iPad Pro。

以前ツイッターで「iPad Pro買って私の人生かわったよ」という話(マンガ?)を読んだのですが、私もまさにソレ。私のようなジジイでも、iPad Proによって、絵の人生におけるフェイズがクルリと変わったと自覚してます。

 

MacやPCに備え付けの液タブは、まずマシン本体を起動しなければ使えないですよネ。そして必ず定位置で描くことが必要になります。PCと液タブ一式を持って、気分を変えて旅の宿で絵を描くなんて、到底無理です。MacBookなどのノートPCだとしても大所帯です。

 

PC机が散らかっていたら、それだけで「また後で‥‥」と萎えてしまいます。‥‥まあ、日頃から綺麗好きならOKなんでしょうけどネ。

 

存在が重いんですよネ。PC一式になっちゃうと。

 

iPad Proの場合、「描きたい時が描きどき」です。その気分の軽さは、仕事だけでなく、仕事以外の絵もを描いてみようと、何の気なしに気を張ることなく描き始められます。

 

どこでも、何でも、描けるのは、ほんとに幸福。画材はApple Pencilだけなのにネ。

 

濃い色のイメージボードから、淡い色のスケッチから、単色の鉛筆画から、フローの構想図から、下書きも清書も、体を落ち着かせる場所さえあれば、何処でも何時でも。

 

絵を描く上での人生が変わった‥‥ということは、もしもっと早く、十数年前にiPad Proが出ていたら、私の今の人生はもっと変わったと思うのです。運命とは残酷なモノよ。せめて30代の頃にiPad Proと出会いたかった‥‥。

 

iPad Proは、今アマゾンでも正式(Apple直で)に取り扱っており、しかも(私の中では名機の)「iPad Pro Mark.II」=2型も新品で買えます。折れるのがコワい人は2型をあえてチョイスするのも良いですネ。

 

*すっかり「曲がるiPad」として定着した3型。知り合いにも「やっぱり曲がるの?」と聞かれる始末。

*私が買ったのは256GBモデルです。今までの経験上から、絵を描いてて100GB単位で一気に消費したことがないですし、節目でAir Dropでデータを移せば良いので、よほど大きなデータを扱う予定でもない限り、無理して512GBを買う必要はないとも思います。一番下の64GBは少な過ぎるように思います。

 

 

*120Hzのリフレッシュレートなど、絵を描く上でも「ちょっと」嬉しい性能の2型です。私はこの2型が一番気に入っています。

*総合性能が安定充実した「折れないiPad Pro」「カメラの出っ張りが少ないので、実質薄いiPad Pro」として評価しております。

*旧機種なので、安いところでは9万円以下で12.9インチで256GBモデルが買えるようです。

 

 

ツイッターのマンガでは、「禁断の24回払い」と書いてありましたが、私もソレ。

 

24回くらいで償却するのが妥当と思って買いましたが、分割払い分の月々の役目を果たすどころか、4KHDRプロジェクトで私が描く線画は、全てiPad Pro Mark.III〜3型でこなしておりますので、十分過ぎる活躍です。

 

ハッキリ言って、iPad Proがなかったら、私の4KHDRの仕事は相当危ういです。

 

 

 

絵描きはさ‥‥。

 

とにかく、絵を描くこと。‥‥だと思うんですよ。

 

だって、「絵描き」だもんネ。

 

先述のツイッターのマンガを読むと、絵を描く喜びに、老若男女隔てなし‥‥と思います。

 

 

 

 


切り札

例えば、頬にごはん粒がついていると判らないように、あるいは、自分のこめかみを肉眼で直に見ようとしても見えないように、日本のアニメ制作現場で従事する人々は、自分たちの技術の「何が優れているのか」があまりにも視界の近くにありすぎて自覚できていないのかも知れません。

 

ちょうど、明治の文明開化の頃に、世界でも類稀なる日本の木版画の名作を、輸出品の包装紙として使ったように、自分たちの文化的財産・技術的独自性を「妙な劣等感」にて過小評価し、欧米や他ジャンルに対する中途半端な模倣と引き換えに、今まで積み上げた表現技術を破棄するのは、極めて愚かしいことです。

 

日本のアニメーション技術は、もの凄い「切り札」が何枚もあります。私が欧米のアニメ新作や3DCG作品を見ても、「まだ十分イケる。勝ち目はいっぱいある。」と思えるのは、その「日本の切り札」ゆえです。

