遥かなティペラリー

イマジナリーラインの話題を、業界関係者のツイートで見かけました。私は、フリーランスのアニメーター時代に、制作会社のフリーランススペースで、様々な年長のかたと一緒に作業して、時には作品や演出や作画論を時間も忘れて話したがゆえに、イマジナリーラインはもはや「習慣」になるほど体に叩き込まれております。ゆえに、コミック(特に日本の)の見開きドーンの絵がイマジナリーラインを無視した絵になっているのが(紙面の都合を優先しているのかな?)、どうも苦手になってしまいました。

 

カメラはぶっちゃけ、どうとでも設置できるので、例えば、テニスの試合の両選手を、必ず右向きで捉えることは可能です。しかし、それだと、どっちの選手がどっちに向かってボールを打っているのかわからなくなり、まるでダブルスの選手2人に見えます。

 

いわゆる観客の視点‥‥というヤツです。イマジナリーラインを超えないようにするのは、自然の法則でもなんでもなくて、映画を観ている観客に内容を理解してもらうための、「映画の文法」です。

 

なので、故意にイマジナリーラインを何度も超えて、「道に迷った」「方向を見失った」「混乱している」という効果を出すことも可能です。

 

文法は、文章を作るため、会話するためにある‥‥ので、使いようですネ。

 

イマジナリーラインを始めとした映画の文法は、若い頃に意識して覚えておきましょうネ。

 

 

 

私はこうした映画に関すること、作画に関することを、学校ではなく、現場で学びました。現場の年長の方々は、個性的な人が多かったですが(=アンタが言うか)、知識も豊富であり、若かった私は多大な学びの時間を得ました。

 

最近、ふと「Uボート」というドイツの映画を思い出して、まるであの頃(私の20代にフリーランス部屋で作画していた頃)は、Uボートのような生活だったと懐かしく思い起こしました。

 

 

 

かなりキツイ日々を送っていました。お金が稼げない貧困による、生活の崩壊。

 

前にも書きましたが、あまりにも稼げなくて当時住んでいたアパートのライフラインの一切が停止することが、何回もありました。

 

食事中の人には申し訳ないですが、水が止まるとウンコも流せなくなりますからネ。でも、どんなに屈辱的で惨めな生活を送っていても、人はウンコをして「生きてる」ことを実感します。

 

スチールラックをまるで2段ベットのようにして寝ていたこともありました。そういうことを話すを、今の若い人にはドン引かれるのですが、「寝れるだけマシ」とも当時は思っていました。寝てすぐだと、スチール棚が冷たいのですが、しばらくすると体温と熱交換されて、温まるのです‥‥とか、今だと悲惨な話ですよネ。

 

実際、当時寝ていたスチールラックを「Uボート」とか「潜水艦」と呼んでいた記憶があります。

 

そうしたことを、自分の過去としては、いろいろな意味で、今は懐かしく思えるのです。

 

もちろん、今の時代に、そんなことはやりませんし、真似なんて若い人にはさせません。あくまで、30年前の私の20代の思い出です。

 

Uボートって、艦内の環境が劣悪過ぎますよネ。しかし、Uボートの男たちを、悲惨な奴隷労働のようには描いていません。自分たちの任務が過酷な上に、稼ぎも良いわけでもないけれど、艦乗りの気概に溢れていて、自分の持ち場にベストを尽くします。そんなところが、私の20代の頃の現場とちょっと似ているのです。

 

ちなみに、今でもベストを尽くすのは変わりないですが、昔と大違いで、環境は良いです。

 

 

 

映画Uボートの中で好きなシーンはいくつもあるのですが、敵であるイギリスの歌「遥かなティペラリー」をドイツ海軍乗組員皆で合唱するところは、かっこよくて痛快でスキです。

 

 

 

この歌詞を読んで、今更ながらに合点がいきました。

 

当時の私は、かっこいい車に乗って彼女と休日にドライブするわけでもなかったし、都心の洒落たお店で美味しいディナーを食べるわけでもなかったですが、毎日「自分の好きなことを職業にして」いることは実感していました。

 

世の中の同世代の若者は、おそらく、もっと楽しい休日を謳歌し、ワクワクドキドキな男女交際をしてるんだろう。スキーも海水浴もクリスマスもいろいろお楽しみだらけ。

 

一方、アニメ関連は「オタク」とか言われて、正直、蔑視されていたような時期もありましたよネ。

 

さよなら、お洒落な夕食。さらば、かっこよくてハイセンスな男女交際。

 

遥かな彼方よ。イッツ・ア・ロングウェイ。

 

