ネットワーク周り

実家のリビングルームのルータが故障していました。ルータは2つあるので、1つ死んでも特に困ることはなく、「最近、WiFiが繋がらない」という程度の呑気な感じでしたが、まあ、故障したまま放置するのも何だし、せっかくのBフレッツ接続(=月々の料金)でもあるので、アマゾンでサクッと新しいルータを注文し、故障したルータを外して交換しました。

 

最近のルータは、マニュアルに工場出荷時のIPアドレスすら書いてないのネ。スマホのアプリでどうのこうのと、簡単セットアップを意識しているのが裏目に出て、逆に使いにくいですネ。

 

私の実家の場合は、PPPoE、要はBフレッツなので、ごちゃごちゃとプロバイダからの色んな書類はありますが、2行の情報=アカウント名とパスワードさえわかればOKで、あとはルータをリプレースするためのローカルエリアネットワークの仕様と、新品ルータの工場出荷時の状態さえわかれば、サクッとセッティングは終了します。

 

 

ただ、192.168がどうのとか、サブネットマスクはどうとか、そもそもネットワークを敷設するにはどうしたら‥‥とか、考えてみれば、敷居は決して低くはないのが、ネットワークの知識ですよネ。メーカー側としたら、ルータなどのネットワーク機器をどのように説明すればユーザが適切に設定できるかは、中々に悩ましい課題なんでしょうネ。

 

ある程度の原理や仕組みさえ解っていれば‥‥とは思うものの、ソコが実は難しい部分なんでしょう。「全世帯において、原理や仕組みを理解している人間が必ず1人はいる」というのは、ちょっと想像しただけでも、あり得ない前提ではあります。しかし一方で、若い家族構成(20〜40代の父母と子供)の一般家庭においては、WAN・LANネットワークはもはや「家にあってあたりまえ」=インフラの常識とも言えますので、もしかしたら、いまどきの一家の家長たるお父さんは、最低限のネットワークの知識がないと、「父親」としての面目もたたない‥‥のかも知れませんネ。

 

 

ネットワークで、もう1件。

 

かなり初期のAirMac Expressを、今は無線ネットワーク機器としては使わずに、各端末(MacやiPadなど)の音声を有線LANで受け取る用途(=ネットワーク音声レシーバ)で使っているのですが、久々に使おうと思ったらパスワードを忘れていて接続できなくなってしまいました。‥‥まあ、パスワード忘れは、よくある話ではあるのですが、問題はソコではなく、AirMacが古すぎて、最近のAirMacユーティリティだとExpress本体にアクセスできなくなっていました。

 

AirMacは、ブラウザからIPアドレスでアクセスして設定ページが表示される一般的なルータとは違って、専用のユーティリティで設定する方式です。その「頼みの綱」の専用のユーティリティが「このAirMacは古くてサポート外」とハネてしまったら、手も足も出ない、まさに陸の孤島になってしまいます。

 

最近のMacとMacOSX上から、色々と手を尽くした(AirMacユーティリティの色々なバージョンを試した)のですが、結局どれもダメでした。iPhoneのAriMacアプリも「このAriMacExpressは古いので対象外」とハネやがりました。‥‥なので、一番コテコテな方法、つまり、昔のMacの昔のOSの昔のAirMacユーティリティで接続する方法で解決しました。

 

何代も前のMac miniが現役のまま生きていたので助かりました。OSはSnow Leopardで、AirMacユーティリティは5.6でした。

 

 

あ。‥‥あともう1件。

 

実家のルータを入れ変えたので、実家のトイレに設置したアマゾンのダッシュボタンも設定を変更しました。昔のルータに紐づけてあったので、「このDash Buttonを無効にする」で最初の段取りからやり直しました。「WiFiを変更する」的なメニューが見当たらなかったので、最初から設定をやり直しましたが、もしかしたらWiFiのSSIDだけを変更できるのかな? ‥‥よくわかりませんが、最初からやり直しても大した手間では無いので、チャチャッと設定しました。

 

 

おそらく、この世界にネットワークがなければ、ネットワークに煩わされる時間も浪費せずに済むのでしょう。しかし少なくとも私は、ネットワークから得られる恩恵のほうが遥かに優っているので、手間がかかるだの何だの言っても、ネットワークやコンピュータとは今後もたっぷり付き合っていく所存です。

 


徒然、雑感。

旧来のワークフローを修復して4K8K映像フォーマットに対応できるバージョンアップ・グレードアップを施すのが良いのか、はたまた、送り描きの技術に加えてカットアウト・キーフレームアニメーションを旺盛に取り込んだ新しいワークフローで、最初から4K8Kに対応できる伸びしろをもつ体制を構築するのが良いのか、最近2種類の道筋を同時期に作業したがゆえに、何とも判断し難い感慨です。

 

「旧来のワークフローを修復」。‥‥かなり困難な取り組みですよネ。ワークフローを本来あるべき姿(=各工程の作業内容として意図された状態)に戻し、かつ、今の絵柄で標準完成度を目指すと、1話あたり3〜4000万くらいの現場予算が必要になるように思いますから、ブランディングを展開できる制作母体でなければ、まあ、中々無理な話ですよネ。

 

「テレビ作品は色々と手間を端折るからこそ、制作費に収まり、放映に間に合うんであって‥‥」という意見は、まさに現場を知る人々の言葉でしょう。しかし一方で、劇場作品同等の、複雑で手のかかるキャラやメカや美術デザインをテレビに導入している作品も多く、ワークフローはどんどん端折られた低コスト傾向に呑み込まれるわりに、作品の仕様はどんどん高コスト傾向へと突き進むという、矛盾した状況も抱えています。

 

つまり、「全部のせ特製チャーシューメン」を1200円ではなく、回転寿司のサイドメニューのような350円でだそうとして、バックヤードたる厨房は大混乱し、料理するための具材の仕入れも追っつかず破綻を喫している‥‥ということなんでしょう。じゃあなぜ、「全部のせ特製チャーシューメン」を350円でお客さんに提供するような献立にしてしまったのか‥‥というと、まさにお客さんの関心を惹きたいのと、そもそも「出店」するための出資を募る際に「お店が繁盛するであろう「売り要素」のプレゼン」が必要だったから‥‥とも言えましょう。プレゼンで「ミニサイズだから350円でもイケます」なんていう言葉が被されば、居合わせた人々は「大丈夫なんだろう」なんて思っちゃったりもして、でも厨房では「350円だから大丈夫なんて話、ひとつも聞いてないよ」なんて齟齬が発生したりもして、それはもう企画時点から修羅場が見えていたりもして‥‥。

 

実現の見込みのないゴージャスな献立を打ち出して、出店して営業開始しようと企画した時点で、未来に自分らが破綻するビジョンは見えている‥‥のかも知れません。

 