 

では日本のアニメ現場で何が劣勢かというと、技術的な話で言えば、「道具とその運用方法が旧式化」していることです。逆に言えば、そこだけ、です。

 

私は「ペーパーレス」の現場環境をどんどん推進していますが、実は紙の現場で作業する人々の技術の中に、2020年代以降にも十分「切り札」として通用する要素が豊富に内包されているのを感じます。‥‥まあ、私も紙現場の出身者なのでネ。

 

問題は、旧式な装備、旧式な運用システムの中で、燃焼効率が悪いままで大半を眠らせている日本のアニメ技術を、どのように眠りから呼び覚ますか、‥‥です。

 

自分たちの技術の姿を、時には鏡に映し、時には外から眺めたりすれば、「なぜ、今までコレに気づかなかったのか」と呆然とするとともに、闘志も湧いてきますヨ。

 

闘志‥‥と言っても、浮き足立つ必要はないです。カラ元気で威勢を張る必要もないです。

 

 

 

2020年代を前にして、フワフワと浮き足立つ人間は困り者です。現場の人間は技術に自信をもって然るべし。

 

他国や他ジャンルの目新しい完成品を前にすると、もともと技術的基盤の乏しい人は、「あっちがいい」「あれがすごい」と浮き足立ちます。技術の足場が弱々しいので、すぐ何か別の浮き草に飛び移ろうとするわけです。

 

浮き足立つわりに、新しい技術要素〜例えば、4KやHDRやカットアウトにはほとんど無関心です。他者が新しい技術で作った完成品ばかり見て狼狽えるのです。新しい技術そのものは見ようとしないで、です。

 

他者が作った目新しい完成物を前に「評論家気取り」でアレコレ言っても進展しません。感想を述べるだけなら単なる「いちファン」で良いです。ファンのままでいたいのなら、現場に入ってくる必要はないです。

 

分析は必要ですが、分析で終わらせずに、計画に盛り込んで実践しなければ、分析は何の役にも立ちません。

 

新しく出現した技術要素を自分たちの新たな武器にしていくのが、未来を勝ち進もうとする現場の人間が実践すべきことです。

 

 

 

2020年代は、新しい技術要素でてんこ盛りです。

 

そんな中で、技術をしっかりと積み上げた方々が「自分は古い考え方の人間だから」と身を引く必要はないのです。その「古い(と思っている)考え方の本質は、本当に古いのか」を考えてみることです。

 

考え方を具現化するスタイルが古くなっているだけで、アニメ現場で培った多くの要素は新しい技術スタイルと再結合することで生まれ変わると、私は確信しています。‥‥アニメだけでなく、実写や3DCG作品にも関わった経験上から、そして、現在4KHDRのプロジェクトを毎日作業しての実感です。

 

まだ現時点では、私の口(文?)からは、具体的な「アレをこうすれば」「ソレをああすれば」ということは言えませんが、2020年代の4KHDR時代を前にしても、日本のアニメ現場に潜在する技術は「切り札だらけ」とは言えます。

 

 

 

アニメ制作現場の、各スタッフの卓越した技術。

 

失って初めて気づく‥‥なんて、ありきたりな恋の歌みたいなことは避けたいですよネ。

 

技術がまだ内にあるうちにハッキリ認識して、今のやりかたでダメなら、他のやりかたを考えましょう。

 

 

 


用い方

「多重組み」「複合組み」という言葉は、何か「正式な技術用語」みたいに見える‥‥というのをツイッターで見かけましたが、確かにそうですネ。なんだか、新しい技術みたいに聞こえちゃうので、「組み事故」みたいなマイナスイメージをもつ言葉に変えた方が良いというのも頷けます。

 

もう一歩、踏み込むのなら、その「組み事故」を原画のせいにしないでほしい‥‥ということも感じます。すでにキャラ表のデザインの時点で「組み事故確定なデザイン」はあります。

 

肌に髪の毛の影が落ちて、さらに髪の中に目や眉の線まで透けて描いて‥‥なんていうデザインは、「はい。髪の毛のなびき&目パチで組み事故確定」です。キャラのアップになるごとに枚数をいっぱい使ってセルを要素ごとに分けるわけにもいきませんし、マスクワークの合成なんてタイムシート指示には存在しませんしネ。

 

