ペンと指と。

iPad(やペンタブ)で絵を描く時、消しゴムツールにいちいち切り替えるのは、少なくとも私はものすご〜〜〜くストレスです。

 

紙100%の時代に、手に持った鉛筆を、放して置いて、消しゴムに持ち替えて‥‥という動作をしてこなかったので、テンポやリズムが狂うのです。鉛筆は持ちっぱなしで、もう片方の空いた手で消しゴムを使っていました。

 

メインの手に描く道具、サブの手に補助の道具‥‥というのが、私のスタイルです。‥‥というか、だいたい、どなたでも同じではないでしょうか。

 

なので、iOSのアプリでも、ペンとタッチのツールを振り分けられるドローAppが必須になります。

 

クリスタ、Procreate、フレスコ、コンセプト、どのAppの設定も、ペンはペンのままで、人差し指(他の一本指でも)を消しゴムに設定することが可能です。

 

*クリスタ

 

*Procreate

 

*フレスコ

 

*コンセプト(ベクターベースのドローApp)

*「スライス」はベクターの軌跡を切り取る=消しゴムとほぼ同じ役目を果たします。

 

 

 

この設定ができないドローソフトは、結局使っていません。能率が落ちるからです。

 

ちなみに、古いMacでもiPadを液タブにできる「AstroPad」は、指を画面に触れておくとペンを即座に消しゴムに切り替える機能があります。

 

 

 

この方法でも、テンポよく消しゴムが使えます。

 

 

 

消しゴムを使う操作。

 

とてもシンプルかつ根本的な部分なので、簡単に機能にアクセスできないと、ストレスが地味に嵩みます。

 

速いテンポでガシガシ描く場合、「指先消しゴム」機能は、必須中の必須です。

 

 

 

 

ジェスチャーは直書き系のペンタブにおける「能率の要」です。

 

さらに、能率だけでなく、絵の全体のバランスを取るためにも、ピンチインアウトによる表示拡大縮小の頻繁かつ迅速な切り替えは必須です。キー操作で拡大縮小なんてしてたら、ストレスで身悶えます。

 

iPadは、絵の全体のバランスがとりにくい‥‥なんて言われますが、それは拡大縮小などの各種ジェスチャーを使いこなしていないだけの話です。引いた絵を見たければ、ピンチ操作で瞬時に縮小すれば全体のバランスは見渡せますよ。

 

iPadや液タブは紙の代用品ではなく、新しい画材です。紙と同じ操作で通用する場面もありますが、紙と同じ感覚だと全然使いこなせない場面も多いです。

 

ジェスチャーをぐりんぐりん使いこなせば、紙に負けない能率を達成できますヨ。

 

 

 


iPad Pro 1〜2型の滑り止め

最初からペンタブの新世代はともかく、多くのアニメーターはガラスの天板を用いた「作画机」で作業します。私も紙は一切使っていないものの、作画机を流用して作業しています。作画机ならではの天板の傾斜角は作画するのに好都合です。

 

しかし、ガラスは滑る。

 

Apple製品はなまじ綺麗に仕上げられているので、すのまま使うと、ガラスの上では滑ります。

 

カメラの出っ張りがどうしようもない3型のiPad Proはともかく、1〜2型は薄さが大きな魅力ですので、作画目的であれば、薄さを殺してしまうケースにはできるだけ入れたくないです。

 

それでもしかし、ガラスは滑る。

 

今まで滑らないように描き方で工夫してきましたが、なんかストレスになってきたので(4〜5年使ってて今言うか。)、iPad側に滑らない工夫を施してみました。

 

ゴムシートを貼れば良いですが、粘着ゴムシートは厚いものが多くて(1ミリくらい)、iPadの薄さが削がれるので残念です。

 

ふと、DIYセンターを物色してたら、見慣れた存在に気づきました。

 

これ。

 

 

 

おなじみの絶縁テープです。1つ、50〜70円くらいです。安いです。

 

「ああ、あのゴム粘着感は使えそう」とすぐにイメージできる人は、電工の人。

 

家には赤とか黒しかないので、透明とグレーを買い足しました。2巻で120円くらいのコスト。

 

早速、貼ってみました。

 

 

 

結果。

 

滑りが抑えられて、改善効果は大きいです。

 

安上がりだねえ‥‥‥。

 

簡単にささくれて剥がれないように、テープの隅はカットしておきましょう。基本中の基本すネ。

 

これを四方に貼れば、滑り止め効果大。

 

ちなみに、カメラ部分は、3枚重ねくらいにすると、カメラのでっぱりを補って滑り止めが効きます。

 

 

 

見た目?