 

現場に「デジタル」による「効率化」が進んで、小規模の制作母体でもアニメ制作を取り仕切れるようになった。つまり、「見かけ上」は低コストでもアニメを作れるようになり、原作をアニメ化するハードルが下がった。アニメの表現技術がこの20年で向上したことも後押しして、やがて「どんな絵柄でもアニメ化できる」と思われるようになって‥‥。

 

人間=スタッフのキャパなんて、今も昔も大して変わらないのに、技術進化で「キャパが広がった」と勘違いして、ハコだけがどんどん肥大化して‥‥。

 

あれ? これって‥‥。

 

http://yamashitamasahiro.com/archives/5683

〜より引用

景気が拡大しているにもかかわらず、
金利は依然として非常に低いまま維持されていました。

そして、安い金利で銀行からお金を借りれるので、
企業は喜んでお金を借り、そのお金を株や土地に投資するようになりました。

特に当時、土地神話というものが存在しており、
「日本は国土が限られており、土地は貴重だから価格が下がることはない、
だから、土地を買えば必ず儲かる」とまことしやかな話が信じられていました。

 

http://diamond.jp/articles/-/60475

〜より引用

なぜ、あのときバブルは崩壊したのか? 誰もがおかしいと思いながら、なぜ気づかなかったのか? 失われた20年を生み出したバブル崩壊後の世界を...

 

 

バブル崩壊の頃の日本経済や社会の様相って、「役者」を変えれば、今の「第3次アニメブーム」だなんて呼ばれるアニメ制作現場の状況・顛末に似てますよネ。

 

「なぜ、あのとき、バブルは崩壊したのか? 誰もがおかしいと思いながら、なぜ気づかなかったのか」‥‥と引用文にありますが、実は「気づきたくない」「気づくのが怖かったので気づかないフリをしていた」だけなのかも知れませんよネ。バブル当時の当事者にしても、現在の「放映落ちするかも知れない」アニメの制作現場にしても‥‥です。

 

バブル崩壊に限らず、リーマンショックもなんだか似てますネ。「サブプライムローン」を読み替えて、現在のアニメ制作現場を考えてみれば、背筋が寒くなる未来がイメージできます。アニメ業界のここ10年の状況は、「デジタルの導入によって制作効率に革新がおきた」「中小制作会社でもテレビシリーズの丸ごと受注が可能になった」「メディア展開を推し進めたい原作権利元にとって、アニメ作品制作の依頼先の選択肢が増えた」‥‥という利点とも思える点が、後々になってすべて仇となって跳ね返ってくる点で、とても「サブプライムローン」に似ています。

 

デジタルの導入されても複雑なキャラを生身のスタッフが手描きで描けば時間がかかるし、コンピュータによってアニメの工程も効率化を一部果たしたとは言え、中小企業のマンパワーや技術蓄積までコンピュータは大手並みには増幅してはくれないし、アニメ化の依頼先が増えても品質が低かったり放映落ちしたら本末転倒だし‥‥と、要は「実質を伴わない」偽装構造とも言える、まさにサブプライムローンのような様相を呈しているのが、ここ数年よく見られる、破綻しそうなアニメ制作事例の典型かと思います(放映落ちした作品はつまり、「破綻しそうな」ではなく「破綻した」事例ですネ)

 

 

原作をアニメ化したい。とは言え、作るための相応のお金は用意できていない。でも、「サブプライム的からくり」で作れるじゃないか。そして、作品が本数だけ増えて、皮肉にも「第3次アニメブーム」とか言われて‥‥。

 

うーむ。バブル崩壊もリーマンショックも、未来のアニメ業界の行く末を言い当てているようにも思います。インサイダーもアウトサイダーも崩壊するまでは一緒になって「大丈夫だろう」と楽観視していた、状況のディテールも似てますよネ。

 

 

でも‥‥です。「その時が来る」と予測できていれば、自分の動き方も変えることができましょう。「まさか」とか「ウチの業界に限って、そんなことは」なんて言う人が、阿鼻叫喚に呑み込まれるのです。「どう考えても、今の状況は異常だ」と思うのなら、周囲がどんなに平和ボケしていようと、実践が困難であろうと、別ルート、脱出ルート、突破ルートを開拓しておくべきでしょう。

 

いち個人のスタッフであるあなたが、一生懸命、作品に命を捧げたからといって、作品は単価以上にはあなたを救ってはくれず、作品に対してあなたは0.000001%の権利すら保有していないのを、自覚すべきです。作品の権利を保有する人間などごくごく少数なわけですし、どんなに作品に貢献しようが年金がでるわけでもないのです。現場の破綻や崩壊を食い止めたからと言って、未来の自分の崩壊や破綻を、作品制作組織が面倒を見てくれるわけではなく、あくまで自助努力で死ぬその瞬間まで生きていくしかないのです。

 

私は、アニメ業界の場当たり主義的な動向に巻き込まれれば巻き込まれるほど、自分自身に恐ろしい結末が待ち構えているように思えてなりません。作品制作に関わりつつも、自分の未来が破綻しない計画を、意識的に、明確に、実践していくことが極めて重要だと思います。

 

「現場は崩壊する」と言っている人々は、まさに異常な現場の状況を感じとって、ごく自然にニュートラルに分析して、「この状態が長続きするはずがない」と率直に述べているだけ‥‥なのでしょう。実際、状況が超ハードな作品に関わっているプロデューサーさんや監督さんほど、苛烈な状況を持続したままの未来の10年、20年なんて、想像できないと思うのです。

 

 

ただ、私の知るところ、テレビ放映作品であっても、準備にお金をかけて、体制も品質を重視し、相応の制作費を投入する作品も存在します。テレビ放映作品であっても、お金を集められるところは集められる‥‥ようです。ですから、「すべてのテレビ作品は乱造でやむなし」と言い切るのは、少々雑な物言いとは思います。今のテレビ作品の作り方をよく思っていない人々も一定数いて、違うドクトリンで進めようとしている人々も存在するのです。

 

 

 

今の状況、そして未来の状況は、どう判断して、どう関わっていくべきなのか。

 

判断して見極めるのは難しいけれど、お手上げしてしまったら、時代の濁流に流されて溺れ死ぬようにも予感します。アニメのスタッフはさ‥‥親方日の丸じゃないからさ。たとえ、藁をも掴む状況だとしても、その藁を掴むのは、自分の手しかないのです。

 

 

私は、一旦は作画から長く離れていた時期もあり、「昨日まで自分の人生を占有していたものが、ぱったりと途絶える」感覚を知っております。今、殺人的なハードスケジュールで猫の手も借りたい忙しさでも、未来にも等しく仕事が溢れている何の保証にも成り得ません。作業依頼が10年20年先に途絶えない保証など、どこにもないのです。