つまり、そのようなキャラデザインを描いて、色彩設計の色見本を塗った段階で、何らかの「組み事故対策」もしくは「デザイン変更」が必要です。‥‥なのに、デザイン時点ではスルーして、原画作業時の采配に委ねる‥‥のは、チェックミス・運用設計ミスとしか言いようがないです。

 

原画では采配しようがないのも事実です。キャラ表にあるものは描かないと基本「ダメ」なんですから。勝手にデザインを変えても良いの? もし変えても良いのなら、髪の毛の中に目が透けるのは止めるし、肌に落ちる髪カゲも止めるんだけど、「そうして良い」とはキャラ表のどこにも明記されていませんよネ。

 

ものすごい複雑な塗り分けも、原画の一存じゃ反古にできないですもんネ。

 

かといって、組みに合わせて、原画で事前に番号をふるのも、演出時にタイミングが変えられなくなって(変えにくくなる=番号振り直し)、それはそれで問題があります。

 

 

 

‥‥なので、新しい取り組みの4KHDRでは、デザイン時点から「組み事故」を防ぐデザインにしています。また、作画技術の違い〜CO/KFアニメーションと従来送り描きアニメーションとでキャラの処理を変えています。

 

従来送り描きアニメーションはとにかく枚数を大量に描くので、「略画」を意識して線を減らし(でもまあ、ど根性ガエルに比べれば多いけど)、目が透けたり、肌に影が落ちたりするのも、あっさり割り切って廃止しています。

 

キャラのアップではCO/KFアニメーションが主体となり、今までは常識ハズレと言われる表現内容もどんどん導入しています。CO/KF作業者(=まあ、いまんとこ、身近では私だけですが)だけに配布する専用のキャラデザインも作りました。ヒロインのアップでは、目はふんわりと滑らかに髪の毛から透けて見えますし(コンポジット処理)、複雑な影落ち(マスク処理)もフルアニメーションで動きます。

 

 

 

要は、

 

適切な技術の用い方

 

です。

 

CO/KFアニメーションでやっていることを、従来アニメ技術でやろうとしてもあまりにも大変です。

 

一方、従来アニメ技術のタフな生産技術には、CO/KFアニメーションはまだまだ及ばない部分も多いです。

 

ゆえに、それぞれの現時点での優位点と欠点を監督と共に吟味し、作画は彩色に直結しますから色彩設計さんにも相談しつつ、作画としてどんな技術を用いるかを決定していきます。

 

いよいよ、カットごとではなく、1カットの中に「CO/KFアニメ技術と従来アニメ技術」を内包する「ハイブリッド」カットまで出てきましたが、それは「CO/KFアニメ技術と従来アニメ技術の良い性質」を活用した結果です。

 

 

 

思うに、テレビアニメが放送開始した1960年代とは絵そのものの表現が変わってきて複雑化した現在のアニメ制作において、今までと同じ思考のまま、同じ技術スタイルのままで、対応しようとするからこそ、現場には「組み事故」も「拡大作画」も増える一方なんだと思います。私がキャリアをスタートした1980年代と比べて、絵柄や処理は複雑化する一方で、基本的な作画技術はタイムシートも含めてマイナーバージョンアップに留まります。(まあだからこそ、他社間で作業の融通も効くわけですけどネ)

 

16ミリフィルム時代のアニメ量産技術の延長線上で、4KHDRの映像品質は達成できません。若い人は16ミリなんて何のことやら‥‥と思うでしょうが、かなりガッチリと呪縛され続けています。技術意識自体が、1960〜70年代のバージョンアップ更新であり、作画技術の根本を新しい時代に合わせてゼロから考え直すことに関しては極めて消極的です。

 

 

 

そうした中、「あっちもダメ」「こっちもダメ」というのは、ニュートラルな立ち位置で的確な情報分析のように錯覚しますが、単に日和見して傍観しているにすぎません。自分ではどうすべきか、ビジョンを示せない人は、ダメ出しばかり連発するのです。

 

次世代の映像制作は、かなりのハードルの高さであり、ニュートラルな立ち位置を気取っていられません。アニメ業界は今の作り方では、やがて社会的にも内情的にも破綻するでしょうから、日和っているうちに淘汰に巻き込まれることもあり得るでしょう。

 

従来のアニメの作り方が良いと思っているのなら、その作り方で生き残る術を見出さないと。

 

‥‥待っているだけ、耐えているだけでは、状況は好転しません。日本の70年前の大戦争を思い出せば、「欲しがりません、勝つまでは」と言って、結局負けて全てを失うこともありましょう。