 

たしかにカッコ悪いけど、「実用」って感じがして良いんじゃないですかね。

 

フランケンやダックのように、歴戦の道具みたいで。

 

 

 

 

ワコムのペンにテープを巻いて、自分好みにカスタムしていた人もいましたが、如何にも使い手っぽいルックでカッコ良かったですよ。実際、凄く巧い人だったし。

 

作画もロックでいこう。

 

 

 

 


不世出とノスタルジー

最近、よく見かけるのが、紙とフィルム時代のノスタルジーと、いわゆる「天才肌」のアニメーターを関連づける論調。

 

アニメーター‥‥というか、アーティスト・表現者本人の才覚と、紙やフィルムのマテリアルの話題を、混同しがちなのは、移行期のノスタルジーによくある話です。

 

どんな時代であれ、表現者当人は、自分に最適なツールを選ぶだけです。

 

もし、レオナルド(DaVinci)の時代にコンピュータがあったらどうだったでしょう。レオナルドはコンピュータを無視したかね?

 

グスタフ(Klimt)が生まれた時からネットとiPadが身近に存在したら、グスタフはiPadを無視したかな?

 

 

 

表現者当人はどうでしょうか。

 

ものすごく巧い、まさに不世出とも言えるアニメーターが存在したとして、その人間が生きて、やがて死ねば、もう二度と戻らないのです。唯一無比です。

 

金田(伊巧)さんがお亡くなりになられて随分と経ちますが、もう二度と戻らないですよね。誰かが真似したって、真似に終わるだけです。

 

現在活動しているアニメーターでも、確実に200〜300年後に名を残すほどの天才肌の人はいますよね。逆に言えば、そのくらい、唯一無比だということです。定期的に現れる存在じゃないです。「天才」という言葉はあまり使いたくはないですが、凄まじい天才だな‥‥と思う人は、本当に存在するものです。

 

 

 

不世出の存在をもって、ノスタルジーにすり替えるのは、事の本質を見失うので、私はかなり警戒して「ノスタルジーを精査」するように心がけています。混同しちゃいかんのです。

 

技術の継承とか言いがちですが、天才の部分までは継承できんですよ。あの人も、あの人も、あの人も、引退したら、そこで当人の天才の術は途絶するでしょう。誰かが継承できる類いのものではないです。

 

でもそれで良いのです。

 

時代に生まれ、時代に生き、時代に死ぬ。

 

名うての鬼才、奇才、天才たちと、共に生きられる幸運を謳歌したいと思います。

 

 


投げ銭

アニメ業界がお金の問題を解決できないのなら、アニメファンのチカラで改善しよう。本編のお気に入りのシーンがあったら、そのシーン担当のアニメーターに投げ銭をしたらどうか。

 

‥‥と言うのも、ツイートで見かけたことがあります。

 

一見、この考えはアニメーターにダイレクトに送金できて、良さそうに思えますが、5分くらい考えれば、かなり構造に問題があることがわかります。

 

まず、前回も書いたように、1カットは1アニメーターで作画が完結しているわけではありません。つまり、投げ銭の受け取り手は、担当原画マンだけでは不適切な場合がほとんどです。

 

例えば、原画がダメダメで、作画監督が全面修正、さらに総作監も修正を入れて‥‥というケースはどうでしょう。どうやって投げ銭を配当するのでしょうか。

 

そして、その1カットごとの内状を、どうやって投げ銭をする人々が知り得るのか?