 

であるならば、業界の景気不景気なんて「一過性」の移ろいゆくものと心得て、映像制作をする人間、絵を描ける人間として、自分はどうやって生きていけば良いか、常に頭とココロとカラダで考えて行動していくほかありません。「原画マン」になったから、「作監」になったから、それで一生、生きていけると思いますか。‥‥私は、そんな少ない要素と範囲で生きていけるとは、思えません。

 

旧来技術を維持し有効に活用することも必要でしょうし、4Kや8Kの時代におけるアニメーション映像作品をイメージし続けることも必要でしょう。予知能力でも無い限り、色々な可能性を累積戦略と順次戦略で実践していくしかありません。

 

人類の営みからすれば、映像産業なんて大した歴史も無いのです。映像の技術はまだ古典として定着するには幼すぎます。「蒸気船ウィリー」からまだ100年も経ってないしネ。

 

達観することがままならないのなら、未来へ進む道に迷いながらも、思考を停止させないこと、足掻き続けること‥‥でしょうかね。

 

 


最近、作画スタッフ募集の要項で「作品提出〜ただし、デジタルは禁止」という条件を、耳にしました。意外に思うかも知れませんが、私はその条件には賛成です。当人の生の画力や状態をジャッジする際に、デジタルだといくらでも「隠れ蓑」が可能だからです。デジタルは、描線をごまかせちゃうのです。

 

生の紙と鉛筆の描線は、形を捉える際の筆致・筆跡だけで、その人間の状態がわかりますし、清書かラフ描きかによって変化する線質の違いも、その人間の特性を示すからです。コンピュータに適当にアシストされるような状況では、本人が今後何十年も背負って生きる「絵」の本質が見えてきません。その点、鉛筆や水彩などで紙に描いた絵は、モロにその人間の技術力が反映されます。

 

人材の能力をジャッジする際に、何のフィルタもアシストも通用しない、生の紙と筆致による提出作品が適しているのは、とてもよく解ります。

 

過去に何度も書いていることですが、デジタルは当人の無能を補うツールではなく、能力を拡張するツールです。

 

デジタルで一時的に、自分の能力を補って取り繕っても、やがてそのバケの皮は剥がれて、より一層、辛辣な現実と向き合うことになりましょう。絵を上手く描けるよう努力しなかった人間が、デジタルの助けを借りて「コラージュ」しても、やがてバレる時がきます。

 

絵が上手くなりたいのなら、周囲の人間の「普通の価値観」なんて顧みずに、狂ったかのように無我夢中に絵を描きまくってこそ‥‥でしょう。「あの子、どうしちゃったのかしら」とお母さんが心配になるくらい、少年少女時代に絵を描いてこそ‥‥です。

 

私はコンピュータのリソースを最大限に活用するように努めますが、それは決して、「画力をデジタルでごまかす」目的ではありません。むしろ、画力を持つ人間の絵が、今まで以上に映像に反映されるようにする「拡張」「伸長」の技術です。

 

「デジタル」は、絵を描くのに挫折した人間の「集合場所」であってはなりません。私は絵が上手い! 自分は強い! ‥‥と紙やタブレットなど手段を問わず描き続けてきた人間が、これから未来の映像フォーマットにおいて十二分に力を発揮するために「デジタルを用いた作画」はあるのです。

 

なので、作画の人材選考において、「デジタル不可」はとても良い方針だと思います。当人の絵に対する生き様が、筆致から読み出せますもんネ。

 

 

ただ、今後のアニメーション映像作品制作においては、紙と鉛筆は「映像フォーマットに対して不適合」と言わざる得ません。画力を育成する際の「紙」と、現場を運用する技術基盤の「紙」は、別のフィールド、カテゴリで語られるべきでしょう。

 

私はここ最近、久々に紙ばかりと向き合ってましたが、もはやHDの現在でも、映像フォーマットに不適合であると思い知りました。線の少ない昔ながらのキャラ、例えばパズーくんやシータさんのようなキャラでもない限り、UHDに対応できる見込みはありません。

 

スキャンで潰れることがわかっていながら、細かいキャラ表に合わせて鉛筆で描くことの虚しさといったら‥‥。

 

A4〜B4サイズで150dpi・二値化の現実から目をそらして生きるのに、この先、どれだけ猶予がありましょうか。

 

我々は今後、高品質映像フォーマットと向き合って作品制作を続けなければなりません。昔話や思い出話で見ないふりしても、現実は確実に立ちはだかってきましょう。

 

私の中ではすでに「もう、紙はダメだわ」という感慨でいっぱいです。現場で用いられるA4〜B4用紙に鉛筆で線を引いても、150dpiで二値化している時点で、現行のHDのポテンシャルすら引き出せませんよネ。UHDになったら、どう運用していくつもりか、業界はまさに「ノーアイデア」でしょう。

 

春先に作業したエンディング映像の、4K60pで再出力した(iPadで4〜6Kで線画を描きました)映像を見ましたが、たとえ20Mbpsの1/100の圧縮率(オリジナルのProRes4444/4K/60pですと2.5Gbpsです)の配信用途のムービーでも、細かいディテールの1つ1つが緻密に動く別次元のニュアンスを実現しており、UHD時代に耐え得るアニメの質感を実感しました。紙では到底不可能な描画領域です。

 

描画の概念が移行し、描き方も変わり、団塊ジュニア上半期の人間たちが60代のおじいちゃん・おばあちゃんになって引退する頃に、紙の時代も終わるのかもなあ‥‥と感じます。

 

 

紙は、人材の能力を見極める際、「ごまかしのきかなさ」ゆえに、とても有効な素材となりえます。しかし一方で、紙の物理的サイズゆえに今後の映像フォーマットの進化には追随できない素材でもあります。

 

今後、制作現場はどのように紙とつきあっていくのか、成り行きは果たして如何に。

 


しみじみと

最近、色々なスタンスの仕事を引き受けて、しみじみ、アニメのような映像作品作りは、バックヤードの状況が映像に表れるものだと感じました。丁寧に長期間かけて準備するテレビもありますし、劇場スペック並みのクオリティを目指すテレビもありますし、時間の極端に少ないテレビもあり‥‥と、金ー時間ー品質の関係性は、なんだかボルトとワットとアンペアみたいなもんだなと改めて認識しました。

 

かつてのバブル経済やリーマンショックがそうであったように、第三次アニメブームなんていわれる現在の状況も偽装構造によって成り立っていると言わざる得ません。中小規模の制作母体でもアニメが作れるようになったここ10年の傾向は、その反動として、急速に業界の基盤を劣化させ、制作システムを老朽化させるに十分だったのでしょう。内部のことが解らない門外漢の人々は浮かれてもしょうがないとしても、インサイダーである制作現場側の人間は、以前のアニメブームの時と比べて、現在の「第三次アニメブーム」がどのように異なるのかを、しっかりと認識しておく必要がありましょう。

