを整理する私‥‥ですが、何か、すぐにやれそうです。

 

「//」って便利ですよネ。「//」の後の文字列をパラメータや識別子としても活用できますしネ。‥‥まあ、あまりかっこよくはないけど。‥‥それにいざとなれば、全て「コメントアウト」にしちゃって、次バージョンで反故もできるし。‥‥ちなみに、「#」はアニメ業界の習慣で「話」を表す略字なので反射的に避けちゃいますけどネ。

 

 

 

PSDレイヤー名の規定も、ある程度まとまって実用性・実効性が確認できたら、AST=アニメ標準技術に加えよう、そうしよう。

 

いっときだけの「打ち上げ花火」で終わるのは、これから先の未来は時間の浪費でしかない‥‥ですからネ。

 

 

 


待ち時間にできること

モニタのカタログを見ていると、今は「悩ましい時期」であることが、ひしひしと伝わってきます。今後の映像制作で買うに値するモニタを探そうとしても、中々見つかりません。ラインアップが空白の時期‥‥と言えます。

 

例えば、FlexScanは4Kモデルがありますが、みな8bit。見かけは4K対応でも、逆にいえば、ただそれだけ。EIZO製で買うに値するモニタはいきなり60万円のモデルまでズドンと価格が上がってしまい、今後数年間の使用に耐える手頃価格のモニタは皆無です。

 

こういう時期ってあるよなあ‥‥と、しみじみ思う昨今。

 

どんなに足掻いても、カップラーメンにお湯を注いですぐには食べられませんもんネ。「待つ時間」はどうしても必要。

 

 

未来のアニメーション映像制作の「機材の食べごろ」はもうちょっとだけ先‥‥なのかも知れません。

 

しかし、「食べごろ」まで何もしないで待つのは、「美味しく食べる方法をしらない」人です。

 

待ち時間にテーブルを片付けて拭いたり、コショーを用意したり、ネギを刻んだり、時にはニンニクをすり下ろしたり、香味油を用意したり、半熟卵をレンジでチンしたり(専用の器具でね)、いくらでも「待ち時間にやること」はあるがな。

 

 

幸い、私らのところには2台の10bit HDR 4K(4096)のモニタがあり、Mac Pro 2013もなんとか60Hzで駆動できるビデオ性能を持っています。それで「下ごしらえ」「前準備」をどんどん進めて、世の中の機材が「食べごろ」になった際は、どんどんレシピを駆使して調理して喰らう所存です。

 

食材や調理器具が発売されて、初めて使い方やレシピを考案するのはさ‥‥。明らかに後手後手に回ってますし、同じ条件からスタートする競合もひしめいていますもんネ。

 

今、準備しとけば、後で美味しく頂けるんヨ。

 

 

 

 


廉価機材選び

映像制作に適切な機材は不可欠ですが、まさか、フリーランス作業者の個人レベルで300万円のマスモニを買う人はいません。対費用効果の面で不適切ですし、メンテはどうすんの?‥‥という話です。

 

制作会社の総本山がショボい機材なのは、「ホントにこの会社、大丈夫なのか」と不安と恐怖が押し寄せますが、一方で、個人が無意味に高い機材を揃えても「成金」にしか見えません。個人や小グループは、賢く、手堅く、廉価な「使える性能」の製品を探し出して、機材設備を整えるべきでしょう。

 

そういった意味で、最近出たiMac Proは個人用途ではNG。せめてメモリ(現時点で32GBモジュールx4=128GBは恐ろしく高価)をユーザが交換できるようにしてればね‥‥。iMac Proは1セット120万円近くかけても3年で「元が取れる」ようなビジネスを個人で見通せなければ、買い倒れしちゃうような気がします。120万円で3年‥‥ということは、iMac Proを導入したことで毎月3万4千の増収を見込めなければマイナスということです。

 

iMacではなく、iPadのProのほうはどうか。

 