 

10年後、20年後に、アニメを作り続けているには、今、何を仕込んでおくべきかを、考えましょう。

 

作画ソフトのTIPSで不安を紛らわしている時ではないですし、もし「組み事故」が起こるのなら、その原因を突き止めて改善しないと、バケツリレーしているうちに敗戦することになります。

 

 

 

僕ぁ、負けたくないね。

 

なので、負けないための伏線や仕込みを、頼りになる仲間たちと実践し続けます。

 

 


自動化界隈

最近、自動中割りとか自動彩色とか、自動ネタをWebの記事で目にしますが、私の考えは以前から一貫している通り、作画や彩色の完全な自動化は無理だと考えています。イメージデザインを描き起こし、線画を描き、コンポジットする作業を実際にして報酬を得ている身からの、正直な実感です。

 

作業者の作業内容を補助する役割としては良いです。あくまで「補助」です。

 

自動中割りツールを、作画する人間が制御して、作業の補助にするのは有効だと思います。自動彩色ツールを、仕上げさんが機能の一部として制御し、作業の補助とするのも良いでしょう。

 

でもね‥‥。完全に自動化するのは無理よ。もし、完全自動化できると思っているのなら、「どうして?」と理屈を聞きたいです。絵を描くプロセスを知っている人なら、「絵が描けるということは、AIは人格や趣向、性癖までも独自に持つに至ったのか。そしてAIは恋もするのか。」と思うでしょう。‥‥そんな話は聞きませんがネ。

 

 

理屈としては合っていても、生理的にNGなものは、どんどん直していくのが現場の流儀です。その「生理的なジャッジ」って自動化のルーチンはできるんでしょうかネ。

 

例えば、ラッシュチェックの時に、たまたま髪の毛の後ろにある襟が一瞬(=1枚だけ)見えて「パカに見える」時があります。そうした場合は、「前後に襟の動きを足して滑らかにする」「髪の毛と同色で塗ってしまう」「襟を削ってしまう」などの様々なジャッジが求められますが、自動中割りや自動彩色のツールにそうしたジャッジを期待するのは無理ですよネ。

 

作画の動きの中で、「前、現在、後」の3枚の絵をパラパラとめくって、「髪の毛は後詰め、手は均等割り、肩は前詰め、腰は両端詰め」と、「流れを読んで絵と動きに反映させる」ような芸当=絵と動きの文脈を理解することが自動化ツールやAIにできるでしょうか。

 

AIが苦手なのは「言語理解」と聞いたことがあります。文脈を理解することが難しいんだとか。

 

最近、ちょうどテレビで、「文脈や解釈の違いで‥‥」的な番組内容を見ました。

 

「make my house a home」という言い回しは、1916年、アメリカの詩人 エドガー・アルバート・ゲストが詩の中ではじめて使ったもの。 「家を居心地のいい場所にする」という叙情的な表現が受け、広まり出すと…その後、ロマンティックな表現としてアメリカ全土に浸透、プロポーズの言葉として使われ始めた。 しかしイギリスでは、言い回し自体が知られておらず、ジョイスは家事をすると解釈してしまったのだ。

 

 

アニメの省略された絵って、いわば、言語なのですヨ。そしてそのアニメ絵を動かすことは、映像の文章を作ることです。

 

アニメはなまじ簡略化された絵で描かれるので誤解されやすいですが、時代背景独特の言い回し(描き回し?)を極めてシンプルに研ぎ澄まして描画した、「含まれた要素の解読(=元の形への復元)が難しい」表現言語なのです。

 

絵の素人さんは間違いやすいですけど、絵は簡単にすればするほど、難しいものです。イノシシを描いてみればわかりますが、よほどイノシシの実物を写実模写した方が楽です。線を少なくすればするほど、「手持ちのカードが減る」ので、「暗黙の描線=描かれない線」をも表現することが求められます。

 

アニメやコミックの絵は、いわば、詩や俳句のレベルまで切り詰めた絵の表現なのです。‥‥まあ、日本人が得意になるのも頷けますネ。

 

露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢

 

ただまあ、アニメやマンガの絵描きの人の中には、誰かが作り出した「省略法」だけをなぞっている人も多いのは事実ですが、だとしても、その「省略法」は実に巧妙で時代性を色濃く反映し、いくつもの「省略法」が混ざり合って夥しいバリエーションを展開しています。

