雑感

それぞれ、方向性の90度ずつ違う作品の作業を4本掛け持つと、360度くるくる回って、なかなか落ち着いて取り組めないものです。

 

加えて、いまどきは、作品が1クールで終わる事が多いので、キャラやメカのパーツを覚えた頃には作品が終了してしまって、効率が悪いですよネ。つい最近始まったと思ってたら、もう最終話だったり。私はここ十数年、劇場作品ばかりやってましたが、劇場作品は期間が長いので、むしろテレビよりも馴染めるくらいです。

 

短期の作品は、全然設定が覚えられないので‥‥

 

  • Fire HD 8
  • 昔の高解像度Fire HDX
  • iPad Pro 9.7インチ

 

‥‥の3つを「ビュワー」として動員して、絵コンテ、設定、設定(別のページ)の3画面を見ながら、iPad Pro 12.9インチで作画しております。

 

なので、机にはタブレット端末が4つ稼働しています。

 

*実際は、こんなに暗くして描いてるわけではありません。各端末の画面が明るく写るように、です。

*絵コンテは縦、設定は横にして、机に置けば、ジャストフィットで表示してくれます。

 

これ、紙媒体だったら机は大混乱だよねえ‥‥。ホッチキス留め、もしくはクリップ留めされた紙は、ページをめくって折っても、紙の束の「元に戻ろうとする」復元力でイマイチ安定しないし、そもそも紙は枚数が増えるほど嵩張るし、ページ表示を拡大縮小できないし、筆記具と様々なプリント類が折り重なるし、消しゴムと鉛筆の黒鉛で机はどんどん汚れるし‥‥で、ちょっと昔まで、整理整頓の苦手な私が、(機会の少なくなった作画業とはいえ)紙でよくまあ運用できていたと思います。快適な「iPad作画」を知ってしまった以上、少なくとも私は、もう紙には戻れないことをしみじみ実感します。

 

しかし、ごく客観的に見て、「デジタル作画」はやっぱりまだまだ普及が難しいだろうなあ‥‥とは思います。

 

そう思う理由は簡単で、「お金」です。

 

私の場合、今や本業はコンポジットなどのコンピュータによる各種映像作品の制作作業なので、その機材を流用して増強すれば、すぐに「デジタル作画」「コンピュータ作画」が可能です。

 

しかし、今まで紙だけで作業してきた人にとっては、とにかく、金、金、金、が立ちはだかって、コンピュータ基盤への移行は決して順調な道のりとはいかないでしょう。

 

私は今まで、随分と自費を投じて、自宅の環境を整備してきました。しかし、その年月が10〜20年規模なので、結果として、いわゆる「分割払い」的に負担を軽くできています。

 

今から、コンピュータを導入する人は、いきなり一度に、全機材の全費用を工面する必要があります。

 

実際、「デジタル作画をしたい」「アニメに限らず、コンピュータで絵を描いて仕事にしたい」「できれば、映像(ムービー)まで手を伸ばしたい」「自分で映像を最初から最後まで作って見たい」というニーズを聞いて、軽く見積もっても、80〜100万近くイニシャルコストがかかります。そしてさらに、月々それなりの「維持費」までかかります。

*ショボいマシン構成による「安く導入できますよ」なんていう話にのっちゃうと、絵に描いたような安物買いの銭失いですから、やっぱり最低でも80万近くはいくでしょうネ。

 

数万円の木製の机を買ったら、30年使えますが(私の机がそうです)、コンピュータはそうはいかないですもんネ。その辺の「お金の感覚」の「考え直し」が本人に求められるのが、まさにコンピュータです。正直、作画畑の人と、運用コストの話をすると、金銭感覚のあまりに大きい差異に、「噛み合う道程の果てしなさ」を痛感します。

 

しかし、それも当然なのですよネ。現在の作画の一般的な作業報酬で、コンピュータ全機材を自費で導入して、定期的に機種を更新し、Hourlyバックアップなどのメンテまでできるわけないですもん。電卓を叩けば、すぐに答えが出ます。

 

 

現在日本のアニメーターがコンピュータを手にするためには、2つのお金の話がどうしてもつきまといます。そもそもの「作業報酬」、そして「機材調達と維持のコスト」。

 

どこかの神様みたいな人が、まずは「卵から先だ」とばかりに、たくさんの「お金のいっぱい詰まった卵」をアニメーターに分け与えてくれるのでしょうか? ‥‥そんな夢のようなことは、現実には起こり得ないのは、誰でもわかるでしょう。

 

 

‥‥まあだから、結局は自分たちでなんとかするしかないのです。私は以前から数回書いていますが、「ジョブをシフト」することが、アニメーター全般にも必要だと考えています。そして、アニメそのものを再発明して、お金の在り方も根本的に変える必要があるのです。

 

今までの作業スタイルのままが良い、でも、今までの報酬スタイルはイヤだ、報酬スタイルだけ新しくしてくれ‥‥なんて、確実に、絶対に、永遠に、うまくいくはずがありません。作業の内容を変えない限り、お金の内容も変わりません。これは、「デジタル作画」に移行しても、です。‥‥もうその辺、「デジタル作画」に踏み込んだ方々は判っているのではないですか。「デジタル作画」に転向して、稼ぎが飛躍的に向上しましたか? むしろ、「オールデジタル」を標榜したものの、制作体制総崩れで、紙に逆戻りするくらいなのでは?