 

この点で、早々に頓挫ですネ。

 

 

 

さらには、「シーン」の魅力。

 

いかにも皆が「いいね!」と言いそうなシーンを担当したほうが有利になり、地味な芝居やメカやエフェクトのシーンは、可愛いキャラがブリブリの媚びた芝居をするシーンより、人気や注目度は下がるでしょう。

 

作品の「場面写ばえ」するカットを担当したアニメーターだけがいっぱいお金をもらえて‥‥なんていう構造は、確実に現場のバランスを崩して、誰もが「受けないカットはやりたくない」と思うようになります。

 

ゆえに、既に、靴底が描けない総作監も存在しちゃう(現場の知人から聞いたことがあります。下から見た靴が描けないんだって。‥‥自分の靴を見て描けば良いだけじゃん。)のかも知れません。

*アニメーターの名誉のために付記しますが、当然過ぎることですが、多くはちゃんと絵が描ける人が仕事をしています。

*しかし、ごく稀にキャラの決め角度以外はまともに描けない総作監もいるようです。アニメーターの経験が乏しくても、流行りのキャラが描ければ総作監‥‥だなんて、投げ銭の未来を象徴しています。

 

人気キャラのバストサイズばかりがお金を稼げるカットになったら、新人育成の状況は今以上に崩れるでしょう。キャラしか描けない奴らだらけになります。

 

投げ銭は、アニメ制作現場にとっては浅知恵そのものです。

 

 

 

でも、現在のアニメ制作現場は、浅知恵が頻発するような状況でもある‥‥ということですよネ。

 

広義で、「火のないところに煙はたたぬ」です。

 

自然界では、枯れるのをまって、次の春に備えます。

 

訳もわからず著作権をくれといったり、投げ銭で極めて不均衡な現場サポートを思いつたり、色々にごちゃごちゃに乱れて腐って枯れることで、次の春を迎える準備ができるのなら、逆にあえてなりゆきまかせで放置して、状況を見定めるほうが「春が早くやってくる」のかも知れません。

 

いっそ、煙で燻るんじゃなくて、焼畑までいけば、次の季節に進めるのかも?

 

 

 

アニメ制作現場云々ではなく、アニメーター個人が作家として自分をアピールして運営するのは、全然構わないと思います。もちろん、著作権の常識として、商業作品制作で使った自分の原画のデータを販売することはできませんが、自分がどのシーンの何を担当したとか、自分はこんな感じの絵を描いているとかを、自分で活動してアピールするのは可能でしょう。今はネットを通じて、それが可能な時代ですもんネ。

 

現場救済だ、アニメーター支援だ‥‥などの目的には、投げ銭はシステム的に無理があるだけで、アニメーター本人が自分を作家として活動することについては、誰が阻止できましょうや。

 

同じく、ファンいち個人が、自分の好きなアニメーターに個人的なファン心理で送金したいのなら、誰も止めることはできないでしょう。

 

つまり、アニメーターは雇われ根性に固まっていないで、どんどん自分の画力の可能性を武器にして、個人活動=自家発電=自分オリジナルの創作もすべきです。現場に投げ銭するのが難しいのなら、アニメーターが個人作家として立てば良いのです。ファンは作品制作上ではなく、あくまで個人作家としてのアニメーター当人に支援するわけです。

 

売れたらお金が稼げる、売れなければ損する‥‥といったシビアな感覚も必要です。

 

販路も築かず、販促の行動もせずに、作品が売れなかった時には損はしない。ゆえに、アニメの作画料金は、リスクヘッジ済みの価格になるのでしょうが、それが嫌なら、自家発電で、得も損も引き受けて、創作活動するのが正攻法で結果が早いでしょう。

 

iPad ProやiMac 5Kを、アニメ制作現場の請負仕事の機材としてみれば、「なぜ、自分が機材費を支払わなければならないのか」と不満も感じましょうが、自分の創作と販売の工房機材費とすれば、恐ろしく安上がりです。50万円で基本装備が整う工房なんて‥‥‥普通ありえないからネ。

 

まあ、アニメ会社に依存的か否か‥‥という個人の性格の差も影響するので、これが正論とは言いませんが、どんな理念であれ、アニメ業界に共依存していては、結構‥‥いや、かなり危ない気はします。

 

アニメ制作会社にチカラを貸す。個人としても確立する。

 

未来のアニメーターは、現場ベッタリから抜け出す必要がありましょう。

 

 

 

 


権利とかリスクとか

アニメーターは、作品表現における「実演権」(略:実演家の著作隣接権)において、とても切り分けが難しい職業です。線画だけをとってみても、ひとりで完結して描いているわけではないからです。

 

まあ、その昔は、アニメは漫画家が描いていると思っていた人もいるくらいなので、アニメの絵がどのように作られているかを細かく知っている人は、ぶっちゃけ業界人くらいです。一般の人は、「こんなにも分担して描いている」ことを知らないでしょう。

 

色を塗る前の、線画だけで挙げてみましょう。

 

  • レイアウト・第1原画
  • 第2原画
  • 作画監督
  • 総作画監督
  • 動画
  • 動画検査

 

 

‥‥さて、アニメーターに「著作権」「実演権」「ロイヤリティ」を!‥‥と叫ぶ人は、どのようにその「権利」をこれら作画関係者で分配すべきと思いますか?