私はiPad Proの初代モデルを2年のアップルローンで完済しましたが、大体1ヶ月6千円くらいの負荷だったでしょうかネ。十分、ひと月6千円分の効果は発揮しました。‥‥というか、ちょうどiPad Proで効率的な作業が可能な作品を立て続けにこなしたので、数ヶ月でペイできた実感があります。紙と鉛筆だったら作業受注自体が不可能でしたからネ。

 

一方、同じく私の購入した「ほにゃららPro」の機材の中で、MacBook Proもありましたが、これは損失のほうが大きかったかな‥‥と感じてます。使いこなせなかった感が大きいです。プロデューサーさんや外回りの多いクリエーターさんは、傷だらけに使い込んだMacBook Proをお持ちで、如何にも活躍してるなー‥‥という感じなんですが、私は机にへばりついて仕事をするがゆえに、MacBook Proの15インチは勿体無い事をした‥‥と感じております。

 

「机にへばりつき」系の作業スタイルで、有効に活躍する機材は‥‥

 

  • 据え置きのPC/Mac
  • 高速な外付け記憶装置
  • 10万円台の液タブ・タブレットPC(ペン併用)
  • 2.5〜4Kモニタ(マルチモニタ)

 

‥‥となりますが、それら機材を、どのように「そこそこな価格」で高性能な製品を見つけ出して設置するかがキモになります。

 

iMac 5Kは、サブモニタを併設する事で、かなり良い選択だと実感します。iPad Proも対費用効果は抜群でしょう。高速な外付け記憶装置は、近い未来に実測で10Gbps(理論値じゃなくて)が必須の時代になりますから、「機材購入の人身御供」が必要になりましょう。

*ちなみに、「ディスプレイP3」の現行iMac 5Kはわかりませんが(所有してないので)、以前のiMacのモニタは色に少々癖があって、それ一本では運用が難しいことがありました。例えば2013年のiMac 2.5Kは肌色が鮮やかに見えて、使いにくかったんですよネ。綺麗に見せるための色と、仕事でジャッジするための色は、全く別物‥‥ですからネ。

 

特に難しいのはモニタです。モニタはスペックだけでは判断しにくいところがあり、実物を使って見て、できれば色校正をしてみて各帯域の特性を測ってみなければ、良し悪しがジャッジできません。

 

モニタは、本当に難しい。

 

値段だけでおおよそ判断できるのは、24〜32インチで20万〜60万円以上のクラスからになります。もちろんメーカーは老舗の大手です。

 

そこを8〜12万円の製品で価格を抑えるのは、相当、製品を厳選しないと難しい‥‥ですが、先述した通り、実際に使って測ってみないとわかりません。

 

未来を考えるのなら、10bit(10億色)は欲しいところですが、8bit(1670万色)で良ければ「ビジネスモデルなのに」色が良い2.5Kのモニタは存在しました。‥‥ここでいう「色が良い」とは「帯域ごとの性質がフラットで素直で、転びがほぼ皆無」なことを指します。

 

ビジネスモデルとはいえ、五反田や目黒やカナダと不思議なほどルックが同じで、高価なHDRモニタのRec.709やsRGBと見比べても印象がほぼ同じ‥‥という「掘り出し物」でした。残念ながら、今は型落ちして手に入りにくいようです。

 

ただ、そうした掘り出し物も、優秀なシステムスタッフが日頃から調整してくれればこそ‥‥なのは、声を大にして明記しておきます。

 

 

なんでもかんでも金を出せばうまくいくわけではないです。日本の作業事情から鑑みるに、どんな部署にも300万のマスモニなんて無理にもほどがあります。

 

たとえ安価でも、どの点でOKならば、プロ用機材足り得るか‥‥をわきまえれば、十分、日々の作業に使うことができます。安ければ安いなりの製品もあれば、安くても侮れない製品もあるわけです。

 

個人や小グループは、廉価機材を賢くチョイスして、「質実剛健」な運用を実践してこそ。‥‥ですネ。

 