 

ペンタブやタブレット端末に慣れるために、現在の「デジタル作画」を「利用」するのは上手な方法だと思います。しかし、「デジタル作画」に明るい未来が見えているかは、別問題です。何せ、すでに旧体制の旧作業料金制を継承してしまっていますからね。

 

 

いわゆる「デジタル作画」スタンスで作業をしていると、「旧来作画技術を踏襲するが故の損失」を幾度となく痛感します。「デジタル作画」と「コンピュータ作画」をハイブリッドで組み合わせれば、かなりの作業高効率化が実現できるとは思いますが、一方で、「お金の話」が済まないうちに、高効率化だけ進めると、とんでもない「未来への負の遺産」となりかねません。ゆえに、作画するたびに「作業時間と作業費の無駄」を痛感しながらも、一切、旧来の現場に対しては効率化を提案していません。

 

中途半端な改善案、パッチあてのその場しのぎは、その後の大きな災厄の火種となりましょう。

 

既存の収益モデル・制作システムに乗っかる以上は、そのモデルとシステムの構造の中で苦しみもがき続けるのです。だったら、構造から作り直して、旧来の意識とキッパリと決別しちゃえば良いのです。私は、この10年の間に色んな理由と流れで旧来の意識と決別せざる得なくなりましたが、今にして思えば、ズルズルとアニメ制作オンリーで関わり続けるよりも、一旦「アニメから干される」くらいの事があって、逆に幸運だったのだと思います。

 

旧来構造の脳みそに凝り固まった人間では、手も足も出ないような、新しい構造・システムを作って、そこで新たな商売を始める。善き人材は、老若男女を問わず、新しい人材に加えて旧来現場からも吸収・合流する。思想は新しく、心構えは柔軟に。

 

今までのシステムの上で何を考えても、未来には繋がらない‥‥と強く思います。

 

しかし、多くの人が、ゼロからの出発を覚悟するためには、「焼け野原」まで燃え尽くされて、初めて‥‥なのかも知れませんネ。

 

 

 


Procreate、どんどんアップデート

今や、私の作画作業のメインツールであるiPad Pro&Apple Pencil。そして、Procreate。

 

ProcreateをはじめとしたiOSのソフトウェアは、更新の速いものが多く、Procreateもどんどん改良されております。

 

今日自動でアップデートしたProcreateの内容は、

 

・Photoshopファイルの読み込み

・複数レイヤーに対する一括処理

・キーボードをつないだ際のショートカットの活用

・レイヤーUIの再設計

・レイヤーフォルダなどのPhotoshopに似た機能の拡充

 

‥‥などなどで、どれも「改悪ではなく改良のベクトルに向いている」のが嬉しいです。

 

でもまあ、私のリアルな感触としては、「作画の時は、キーボードは机に邪魔だからいらない」ので、キーボードショートカットの新設はスルーです。今後も作画環境にキーボードを置くつもりはありません。

 

実際、作画する時、キーボードとマウスって、邪魔じゃん?

 

手はペンと消しゴム、紙(キャンバス)の操作だけに使いたいですよネ。

 

WindowsもmacOSも、その点、「絵を描くには旧いOS」と言わざる得ない‥‥と思っております。

 

「デジタル作画」など、コンピュータ機器で作画する際に、ただ単にOSとハードウェアの都合で、キーボードやマウスやら、画具として本来必要ないデバイスを扱うのは、すご〜〜いストレスだと実感しています。いちいち、ペンを指に挟んだままキーボードショートを操作するのって、ペンやキーボード双方にとって不遇ですよネ。

 

コンピュータを操作するのが目的ならば、キーボードやマウスは有効な操作デバイスです。ペン入力で誤差の全くない正確な座標を指定するのは至難の技ですし、数値を入力するのにわざわざペンで描いてOCRに解読させるなんてバカげています。しかし、絵を手で描く‥‥というのならば、何らかのキャンバスの上に何らかのペンで絵を描くのが目的となりますから、キーボードやマウスを操作する頻度は少なければ少ないほど能率が上がります。

 

キーボードやマウスがない環境ありきで設計されているiOSは、もともとキーボードもマウスも無かった作画環境に対して、実は一番、うまくハマるソリューションだったんだな‥‥と思います。

 

 

コンピュータだから、キーボードとマウスを使わなければいけない‥‥とか、考えていません?

 

そうした感覚自体、10年以上、旧いように思います。(感覚が旧い‥‥とは、技術も道具も手段も限定されていた旧時代の知識を更新せずに、昔のままの慣習を無自覚に持続している‥‥ことを指します)

 

現在、「デジタル作画」の仕事を色々な作業と掛け持ちで引き受けていますが、MacやWindowsやクリスタやTVPを一切使わなくても、作画作業は可能‥‥なのを、私自身で実践しております。

 

‥‥まあ、ペンシルテスト(=都合、線撮のようなものです)をおこなうときだけ、macOSのAfter Effectsを使いますが、逆にその時はペンを一切使いませんしネ。

 

巷の「デジタル作画」の風潮を傍観していると、何度も懲りずに自分たちから「不自由な環境」へと邁進しているように思えます。「ハードは何を使うべきか」「ソフトは何が一番良いか」‥‥なんていう語り草が不自由な考え方を象徴していて、やっぱり10年以上感覚が古いですよネ。

 

標準入出力が決まれば、あとはパイプしていくだけです。作業モジュール、作業ユニットの内部構造なんて、実際はどんな内容でも構わず、標準入出力さえカッチリ決めておけば流通OKなのは、コンピュータを長く扱っている人なら、お判りですよネ。

 

下流の川石は丸く角がないように、物事は「四方八方」必然的に丸く収まっていくので、今はまあ、石がコロコロと転がっていくのを静観していましょう。川の流れは、津波のような大異変でもなければ、逆流しませんもんネ。

 

 


時間の計算

アニメ制作現場の未来云々。‥‥まあ、そちらのほうは粛々、かつ、まったりと時間を進めるとして、時間といえば最近、ごく個人的でリアルな「iTunesのトラックの合計時間」で悩んで(というほどでもないけど)おりました。

 

最近、妙にハマって楽しんでいるのが、「カセットテープに録音して、仕事中に聴く」ことなのですが、久々に使ってみると、カセットテープって、恐ろしく不便で融通の利かないものだったのを痛感します。

 

90分テープだと、片面45分です。iTunesから録音する時に、カッチリ45分のプレイリストにしないと、妙にテープが余ってしまいます。40分くらいでテキトーにプレイリストを組むと、5〜6分、アホみたいに無音部分を聴くハメになります。

 

片面収録時間にできるだけキッチリとマッチしたプレイリストを作って録音しておけば、裏返してすぐに、片面を再生開始できます。

 

「だったら、45分のプレイリストで‥‥」とか考えがちですが、実はVHSテープもそうでしたが、カセットテープも、収録時間を多めに出荷しております。つまり、片面45分ではなく、45分ちょい、なのです。

 

maxellのULの90分は、実際に測ってみると‥‥

 