 

どの役職のアニメーターも、素晴らしい人は素晴らしいです。一方で、便所の落書きみたいな絵を描く原画マンや、一定の角度の絵しか描けない総作監もいるのが現実です。つまり、作画作業における貢献度・比重は、作品によって、天と地との差があります。

 

原画の人が、ツイートで、アニメーターにも著作権を与えるべきだ!‥‥なんて書いているのを見ると、その主張はともかく、「どうやって?」と方法を聞きたくなります。私はかなり難しいと思うからです。たぶん、書いている人は、原画作業者のことしかイメージしてないように思います。

 

アニメーターはアクターと同じだと言う人もいます。

 

しかし、アクターは、実写においてはスタントでもない限り、本人ひとりです。

 

アニメーターは、1カットの絵を描く際に、上述のアニメーターたちの分担作業になります。「アクター(演者)であれ」との心構えは良しとしても、お金の話は比較の対象にもならんです。構造がまるで違います。

 

 

 

もし、アニメーターが自分の絵に権利が欲しければ、他人の原作、他人のキャラデザイン、他人のカット割り、他人との合同作業ではなく、自分だけで絵を描いて色も塗って、お話も考えて、売り出すしかないです。

 

売れなかった時のリスクは負わず、売れた時だけ分配せよと言うのは、虫が良すぎます。正だけでなく、負のリスクも分配しないと、権利は主張できません。

 

売れたらお金がいっぱいもらえる。売れなかった損をする。‥‥そういう立場に身をおくことを、アニメーターは避けてきましたし、リスクの影響から守られてもきました。

 

守られてきたがゆえに、権利を手にできませんでしたし、リスク回避済の低額の単価に喘いでもきました。

 

私は17才の頃からアニメーターを(学校に行きながらバイトで)やってきたので、アニメーターという職業の善し悪しを身に染みて痛感してきました。

 

 

 

アニメーターはどうしたら良いのでしょうね。この先の未来。

 

私は色々とアイデアを考えていますが、皆さんはどうでしょう? 制作会社に何歳まで依存するつもりですか? 80歳? 90歳?

 

厳しいことを並べ立てて‥‥と、私も書いてて思いますが、でも、必ず来る現実です。団塊ジュニアの世代は、アニメブーム世代でもありますから、今45歳の人は、2020年代の終わりには55歳ですよ。20代のアニメーター感覚で生きていけるはずはないのです。

 

団塊ジュニアの世代は、2020年の今ならまだ「方策の実現」が間に合うでしょう。しかし、2030年代まで何もしないままズルズルと過ごしたら、老後貧困でセルフネグレクトで孤独死が確定しちゃう人も大量に出てくると思います。

 

だったら、何もしないまま、ズルズルと生きなければ良いです。アニメ業界の「雇われ根性」から脱しましょうよ。せっかく、技術を蓄積したのに、それを「真に自分のため」に活かせないなんて、悔しすぎるじゃないですか。

 

ツイッターで「権利がどうこう」「待遇がどうこう」と呟いて、プチ憂さ晴らししている間に、何年浪費したでしょうか。

 

自分と、仲間たちのチカラを、自分たち自身に還元する方法を考える時期が、「ジュニア」世代には迫っていると思います。

 

 

 

 


アップコン善し悪し

2K以下のアニメを、4Kや8Kにアップコンする技術の話題は、最近定期的に目にします。

 

アニメをAIで高解像度化、4K・8Kに変換 AIベンチャーが技術開発

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2002/19/news116.html

 

2K時代のアニメ作品の遺産を、4K8K時代に蘇らせる‥‥と言う意図で考えれば、有意義な技術だと思います。

 

では、現在アニメ業界で飯を食っている人々はどうか。

 

「これはいい。今までの2K以下の作り方で、今後も作っていける!」

 

‥‥と思う人もそれなりに多いように思います。

 

よく考えてみましょう。

 

今までと同じ作り方なら、今までと同じ制作費のままでいいじゃん。

 

‥‥という話に簡単になりますよネ。特に、お金を出す側は、そう思うはずです。

 

業界の現場の人々よ。‥‥それでいい?