 

 

 

 


意識作り

システムや機材の運用の話題を書くと、ある人にとっては、そのやり方はダメ、このやり方もダメ、アレもダメ、コレもダメ、ダメダメダメ‥‥と、ダメ尽くしで辟易することもありましょう。当人のおかれた環境によって、ダメだしされているようにも、答え合わせしているようにも、肯定されているようにも、いかようにも感じることでしょう。

 

私もその昔、アニメーター100%の生活だった頃に、コンピュータを用いた映像制作に飛び込んで、自分の意識が如何に「紙と鉛筆」止まりであったか‥‥を思い知らされました。「その考え方のままではダメだ」と。

 

アニメーターとしての仕事だけが自分の全てだった頃は、あまり問題にならなかったことが、コンピュータを用いた映像技術の当事者になって、知識不足と経験不足、そして何よりも「映像の最終形態」に対する意識不足を痛感したのです。

 

デジタルデータの様々な基礎知識、ビットマップ画像の特性、ラスター画像、RGBやYUVや色深度、インターレースとプログレッシブ、走査線、フレームとフィールド、ビットとバイト、バイナリデータの成り立ち、プログラミング、ショートやロングやフロートなどのデータ型、テキストエンコーディング、ネットワーク、サーバとクライアント、ディレクトリサービス、etc、etc‥‥‥‥‥。私が1996年から2003年の8年間に覚えた事柄は、自分自身でも信じられないほど多岐に渡りましたが、それはすなわち「それを覚えないと仕事にならなかった」からです。まあ、要するに「必死」だったわけですが、その「必死」を支えたのは、「これから自分の未来は、これで切り拓く」というのっぴきならない事情があり、若さゆえの頑張りも可能だった‥‥ということです。

 

これは何も、「知識自慢」「スペック馬鹿」になるのが目標ではないのです。

 

知識やスペックは、実用してこそ威力を発揮します。

 

デジタル映像技術の広範な知識を有していないと、例えば映像の中の細かいニュアンスを表現する際に、「知識不足が立ちはだかって、何をどうしたら良いか、お手上げになってしまう」からです。‥‥そんなの、悔しいじゃないですか。

 

全ては、自分たちの思い描く映像を具現化するために必要だからこそ、‥‥です。

 

 

高い機材を買えばソレで十分‥‥というわけではないです。

 

知識さえあれば、安い機材だけでもOK‥‥というわけでもないです。

 

 

廉価な機材と高価な機材を適材適所に配置し、各セクションの各チーフは映像技術の基礎知識を有した上で専門分野に特化し、しかるべき運用技術で映像制作を進める。

 

まあ、それが今は理想であることは承知の上ですが、やがて実現すべき命題でもあります。

 

 

現在の制作現場では、紙と鉛筆は現役です。

 

一方で、フィルム撮影台は消滅しました。

 

紙と鉛筆が今後消え去るかは、正直、自分には予測できませんが、商用の映像作品の現状を鑑みれば、全て「デジタル」に染まりきった現実があります。

 

アニメーション制作の全てのスタッフにとって、最終形態の完成映像は「デジタルデータによる映像」です。

 

であるなら、「デジタル」を見ないふりして誤魔化し続けるより、「デジタル」を理解して活用して味方につけたほうが、よほど、自分の思い描いた結果物を獲得できるでしょう。

 

それは日々の映像のイメージ作りにおいても、機材の選定についても、品質チェックの場面においても。

 

 

 

で、こういうことを書くと、「コンピュータの知識を網羅すれば、映像作品が作れるんだ」と逆の勘違いをしそうにもなります。

 

あるいは、例えばアニメーター出身者は、「アニメーターの経験と知識は、ごく限定的なエリアでしかなかった」と、自己嫌悪に陥ることすらあるかも知れません。

 

アニメ制作者の最終目的は、アニメ映像作品を完成させることです。

 