リーダー5秒くらい

記録テープ47分7秒くらい

リーダー5秒くらい

 

‥‥という感じでした。ちなみに、カセットテープは録再機の「ピッチ」によって収録時間が前後するので、上記計測はソニーの「CFD-S70」での実測です。

 

47分ジャストでプレイリストを組めば、最後の曲が終わって数秒後にはカセットの走行が停止し、早送りなどせずとも、裏返して、片面の再生を開始できます。

 

 

しかし、iTunes。

 

合計時間を秒数までキッチリと表示してくれません。分単位のアバウトさです。

 

 

 

そんな時はApple Script。

 

Macを使うのなら、Apple Scriptは頼もしい自動処理のパートナーです。

 

 

Apple Scriptの自動処理で、トラックの合計時間を算出してしまいましょう。

 

--スクリプトここから

tell application "iTunes"

    set theTracks to selection

    set trackLog to ""

    set dur to 0

    repeat with theTrack in theTracks

        set durOf to duration of theTrack

        set dur to dur + durOf

        set trackLog to trackLog & (name of theTrack) & ":" & (durOf as Unicode text) & return

    end repeat

end tell

 

set sec to (round dur rounding up)

 

display dialog "トラックの合計時間" default answer ((sec div 60) as Unicode text) & "分" & ((sec mod 60) as Unicode text) & "秒

 

" & trackLog buttons {"OK"} default button 1

--ここまで

 

上記の通りの20行くらいのスクリプトなので、スクリプト文を書いている時間も10分程度で完成です。Apple Scriptはフットワークの軽快さが今でもウリですネ。

 

上記スクリプトを実行すると、現在選択中のトラックの合計時間を計算して表示します。

 

以下のように。

 

 

1行目が計算した合計時間。2行目以降は、各トラックのデュレーションです。ちなみに、iTunesではAfter Effectsみたいに、時間を秒数単位でreal(実数)で扱っています。

 

duration (real, r/o) : the length of the track in seconds

 

合計時間では、こんな小数点だらけの数値は見にくくてしょうがないので、最終的に丸めて(切り上げ)計算しています。

 

ちなみに余談ですが、QuickTimeでは秒単位をうまいこと整数で収まるように扱っていて、24.0も23.976も綺麗に整数で取り扱うことができます。一秒を24分割すると、割り切れない数字(0.1666666...とか)が出てきますが、time scaleの設定で整数化できるのです。

 

一方、After Effectsの場合は、誤差を最小に抑えるルーチンで制御することが基本です。例えば、3秒4コマ(76フレーム/24fps=3.166666666...秒)のタイムシートを、「1コマx76」で計算するのではなく、「3秒+1コマx4」または「3秒+4コマ目のグリッド」にすれば、期待通りの動作を簡単に得られます。ほんの0.00001の誤差がデュレーションに悪影響を及ぼすこともありますからネ。秒の区切りはあくまで秒で扱って、「1秒を24コマの集まりとして扱うのを避ければ」良いのです。

 

話を戻して。

 

47分5秒を限界にして、いかにお気に入りの曲を選んでプレイリストを作るか‥‥が、なかなか難しくて楽しくもあります。

 

で、実際に録音したテープの音を再生すると、それはもう、Hi落ちしてトゲのない丸っこい音になって、再生もフワフワして(ワウフラッターの語感の通り‥‥ですネ)、レトロ感満載な音楽が飛び出します。

 

仕事ではキワキワの高品質デジタルデータ、プライベートでは肩の力を抜いて気楽に真空管デバイスやアナログデータ。‥‥なかなか、メリハリが効いてて、どちらかの感覚に偏りすぎてボケるのを防止してもくれます。

 

プライベートの時間まで、iPhoneをコチョコチョとイジってたくないのよネ。

 

- - -

 

ちなみにiTunes。

 

私の環境だけかは判りませんが、「47分5秒」だと「47分」、「47分11秒」だと「48分」と表示されます。なので、iTunesのプレイリストで合計「47分」であれば、少なくともmaxellのUL90を頭の先から使えば、収録しきれないことはなさそうです。

 

しかし、iTunesの大雑把な表示に頼ると、運が悪いと、55秒くらいのお尻の隙間ができるので、やっぱり、計算が得意なコンピュータの利点を活かして、46分45秒〜47分5秒のタイトな合計時間を狙いたいですネ。


時間が止まったことはない

今日のニュースで、NHKだけでなく、民放の「4K8K試験放送」を開始したことが報じられていました。アニメに4K8Kなんて必要ない‥‥なんて言う人を尻目に、社会は確実に欲望に忠実に、歩みを続けていきます。

 

多くの場合、人間は「都合の良い生き物」で、自分が子供の頃から大人になるまでに馴染んだ「世代の技術」は容認するけれど、自分の理解が及ばない(と言うか、理解するのを諦めた)「新世代の技術」に関しては、不寛容になるようです。

 

不寛容でも、その不寛容さを貫けるのなら、それでも良いです。テクノロジーと決別して生きる覚悟の人も、世界にはたくさんいましょう。

 

しかし、事アニメに限った場合、アニメそのものがまさにテクノロジーの申し子として生まれた娯楽メディアなので、テクノロジーから見捨てられたらアウトだと思っています。アニメと言う存在自体が、現在のメディア流通の中でしか生きられない存在なのですから。

 

消費社会・電化社会の中で生きるアニメが自然派を気取るのは到底おかしな話ですし、アニメの技術はここでおしまい!これ以上は発展の必要なし!‥‥というのも、誰がどういう基準で決めるのか、とても不思議な話です。

 

16ミリや35ミリフィルムが懐かしい気持ちは察しますが、その懐かしさで未来発展を阻むのは、不利益以外の何物でもないでしょう。

 

 

新しい技術を前にして、何をすべきかは、とても簡単なことなんですけどネ。

 

物事に当たる時に、いつでも、腹をくくって望めば良いのです。‥‥ただそれだけ、です。

 

 

とはいうものの、人には2種類いて、

 

  • 「習慣」で仕事をする人
  • 「プロジェクト」で仕事をする人

 

‥‥に大別されます。

 