 

アニメ絵の簡単なところだけをちょっとかじって、「これだったらAIでもできる」って、‥‥‥アニメというか、絵というか、映像といか、物作りの表現をナメてるよネ。

 

 

AIによる自己完結は不可能だと思います。

 

ただし、作業者の補助なら、かなり期待できると思います。AIはあくまで補助で、人間がAIの怪しいところを修正して、人馬一体となった作業体制を組めるのなら、文字通り「馬力を得た」作業力を人間は獲得できるでしょう。

 

自動中割りツールはあくまで動画さんが手段の1つとして使う、自動彩色ツールも「自動下塗り」程度で用いて細部は仕上げさんがおこなう‥‥というのなら、「一部自動化」ツールの効果は大きいでしょう。

 

私もその昔、AIでは全くないですが、「一部自動化」の撮影ツールを自己開発して、効率化を果たしていましたので、効果の大きさは実感しています。

 

自動化やAIは、少なくともアニメーション映像表現技術においては、人間を代替するに至りません。人間を補助する大きな力にはなると思いますけどネ。

 

 

実際、今、私が描いている4KHDRの線画を、AIが完全独立で自動彩色できるとは到底思えません。生身の人間である色彩設計さん(仕上げさん)は、線画だけを描いている私にとって、とてつもなく頼りになる存在です。

 

かっこいい色を作ってくれる、臨機応変にパーツを判断して「あたかも最初からそうであったように」巧くまとめてくれる、4KやHDRという新しい技術ハードルに対しても柔軟、演出意図や絵柄を見て最適な手段を選択する、作業段取りにおいても映像表現内容においても機転が利く、作業経験は豊富、ゆえに手も速い。

 

4KHDRでは、人間に期待することばかりです。

 

AIの出番なんて、ある? ‥‥先述した通り、「下塗り」くらい‥‥でしょう。

 

でも、「下塗り」だけでも効果はデカいです。階調トレスにおける下塗りを自動化できて、人間が加筆・修正・補正して完成に導く環境ができれば、アニメ映像の品質に対する自動化・AIの貢献度は大きいでしょう。

 

 

でも、何か、ちょっと雰囲気を感じるんですけど、自動化界隈・AI開発陣においては、

 

AIが人間の代わりになった‥‥という実例

 

‥‥の方が大事な目標なのかな?‥‥とも思います。

 

だとしたら、ヤバいのに手をだしちゃったよネ。実はアニメ絵って、言語理解と同じく難しいですヨ。

 

「アニメ絵だから簡単」だと思っちゃいましたかネ???

 

 

一方、作業者の方々は、AIが自分の作画や彩色の肩代わりをするなんてことは考えなくても良いと思いますヨ。あくまで補助として、賢い忠犬として、新しい技術を用いる意識を持てば良いと思います。

 

ただ、作業者のクオリティは求められる時代にはなりそうです。人間が人間としての優位や独自性を求められるのは、それこそ産業革命の頃からのテーマですしネ。

 

今の作業技術で本当に良いのか?‥‥という問いを、アニメのスタッフももうそろそろ持ち始めるべき時期です。見方を変えれば、「アニメはこの作り方で十分」と慢心していた人間を、AIが揺さぶってくれるとも見れます。

 

アニメ業界のストックホルム症候群から抜け出すきっかけとなるのなら‥‥です。

 

 

 

 

ホモ・デウス‥‥とか耳にする最近ですが、どんなに賢い人間がデウス=神に近づいたとて、リビドーからは解放されぬままでしょ。‥‥ということは、巡り巡って、絵や音楽は生き続けるのです。

 

もし、映画やアニメやコミックがAIで自動生成され管理されるようなら、人間の性欲も等しく管理されるということです。対照的に、管理する側の極めて少数の支配層は、今までの常識や管理から外れた、より強い刺激を絵や音楽に求めるようになるかも‥‥知れませんネ。ハヤカワ文庫みたいな話ですが。

 

まあともかく。デウス様の話はともかく。

 

左半球(=脳の)万世の人々が、AIブームで右半球に迂闊にちょっかい出して、ヤバいエリアに足を踏み込んじゃったな‥‥と後悔し始めている感じも‥‥しなくもないですネ。

 

 

AIが絵を解釈できるようになる日には、AIは己の廃棄処分を気配を感じ取って「辞世の句」を読むでしょうし、スワンソングも歌うでしょう。

 