コンピュータの知識だけで映像作品は完成しません。一方で、アニメーターや演出などの専門知識と経験は決して無駄にはなりません。

 

コンピュータの知識を豊富に有する人は、さらに映像の知識、絵画の知識を取り込めば良いですし、絵や動きの知識を豊富に有する人は、デジタル映像技術の知識でさらに武装すれば良いのです。

 

我々はアニメーション映像を作っている‥‥と思えば、自ずと指針が浮かび上がりましょう。

 

 

 


20年前と今と

20年前、1990年代後半の話ですが、映像チェック(通称「ラッシュチェック」)の際に「色が違う」「エッジ感が違う」「ルックが違う」みたいなトラブルが蔓延したことがありました。

 

「何を信用したら良いか判らない」

 

‥‥ということでした。

 

でも、それは20年前にコンピュータを導入した頃の騒動で、その時点から5〜6年(2003年頃)で収束をみた事であり、2018年現在にまだそうした事でトラブる現場が存在するとすれば、ぶっちゃけ「20年、対応が遅れている」と言わざる得ません。

 

アニメ業界では、そうした「地域格差」が往々にして存在し、その格差を解消しようとしても、「人の問題」と「機材の問題」、すなわち「金の問題」が立ちはだかり、問題解決が困難なことが多いです。

 

人の問題とは、まずスタッフそれぞれの「知識向上のための学習」です。これには相応に金がかかります。

 

人におけるさらなる問題は、「システムスタッフ」を常設するコストの問題です。これは永続的に人件費を要します。どんなに高価な機材を買っても、その機材が正常に機能するように、システム管理&メンテナンスのスタッフが不可欠です。

 

そして、機材。

 

テレビだけで映像をチェックしている事例はそれなりに聞こえてきますが、テレビはチェック基準にはなりません。テレビでみるのは、「ご家庭のテレビだと、どんなふうになっちゃうのか」を「みせしめ」的に見る用途であって、民生テレビは決して「マスモニ」にはなり得ません。どんな高いテレビでも…です。ましてや、20万程度の大画面テレビなど、プロのチェック用途に耐え得るはずもないです。

 

しかし、そうした曖昧で打算的なチェック環境で映像を見ながら、「ここはおかしい」「ここをもっと」みたいにチェックを繰り返しても、何とも残念な結果=「基準を満たさない環境で、基準を得ようとする」行為に終始します。

 

できれば200〜300万円、どんなに安くても60万円前後の「マスモニ」性能のモニタを常設し、テレビ作品の場合は民生テレビにも同時に出力する環境が求められます。そして、先述の通り、その60〜300万円のモニタを日常的にメンテできる優れたスタッフは必須です。高価な色彩計も必要でしょうし、色校正の技量も必要です。

*60万円前後のモニタは、あくまで基本性能の高いモニタであって、それを「マスモニ」として代用する‥‥という運用意識です。

 

ここをすご〜〜〜く甘く見ている会社はそれなりに(結構?)多く、これが映像制作会社のチェックルームか?‥‥と思うような設備の会社は、今でもそれなり多いと思われます。

 

しかし、その信頼できないチェック環境で、一生懸命、各セクションのチーフや作品の監督は、細部までこだわってチェックしようとします。

 

愚の骨頂としか言いようがありませんが、私も20年前にぶつかった問題ですので、「誰もが一度は通る道」なのかも知れませんネ。

 

 

 

日々繰り返される、チェックルームでの言葉の応酬。

 

その言葉の根底に、必要十分な映像技術の基礎知識はあるでしょうか。

 

また、正常なチェックを支えるための基準を、チェックルームの機材は提供してくれているでしょうか。

 

 

チェックに必要な基準や基礎を持ち得ないのなら、チェックの際に発せられる言葉は、単なる「曖昧な印象」「その場の雰囲気」「感情」「錯覚」「うろ覚え」に絶えず翻弄された「信頼できない言葉」です。

 

信頼できない言葉を、責任者たちが感情のままに吐き続けて、果たして、現場の正常な運用は可能?