自分が作りたいと思うアニメ作品への道のりはひどく長い。けれど心はいつもそこに。‥‥歌詞を一部変えると、まるで当時のキモチそのままです。

 

クソ地獄のような中にいて、なぜアニメを作り続けるのか。若い頃には、悩みに悩み抜いた時期がありましたが、今もこうしてアニメを作っています。

 

そして、Uボートのラストシーン。

 

まさにアニメ業界のアニメ現場の顛末を物語っているようにすら、思えます。

 

 

 

美化しようとは微塵も思いません。

 

スチールラックで寝たり、椅子を並べて寝るなんて、2019年の今はすべきではないです。

 

若い人間の「アニメへの憧れ」を搾取するような状況を正当化しようとも思いません。

 

 

 

しかし、私は、私が体験したあの頃が懐かしいです。今の若い人には絶対に同じ思いはさせたくないけど、自分の思い出として懐かしいです。

 

遥かなティペラリー。心はいつもそこに。

 

 


百万倍を生きる

私の倉庫には、古いMacが眠っており、私が初めて買ったPowerMac8600はもちろん、「アニメ制作現場で初めて自分用に設置された」Quadra650も、愛着ゆえに中古で買ってストックしています。

 

当時使っていたQuadra650の記憶が曖昧ですが、Appleに今でも残る仕様表を見ると、メモリは132MBおよび136MBだそうな。

 

半端な数字ですが、どうやらオンボードでメモリが4MBと8MBのモデルがあるらしく、72ピンのSIMM 32MBを4つ挿せば、確かに4+128=132 or 8+128=136になりますネ。

 

モトローラの68K Macは他にも、Performa575も中古で買って遊んでいました。メモリは64MBでした。68LC040から68040にプロセッサを交換した記憶があります。

 

MacBSDというのが流行って、私も御多分にもれず、68K MacにUNIXをインストールし、shellやviで操作して、自宅内のネームサーバとか(そこそこ台数があったので‥‥)を走らせていました。現在のmacOSはUNIXベースなので、MacBSDの基礎知識が今でも役立っています。/etcとか/varとかは、その頃に馴染んだ知識です。Configファイルをテキスト編集してサービスを動作させる仕組みも、その頃に覚えて今も現役の知識です。最近のmacOSは、Apacheとか隠しちゃったもんネ。

 

 

 

以前は68K Macの写真も見れたAppleの歴代マシンのページは以下。

 

 

ボンダイブルーのiMacは今でも大切に保存しています。引越して広い場所に移れたら、現役に復帰させよう(あくまで趣味で)と思ってます。

 

 

 

そして2019年の今。

 

iMacは64GBのメモリとなり、頑張れば128GBのメモリも積める時代になりました。

 

24年前後で、1000倍ですネ。メガからギガですもんネ。

 

 

 

ちなみに、私が中学・高校の頃の「MSX」は、16KBから64KBのメモリ容量でした。(友人が所有していただけで、自分では所有していなかったので、128KBが存在したかは覚えていません)

 

MSXではミュージックマクロを打ち込んでました。行番号と共に、鳴らす音を文字で打ち込む簡単な命令文です。3音ポリだったような記憶があり、FM音源を鳴らせた記憶があります。なにぶん、自分の所有物ではなかったので、記憶が曖昧で‥‥。

 

 

 

なので私は、中学から今までの間で、64KB、64MB、64GBと、1000x1000で、1000000倍の世界を体験したわけです。

 

百万倍。

 

キロからメガ、メガからギガ。

 

 

 

自分がこんなにコンピュータを毎日使う人間になるとは、20年前も30年前も40年前も思いもしませんでした。

 

人生、どうなるかわからんもんですネ。

 

 

 


環境とお金と自宅

何度も書きますが、コンピュータは猛烈な金食い虫です。私は18歳(1987年前後)の頃にお祝いに買ってもらった数万円の机を30年以上現役で使っていますが、1997年に数十万円を費やして買ったPowerMac8600はとうの昔に使わなくなりました。

 

つまり、コンピュータを使って仕事をする場合、その環境維持のコストゆえに、

 

作業に対する報酬金額が高いこと

 

‥‥が何よりも必須となります。3DCGの作業費と同じ理屈です。紙と同じ値段で作業したら破綻するのは、電卓を弾くまでもないです。なので、私はアニメの原画の仕事=「デジタル原画」と呼ばれる作業は避けて、「コンピュータを用いたことが結果物にちゃんと反映される」価格の高い仕事を請け負うようにしてきました。(しがらみゆえ、例外もありますが)

 