 

特に深刻に感じるのは、作画技術の層が急激に痩せている現実です。‥‥なので、ちまたでは「人材の育成を早急に」との言葉が各所で聞かれるのでしょうが、現場に金がない時点で「技術継承」「人材育成」なんて無理なんだと悟ります。技術を継承し人材を育成するにも「金ー時間ー品質」の関係性はついてまわります。

 

時間がなければ、自分の作業をストップして新人に人体やらパースやら平面構成やらの技術をレクチャーすることはできません。私がこの1〜2ヶ月、テレビシリーズの作監を請け負って全く身動きがとれなくなった様子を同僚が見て、「技術の育成、現場の技術力といったところで、仮にこのフロアに作画の新人がやってきたとして、江面さんはその新人に教えてる時間なんて、今ある?」と言われて、しみじみ納得。‥‥たしかに、テレビに関わっている以上は、毛頭無い‥‥ですネ。

 

線がめちゃくちゃ多い昨今のキャラ、ビデオグラムありきの高い品質要求度、期間の短いスケジュール。つまりは、中堅、ベテランが忙殺されるということは、新人が育たないことと同義なのです。

 

そして、パースも美術解剖も平面構成も習得しないまま中堅になってしまったスタッフが第1原画で「形だけのレイアウト上がり」を乱発する‥‥なんていう絵に描いたようなマイナスなスパイラルが発生もします。第1原画だけ作業するので、自分の原画がどのように修正されたかも解らず、技術の自己同期・フィードバックがなされないまま、どんどん歳だけとっていく‥‥というさらなる悪循環まで生じます。

 

新人の時代に右左がわからないのは、決して悪いことではないです。むしろ、当然です。問題は、そうした右左もわからない人間にたいして、技術の継承・伝達がなされず、人材育成が実質上機能しなくなった現状です。

 

で、ぎゃふん、と言われるかも知れませんが、そうした現状はどうにもできないでしょう。なるようにしかなりません。過去から現在へと続くアニメ業界は、誰かモーゼのような高潔な指導者が導いたわけではなく、なんだかんだ言いながらも、なるがままになってきたのです。

 

強固な新人育成プログラムが各現場に明確に確立されていたわけではありません。そもそもフリーランスのアニメーターが会社に席をおいて作業する際に、いきなり新人を指導する立場になるわけもないです。フリーの集まるフロアになんとなく新人や若年を育てる「隣組」みたいな雰囲気があっただけです。会社に所属しているアニメーターが新人を指導することもありましたが、腕が立ってくると独立して、さらなる広範囲な技量を習得するためにも、色々な現場を渡り歩くようになっていきました。

 

そうしたなんとない「人が育つ気風」が、いつしか「人が育たない気風」に変化しただけで、誰かが意図的に操作したものではないのです。世代人口の経緯、アニメブームの浮き沈み、人との関わり方における社会的な気風の変化も、影響していることでしょう。

 

人材を育成‥‥といっても、いきなり他社や他人の自宅に踏み込んで、技術指導するわけにもいかんじゃないですか。「じゃあ、このままで良いと言うのか?」と焦る気持ちもわからないではないですが、育成のメカニズムや実践のコストを計画しもせずに、ヒステリックに焦燥感、危機感だけを募らせても、状況は何も変わっていきません。「キモチの問題」だけで済むような甘い話ではないのは、一定の経験を有していればわかります‥‥よネ。

 

「じゃあ、滅びるしかないじゃん」と思う人もいるでしょうが、滅びるのをアホみたいに指をくわえて待っている人間だけで業界が構成されているわけでもないです。要は、滅びるところは滅び、生き残るところは生き残り、新たに台頭するところは台頭してくる‥‥という野生的とも言える自然淘汰がまた今回も作用するだけです。

 

滅びたくないのなら、滅ばないようにアクションすれば良い‥‥です。当事者たるそれぞれの、人、グループ、会社が‥‥です。

 

最近、テレビの作監を手伝ってしみじみ思ったのは、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」‥‥です。安全地帯で制作現場の未来を語っていても、結局は机上の空論ですもんネ。アニメーション作品制作の未来像を得るためには、キリングフィールドに立ち入って、未来のビジョンを見極める必要があったと痛感します。50代に入る前に、非安全地帯=危険地域の現状を身を以て体感したのは、未来を切り開く上での大きな指針となりました。

 

 

第2次世界大戦でドイツが失った人口は800万人で、現在のドイツにおいてもその影響は続いているらしい‥‥と同僚が話していました。同じく、アニメ業界がこの10年で失った事の影響を、この先の10年20年で嫌という程、思い知ることになるのかも知れません。

 

しかし一方で、日本では第2次世界大戦=太平洋戦争の反動として、団塊、そして団塊ジュニアの世代を形成したのも事実です。滅び、終焉というのは、新たな誕生のサインでもあるのでしょう。

 

ある一定の人々は、現在の状況に対して即物的に反応しがちですが、そうした日和見的感覚に巻き込まれることなく、大局を見据えてこそ、未来に「自分の望む生き方」を実践できるというものです。

 

ずっとアニメを作って生きていきたい? 映像作品に関わって一生を全うしたい? ‥‥だったら、その願いが成就するように、未来をしかと見つめ、順次的・累積的にアクションするしか‥‥‥ないですよネ。

 

私は、未来を諦めるどころか、逆に現状が見えたことで見通しが立って、どのようにすべきかが、数ヶ月前の自分より、明確に意識できるようにもなりました。新しい技術分野をどのように活かすか、そして「戦いの原則」をどのようにこれから未来の制作現場に当てはめて実践していくか、むしろ以前より積極的なキモチです。

 

ドラッカーの言う「基本と原則に反するものは、例外なく破綻する」という言葉は、個人の中にも、組織の中にも、技術体系にも制作運用にも言えることなのでしょう。

 

落胆や悲観などに限りある時間を費やす暇などありません。やることはいっぱいあります。「戦いの原則」を過去の歴史から学びつつ、どのように新旧の技術と織りなしていくか‥‥ということでしょうネ。

 

 


アマゾンのダッシュ

通販を活用する生活はあまり外を出歩かない生活とも言え、Apple Watchでいうところの「ムーブ」のアクティビティの達成度が稼げない生活でもあるのですが、一方で、仕事を何としてでもこなさなければならない状況においては、とても便利でもあります。アマゾンのダッシュボタンは、日本人だと考えつかないような「一品専用の注文端末」で、トイレットペーパーやティッシュがなくなりそうな時に、どんな状況でも翌日には配送してくれるサービスです。