 

 

 

4Kへの移行タイミングは、アニメ業界のお金の問題を根本的に解決できる、技術と労働の転換期になる好機です。

 

それなのに、安易に「今までのままでイケるんだ」とその場にとどまって、本当に良いのでしょうかね?

 

たしかに、4Kでアニメを作るのはチャレンジの連続ですが、そのチャレンジから逃げてその場を凌ぐのと引き換えに、「変わることができるチャンス」「生まれ変われる未来」を逃すのですか?

 

 

 

2Kを4Kにアップコンした作品は、4K作品としては販売できません。2Kの4Kリマスターと宣伝するのがせいぜいです。すなわち、現場には4Kのお金はでません。中間素材が1.5Kなら、制作費も1.5K時代のままです。

 

「いや、だから、労働の改革を絡めてだな」

 

‥‥と言う人もいましょうが、まさか「AIで4Kにアップコンできるようになったのだから、自分らのお金もアップして」なんて交渉するんでしょうか。どんな屁理屈なのか。むしろ、AIに華をもたせる結果(=AI関連にコストがかかるようになったのだから、制作費の増分はそっちに回す、的な)にすらなるんじゃないですか?

 

 

 

最低でも、4手先は考えておきましょう。

 

タダほど高いものはない‥‥と、昔から言いますよネ。

 

自分たちは何もしなくても、AIのパワーで4K作品になる! 自分たちは何も変えなくて何も支払わずとも4Kが作れる! ‥‥というのなら、まさにタダほど怖いものはなく、結果的に自分らの首を絞め、未来を売り渡す結果となりましょう。

 

もう隠居する予定の人なら、未来など関係ないでしょうが、散々、業界の悪癖・悪習を見ないフリして、最後はアップコンで逃げ切ってドロンパ‥‥なんて、酷い人生だと思うんスよ。

 

2020年の今、720x486のD1スクイーズで作って、アップコンで1920x1080にして納品してたら、その会社って相当ヤバいでしょ。それと同じことを、未来にしますかね?

 

私は、本当にアニメーション制作の産業としての生き残りと未来をかけるなら、アップコンなんかに頼っていては自滅は必至、自分たちの体質を改革してでも4Kなどの最新の映像技術とともに歩むべきと思います。

 

移行期の危うきを助ける役目なら、綺麗なアップコン技術は力強い味方となりましょう。

 

しかし依存しまくって現場の体質を変えようとしないのなら、アップコン技術は、まさに鎮痛薬依存となる引き金となるでしょう。クスリ漬けの業界‥‥にネ。

 

未来を考えれば、今、何をすべきかは、見えるはずです。

 

 

 


余白。

ツイッターの記事でみた、大判作画の余白の扱い。

 

記事にある通り、レイアウトのタップ穴に合わせるのではなく、作画領域に合わせるのが、現場のリアルとして好ましいです。むやみに大判にしても作業の足かせになります。

 

ただ、レイアウトのタップ穴に合わせずに、描画部分の範囲だけペグ(タップ)を設定する方法は、特にセル&フィルム時代の記憶が強い人は、禁忌の感情が無意識に作用するように思います。フレームの中にペグを設置するのって、昔は大NGでしたもんネ。

 

でも今は全然OK。ちゃんとコンポジットできるようにレイアウト&作画時点で設計してあれば(=コレ、重要です)、無意味な余白は削ったほうが良いです。

 

 

 

一方で、デジタル作画の人は大判のまま作画しがち‥‥というのもツイッターで見かけたんですが、それはまだ1.5Kくらいで作画しているからでしょうね。

 

4Kになったら、ピクセル寸法は、節約節約、さらに節約です。じゃないと、すぐにメモリーがオーバーフローします。

 

*注)ウィンドウの警告文に「20880」pxとありますが、実際は1万ピクセル前後です。エフェクトの内容によっては、計算上のバッファを広く取るものがあるようで、このような警告文となります。

 

 

After Effectsでは、1万ピクセルを超えたあたりから、挙動がおかしくなってきます。AfterEffectsだけでなく、QTなどの仕様も関係するのでしょうけど。