その報酬の良さ=報酬金額が高いぶん、いっぱい酒が呑める‥‥のではなくて、年次の環境増強の資金に当てる必要があります。

 

 

 

アニメ業界は、紙と鉛筆と机で作画して来た人の発言権があまりにも大きいため、その点=機材のメンテナンスと更新費用にまるで無頓着だったりする‥‥ことも多いのではないでしょうか。コンピュータを何年かの周期で買い換えて更新することが、感覚として理解できないので、まるで無駄使いでもしているように思う人もいる‥‥のかも知れませんネ。

 

まさに2010年代、Adobe CCに移行せず、いつまでもCS5.5や6を使い続けたのは、それがたとえ作画以外の撮影工程であっても、「アニメ業界の性質」を物語っています。

 

CS6どまりにし続けたら、停滞している期間は良くても、どうしても移行しなければならない時に相当な「痛み」・皮膚移植のような大手術となるわけで、健康で正常な人間の細胞のように代謝〜徐々に入れ替え・更新を進めた方が、新しい時代にも適応できて成長も順次促進されると思う‥‥んですよね。代謝を失った身体はまさに死を意味しますしネ。

 

でも、アニメ業界の多くは、CS6に留まって、CCに移行しなかった事実があります。今後、生皮を剥いで、相当な痛みとともに、新しい皮膚を移植する、苦痛の叫びが業界のあちこちから聞こえてくるかも知れません。

 

最低64GBのメモリ(すぐに128GBくらい必要なると思われます)、i9の4GHz前後で8コア以上、4Kのモニタを60Hz 10bitで3台以上接続できるビデオ性能、色に関わるスタッフ(彩色、美術、コンポジットなど)は基準となるHDRモニタ(300〜1000nitsでPQ対応)、液タブかiPad Pro 12.9、高速なWiFiとBluetooth、最低1Gbpsのネットワークで10Gbps推奨、10Gbpsのハブ、USB3.1、Thunderbolt3の40Gbps、M.2でThunderbolt3の高速な外部キャッシュディスク、最新のOSと映像制作ソフトウェア。

 

こうした2020年代基準の機材を、一気に更新など本当に可能なのか、エクセルで見積もり表を作れば、愕然とするでしょう。更新が、2010年代前半の内容から‥‥となれば、もはや全部買い直しです。生き残る機材のほうが少ないです。

 

 

 

身の丈のお金の話です。会社規模だと各所で差が大きいので、個人単位のお話にて。

 

毎月2万円をあてて、サブスクリプションとマシン入れ替えの積み立てに備える(10年で240万円)

または、

10年に1度、ドカンと240万円捻出する

 

‥‥このどちらが現実的でしょうか。そして、どちらが自分の新たな技術として身につくでしょうか。

 

私は前者だと思います。

 

まず、10年に1度とは言え、240万円なんて1度に工面できないですもん。

 

さらに、10年に1度、240万円を費やして装備を一気に更新しても、色々な技術基盤が多少なり10年前とは異なるがゆえに、すぐに240万円分の最新機材の優位を発揮できません。使う人間の知識がすぐには対応できないからです。

 

順次、知識を更新しながら、様々な技術を吸収して、古い技術を入れ替えていく必要があるわけですが、「10年に一度の機材更新」においては、まさにその「順次」が不可能なんですよネ。

 

1度に240万円の機材環境を導入しても、人間の経験と知識と技術は、1度にドンと増えることはないです。

 

 

 

つまり、10年我慢して一気にハードもソフトも更新すれば良い‥‥というわけにはいかんのです。

 

それに‥‥根本的な問題ですが、10年の期間、ちゃんと貯金できますかネ? 結局、なんだかんだと出費して貯められないんじゃないでしょうか。

 

しかも、あらゆる最新技術の足並みが、ピタッと揃うことなんてないです。結構‥‥いや、かなりバラバラです。10年後に、ベストな機材購入を一気に決済するなんて、可能とは思えません。

 

 

 

一年で使える環境機材費を決めておいて、その枠内で購入し(大枠はローンで)、その機材環境出費を相殺するために、必要に応じて仕事の幅を広げていく。

 

紙と鉛筆と机だけなら、「作画の仕事はこういうものだ」と自ら限定しがちですが、機材に色々と金がかかって、それが自腹ともなれば、「仕事の幅を広げなくちゃ」と思うものです。年間24万円出費が増えたのなら、最低でも24万円の増収を図りたいですよネ。

 

現在のアニメ業界の作画料金では、とても賄えないと実感するはずです。ゆえに、自分の仕事の内容と種類を増やすべく、自然と思考が働きます。自分自身をプロデュースする自我に目覚めます。

 

自分の可能性をなんとなく諦めていた悪癖は、実は、コンピュータ機材に比べて、金のかからない紙と鉛筆と机に道具を限定していたことも、多分にあるのではないかと思います。

 

 

 

以前、「アニメ制作会社がフリーランスに機材を貸し出す」みたいな論議も聞いたことがありますが、‥‥‥5分も考えないうちに「ありえない」ことがわかりますよネ。

 

A社、B社、C社の3社を掛け持つアニメーターは、3社分の3セットのPCとモニタと液タブを自宅に置くのでしょうか?