 

このダッシュボタン。賛否が分かれるところでしょうネ。

 

しかし、とにかく仕事が忙しくて、レジャーはおろか、買い物も難しいような状況においては、ないと困るトイレットペーパーくらいは、ダッシュボタンを使って注文しても良いように思います。せっかくの近代的なインフラを活用したサービスだし。

 

ダッシュボタンは、ただボタンを押すだけで、WiFi経由で情報がアマゾンに送信され、トイレットペーパーなどの一品のみを注文するサービスです。ダッシュボタンの本体は500円ですが、最初の注文時に500円相当が割り引かれるので実質無料で、ユーザをアマゾンでショッピングさせるための誘導装置のような存在です。

 

使い始めるには、ちょっと注意点があって、

 

スマホを所有していること(スマホのアプリからBluetooth経由で設定するため)

WiFiは2.4GHz帯が必要

 

‥‥です。

 

まあ、つまりは、現代生活のベースを持った人(家にはWiFiのDHCPを完備、スマホを持ち歩く生活)でなければ、買っても使えるように設定できない‥‥ということでもあります。

 

私は5GHz帯でしかWiFiを設定していなかったので、そこでひっかかってしまいましたが、アマゾンのヘルプを見て了解、今は使えるように設定できました。設定自体はそんな大したことではなく、むしろ簡単すぎるくらいです。

 

私は、ティッシュとトイレットペーパーのダッシュボタン「エリエール」を買いました。早速、ティッシュをダッシュボタンで注文し、今日届く予定です。

 

 

* * *

 

セルフネグレクト‥‥という言葉を最近知りました。日本語でいうと「自己放任」という意味らしいです。

 

孤独死をネットで調べていて、孤独死した人の部屋の写真を見たときに、「本当にこんな部屋で暮らしていたのか?」と思うゴミ屋敷のような部屋の写真がいくつも出てくるのですが、まさにソレがセルフネグレクト。

 

実は私、20代のアニメーター時代の超貧乏時代に、まさにセルフネグレクト状態だったと思い起こします。生活が荒む‥‥といっても、世に言う「酒とギャンブルと金」ではなく、自分の生活を顧みない「地味な」荒みかたもあるのです。フリーランスでも、何日も会社に泊まり込んで作業して、家に帰るのは風呂と着替えだけ、帰りがけに買ったコンビニの買い物袋にゴミが入ったまま何週間も忘れて、かと言ってヘトヘトで部屋を掃除する気にもならず、むしろ「部屋を綺麗にしてもほとんど滞在していないんだから意味がない」とすら思えて、どんどん、どんどん、部屋がゴミ(=そんな生活だから朝のゴミ出しもできない)と積もり積もった放置物で荒廃していく‥‥という状態です。

 

その当時、同僚を突然死で亡くし、世間からのアニメに対する風当たりも強く、自分の技術が上がれば上がるほど品質に対する自己基準も高くなって金が稼げなくなり(=量よりも質を優先するから)、ガス水道電気というインフラの支払いも滞り、自分ながら「暗黒時代」だったと思います。そしてその暗闇を象徴するのが、今でいうセルフネグレクトな状態でした。

 

しかし、逆に、その暗黒時代=セルフネグレクトな20代の経験が、物凄く強烈な禁忌、強迫観念となって、今の自分を支えているようにも思います。

 

適当に辛いけれど、適当にうまくやって、適当にお金も手にできて、適当に生きられて、40〜60代を迎える‥‥ということは、適当では済まない転換期や局面が立ちはだかった時にどうすべきか‥‥のノウハウを知らないままで生きてしまったということでもあります。例えば、奥さんに愛想をつかされて熟年離婚して60代になって自炊生活するような男が、セルフネグレクト状態に陥り孤独死する‥‥なんていう事例があったとしても、不思議ではありません。自分では上手くできている‥‥と思っていても、実は周りに面倒を見てもらっていたから自分の自己放任が発覚しなかっただけで、独りになった途端に自己放任が始まる‥‥なんていうことは、容易に考えられます。

 

セルフネグレクトに陥る40〜70代の人は、おそらく、若い頃に普通に生きていた人も多いんじゃないでしょうかね。全くの憶測ですけど。‥‥ゆえに、今、自分がセルフネグレクトの入り口にいることを自覚できないのかも知れません。

 

 

自分の机の周辺を見回して、おせんべいのパッケージを開けた切れ端が床に転がっていたり、缶コーヒーの空き缶が数日間放置されていたりすると、自己チェックで「セルフネグレクト、始まってるな」と思うのです。「そんなことすら?」と思うかも知れませんが、実は結構解りやすいサインなんですよネ。その状態を軽い気持ちで放置すると、いつのまにか荒んだ生活に両足を突っ込んでいることになる‥‥のを、経験者だから解るのです。

 

どんなに雑然としてても、「整理」した部屋を維持できていれば大丈夫です。整理とは「理にかなった整え方」です。本棚に本、衣服のタンスには衣服、ゴミはゴミ箱、ティーセットはローテーブル、汚れた服は洗濯機の脇の籠の中に、腕時計はいつも置いている置き場所に‥‥と、「合理=理屈に合った」的な整え方をできているうちは、「自分の生活を律しよう」とする意思が作用している証拠です。

 

そうした延長線上で、コープの宅配とか、西友の通販とか、アマゾンのパントリーやダッシュボタンが生活の中で有効に活用されているのは、ある程度の基準にはなりましょう。もちろん、あくまで「バランスよく通販や宅配を活用している」ことが必要ではあります。

 

ダッシュボタンで、トイレットペーパーのストックを気にするうちは、生活を維持しようとする意識が健在だ‥‥とも言えますネ。

 

 

自己放任、セルフネグレクトとは、自分の生活の機能と統制を維持できない状態です。これは、人体で言えば、生きているうちは体に蛆がわいて体液が流れ出すようなことはなく、生命維持の秩序が保たれているのに、死んだ途端に秩序が失われて次第に腐っていくような状態‥‥に似ています。

 

自分の生活空間が腐っていく。自分の部屋が死んでいる。‥‥‥恐ろしいです。まあ、私自身の強迫観念もありましょうが。

 

自分の生活空間を正常に保つ。‥‥かなり重要なことなのです。

 

トイレットペーパーがないからといってティッシュを代わりに使ったり、ティッシュがないからといってキッチンペーパーで鼻をかんだりし始めたら、それは結構ヤバい。自分の生活が「後先構わない」状態になり始めています。

 

‥‥で、私。テレビのお手伝いをするようになって、かなり荒れ始めました。マズいす。

 