昔のままが良いという人は、習慣で仕事をしているので、その習慣が時代の進化で変わっちゃうのがイヤなのです。しかし何度も書きますが、アニメそのものが「時代の申し子」「技術の申し子」として生まれたので、「アニメの作り方を100年変えたくない」と言っても無理な話なのです。

 

アニメの生きるフィールドは、現代技術の中にこそあるのです。

 

 

いいじゃないですか。4K8K。

 

商売できる新しいフィールドが増えて、私は万々歳ですけどネ。

 

状況が予測した通りのどんどん良い方向に転んでいくように思います。地デジの頃に買ったテレビ、そろそろ買い換えどきでしょうしネ。

 

 

習慣に縛られることで、技術の習熟を促す効果もありましょう。しかし、今はそのタイミングでしょうかネ? ‥‥違うと思うんですよ。

 

何を発想するにも、いちいちアニメ業界の慣習や作法を考慮に入れるから、何のアイデアも出てこないのだと思います。まあ、慣習に縛られる人が多い方が、商売敵が少なくて商売はしやすいかも知れませんけど、全体が慣習にがんじがらめになって進退極まっても、それはそれで、アニメの制作現場が壊死するので、全滅を免れるように、ええ感じに状況を進めるのが肝要なのでしょうネ。

 

現場のワークフローの中でしか作業したことがない。 知らないことばかりで不安だ。

 

‥‥簡単なことです。ワークフローを作るところから経験して、知らないことを経験して、経験値として積めば良いだけです。システムありきでしか行動できない、おぼっちゃま、お嬢さまから脱却すれば良いのです。

 

何の前例もないところから何かを作り出す‥‥なんていうのは、何度もそういう経験をして慣れると、「アイデアの習慣」「発想癖」がついて、そんなに苦じゃなくなりますヨ。

 

「やったことがなければ、やってみれば良い」‥‥何事もそこからスタートしたはず‥‥ですよネ。

 


落とし所

「デジタル作画」を実際に作業する機会も徐々に増え、コンピュータ関連機器で作画することのいろいろな可能性と限界を実感している人も増えているのではないでしょうか。細かく描こうとすれば、いくらでも細かく描けますし、マシンとソフトの性能次第では、4K〜6Kで作画しても快適な描き心地が損なわれない(例えばiPad ProとProcreate)こともあって、4Kで作画する「そのこと自体」は可能だと実感する人も、同様に増えていると思います。

 

一方で、「描ける」のと「描いていい」のとは、別です。現在の原動画単価のままで、4Kキャンバスに緻密に描き込んで良いかは、多くの人が「NG」「No」「嫌だ」と思うでしょう。‥‥というか、「今までのお金で良い」「OK」という人は、皆無だと思います。

 

さらに、今の絵柄のまま4Kで描いても、「4Kで描いた効果」が非常に乏しいのも実感できるでしょう。過去から現在に通ずるアニメの絵は「A4サイズ(相当)の動画用紙に、何千何万枚と描くことを前提としたデザイン」であって、4K以上の大キャンバスでは「広さを持て余す」のです。

 

業界の技術通、玄人だけが、見分けられる4Kなんて、全く意味がありません。実際に作品を見る一般の人々が、「今までのアニメとは違う」と認識できて、「4Kの価値」を「お金に還元」するキモチにさせなくては、4Kなど「インサイダーたちの独りよがり」でおしまいです。4Kでどんなに線が細く繊細になっても、「その程度=線が細い程度」ではアピールなどできません。

 

要は、4Kは目標ではなく、手段なのです。しっかりと「4Kの意味」をちゃんと握って実感できていなければ、「物理的に4Kでアニメを作る」ことが目標になって、4Kの「旨味」などほとんど消え失せてしまいます。プロジェクトの中心にいる人間が、目標を見失い、手段だけに固執すると、プロジェクトは「面白いように迷走」するのです。‥‥で、そんなことは、本当に良くあることなのです。

 

また、「デジタル作画」に移行しても、どうやら単価そのものはアップしないようだ‥‥ということは、現場全体の手応えと傾向で実感していますよネ。現在の2K以下の作業体制、A4サイズでの作業体制に、シームレスに浸透させようとすると、「デジタル作画」も以前の作業単価で作業せざる得ません。

 

「デジタル作画」の現状は「道具のもちかえ」程度の価値しか認めてもらえず、「品質の付加価値」としては認めてもらえてない‥‥ということです。この認識のまま、4Kに「駒を進めたら」どうなるか、実際に作業している人は、少なからず「ヤバい」状況が見えはじめているのではないですか。

 

つまり、何の「落とし所」の見通しもなく、「迂闊に4Kに手を出すと、かなりキツいお仕置きが待っている」ということです。

 

旧来現場の意識を変えないまま、漠と「デジタル作画」へと進む傍で、4Kのスペックが先走りして、今のアニメキャラに過装飾して絵だけが細くなるけれど、今までのギャラ、今までの枚数、今までの作業時間のまま、全く考慮されず‥‥という地獄絵図。しかし、その地獄を通り抜けて完成した作品は、「ちょっと絵が細くなった‥‥かな‥‥?」程度の印象しか、客層に与えられないという、悲しいオマケつき‥‥です。

 

今までの感覚のままで4Kなんぞに「デジタル作画」でのぞんだら、作業者の屍を累々と最前線に積み上げることになるでしょう。そんな現場を指揮したプロデューサーと監督は、「愚将」以外の何ものでもありません。

 

自分はずさんな計画の犠牲になって戦死したくない、自分は愚将の烙印を押されたくない、‥‥というのならば、各階層の人間たちが、自分らの「落とし所」を、極めて真剣に、真摯に、考えるべきでしょうネ。

 

 

旧来からの現場の技術基盤の上で、今までのアニメキャラの雰囲気を保ち、作業費もあまり向上できない見込みならば、以前にもこのブログで書いたように、潔く「2.5K24pSDR」で作って「アップコン」の技術に力を注ぐべきだろうと思います。実際、2.5〜3Kで綺麗に絵を仕上げれば、4Kに拡大してもそんなに絵は荒れません。4Kで1日動仕で仕上げた雑な絵よりも、2.5Kで丁寧に動仕をおこなった絵の方が、はるかに「高級感」はあるでしょう。