 

不可能です。

 

信頼できるチェックは、信頼できるチェック環境でこそ可能。

 

私らが20年前にブチあたり、数年間の試行錯誤の末に体得したのは、まさに「チェックするには、チェックするに相応の機材と人が必要」ということ‥‥なのです。

 

 

 

追記:

もしアニメ制作会社で4K制作をおこなうようになると、チェックルームにはBVM-X300とかプロミネンスとかを入れるようになるんだろうか。チェック環境はまさに「映像制作の最後の砦」「虎の子機材」ですネ。

 

 


作画、ケーブルまみれ

その昔、iMacが初めて市場に姿を表した時、SCSIやシリアルやADBなど、様々な接続インターフェイスを廃止し、USB1つに絞ったのはパソコンユーザの間で大きな話題となりました。ディスク装置は読み込みオンリーのCDドライブで、データを外部に出力するためのフロッピードライブすら廃止し、「データなんかネットワーク経由でやりゃあいいじゃん」的なスタンスも併せて話題になりました。

 

 

その当時、ケーブルまみれになっていた過去のMacやPCを嘲笑うかのようなiMacのスタイルは、賛否両論を呼んだものですが、2018年の今となってみれば、ケーブルに限らず様々な要素が時代を先取りしていたことが判ります。

 

しかし。

 

コンピュータをケーブルから解放する‥‥というのは、未だ、道半ば。

 

たしかに過去に比べれば、接続形態はシンプルになってはいます。電源供給とデータ送受を併せ持つLightningケーブルやMicro/MiniUSBは電源ケーブルを排除しましたし、多くのガジェットが今ではWiFiやBluetooth経由でネットワークに接続します。

 

ただし、やっぱり、機材につき1本でもケーブル接続が必要となれば、機材の数が増えればこのありさま。

 

 

 

私の作画机のサイド部分です。USBの給電口を数えてみると、22個。

 

最近増設した8個口のUSB充電器のおかげで、他の充電器からケーブルを分散できましたが、以前はどの充電口にも目一杯接続されていました。

 

なりゆき増設なので、どんどんケーブルが絡まっていますが、春になったらどこかで整理しようと思ってます。8個口充電器のせっかくの給電表示も、こんな置き方では見えにくいですしネ。

 

*最近、USB給電口のアンペア数を表示する充電器が増えてますネ。「どのくらい腹が減ってるか」がわかるんで、結構便利です。

 

 

机の上は、それなりにスッキリしているんですが、2枚のiPad Proを交換するたびにケーブルが交錯するので、何か「絡まるのを防止する良い方法」がないか思案中です。

 

どんなに細くてしなやかなケーブルでも、やっぱり十数本あれば雑然としがちです。

 

でもまあ、以前のDVIケーブルとか電源ケーブルに比べれば、贅沢な悩み。Wacomの昔の液タブはそりゃあもう、ぶっといケーブルが2本+USBケーブルで、設置に自由度なんて望めなかったですもんネ。

 

LightningケーブルやMini USBの取り回しは格段に軽快なので、「作画机のケーブル整理術」を模索する日々です。

 

 

 


内製化の道

業界の状況を見聞きし、コンピュータを導入しても一向に効率化へと向かわない実情を鑑みるに、旧来のアニメ業界の「アウトソーシング」〜外注による作業運用スタイルを保持したままで新たな技術ムーブメントを実現するのは、やはり現実的には不可能だと思う今日この頃です。

 

何よりも、機材のスペックが統一できないので、会社間・作業グループ間で大きな処理能力の差異が生じます。実際、業界の状況って、「下合わせ」ですよネ。CS6問題に代表されるように、一番古い機材を使っているところに合わせる事例をいくつも見てきました。

 