現在の私は、今の仕事が終わったら、スッキリサッパリ、掃除もして各所の整理整頓もしたい欲求がとても強いです。私は資料などストックが多いですが、それならそれで物が多いなりに、ちゃんと合理的に生活空間を制御して、セルフネグレクトには立ち入らないようにしないとネ。

 

「仕事が忙しんだから、散らかったって仕方ねーよ」といっているうちは、まだその先の地獄を知らない証拠‥‥なのです。

 

 

 


釣りを見分ける

今日もまたフィッシングのメールが届きましたが、メールソフトの機能によって、一見、差出人が「三菱東京UFJ銀行」と表示されるので、本物のメールのようにも見えます。しかし、それは単にfromヘッダに書かれた文字列を表示しているだけなので、簡単に見破ることが可能でもあります。

 

どんな時代においても、詐欺に引っかからないようにするためには、本人の基本的な知識も必要です。別にインターネット云々ではなく、どんな時代でも詐欺は存在しているので、日頃使う道具に合わせて、詐欺を遠ざけて身を守る知識を身につける必要があります。パソコンやスマホを使うのなら、メールを使うのなら、それに合わせた知識を‥‥です。

 

フィッシングのメールを見分けるポイントは、フィッシングしようとする側の弱みを突けば良いのです。

 

弱みとは、

 

本家のメールサーバを使えない

本家のドメインを使えない

本家の申請による証明書が発行できない

 

‥‥あたりでしょうかね。

 

今日の深夜に届いたメールは、

 

MUFGカードWEBサービスご登録確認

 いつも MUFGカードWEBサービスをご利用いただき、ありがとうございます。

 この度、MUFGカードWEBサービスに対し、第三者によるアクセスを確認いたしました。

万全を期すため、本日、お客様のご登録IDを以下のとおり暫定的に変更させていただきました。

 お客様にはご迷惑、ご心配をお掛けし、誠に申し訳ございません。

何卒ご理解いただきたくお願い申しあげます。

ttp://www.cr-mufg-jp.loan/selected/id

上記MUFGカードWEBサービスIDは弊社にて自動採番しているものですので、

弊社は、インターネット上の不正行為の防止・抑制の観点からサイトとしての信頼性・正当性を高めるため、

大変お手数ではございますが、下記URLからログインいただき、

任意のIDへの再変更をお願いいたします。

なお、新たなID?パスワードは、セキュリティの観点より「10桁以上」のご登録を強くおすすめいたします。

ttp://www.cr-mufg-jp.loan/selected/id

*ID変更の際はこれまでご利用いただいておりましたIDのご利用はお控えいただきますようお願い申しあげます。

*他のサイトでも同じIDをご利用の場合には、念のため異なるIDへの変更をおすすめいたします。

 -----------------------------------------------------------------------

本件に関するお問い合わせにつきましては、MUFGカード係まで

お電話いただきますようお願い申しあげます。

お問い合わせ・ご照会

 <三菱東京UFJ銀行 BizSTATION>

受付時間 9:00〜19:00(土日・祝日・銀行休業日を除きます)

-----------------------------------------------------------------------

*誠に勝手ながら本メールは発信専用アドレスより配信しております。

本メールにご返信いただきましても、お答えすることができませんのでご了承ください。

 

*文中のURLは間違ってアクセスするのを防ぐために先頭の「h」を削っています。

 

‥‥という内容ですが、まず本文をみただけで、パスワード変更の重要な通信なのに、「https」ではなく「http」な点で「怪しさ確定」です。

 

httpsの末尾のsは、セキュアのSです。(‥‥たぶん)。つまり、HTTPによる通信を安全におこなうための仕組みです。‥‥で、その安全の確保・確立のために「SSLサーバ証明書」を発行するわけですが、これは自前で用意することもできますが(個人規模の場合)、正式な認証局(CA)によって発行された信頼できる証明書を用いてこその企業のWebコンテンツです。ゆえに、外部の人間が簡単に企業を騙った信頼できる証明書などゲットできるわけもないのです。

 

ちなみに、私は自前の証明書を使ってhttpsによる通信を自己使用することがあります。個人的な用途で、セキュアでhttpプロトコルで通信したい場合に‥‥です。その際は必ず「信頼できない証明書です」と警告表示がWebブラウザで表示されます。しかし、自分のローカルで証明書を取り回す分には、発行した人間も自分、使う人間も自分だけなので、「この証明書を信頼する」で使えば良いだけです。

 

しかし、企業を騙って人を騙す目的には、これがうまくいきません。詐欺目的でSSL証明書をオレオレ発行したところで、Webブラウザが認証局との通信で「この証明書は信頼できない」と警告してくれます。そこから先、企業のWebだと言うのに、信頼できない証明書を前にしてもなお先に進んでしまって、詐欺に引っかかる人は、それはもうネットで餌食になる人‥‥としか言いようがないですネ。

 

 

同じく、誘導のURLから読み取れるのはドメイン名です。

 

cr-mufg-jp.loan」とは何。銀行がloanドメインを常用してるのか?‥‥と如何にも怪しいですネ。

 

‥‥で、やっぱりウソのドメインでした。銀行のアナウンスもご参考に。‥‥「注意喚起」の銀行本家のWebページも、アドレスをみれば、決してcr-mufg-jp.loanなんていうドメインではないのがわかりますネ。

 

このことから逆に考えると、企業がユーザに信頼されたいのなら、ドメイン名はホイホイと変えずに、一貫したドメインを使い続けて、ドメイン名を企業のロゴのように根付かせるのが重要だ‥‥とも言えそうです。

 

まあ、ドメインはどんな文字列を取得しているかなど、企業によってまちまちですが、日頃から銀行のWebやお知らせメールを受け取っている人なら、メールアドレスやWebのURLでドメイン名は見覚えがあるでしょうから、「似せてはいるけど、末尾のドメインが何か変」な場合は注意すべきですネ。

 

 

もっと決定的なのは、メールのヘッダに目を通した時です。今回のフィッシングメールの「リターンパス」と「フロム」はこんな感じです。

 

Return-path:

<xxxnolia@kne.biglobe.ne.jp>

 

From:

=?utf-8?Q?=E4=B8=89=E8=8F=B1=E6=9D=B1=E4=BA=AC=EF=BC=B5=EF=BC=A6?= =?utf-8?Q?=EF=BC=AA=E9=8A=80=E8=A1=8C?= <xxxxxx@kne.biglobe.ne.jp>

 

 

*メールアドレスは伏せています。もしかしたら、アカウントを乗っ取られて悪用されている可能性もあり、メールアドレス所有者も被害者である可能性も考えられます。悪事を働こうとする人間は、ごく普通に考えて、簡単に足がつく行動はせずに、色々と踏み台を使って動くでしょうしネ。