 

一方、「4K60pHDRの新しいアニメーション表現」をルックダウンの射程に捉えているのならば、やはり幾度となくこのブログで書いていることではありますが、現場の全く新しい構造でアニメーションを再発明し、アニメの「売り方」=ビジネスモデルも再発明すべきと思います。キッパリ言い切ってしまいますが、今までの現場の作業構造のままだと、確実に破綻します。‥‥実際に作業してみて、時には試験的に運用してみた上での強い実感です。

 

つまり、どちらの道を選ぶにしても、「未来の高品質フォーマットの映像制作」において、16ミリフィルムのテレビアニメから発展してきた現在のアニメ制作現場は、「未来の落とし所」を探る必要があるわけです。ただ漠然と、「デジタル作画」「4K」などに移行できると考えるのは、正直、「甘すぎ」ます。

 

総体の成り行きに任せて行動することが、「レミングの集団事故(集団自殺‥‥というのは恣意的なので集団事故としておきます)」のような結果を引き起こす‥‥のも十分あり得るんじゃないですかネ。成り行きに任せて行動した挙句、「勝ったら自画自賛」「負けたら被害者顔」なんていうのは、古今東西世界中の人間が得意中の得意ですが、もし「次の機会」に勝機を見出すのならば、「日和見層の団体行動」の性質をよくわきまえ、然るべく行動する時期に差し掛かっている‥‥と思います。

 

 

デジタル作画の作業者数も徐々に増えて、「これだと商売になる」「これだと全く商売にならない」などの実感を感じていることと思います。私も今や現行作品に作画で関わる時は100%「iPad作画、Procreate作画」になっていますが、「プロクリ作画」(他の人々は、「クリスタ作画」だったり「TVP作画」だったり)の長所を感じるとともに、現行システムにおける「デジタル作画」の弱点や限界も既に見えています。

 

私としては、旧来現場技術の「デジタル作画」を実際に作業することによって、新しい技術の「現場での落とし所」を探っていることもあるのです。やっぱりね‥‥色んな作業スタイルに乗ってみて、初めてわかることもありますからネ。新しい技術の「甘くて美味しい水」感を発揮するためには、様々な作業スタイルの良し悪しを実際に体感しておかないと。

 

まあ実際、紙で原画を描いてきた私が、技術的には「デジタル作画」の長所の方が「紙作画」を上回る実感があり、一方で、未来に「デジタル作画」を続けて「どれだけ喰っているか」は疑問に思うことも多いのが正直なところです。アニメ制作本数が週30本くらいに減って、相乗的に1本あたりの作業費が向上しなければ、どこかで頓挫しそうな予感はします。作業構造の頓挫は、つまりは作業者たちの頓挫です。

 

「作業内容の密度」「作業報酬」「アニメキャラのデザイン意識」「そもそものアニメの品質価値」‥‥など、いろいろな要素のバランスの中で、落とし所を見つけていくのが肝要です。

 

 

結局は、「アニメの存在理由」を2020年以降の世界にどのようにアピールしていくか‥‥だと思います。それが一番重要な「落とし所」です‥‥よネ。


散財トムキャット、100号目前。

人間が生命を維持して生きていく目的で言えば、全く必要のないダイキャスト製1/32の「週間トムキャット」。大して金もないのに、オモチャにお金を注ぐ、まさにSpirit of 散財。

 

いくらダイキャスト製、各種ギミック付きとは言え、1/32に総計10万円以上も払うのは、相当な、‥‥‥まあ、この先は言うまい。

 

毎月送料無料で定期便で届くのを、仕事の忙しさにかまけて、全く手付かずで放置していたら、なんとまあ、後2号で全100号。

 

やったー! 100号で完結だー!

 

‥‥と思ってたら、なんと、最終巻は140号みたいです。

 

 

そうか。まだ山の7合目くらいだったのか。

 

まあ、私の模型人生の「一生に一度」のお買い物ですから、最後まで付き合いましょう。

 

 

しかしなあ‥‥。1/32のトムキャットなんて、巨大すぎて、置く場所がないんだよなあ‥‥置く場所が‥‥。(=じゃあ、なぜ買うのか。)

 

生半可なスペースでは、せっかくのギミックが活きませんしね。

 

*上図は、タミヤの1/32のプラモデル。もちろん、プラ製で無塗装、自分で全て組み立てと塗装。…その代わり、キット単体なら9千円前後で買えます。週間トムキャットは「トムキャッターズ」が塗装済みの半完成モデルです。

 

 

ちなみに、今どきは、LEDテープが恐ろしく安く買える(5メートルで200円!)ので、ほんの少しでも自作の嗜みがあれば、味気ないスチールラックをショーケースのような眩いディスプレイへとカスタムすることが可能です。電源供給に必要な12Vのアダプタは、使えなくなったUSB2.0のHDD箱のアダプタが流用できますから、あとは、ハンダごてとハンダ、100均のニッパ、ラジオペンチくらいの工具でも、間接照明を仕込んだ棚に作り変えられます。

*300連のLEDテープ。色温度の違いで2色ある(ちょうど、6500と9300のような)のが普通なので、自分の好みに合わせて買います。私は「電球色」で色温度の低いものをチョイスしています。

*少し値段は上がりますが、600連のテープもあります。でもまあ、棚1段を照らすには、300連で十分だとは思います。

*200円のLEDテープは、いくつものハギレを連結した「再生品」のような印象(だから、こんなに安いのだと推測)ですが、直にLEDテープを見ることはないので、実用には全く影響しません。

 

私はケーブルの床用モールとかプラアングル材(どれも1メートル1本100〜200円の一番細いタイプで十分)に建て具用の板金具を接着して、家具のスチール部分にマグネットで設置する方法で、後でも設置場所を変更できるようにしています。テープLEDを直に接着するのは、色々とリスキーですもんネ。

 

テープを棚板の寸法に合わせて何本かに切って設置する際に、中継と連結に使うコードと端子は、カー用品の赤黒の2極コードギボシ端子で簡単に加工できます。秋月さんでDCプラグ&ジャックを10〜20セットくらいまとめて買っても良いですネ。DCプラグにすれば抜き差しは簡単になりますが、ちょっと容積が増えますかネ。