 

それとも、A社が貸し出した機材で、ちゃっかりB社とC社は、アニメーターに作業依頼するのでしょうか? もしA社の仕事が終了したら、B社とC社の仕事が中途でも、機材を回収するんじゃないですかネ?

 

ちょっと考えれば、会社が自宅作業のフリーランスに機材貸し出しなんて、あり得ないことがわかりますよネ。

 

自宅の機材は、自分で揃えるしかないです。その代わり、アニメの作画だけでなく、色んな仕事を請け負って、マルチに稼ぐのです。

 

 

 

アニメ業界の契約社員‥‥みたいに、アニメーターはアニメの作画だけしか仕事しちゃいけない‥‥わけじゃないです。

 

むしろ、もっとアニメ制作会社以外の色々、アニメ制作会社の仕事であっても作画以外の何かを、自分の道具を駆使して開拓すべきだと思います。

 

2020年代以降に「絵を描いて生きていく」には、コンピュータは金食い虫だからこそ、むしろ強い味方にすべきと、私は思うのです。

 

 

 


台風が去って

最大級と言われた台風が去って、幸い、私の周りは被害らしきものはありませんでした。バケツが転がった程度、唐辛子やシソの草木がやや斜めになった程度でした。(事前にやんわり補強しておいたので、前回の台風よりは倒れませんでした)

 

停電も発生せず、PC関連は特に異常なしです。

 

しかし、浸水した地域の映像を見ると、やはり相当な規模の台風だったことがわかります。いつ誰の身に降りかかってもおかしくない状況だったのでしょう。私の地元は水害で昔から被害を被り続けた地域で、堤防の備えに戦前から取り組んでいたので(小学校の時に地元の歴史で学びました)、今回も堤防(土手)が守り抜いてくれました。東京の多摩川の方では一部の地域で水害が発生したようです。

 

今日まで休日ですので、休める人は休んだ方が良いかもです。早朝にスーパーに寄りましたが、まだ品薄の状態が続いていました。

 

 

 

台風襲来の当日は、ネットも繋がりにくくなっていました。帯域を制限でもしてたのかな? それとも単に皆がネットにアクセス集中してたのかな?

 

私は東日本大震災の時に、色々と買い揃えたものが今でも健在で、乾電池のストックも定期的に補充していたので、水と食料以外はそこそこ充実していました。単3で駆動するラジオやめちゃ明るいLEDライトやランタン、トランシーバ(スマホはすぐ使えなくなるので)などを準備していましたが、出番がなかったのは幸いでした。

 

防災も国防もそうですが、実際に備品を使わないのが一番ですよネ。

 

使わないまま古くなって、定期的に入れ替えるのも、コストのうちです。今まで事故ったことがないからって、無保険で自動車を運転するお馬鹿さんはいないですもんネ。

 

でも、いつか東京全域レベルで災厄が来るような気もします。オカルトみたいな話ですけど、言わば「確率」的な話で。

 

大震災の時に計画停電すら免れた地域(=つまり東京の区と周辺の市)は、「幸運」な状態〜「不運を免れ続けた」状態が続いており、エントロピー的に危ういようにも思うのです。東京の中心部は74年前に徹底的に凄まじいほどに焼け野原になったので、そこで一気にありったけのジョーカーを同時に引いたような状態だったのでしょうが、最近は40枚以上引いても1枚のジョーカーにも当たらない状態〜「残りのカードに高確率でジョーカーが潜んでいる」状態とも言えそうです。

(オイルショック、バブル崩壊、リーマンショックと、不幸のタネを散らしてはいますが、東京限定ではなく日本全体や世界規模の話ですし、東京地域の大規模な建物破壊やインフラ崩壊は、戦後未だ経験していませんよネ)

 

と、オソロしい予感もする中、また日々の仕事を再開するとしましょう。

 

 

 


さらば32bit、さらばS1500

自宅のiMac 5KをmacOS10.15「カタリナ」にアップデートしました。

 