 

 

三菱東京UFJ銀行がビッグローブのメールアドレス? ‥‥これで完全にフィッシングであることが確定ですネ。自宅のメールアドレスみたいなのを、重要なお知らせで使う企業なんて存在しないですもんネ。呑みのお誘いじゃないんだから。

 

ちなみに、from欄にある「=?utf-8?Q?=E4=B8=89=E8=8F=B1=E6=9D=B1=E4=BA=AC=EF=BC=B5=EF=BC=A6?= =?utf-8?Q?=EF=BC=AA=E9=8A=80=E8=A1=8C?=」をデコードすると、「三菱東京UFJ銀行」になります。つまり、差出人の名義なんていくらでも送り手が詐称できるということです。

 

現実の手紙でも、差出人なんていくらでも好きなように書けますもんネ。郵便局で身分証明書を提出して局員が差出人欄に記入するわけじゃないですよネ。同じく、ネットのメールも、送り手側が悪意をもっていくらでも差出人名を偽って、その偽名がメールソフトに表示されてしまう‥‥ということです。

 

 

要は、メールを受け取った人間が、「メール本文を読んで、その中の不審点を見つける」「ヘッダを見て差出人のアドレスを検証する」くらいの初期動作があって、もしそれでも「不審な点が見つけられなかった」としても、あたふたと動揺してネットでコチョコチョと動き出すのではなく、営業時間に銀行に直接問い合わせるのが、冷静な対応というものです。

 

まんまと誘導アドレスにアクセスして、自分のアカウントとパスワードを入力して「まいどあり」なんて、最悪でしょ。

 

「うそ〜?」とか「えええ〜〜?」と思ったら、不思議だなと思ったら、危ういと思ったら、まずは動かないことですよネ。軽はずみな判断と行動は、傷口を広げるベクトルにしか作用しませんよネ。

 

基本的な知識を身につけて、パニックにならないように心がけたい‥‥ですネ。

 

 

とは言え‥‥です。

 

知識が高まってくると「知った風な口をたたきたくなる」のも人情。私もそんな中のひとりと言えましょう。

 

中途半端な知識が、かえってドツボにハマるキッカケとなることもあります。

 

知識がある人間ほど、「自分の知識が及ばないフィールド」に対する警戒感と謙虚さを持ち合わせているものです。そして、自分の知識が豊富なフィールドでも、何か知りえない盲点や死角があるかも‥‥と踏みとどまって見据えようとするものです。

 

不心得ものが、そうした知識の豊富な先達から学べるのは、「狼狽えない態度」でしょうかネ。戦国ドラマでよくある「戦場の喧騒の中、堂々と座したままじっと目を瞑って、対局を見据える」アレです。‥‥‥‥私もそうでありたいと思いますが、中々‥‥ネ。

 

まあ、料理を焦がしちゃった程度の被害なら、自分の不遜さを苦くて不味い料理で悔いれば良いだけですが、自分の生活を揺さぶるような銀行関連とかネットのアカウント関連は、軽はずみにジャッジせずに、謙虚に慎重に行動すべし‥‥ですネ。

 

 


アマゾンでお薬

風邪ひきました。先週末の土曜日に具合がおかしくなって、日曜日になんとか抑え込んだと思っておりましたが、相変わらずのかけもち仕事で月火と治りきらずに長引き、昨日また具合がおかしくなって休んで、今日またもち直した感じです。

 

今、酷いかぜになるとヤバいので、大事にならないようにしております。空調に気を使って(だいたい体調が悪くなるきっかけは空調なので)、こまめに休憩をとりつつ、作業しています。

 

私は、できるだけ薬に頼らない方針なのですが、今回はパブロンに頼って酷くなるのを抑えてます。

 

自宅も職場も常備薬には気を遣っているのですが、こういう突然の風邪でストックが減るので、アマゾンで定期的に補充しています。今は、薬すらアマゾンで買うようになってもうた。

 

ただ、なんらかの理由で薬のページは、「これを買った人は、これも買ってます」的なオススメの欄がないですね。何か決まりごととかがあるんでしょうかね。「薬をホイホイとお客さんに勧めて買わせるのはNG」的なものが。

 

 

アマゾンで定番の常備薬を買うと安いです。そして手に届くのも速い。

 

パブロンゴールドAとかは、ドラッグストアよりもかなり安く買えました。作業場に備えておいたパブロンを消費してしまったので、試しにパブロンSゴールドW微粒を買ってみました。

 

アマゾンプライムで買うと良いのは、動くのもダルい微熱の時に、一歩も外に出なくても、当日〜翌日に届けてくれる点です。これは本当に助かります。‥‥まあ、その流通のしわ寄せが最近ニュースにもなっていますけどネ。

 

 

今の仕事がひと段落ついたら、今後の自分の健康や仕事の方針を、じっくりと考えてみたいと思っています。自分の体力も顧みずに流されるままに仕事をする歳でもなくなってきましたし、自分の体を資本として、これから残り半分の生命をどのような仕事の比重で活用していくかを、よ〜〜く見つめ直すべき時期‥‥ですネ。


筆圧要注意

アマゾンでiPadやCintiqなどの保護フィルムのレビューを見ていると、特にペーパーライクな保護フィルムの場合、「ペン先の減りが異様にはやい」「2時間で消耗する」なんていうレビューを見かけますが、「デジタル」で絵を描く時は、ふと冷静になって自分の「筆圧」を見つめ直してみることも必要になります。

 

意外に、筆圧の高い人は多いのです。

 

保護フィルムを貼ったことで、日頃の自分の筆圧の高さ・強さが強調される‥‥なんてこともあるのです。

 

紙と鉛筆の場合、万年筆などのペンの場合、鉛筆の芯がバキボキと折れたり、ペン先が湾曲するような状況を見て、「ヤバい。筆圧が高い」と自覚できるのですが、ペンタブにはそれがないので、実はとても危険なのです。ぶっちゃけ、肩を壊す原因にもなります。

 

絵を描く時の「自分流」はありましょうが、長く絵を描き続けたいのなら、筆圧はできるだけ弱くするように「自覚して明確に」心がけるべき‥‥でしょう。ハードウェアは故障したら買い換えることができますが、自分の体は買い換えるわけにはいきませんもんネ。

 

特にペンタブを使う場合、無自覚に筆圧がどんどん強くなることもありますから、感圧を敏感に設定して、弱い力でもダイナミクスをコントロールできるように自分の画法を改良したほうが良いです。

 

楽器でもなんでもそうなんですが、力を入れたところで、上手く弾けるわけでも描けるわけもないのです。一生懸命力を込めれば、一生懸命描いてる気分になってしまうものですが、それはむしろ逆効果なんですよネ。ストロークに柔軟性が失われてしまいますし、「自分が必要以上に力んでいる」ことを客観的に冷静に俯瞰視できていない時点で危ういです。