 

 

散財トムキャットが完成してディスプレイする暁には、照明を床(棚板のフットライト)にも仕込んで、目一杯、かっこよく見えるようにしたい‥‥と思っております。

 

 

しかし、全長60cmのトムキャットよりも大きなのが、部屋の片隅で製作開始の時が来るのを待ち構えているのです。‥‥恐ろしき、模型の世界。

 

*1/72で、全幅1メートルになる、巨大なプラモ。モノグラム製中古キットの巨大な箱が、部屋の片隅で、堂々と鎮座しております。

 


ベビーブーム感覚からの脱却

アニメブームは、団塊ジュニアとともにあった‥‥というのは、ここ数年の強い実感です。1973年をピークとした第二次ベビーブームのグラフを見れば、どれだけ1970〜80年代に「子供向け」の商売が成り立っていたのかが、窺い知れます。

 

*ちなみに、1966年にガクンと出生数が落ちているのは、「ひのえうま」の年ゆえに、出産を避けたから‥‥です。1967年生まれの私は、上の学年が1クラス少ないのを直に目撃しておりました。すごいね。ひのえうま。‥‥次の2026年には、やっぱり出生数が減るんだろうか。

 

このグラフをみれば、ベビーブームの波にのった社会において、街には子供が溢れていたし、子供向けの商売も盛んだったし、子供らがティーンになればティーン向けの商売も盛り上がったであろうことが、「理屈」として思い起こされます。テクノロジーこそまだまだ未発達でしたが、若い世代を中心として「爛漫」だったよネ。

 

でも今は違います。

 

1960〜1980年代生まれの人間が、「俺たちは」「私たちは」「自分はこうだった」と宣っても、2016年末の現在には、有効な指針とはなりえないのです。1990年代生まれの出世数ですら最盛期の60%、2010年代に至っては半分。

 

1年あたり80〜100万人の差がある‥‥ということは、小学校6年間だと、500万人規模で子供の数が、第二次ベビーブームの頃と比べて、今は減っているわけです。

 

「でも半分いるじゃん」とかいう人は、もっとリアルに想像してみましょう。百万人なんていうと想像しにくいですが、学校の情景として思い浮かべれば、絵が見えるのではないですかネ。単純に計算しますが、団塊ジュニアが小学生だった頃に比べて、1学年のクラス数が半分になっている‥‥ということです。都市部と田舎の差もありましょうから、単純には語れませんが、数としては「そういうこと」です。「限界集落」がどんどん増えていても、確かに数字を見れば納得‥‥ですよネ。

 

アニメブーム時代の感覚と、同じ理屈が通るわけないですよネ。

 

昔話で盛り上がるのなら、それでも良いのです。

 

しかし、昔話の延長線上で、昔の感覚のまま、アニメの「対象年齢」「売れる売れない」を語っても的外れですし、現場に入ってくる若い人材の育成・指導を70〜80年代の感覚で取り仕切るのも不適切です。

 

アニメブーム世代のベテランは、ハッキリと自覚すべきです。同じやり方はもう通用しない‥‥という事を。

 

 

人を量り売りのような雑さで捌いていた感覚は、もう捨てましょうよ。

 

昔から今までずっと続く、雑さ極まりない単一単価制度は、まさに団塊ジュニアの雑な人材活用を象徴しています。何度も言うけど、「キャラが爆発を避けながら銃を撃って走ってくる」カットと、「止め口パク」のカットが、何で同じ単価なんだよ? 雑にもほどがあるだろ? ‥‥と思いますよネ。

 

でも、「文句言うのならもういい。人材なんて余り過ぎるほどいるんだから、文句を言わない奴に仕事をだすだけだ」なんていう感覚で、決定権・人事権・システム管理権を持つ60〜80年代生まれの人間は、仕事を続けていませんかね?

 

もうダメだと思うよ。その感覚。

 

自分たちがベビーブーム世代なのは、それはそれで良いのです。でも、その感覚のまま、その当時の考え方のまま、2020年に向かって生きていくことは、果たして有益なことでしょうかネ?

 

前回、ギャラが下がるのは、ヤバい状況のサインだ‥‥と書きましたが、業界全体でギャラを下がってきているような状況があるのだとしたら、業界全体が「何かヤバい兆候」を抱えているのだと思います。

 

団塊ジュニア感覚とはまったく違うドクトリンで、「ヒューマンパワー」を活用する思考を、団塊ジュニアの人間が率先してもたねばなりません。「俺たちは古い世代だからヨ」なんてイジけてやさぐれて、全体を墓穴に引きづりこむのは、甚だ迷惑すぎるでしょ。

 

アニメを作れば子供たちが飛びついていた時代なんて、遥か昔に終わっているのに、今でも「ベビーブームの頃が忘れられない」なんて、ミジメ過ぎ、悲し過ぎますよネ。

 

むしろ、団塊ジュニアの世代が、未来を切り開くために知恵を絞らないとさぁ‥‥、何のための経験と技術と実績なのよ?‥‥と思いますよネ。

 

 

私も精一杯、新しい技術の構築に頑張りますので、同世代の皆も、色々なスタンスで未来のために頑張りませんか。やっぱり、なんだかんだ言っても、アニメが好きでこの商売を続けているのですから、アニメがしぼんでなくなっていくのは、悲しいじゃないですか。

 

 


裏目

「SIMCITY」〜シムシティというゲームがずいぶん昔からありまして、もう何年やってるのかわからないくらい、長い期間、楽しんでおります。要は、都市を作るゲームで、昔から「大戦略」などのシミュレーションゲーム好きの私にとっては、特に操作上のテクニックも必要としないのが気楽で、飽きもせずに気分転換に遊んでます。

 

シムシティのコツがわからない最初の頃は、どうにも月間支出が月間収入を上回ってしまい、初心者ゆえに迂闊に住宅税や商業税の税率を上げて、収入アップを図ろうとしてました。そうすると、ほんの短い間だけ収入アップできるのですが、やがてまた収入がダウンしていきます。‥‥そうです。税率を上げた事により、住民や企業が街から去っていくのです。

 

計画のずさんさを思い知らされる、キビしいゲームです。

 