もちろん、様々なリスク覚悟で。‥‥32bit切り捨てはかなりの影響があるでしょうからネ。

 

なので、自宅のiMac 5Kだけで、作業場はHigh SierraとMojaveのままです。

 

「無理せず、昔のバージョンのままでいいじゃん」と思う人もいるでしょうが、現在の狭い視点で見れば「新しい何か」はリスキーでも、視点のスパンを広げれば、昔のままでいることのほうがリスキーでもあるのです。特にコンピュータの類いは、今でも日進月歩なので、あっという間にガラパゴス化して陳腐化します。

 

事実、平均的なアニメ業界のコンピュータ関連技術事情は、古いままで10年間続けてしまったリスクで溢れている‥‥と言っても過言ではないですよネ。おそらく、4KHDRの波を乗り越えられずに店を畳むことになる制作集団も、今後増えることでしょう。

 

とは言え、いきなり制作現場の環境を最新=つまり未知の障害を含む環境に更新するわけにはいかないので、私は20年近く前から、自宅のメインマシンをある意味「人身御供」にして最新環境にして、「毒味」してから現場に導入するというパターンを繰り返してきました。

 

で、今回もその感じで、まず私物のMacに、「32bit切り捨て」のカタリナをインストールしました。32bit廃止でどんなことが起こるのか、特に旧製品ハードウェアあたりがヤバそうで、下手をするとスキャナもプリンタも全滅かな‥‥と覚悟してインストールしました。

 

 

 

インストールを実行してみたところ、結構待ち時間が長かったので、「やっぱり大きなアップデートなんかな」と感じました。3〜4時間はかかりました。「残り時間を計算中...」の表示で何十分も止まるので、フリーズしたかと思いかけましたが、そのまま放置してたら無事アップデート終了しました。

 

再起動後にログインして、早速ドックを見たら、あれやこれや、使用停止のアイコンがオーバーレイしてました。

 

 

 

QuickTime7が、本格的に死ぬ時が来ましたか。

 

もういつ終わってもおかしくないとは思っていましたが、実際に廃止になると感慨深いものがあります。「マックユーザー」が手作りでムービーを編集していた頃の名残りが、まさにバージョン7でしたが、今後は「ジオシティーズのホームページ」が消えたのと同じく、アマチュアリズムは姿を潜め、「プロとアマのヒエラルキー」の境界線がより明確化する時代になっていくのでしょう。

 

脱線しますが、あまりにもテレビが高価だった昭和30年代に、少しでも安くテレビを手に入れようと「テレビの組み立てキット」が発売されたこともあったようです。技師でもない個人が組み立てるなんてスゴい時代だと思います。欲しいものを単に完成品を買うのではなく、自らも参加して作り出そうとするバイタリティが、今とは大きく差がありますネ。

 

実は、時代が進化すると、「知識を活かして有利に展開する者と、完成物に対価を払ってただ受け取る者の、2局化」が進行するのかも知れませんネ。

 

人々は「便利で楽になった」と言いつつ、知識と経験をどんどん手放して、お金を徴収される側に回っていく‥‥という、能力の貧富の差が激しくなるんだと、薄々感じているこの10年です。iPhoneを手にして「自分は情報社会に強い人間になった」と錯覚して、実は猛烈な搾取の対象となる‥‥なんて、まるでイスラエルの学者さんが説いた人類の未来予測みたいで怖いですネ。

 

 

 

話を戻して。

 

QuickTime7が終了するのは、もう数年前に予告されていたことですのでショックはないですが、富士通のスキャンスナップ「S1500」が死んだのは、ややショック。‥‥もし、本格的にダメな場合は、旧OSのままで今後も稼働する「2013年のMac mini」に接続して使おうと思っていましたが、それが現実になりそうです。

 

開発元のWebを確認すると、

 

 

‥‥だそうなので、カタリナでS1500を動作させるのは、もうダメですネ。潔く諦めます。

 

 

 

一方、Epson Scanはドライバのアップデートで、対応しています。エプソンから最新の対応版をダウンロードしてインストールしました。

 

ただ、私はプリンタ(複合機)もあるので、スキャナの単品ドライバではなく、「エプソンソフトウェアアップデータ」なる「エプソン関連をいっきに面倒見る」ソフトをまずインストールして、「アップデートが必要なものを判別して全部インストール」してくれるようにしました。

 

64bitのカタリナでも、2009年製のスキャナ「GT-X820」がちゃんと動作しました。円盤ラベル印刷の「プリントCD」も動作するよう(起動だけ確認しました)です。

 

 