 

何かを操作する時、力んでて良いことなど1つもないのです。害だけです。もし自分が「そのスタイルで生きてきた」というのなら、自分の未来のためにも方針変更して自分の技法を変えた方が良いです。

 

アニメの絵を描く時、絵の内容は気にしますが、描く時の自分の挙動を気にすることはあまりないですよネ。しかし、バイクの運転やピアノやギターの演奏では、運転時や演奏時の挙動も指導・指南の対象となります。アニメは描いている時の姿を他者がチェックするような指導法がなく、絵さえ上手ならば自己流でプロになれてしまうので、気づきのきっかけがないのです。両指にギチギチに力を込めてスケール練習したり、体をギンギンに強張らせてスラローム走行したり‥‥などは、経験者の指導によって改善されますが、アニメの絵を描く時はどんなに筆圧が強かろうと誰も指摘してくれません。‥‥だから、筆圧の強い人ほど、ある程度の年数が経つと、カラダにガタがきやすいのです。指にタコができる程度で済めば良い方で、肩まで力みが伝達されて、首の方まで影響が出てきます。

 

「だってさ、強くペンタブに力をかけないと、濃く出ないんだもん」というのは、いやはやなんとも。

 

筆圧の設定をすれば、いくらでも楽に濃く描けるようになります。「筆圧を敏感にすると、コントロールが難しくなる」という意見もありましょうが、難しいコントロールを当人の技術で可能にしてこそプロだとも思います。トライアルバイクのプロライダーは、タイヤのブロックパターンの1つ1つが地面を噛む感覚を得るといいます。プロのピアニストは何重にも重なったポリフォニーを繊細なタッチによって浮かび上がらせます。同じように、繊細な筆圧コントロールを可能にしてこそ‥‥です。

 

 

‥‥で、実は私も筆圧が弱いとは言えず、むしろ強いほうなので、特に切羽詰まっている時こそ、冷静に自分の筆圧をチェックするようにしています。

 

自分の筆圧が強いのも自覚できずに、アセアセゴリゴリと描いている時は、そうとうパニクっている時です。そんな状態では、絵そのものにも支障がでます。「おい、自分。もうちょっと冷静になれや」と筆圧で自分の状態をクールダウンするきかっけにもなります。

 

 

アマゾンのレビューには、レビュワーの筆圧の客観的な明記はないので、実際のところ、どれだけペン先が減るものなのかは、自分で使ってみないとわからないものです。

 

まあ、とにかくは筆圧設定を敏感にするところから始めて、多少それで描くにくくなろうが、自分の体を長く使い続けるための「画法」ですから、筆圧が弱めの描き方に慣れて技法を確立するしかない‥‥と私は考えます。

 

筆圧が高くて肩を壊した人を何人も知っているし、過去の私自身が筆圧が強くて自身の体を痛めつけたので、余計‥‥ネ。


いつのまにかツルツル

描き味を向上させるために、iPad Proにはザラザラな保護シートを貼っているのですが、一番ペンが接するエリアがツルツルになっていました。まあ、最近はハイペースで使っていたから、そりゃそうか。

 

私の実感では、毎日描き続けている場合、3〜4ヶ月で貼り替えが必要になると思われます。う〜ん、面倒。

 

ツルツルでも絵は描けるんですけど、精度が甘くなるので描きなおしが増えて、無用なストロークが増え、時間がかかるようになります。やっぱり、1発でビシッと決めたい場合は、ペン先は滑ってはいけません。しっかりと路面(?)をグリップしないと。

 

まあ、タイヤと同じですかね。減らないタイヤはこの世には存在しない……と。

 

消耗するけど、描き味が良いのはコレ。いわゆる「ハイグリップ」タイプです。現在、貼り付けていて、ツルツルに消耗したのはコイツです。ハイグリップタイヤは消耗が激しいのです。

 

 

 

グリップ力は弱いけど、耐消耗性を兼ね備えた「エコ」で「デュアルパーパス」なのはコレ。

 

 

なんか、バイクのタイヤのチョイスみたいで楽しいし悩ましい。

 

ちなみに、私がバイクによく乗っていた頃に愛用していたタイヤは、ピレリのMT21で、調べてみたら今でも生産していて、何だか嬉しいです。このタイヤを履いたRMX250Sは、どんなところへでも行ける気が満々で、頼もしい限りでした。

 


SuicaとApple Pay

Apple Watchを買ったので、Suicaを使えるようにしてみました。私は電車に乗ることはかなり少ないのですが、たまに乗る時にいちいち残高を気にするのも面倒だし、小銭がなくても自販機でもサクっと支払えるし(Suica対応の自販機なら)、そもそも健康管理の端末として常時身につけているガジェットなので、ネットで調べながら設定してみました。

 

私はiPhone6なので、iPhone単体ではSuicaカードにならないみたいです。iPhone本体をカードのように使える機能はiPhone7以降です。

 

しかし、iPhone6でも、Apple Watchと連携すれば、Apple WatchがSuicaカード代わりになって、決済が可能になります。

 

設定に必要なのは、

 

ウォレットに追加できるクレジットカード

iPhoneのSuicaアプリ

 

‥‥と簡単で、椅子に座りながら30分くらいで完了します。ネットの記事の中には、事前に記名式のSuicaが必要との解説もありましたが、特になくても大丈夫でした。

 

段取りとしては、

 

  1. iPhoneの「Wallet」アプリにクレジットカードを登録
  2. Apple Watchの「Wallet」と連携

 

‥‥で、iPhoneとApple Watchの「決済システム」の紐付けを完了し、

 

  1. iPhoneのSuicaアプリで、Suicaカードを新規発行(実物はないので「バーチャルカード」ですかね)
  2. 発行したSuicaにApple Payでチャージ
  3. iPhoneとApple Watchの「Wallet」にSuicaカードを追加

 

‥‥で、「決済システム」と「Suica」を紐付けて終了です。

 

試しに職場の自販機でコーヒーをApple Watchでタッチして買ってみましたが、サクッと買えました。部屋にiPhoneはおきっぱなしで、廊下の自販機の前ではApple Watchだけでしたが、ちゃんとSuicaのタッチパネルには反応していたので、そこんところの整合性は上手くできてるんでしょうネ。

 

しかし、電車に乗っているうちにApple Watchのバッテリーが切れたら、どうすんだろうか。まあ、対処の方法はあるだろうけど、iPhone6だと自動改札にかざしてもカードにはならないでしょうから、ちょっと面倒なことになりそうですネ。

 

なので、小さいバッテリーをカバンに入れておきます。短いコードと一緒に。

 



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