ゆえに、やがてどんなに税率を上げて収入を挽回しようとしても、もはや手遅れ。税率を上げれば上げるほど、人口や商業の流出は加速して、街の経済は破綻へとまっしぐら、返すあても無い債権でその場しのぎしても、月々の返済でさらに経済は悪化、公共や公益事業、健康保険などにも金が回らなくなり、街はボロボロになって、やがて赤字額が一定額を超えてゲームーオーバー‥‥と相成ります。

 

よく人に、「そのゲーム、楽しいの?」と聞かれますが、結構楽しいですよ。金で首が回らなくなり破綻すればイヤなゲームですが、製造業とハイテク産業が盛んで、商業サービス・オフィスとも発展し、街には緑があふれ、水はきれいで、教育も医療も防災も防犯も行き届き、各種交通網が張り巡らされ、どんどん収入がアップしていくのをさらに街の発展へと還元し‥‥みたいな流れを作れるようになると、「今度はどんな理想的な街を作ろうか」と楽しくなります。

 

*途上の都市。私は、ゲームのスコア優先で人口第一目標の都市ではなく、緑と各種産業・工業と住宅が調和した「満足度」の高い都市作りが好きなのです。

 

要は、シムシティって、与えられた要素で工夫して仕組みを作って、発展を成功させるゲームなのです。

 

安易に税率に手をつけるような初心者ですと、ただ辛いだけのゲームですが、発展する仕組みを作るコツを覚えると、色々な街づくりが楽しめるゲーム‥‥というわけです。

 

まあ、現実世界で考えれば、街に高層オフィスビルが立ち並び、ハイテク産業で溢れ、国際空港とハイウェイで交通機関が発達する‥‥という街づくりが、万人にとっての幸せの街とは限りませんから、あくまで「ゲーム上での理想の都市」ではあります。

 

 

‥‥で、です。

 

最近は、仕上げや検査の単価が下がってきた‥‥とか、作監を20人体制で、数カットだけ作監(というか、数カットだけしか関与しないのは、もはや作監ではないですけどネ)したので報酬が数千円だった‥‥とか、色んな話が横のつながりで聞こえてきます。

 

単価を下げる。‥‥シムシティでいうところの、税率を上げるのと、似た構造です。要は、お金が厳しいから、人々の直接的なお金を調整する‥‥ということですよネ。

 

シムシティの話ではなく、今までの経験上から言っても、「ヤバい単価で仕事を出す会社は、会社自体がヤバい」です。

 

30年くらい前、当時の原画の相場が、テレビ2500円前後、合作3500円前後だった時代に、とある会社は合作の原画を1500円で発注し、その原画料金が払われることもなく倒産したことがありました。同室で作業していたキャリアの浅いアニメーター仲間が引き受けていたのですが、キャラ設定はなんと他作品の流用で、寄せ集めとジリ貧の作品作りだったのを脇目で見ていました。

*「合作」とは、30年前当時に欧米発注で日本のアニメ業界が受注していた作品制作のことです。単価は良かったですが、キャラの好みは欧米向きで、日本の流行とはかけ離れていたので、新人や若手の多い現場での人気はイマイチでした。

 

合作の原画がテレビよりも大幅に安い1500円。しかもキャリアの浅いフリーランスに直接電話で発注がいく。まあ、思えば、「そういうこと」だったのです。安いには理由があったわけです。

 

そして、まるでシムシティで経済が破綻してゲームオーバーになるかのごとく、その会社は倒産しました。「単価が下がるのは、何かしらのサインだ」というのを、私は30年の業界経験で学んでおります。

 

やはり、横のつながりで聞いたことですが、レイアウト全カットをクライアントチェックに回すような作品もあり、そのうち半分がクライアントリテーク(レイアウトのリテーク)になる‥‥とのことです。未だに信じられない話ですが、もし本当だとしたら、それって、コスト計算できてるのかな? レイアウト全カットをクライアントに回すぶん、ちゃんと作業コストを計算して制作費に上乗せしないと、コスト構造が破綻するでしょ。

 

ヤキが回ってくると、「場当たり」「場当たり」「場当たり」「場当たり」「場当たり」‥‥の連続です。綻びを当座で修復するためにパッチを当てて、そのパッチのもろさを補うためにさらにパッチをあてて、そこらじゅうパッチだらけになって‥‥。

 

保たないですよネ。‥‥遅かれ早かれ、パッチが剥がれて裂けて、破綻します。

 

冒頭に書いたように、シムシティで税率を上げると住民や企業が街から去っていくのと似て、単価を下げれば作業者はその会社から離れていきます。

 

「場に当たった」のが、どんどん「裏目」に出るのです。

 

ですから、私は「場当たりの場面」に遭遇すると、非常に警戒します。これはもう、今まで生きてきた教訓‥‥というよりは強迫観念、トラウマに近いです。「場当たりはヤバい」‥‥と言う。

 

 

仕組みとは、構造であり、骨組みです。そこをしっかり作ろうと思い立たなければ、どこかの誰かが作った構造にのっかって依存し続けて、継接ぎを繰り返すのみです。

 

もう、昭和の仕組みに依存し続けるのは、潮時だと思いますよネ。業界で作業していれば肌身で感じますよネ。

 

 

最初から順調に発展することなど有りえません。仕組みを作るために、支出の連続に耐えねばなりません。興味深いことに、シムシティでも、都市開発の最初は支出の連続ですが、まあ、米国のシミュレーションゲームですから、そのへんはクールに出来ているのでしょうネ。

 

苦しくても、インフラに注いだコストが、後になって、どんどん活きてくるのですよネ。

 

植物が種から発芽して大きく成長して収穫をもたらすことを知らなければ、土にカスのような粒を撒いて、毎日潅水する姿は「狂人」にしか見えませんが、「発芽から収穫にいたる仕組み」を知っている人ならば、土に水をやる姿の「意味」を理解できるでしょう。

 

 

 

仕組みを作れない、もしくは、仕組みを失うと、やがて潰れる。

 

強烈な教訓です。

 

‥‥シムシティは面白いことに、そのことをゲームの中でシンプルに要約して再現してくれます。‥‥まあ、現実はもっと複雑で難解ですけどネ。

 

 