エプソンスキャンでも、システム環境設定のプリンタ・スキャナの設定でも、両方で使用可能です。

 

自宅のもう1つの複合機、ブラザーのDCP-J940Nも普通に認識され動作可能みたいです。(印刷は試していません)

 

 

 

ちなみに。

 

このブログにキャプチャ画像を載せるために、PNGやHEICをJPEGに変換する自作の自動処理を、AppleScriptとShellの連携によるアプリケーションにして使っているのですが、今回のmacOSアップデートは毎度のこと色々あるようで、素ではAppleScriptのアプリケーションは動作しませんでした。

 

 

 

AppleScriptはここ最近のOSアップデートでは、必ず動作しなくなるので、再度コンパイル&アプリケーション形式書き出しをおこなっています。‥‥AppleScritpはもはや、粗末に扱われ過ぎな感、満載。

 

 

 

32bit打ち切りでどうなることかと思いましたが、今のところ、大被害は無いです。

 

動作しなくなったS1500は相当古いスキャナですし、そもそもスキャンをすること自体が、iPad Proによって絵を描くことでほとんど無くなったので、S1500に「今までありがとう。いつか使う時まで、さらば」と潔く言えます。

 

これを機に、さらなる「断捨離」を進めて、これから先の人生に「本当に必要なもの」を明確にしても良いかな‥‥と思いました。

 

 

 

 


ト長調

昨日からGメジャーの分散和音がiPhoneから頻繁に流れていますネ。

 

とりあえず、私の身の回りでは台風の被害はありませんでした。

 

現在東北を通過中ですが、朝が明けてどんなことになっているのか、情報を待ちたいと思います。

 

なので今日はもう寝る。


クリエイティブの自我

アニメ制作は、一見、大量生産の製造業のようにも思えて、実際に他業種の製造業のノウハウ・マネージメントを応用できる場面も多いです。

 

しかし、製造業とは全く違う性質があり、その部分を見落とすと、やがて内部崩壊・内部分裂が始まり、ゆえに制作集団は解散と再編を繰り返します。

 

全く違う性質とは、

 

製造と創作の差

 

です。

 

アニメ制作においては、例えば、

 

カット1を300カット大量生産

 

‥‥なんてことはありません。製造業とは全く異なる性質です。アニメ制作は同一内容のカットを何百カットも生産なんてしませんし、製造業においては作り出す製品が1つ1つ全て異なる仕様‥‥なんてないですよネ。

 

アニメ映像制作の根本は製造業とは違うのです。応用できることはあっても、完全一致はしません。

 

この根本的な違いをわきまえずに、製造業のノウハウを導入して組織を立ち上げても、最初の4〜5年までしか通用しなくなります。どんなに環境がホワイトでも、大量生産の現場ポリシーに対して、クリエイティブ担当のスタッフたちが疑問を感じ始めます。

 

そもそも全カットの内容が違う制作状況に、製造業の全てを応用できるわけがない。‥‥と気づくわけです。

 

つまり、5年くらいで、

 

スタッフの心の中で、クリエイティブの自我が目覚め始める

 

‥‥ということです。

 

こうした映像制作スタッフの自我を理解できないと、制作集団は「次のフェイズ」に進めなくなります。

 

アニメ業界が長年作り上げたシステムは、その辺をよく解っており、例えば作画なら、

 

動画の次は原画

 

原画の次は作監

 

作監の次はキャラデザイン

 

‥‥と、大量生産の製造業的アプローチの「弱点」をかわす方法を、先人たちはよく理解していたと思います。

 

製造業アプローチでクリエイティブスタッフの自我を抑え続けておけるのは、例えば作画スタッフなら最初の4〜5年までです。5年目から「自分はアニメ制作現場における規格サイズのボルトやナットを作り続けて、この先にクリエイターとして生き残っていけるのか」と少しずつ疑念が湧いて悩み始めます。

 

組織がいくら「うちの会社は大丈夫。労働条件はホワイトだ。」と言っても、クリエイティブの自我から生まれた焦燥感を抑え込むことは難しいのです。なぜって、アニメはそもそも「作品造り」「創作」という強烈にクリエイティブな一面を持つからです。

 

そこで「原画」という新たなステップアップを与えて、再度「疑念が湧くまでの数年」を稼ぎます。その原動画10年の期間は、多くの人が淘汰される期間でもあります。

 

その後に、作監、キャラデザインと続けるうちに、30代も半ばになります。

 

とはいえ、役職にランクを設けて(=特に金銭面で)、何か新しい役割へとステップアップしても、

 

キャラデザの次は何にステップアップできる?