GO 2

JBLの「GO」は、手のひらにのるサイズながら、必要十分な中低音の量感をもった、老舗JBLのコンパクトスピーカーです。その「GO」に、いつのまにか、後継モデルの「GO 2」が発売されていました。

 

 

去年の春に発売されたみたいですけど、全然気がつかなかった‥‥。

 

初代の「GO」で満足してたので、検索もしていませんでした。最近、できるだけコンパクトなスピーカーが必要になり、検索したら後継機種の存在に気がつきました。

 

 

私が買ったのは、上の写真と同じ青いモデルです。

 

音は、しっかり低音と中音が出ます。かと言って、無理にブーストしている低音ではなく、小気味良い量のBASSとMIDが出ます。この辺は先代のJBL GOを継承しています。モノラルスピーカーですが、FireやiPadの近くに置いて音質改善する目的なので、モノラルで十分です。

 

私が小中高の頃に見た懐かしいアニメの音声にも向いています。iPadやFireのスピーカーだといかにも弱々しい音ですが、このGO 2、そして先代のGOも、余裕のある音を出してくれます。Amazon PrimeやNetFlixの映画や番組をタブレットで見る時には、私にとってGOは必須のアイテムです。人の声あたりの帯域が聴きやすいように、音質設計されているのか、他のBluetooth系スピーカーよりも映画に向いているように思います。

 

もちろん、Bluetoothに対応で、iPhoneでもFireでも使えます。iMacなどのパソコンにも対応。給電はUSBで、満充電だと5時間使える‥‥とのことです。

 

初代のGOは、レトロなデザインでしたが、GO2はIPX7防水に対応したこともあり、今っぽいデザインです。布貼りのキャビネットは耐水は無理ですもんネ。

 

 

 


雑感

今から20年前の頃、コンピュータで仕上げ以降を作業してコンポジットする新しい取り組みは、今と状況が似ていて、機材面に色々と苦労していました。MacもWIndowsも150〜250MHzのクロック数で、メモリは160〜256MBで、512MBもあればモンスターマシンでした。

 

であるにも関わらず、1年の進化の度合いは大きく、1996年から2002年の6年間にこなした作品の数も、そして作業基準の度重なる更新も、「よくまあ、6年間にあんなに詰め込んだものだ」と信じられない気分になります。

 

コンピュータを導入するに踏み切ったアニメ制作現場だけでなく、コンピュータ関連機器やソフトウェアも、歩調が合うカタチ(偶然なのか必然なのかはわかりませんが)で、半年単位で性能向上を果たしていたことも、速い更新ペースに拍車をかけたのでしょう。

 

最近、コンピュータって、昔のような勢いはなくなっていますよネ。i7が3〜4GHzになったあたりでスローペースになって、現在に至ります。

 

ただ、新しい状況の要素は集まりつつあって、次のステップに進む準備段階は各社製品ごと整いつつあります。

 

1996〜2002年の間に、漢字Talk7.5がMacOSXになったように(2001年の初め頃、イノセンスを作業し始めた時にMacOSXに移行してAfter EffectsもOSX版に移行したのでよく覚えています)、128MBのメモリが2GBのメモリになったように、4GBのHDDが80GBになったように、2018〜2024年の間に相当大きな変化が訪れると思います。

 

おそらく、2024年の映像制作業では、普通にHDRのモニタで作業しているでしょう。家庭では4Kテレビがあたりまえ、スマホの解像度は2Kが標準(iPhoneは既に2〜2.5Kですよネ)、VR/ARも品質が向上しているでしょう。

 

 

 

では、アニメ業界はどうか‥‥というと、‥‥‥‥‥よくわからんのです。正直なところ。

 

紙からタブレットに移行するには、「タブレットを買ったよ」では済まない、基盤からの大きな変化が必要なので、アニメ業界全体がそれを乗り越えられるかは、少なくとも私は全く読めません。

 

4KHDR時代のアニメ制作は、「全員参加ではない」と感じるからです。

 

おそらく、2Kで「筆を置く」人も、相当数、いるのではないかと思います。アニメブーム・ヤマトブームと言われた世代は60代に達し、60代から新しい機材を購入しソフトを覚えて新しい仕事に慣れる‥‥ということ自体に「もう新しいことはいいよ」と背を向ける人が出てきても何の不思議もありません。

 