チープはフェイクぢゃない

私は、「チープカシオ」を使い始めて以来、すっかり「時計はカシオ」になってしまった‥‥のは、以前書いた通り。チプカシの良いところは、安いのに絶対的な信頼をおけるところです。

 

日本製‥‥といっても、生産はアジア諸国ではありますが、日本が設計して生産管理しているのが、まさに重要な点です。今やアメリカもドイツも、生産拠点は中国やシンガポールやマレーシアなどですが、設計と生産管理を自国で取り仕切ることで、高い製品品質を保持しています。

 

チプカシは「チープ」なんて言葉を使われますが、ことチプカシにおいては、チープは粗悪の代名詞では無く、むしろ、安いのに高信頼性の「照れ隠し」のような言葉です。

 

それに「チープ=値段安い=買いやすい」を逆手にとって、以下のような遊び心のきいた商品も、ファンにとっては嬉しいものです。

 

1〜12ではなく、13〜24という表示は、なんていうか、アニメ業界にぴったり?

 

 

 

この系列の時計(MQ-24系)は、みな軽くて、1g精度のデジタルスケールで計ったら、13gくらいだった記憶があります。カタログ値だと18gとなっていますから、それでも、かなり軽いですよネ。

 

パーツを切り離した際のゲート痕など、粗雑な点は一切見受けられず、材質が定コストなだけで、まさに「CASIO」のロゴが示す通りの高品質な時計です。

 

 

やっぱりさ‥‥、社名は品質の証であってほしいよネ。時計や家電に限らず、アニメ制作においても、すべてにおいて。

 

最近見た無名メーカーの時計で、ぱっと見、「ボッシュ?」と思えるロゴの製品をアマゾンで見て、腰が砕けました。

 

 

値段「3880円」からして、決してボッシュ製品ではなさそうな、この時計。よくみると、「BOSCH」ではなくて、「BOSCK」。

 

 

 

‥‥‥‥。

 

 

 

ウッチャソナンチャソみたいなノリですネ。

 

 

私だったら、5千円以下で物色するなら、カシオやシチズンの‥‥

 

メタルバンドのクロノグラフや、全身ブラックのこれとか、

 

 

赤のアクセントが欲しければ、シチズン(Q&Q)のこれとか、

 

 

 

‥‥に、するかなあ。

 

どんなに無名メーカーでも、見間違いしない自社ロゴを製品にあしらえば良いのに、なんでまた、「BOSCK」なのかなあぁぁぁぁ‥‥‥。

 

 

でもまあ、日本だって、偉そうに言ってられない過去がありますよネ。

 

Gibsonにロゴデザインを似せたGrecoのレスポールがありましたし、Fenderのロゴに似せたTokai(筆記体だとTはFに似る)のストラトキャスターとかね。

 

今でこそ、日本製のエレキギターは世界のブランドですが、その昔はフェンダーやギブソンから、「ロゴを似せた紛らわしいコピー製品を販売するな」とクレームがあったと聞きます。

 

 

どんなに無名でも、どんなに新興でも、技術でブランドを形成して、ロゴを正々堂々と製品(作品)に刻みたいですネ。

 

 

ちなみに、私はカシオといえば、シンセサイザーでした。VZ-10Mというシンセサイザーモジュールをその昔愛用していました。とてもユニークな音が出て、一発で「カシオの音だ」とわかるほどでした。


女性のチカラ

ニュースを見ていると、女性の職場での扱いが未だ‥‥とか、テレワークに不安や理解不足が‥‥とか、たまに見かけますけど、その辺はアニメ業界って、妙に恰幅が広いですよネ。先進的とは言い難いですけど、女性のスタッフが、女性だからと理由であからさまに冷遇されている状況を、少なくとも私の経験した現場では見たことがないですし(むしろ、女性のほうが筋金が入っていることが多い)、在宅でもバリバリ仕事をこなす人も多いですよネ。

 

前回のブログでF-15の写真をWikipediaで検索してたら、女性パイロットの写真が何枚も出てきました。F-16の女性パイロットもいますよネ。日本では女性の戦闘機パイロットってまだいないようですが、アメリカなど欧米では、メディアに露出するくらいには存在するようです。

 

コレはイスラエル仕様のF-16っすネ。

 

F-15をバックに、笑顔で、まあ。

‥‥F-15の実機のエンジン音って、特に離陸する時、想像を絶する爆音がしますよネ。そんなモンスターを操るんだから、相当。

 

‥‥まあ、最後の写真は、写真の構図的にデキ過ぎている感もありますが、1機、数十億円のモンスターを操る女性パイロットが、少なくとも米軍には何人も存在するのは確かなようです。

 

こと、アニメ業界においては、私が新人の頃から、男性女性の区別など感じたことはなかったです。男女関わらず、上手い人は上手い、下手は下手、優しい人は優しい、怖い人は怖い、ただそれだけです。

 

フリーランスの集まる現場だったから、余計、そうだったのかも知れませんネ。

 

なので、映像メーカーなどの一般大手の受付で女性が取り継ぎしているのを見ると、妙に不思議な感じがします。「ああ、男じゃなくて、受付は女性なんだ」と。

 

女性でも徹夜してスケジュールの辻褄を合わせている「男女見境ない」現場で作業していると、「受付嬢」っていう慣習、とっても奇妙な感じです。

 

アニメの現場で「女性は云々」なんて言ってる人がいたら、「?。 寝言言ってんのか?」って感じですもんネ。もしくは「他業種から来た人ですか?」と。

 

まあ、こうしてアニメ業界を肯定するつもりもないですが、評価すべき点はあるとは思っています。アニメ業界はブラック体質だから、何もかもダメだ!‥‥というのも冷静さに欠けます。

 

ただ、殺人的なスケジュールで徹夜すること自体、一般的に見て難易度の高い技術職の人間が相応の報酬を得られないこと自体、アニメ業界の闇は闇‥‥ですもんネ。そのへんも男女境なく。

 

まあ、(当然ではありますが)すべての制作現場を知っているわけではないので、男尊女卑的な現場もあるかも知れませんが、少なくとも、私が経験した数々の現場は、男女関係なく、皆、たくましいですよネ。生き残る人は。。。

 

 



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