 

新しい社会変化の中でどう生き残っていく?

 

‥‥という問題が立ちはだかります。

 

しかし、30代も後半になると、新たな別の業種には転向が難しくなり、業界と運命をともにするキモチ‥‥例えるなら、第二次大戦末期の日本国民の感情のようになっていきます。未来が頭打ちでも作業料金が安いままでも、もはや辞めようとは思わなくなります。‥‥これは言うなれば、製造業アプローチが勝利したと言えますが、社会的にどうか?‥‥は、ご覧の通りの業界のていです。

 

個人規模のクリエイティブの自我‥‥で思考すれば、「そりゃあ、ステップアップなんて自分で決めることだし、社会に順応してベターな創作活動を順次展開していけば良いだけだろ」と簡単に解が導けますが、製造業視点・制作集団を統率する立場で思考すると甚だしく難問になります。

 

なまじ、クリエイティブを製造業思考で全て解決しようとすれば、です。

 

実際、アニメの撮影部門では、ステップアップの行き詰まりが発生している事例を何度も見聞きしています。皆がベテランになると、撮影監督の人数が撮影スタッフよりも過多になる‥‥という「逆ピラミッド」状態になり、ある一定の時点から、新人は新人待遇から抜け出せない状況に陥ります。

 

人員の構成が行き詰まって、どんなに技量が上達しても、上が詰まって昇進できない状況が生まれます。(で、それは理不尽だからと昇進させると、ほぼ全員撮影監督という「監督職だらけのセクション」になります。)

 

年功のステップアップを実施した結果、撮影監督と撮影監督補佐が増えすぎて、監督職のほうが一般スタッフよりも多くなるという異常なバランスは、ベテラン側にとっても新人側にとっても、「成長できない現場=同じことを繰り返す消化試合の作品作り」へと直結します。

 

 

今後、未来のアニメ制作現場においては、スタッフ構成が「ベテラン過多」になる「逆ピラミッド」現象は、どんどん増えていくように思います。今のままの技術基盤で、作り続けるならば‥‥ですが。

 

作業工程の監督職になって、その後、どのようにさらにステップアップして、自分の一生を豊かに広げて人生を全うするのか、アニメ業界の現システムに尋ねても、答えはありません。

 

撮影や作画の人間だけでなく、アニメ業界のクリエイティブ関連の多くのスタッフは、自我に目覚めれば目覚めるほど、未来を考えれば考えるほど、鬱とした感情に苛まれるでしょう。

 

アニメ業界は、従事するスタッフの「人生の標準モデル」を示せぬまま、産業として成熟しないまま、令和の今まで来て、どのような未来へと進むでしょうね。「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」ばかりが、業界の「人生のカタチ」であるのは、今後も続くことでしょう。

 

 

 

では、どのような解決策があるでしょうか。

 

それが簡単に解れば、アニメ業界とて、ここまで「ブラックブラック」言われ続けないですし、アニメに限らず日本の社会全体が希望に満ちているでしょうが、そうはなっていませんよネ。社会全体がアニメ業界のようになり始めている‥‥という人も多いですし。

 

「作品と商品のジレンマ」を解決できないのは、実は絵画や音楽の世界では何世紀も前から‥‥とも思えます。

 

だからお手上げ‥‥ではなくて、ベストにはならなくてもベターな方法はないか、思考の転換はできないか、考え続けて実践します。

 

製造業思考でアニメ制作をがんじがらめにすると、中堅初期の頃に「この会社には未来を感じない」と会社を辞めて他の会社に移るスタッフが出てきます。「このままでよい」と安定思考のスタッフもいますが、確実に「他のクリエイティブの可能性」を求めて他所へ移るスタッフは存在し、怖いことにそうしたスタッフは作品にエッセンスを与えていた「クリエイティブ度の高い」スタッフだったりします。

 

思うに、製造業アプローチは会社を運営するために必要ですが、同時に「クリエイティブ枠」もちゃんと用意しておかないと、そもそも作品であり商品でもあるアニメの「製造と創作の2面性」は両立できないでしょう。その2面性を両立できないと、必ず、せっかく育ったクリエイティブスタッフが辞めて、他の場所に移る結果となります。その際に「ゼロから育てたのに」と恨み節を吐いても、製造業重視でスタッフを見ていた大きなツケを払うことになるのです。

 

また、製造業アプローチに徹したとしても、製造業におけるクリエイティブ=製品開発を怠ると、その制作会社自体の魅力と価値は低くなります。

 

製造業アプローチとクリエイティブなフィールド。

 