 

なので、何も描いてない部分をほったらかしにして、余白たっぷりに作画する‥‥なんていうのは、4Kなどのすぐ先の映像フォーマットにおいては、深刻にNGなのです。

 

‥‥何度も書きますが、たかが横に2フレームのPANの大判で、8千ピクセルになるのです。余白は可逆圧縮が効くとはいえ、作画時のレイヤー展開時の負担は相当なものです。

 

時には、ペグを5箇所くらい設けて、「描いてある部分だけのピクセル寸法」に抑える工夫が必要です。

 

 

 

4Kフォーマットの作品をやるようになれば、いやでも、

 

ピクセル寸法の節約

 

レイヤー数の節約

 

‥‥を実践するようになります。形骸化した約束事じゃなくて、今そこにある危機として、日々実感します。

 

どんなに作画で頑張っても、コンポジット時に「不可能」だったらしょうがないもんネ。コンポジットできなきゃ、納品できんし。

 

不用意に大判作画をするのは、無知の証のようになります。コンポジット時にメモリーオーバーフローする作画をする時点で、映像制作全体が見えていないからです。

 

レイアウトチェック時に、演出や作画監督が「この方法だとコンポジット時に破綻するだろう。もっと、ピクセル寸法を節約する作画方法を考えなければ」と危険予測ができなければダメです。フィルム撮影台時代にも同じような危険予測を有した演出さんや作監さんは多くいました。そうした経験則が今度は、大ピクセル寸法時代に姿を変えて必要になるのです。

 

そんな未来はもうすぐそこです。

 

 

 

でもなあ‥‥。タップ穴のスラビライズで盛り上がっている時点で、まだ夜明けは遠いようにも思えます。

 

紙問題。

 

某国に向けたアウトソーシングでは、プレイグインク的なアレで、紙が運べず足止めをくらっている‥‥とも聞きますし。

 

紙作品は、作品終了後にアーカイブ面で大きな負担もかかってきます。壁のように積まれて並んだ段ボールの山を見ると、タップ穴の位置合わせよりも「紙の現実」を思い知ります。多くの人は、作業が終われば紙は目の前から消えますけど(回収されるので)、作品終了後、紙がどこにいくか‥‥に思いを馳せてみても良いと思いますヨ。

 

紙からペンタブへの転換期は本当に来るのか。‥‥でも、来なかったら、相当ヤバくもあります。20年後に相変わらず紙で作画しているとは、私には思えないんですけどネ。

 

2020年代に、どんなことが起こるのか。

 

備えあれば憂いなし。

 

でも、備えるためには、中々金がかかるのも、現実‥‥ですネ。

 

 


コロナの影響

アニメ業界の色んな方面から、コロナウィルスの影響が聞こえてきますネ。

 

考えてみれば、ものすご〜く、中国に頼ってるんだもん。そりゃあ、大きな影響も出ますよネ。

 

 


チョコラーメン

そういえば、この前、幸楽苑の「チョコレートラーメン」を食べました。ふと、思い立って、深夜に車で走って、食いにいきました。

 

これ。

 

 

 

見た目はアレですが。

 

簡潔に申しまして、普通に食べれました。

 

チョコレートラーメンというよりは、カカオラーメンみたいな感じで、甘い訳ではなかったです。‥‥ひと口食べてみて、安心しました。

 

まあ、カカオの粉末って、癖の強いきなこみたいなもんですから、もともと、料理の隠し味に使えそうですもんネ。

 

 

 

しかし、注意点が1つ。

 

スープに溶け込んでいるであろうカカオではなく、トッピングの板チョコは、お菓子の板チョコと同じく甘いので、ちょいちょいアピールしてきます。

 

なので、板チョコは小皿に取り置いて、試しにひとかけだけ混ぜて食べてみて、OKだったら残りも混ぜて、NGだったら食後に単体で食べるのが良さそうです。

 

 

 

何度も食べたいかと言われれば微妙ですが、不味くはなかったです。‥‥板チョコは抜きで。

 

むしろ、自宅でカカオ(砂糖なしの)を混ぜたスープを作って、たまに食べても良いくらいです。試行錯誤は必要かと思いますが、砂糖なしのカカオの味が想像できる人なら、味の奥の方の「コク」「隠し味」になりそうなのは、なんとなく想像できますよネ。