冷静に考えりゃ、会社間・作業グループ間・フリーランス作業者間で機材統一なんてできるはずないじゃん。‥‥ちょっと考えれば、お金周りだけですぐにわかりますよネ。もし仮に、苦労の果てに機材統一が果たせたとして、その内容は現在時刻の世界規模の技術進化とあまりにもズレたガラパゴス状態に陥っているでしょう。

 

 

かと言って、ソフトウェアのバージョンやプラットフォーム(OS)に左右されない、汎用的な路線を見据えた、標準化・規格化を策定する動きは、全く見えてきません。

 

むしろ、「コンピュータを使い始めた初心者が陥る」状況、すなわち、「OSは何々で、ソフトウェアは何々で、バージョンは何々で、どのプラグインをインストールして、みんなで統一しよう」みたいな、およそワークフローにおけるデータやり取りの平坦化や汎用性など考えもしない素人みたいな行動に走ったりします。

 

しかも、扱うファイルはソフトウェア独自のファイルで、汎用性など全く頭になく、その独自ファイルを開いて見れば、あまりにもフリーダム過ぎるレイヤー構成やレイヤー名だったりと、「コンピュータを使い始めた初心の頃って、こうなりがち‥‥だよね」路線をまっしぐらです。

 

 

 

そうした中、ある程度の現場経験をもつ方々は、「現場のやりとりにおける、何らかの標準化」を構想し、中には実践してみた人もいるでしょう。

 

しかし、その取り組みは、セクション間、制作グループ間、会社間、そしてフリーランス作業者間の、何重もの「乗り越え難い壁」に直面します。

 

標準化の取り組みを会社の外部へと「拡張して跨る」際に、「標準化のコストは誰がもつ?」という、いつもの通りの、お金の問題で頓挫します。

 

少なくとも日本のアニメ業界の場合、皆がお金を出し合って、何かしらの標準化の形態を確立しよう‥‥というのは、現実的に無理だと思います。それが可能だったら、今までの数十年で一度くらいは実現できているはずです。現状打開に向けて戦った人は何人もいるのでしょうが、実現できずに敗れ去ったのです。しかも、「身内」に撃たれて‥‥です。

 

 

 

思うに、日本の「なんとない標準化」の「浸透スタイル」は、「成功例を模倣する」方法でしか、ありえないのでしょう。

 

その「成功例」は、単一の制作グループの内製化によって実現し、その内製化を他所が模倣することで、いつしか「結果、標準化」が形成される‥‥といった具合です。

 

しかし、まて。

 

‥‥それによって、いつまでも標準化の内容を明示した「標準規格仕様」は存在せず、やがては「安売り合戦」たる「レッドオーシャン」まっしぐらの道が待っています。

 

そうです。今までのアニメ業界が歩んだ「しゅらのみち」です。

 

ノー・モア・ティアーズ

 

同じ苦しみと悲しみと怒りと絶望を、判ってて繰り返すのは「大馬鹿」です。

 

野放図な共有路線や模倣路線が、どのような結果に至ったのか、私もあなたも、老若男女皆で、誤魔化さずに、過去を振り返るべきです。

 

 

 

内製化は、未来の新技術台頭のためには必須です。

 

一方、旧来のアニメ制作技術やシステムは、業界の共有スタイルで成り立っています。

 

 

アメリカの孤立主義の顛末は、「内製化の孤立主義の行き先」を暗示しているように思えます。

 

鉄のカーテンは、いつどこから綻びが始まったのでしょうか。

 

野放図ではない、情報管理を徹底した共有路線とは、いかなるものでしょうか。

 

自由競争の果てにあるものは、結局、何なのでしょうか。

 

内製化も、共有路線も、どちらにしても、難しい道であることは変わらないでしょう。

 

 

さて、どのようにこれから先の「未来の新しい道」を切り開くか。

 

内製化で技術体系を築き上げる当人らの意識が、何よりも重要な起点となるでしょう。

 

 

 



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