この2つは、現場を長く存続する上で、どうしても必要になりましょう。どちらかだけではダメです。エクセルで管理するだけでアニメが作れるわけないですよネ。漠然とクリスタで作画してたらいつのまにかアニメが完成してた‥‥なんてこともないです。

 

どちらが欠けても、制作会社・制作集団はやがて解散するでしょう。過去のクリエイティブ資産を有した超大手でもない限り。

 

この難しい2極の要素を、どのように両立できるか。そしてその2極は、ちゃんと社会の技術進化と足並みを揃えて一緒に歩めているか。

 

アニメ制作会社が、2020年代、2030年代、2040年代‥‥と未来の社会で生き残っていくのは、相当な「知恵と勇気」が必要ですネ。

 

 

 

アニメーターは、なぜ、アニメーターになるのか。

 

これは、「労働条件を改善した」「理想的な作業環境にした」という話だけでは語れません。

 

アニメーターは、絵を描いて動かしたいから、アニメーターになる‥‥のです。紙と鉛筆だけでなく、タブレットやカットアウトでも、自分で描いて動かすからこそのアニメーターです。

 

つまり、

 

アニメである以上、クリエイティブが必要

 

なのです。

 

そこを軽視すると、「流れ作業で消化試合のアニメ制作」となり、やがて人は去っていきます。なぜ人が集まるのか、なぜ人が去っていくのか、アニメ制作にはアニメ制作なりの特性があり、工業製品を作る製造業とは根本の性質が異なります。

 

制作集団がクリエイティブの自我について、どのように向き合うかが、2010年代の作画崩壊と乱造の時代から抜けて、4KやHDRドルビービジョンやアトモスなど「品質重視時代」の未来に生き残る鍵だと、私は思います。

 

QCが普通のように存在するようになった時、製造業のノウハウからヒントを得つつ、クリエイティブをどのように両立するかは、少なくとも私は、重要重大な未来のアニメ制作の要素だと感じるのです。

 

 

 


台風でお休み

‥‥なので、家にiPadを持ち帰って、日頃できないことを進めよう。あと、睡眠をたっぷり取ろう。

 

去年から今年は新しいことにチャレンジしているので、ハードルを1つ1つ超えるのに必死で、休む暇などほとんどありませんでした。東京がどうなるか心配ではある一方で、腹を括って休める機会ができたのは、私にとって今の時期、まさに「天からのギフト」かも知れません。‥‥まあ、嬉しくないギフトも降りかかりそうな猛烈な台風ではありますが。

 

品薄になっている‥‥とも聞くスーパーマーケットに寄って、おにぎりのネタでも買って帰ろうと思います。

 

 


台風なので

明日明後日は、休みましょう。アニメ業界と言えど。

 

結果的に肩透かしだろうが大災害だろうが、台風襲来前に交通機関の運休などで社会の機能が一時的に低下するので、「台風でもこんなに頑張ってる」アピールなどせずに、大人しく休むのが肝要と思います。これ以上、アニメ業界のブラックを上塗りしないよう。

 

 

 

今度の台風は、地球史上最大とか言われてますが、観測史上最大と表現した方がわかりやすいですけどネ。地球史上とかアオると逆にウソっぽくて信じられないス。

 

でもまあ、巨大ゆえ直径2000Kmとも記事で書かれていましたから、どんなことになるのか。

 

休もうネ。


サイドカーにのれないので

新しいmacOS「Catalina」がリリースされたようです。

 

しかし私のプライベートの環境は、2014年春のMacBook Pro、そして同じく2014年の初代iMac 5Kなので、どちらもサイドカー=iPadを液タブやサブモニタにする機能の「対象外」(がっかりした話はコチラ)です。Catalinaの「32bit切り捨て御免」だけが強調される印象です。

 

MacBookはもう買う気がしなくてねえ‥‥。私の外での使い方のレベルならiPad Proで十分でねえ‥‥。

 

日頃から外出が多く、実写の編集やVFXなどで国内外を飛び回る方は、MacBook Proは主役級の働きをすると思いますが(実際、実写撮影スタジオでリアルタイムで合成処理するなど活躍しているMacBook Proを何度も目撃しています)、私は「机の前に着座してひたすら作業する系」なので、MacBookはほとんど活躍しないんですよネ。

 

iMac 5Kもこれから先に5〜6年使うつもりなら、40万円近くのBTOが必要ですし。

 

 

 

でもまあ、とりあえず、Catalinaの使い勝手を知りたいので、まずは手持ちのMacBook Proにインストールしてみます。

 

ゆえに、まだまだAstroPadは現役です。

 

 



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