 

ただ、標準的な家庭にあるのは、カカオというよりはココア(砂糖や粉末ミルク入りで、お湯で溶かして飲むやつ)なので、やっぱり、そう簡単には作れそうもないですネ。私もココアしかストックしてません。

 

 

 

 

私が行った幸楽苑は深夜2時まででしたが、営業時間は店舗によって異なるみたいです。事前に店舗情報を確認してから行くのが良いです。

 

とはいえ、店によっては2時までやってくれているのは、2020年の今となっては、頼りになります。

 

最近、すき家に行ったら深夜に閉まっていて(あてが外れた)、リンガーハットも朝4時までやらなくなったし、オリジン弁当は0時で終わるし、ずいぶん前にオリーブの丘も0時で終わるようになったしで、日本の夜は確実に暗く静かな夜へと変わってきていますネ。

 

でも、暗い夜なら、それならそれで。

 

人口の多い層に支えられた黄金時代が続くわけないもん。団塊ジュニアはもうジジイになったのです。お金の使い方も変わりましょう。

 

深夜に外食する‥‥なんて、私の子供の頃はあり得ませんでした。1970年代、夜は暗くて人も歩いてなくて、神秘的でした。「モチモチの木」のリアルがまだ感じられる時代でした。

 

1990年代になって、深夜に飯を喰うなど、どこかテキトーに24時間営業のファミレスをチョイスして‥‥みたいな感じでしたネ。もっと前なら、ロイヤルホストも深夜営業してましたし、何ならIHOPで夜中にパンケーキも食べられました。

 

今は24時間はおろか、深夜2時(オーダーストップは30分前)までのお店すら、少なくなりました。時代とともに、社会も変わっていきますネ。

 

2020年の深夜1時、移りゆく時代に思いを馳せつつチョコレートラーメンを食うのも、乙なものです。

 

 


オート三輪

「脱シンナー」模型制作。‥‥軍用だけでなく、民間の車両なども、アクリル絵画方式で作っています。

 

ただ、磨き上げられたスポーツカーは、筆塗りだと相当難しいです。‥‥というか、私はきれいに作れません。均一に塗装できるエアブラシだって、相当、テクニックが必要ですもんネ。デカール貼り後のクリア塗装研ぎ出しとか、軍用モデルとは異質の世界です。

 

なので、民間車両でも「働く車」系を作って、軍用機などと組み合わせます。1/32のアリイの自動車シリーズは、1950年代の車から90年代まで幅広く、アラウンド50の私でも記憶が曖昧なくらい小さい頃に見たオート三輪などもラインアップされています。

 

 

 

いつものように赤銀と黒銀でまだらに下塗りして、基本色をムラ塗りします。ムラを作らないと色にコクがでないので、わざとムラが出るように、タミヤアクリルは水や溶剤で薄めてサラサラにして何層も塗ります。

 

 

 

 

今日はここまでで、しばらく乾かします。

 

この後、ブロックごとに組み立てたら、筆で風合いやディテールを描き込んで、エナメルも併用して‥‥と、先は長いですが、絵を描くがごとくの楽しい作業です。

 

 

 

ボディの水色はテキトーに混色して作りました。

 

架空の歴史設定を考えているので、色も架空でOK。

 

実在した実車を作るのも楽しいですが、プラモは自由に作れるんだから、空想の世界でも良いですよネ。

 

近年のスケールモデルは「現実との考証をしないとアカン」みたいな風潮が長く続いていて、ゆえにプラモは「なんだか敷居が高くてめんどくさそう」と思われているんじゃないか‥‥と感じてます。スケールモデル(色プラのガンプラではなく)のプラモを作ったことのない人って、90年代生まれ以降にかなり多いんじゃないですかネ。70年代の子供の頃に戻ろう‥‥とまでは言いませんが、もっと空想や夢想を許容しても良いんじゃないかと思っています。

 

「どこどこの工場で、何年に製造された」みたいな考証なしでも、プラモは楽しめますよネ。

 

 

 

しかし、ツヤあり塗装は軍用のツヤなしと違って、勝手が違って戸惑いました。リターダーとか使えば良いのかな?

 

でもまあ、あまり深刻にならずに、「ボブの絵画教室」みたいな発想で、「楽しいハプニング」として気楽に作っていこうと思います。

 

 

 

 



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