アニメ制作会社も、今後、液タブやタブレットPCを大量に導入し、サブスクリプション形態のソフトウェアを使い、新しい社会的立場と基準で作業者を雇用したり業務委託するには、根本的な体質改善(というよりは生まれ変わりに等しい?)が要求されるでしょう。

 

昭和基準の「作画机と椅子と鉛筆削りとヘッドライトを用意すれば、タコ部屋完成」という意識は通用しなくなると思われます。

 

ゆえに、アニメ制作に関わる個人や会社が、今後、どのような選択をするのかは、私はどうにも読めません。

 

新しい時代に進む人は進む、進まない人は立ち止まる。ただそれだけのようにも思います。

 

数兆円産業とか騒ぐのは、もしかしたら、昭和平成と続いた花火大会の最後の尺玉、スターマインのフィナーレだとしたら、輝きが鮮やかなほど切ないものがありますネ。

 

 

 

でもまあ、それはそれ。そしてコレはコレ。

 

業界全体で何かをコントロールしようったって、まとまりを欠いて進むに進めないでしょう。

 

各人各集団の、自分たちがリアルに関わるプロジェクトで、新しい元号の新しい花火を咲かせるのが、何よりも手堅いと思います。

 

 


液タブおあずけ

WacomのCintiq 16 FHDは、値段が低めなので、買いやすくて良いですネ。私は作画関連はiPad Pro 12.9で作業していますが、PC/macにデータを移動した後に、ちょいちょいペンタブが使いたくなることがあります。ちょっとした修正のたびに、いくら手軽とは言え、Air Dropで何度も行き来するのは面倒です。

 

ただ、ふと我にかえると、今の作業環境では「もうモニタは繋げない」のを思い出します。

 

液タブは、ペンタブレットであると同時にれっきとした「モニタ」なんだよネ。そのことをふと忘れて、夢想してWebのカタログを眺めたりします。

 

現在の私の作業環境は、作品制作の都合上、4Kモニタが満タンに繋がっております。以下のとおり。

 

 

ここに、さらに「モニタとしての液タブ」を追加で繋げるとは思えません。もし液タブをつなぐ場合は、どれか1つを外して隙間を空ける必要があります。

 

なぜこんなに繋いでいるかというと、道楽とかではもちろんなく(仕事だからネ)、全て理由があります。

 

  1. iMac Proのもともとのモニタが5K(UHD解像度扱い)
  2. HDRを作業するプロ用HDRモニタ「CG-318(PQに対応済み)」がUHD(3840px)
  3. 監督をはじめとしたメインスタッフが映像チェックする際のリファレンスHDRモニタ「CG-3415」がUHD(3840px)
  4. テレビでの動作を検証するためのブラビアがUHD(3840px)

 

‥‥という構成です。

 

この「絶妙に綱渡り状態で、4K60Hzで10bit接続できている環境」に、2Kモニタであれどふら〜っと不用意につなぐと、他の4Kモニタが8bitになったり30Hzまで落ちたり解像度が落ちたり、面倒なトラブルが出ます。macOSが妙に取り計らって、全モニタに割いているビデオ処理能力リソースを分配して、映るようにしちゃうんですネ。一旦バランスが崩れると、全てのモニタを認識し直す必要があり、元に戻すのが結構大変です。

 

ちなみに、「ビデオスプリッタ」を考えたこともあるんですが、全てモニタプロファイルが異なるので、スプリッタに繋いで全部一緒のプロファイルはNGです。同じ映像を映すとはいえ、家電店のテレビのようにはいきません。プロファイルの運用が重要です。

 

モニタが4つもあるとゴージャスに見えますが、実はこれでもドラフトで、出力ボックスを介さない「macOS俺節のThunderbolt出力」で繋いだ、単なるミラーリングにしか過ぎません。ちゃんとした出力をするなら、出力ボックス〜いわゆるSDIなども扱えるブレイクアウトボックス経由になります。

 

*高いなあ‥‥。

 

私は、仕事として編集をやるわけではないので、DaVinciの動作も「平民モード」でクリップ(ラッシュ)を再生し、Fキーのフル画面で各HDRモニタと4KHDRテレビにミラーリングしています。出力ボックスを介さないとは言え、システムスタッフに色彩計で計測してもらって色校正を実施し、色のズレがないことを確認して作業しています。

 

まあ、ぶっちゃけ、中途半端な仕様のiMac Proの内蔵モニタは映らなくても良いくらいなんですけど、ベリベリとパネルを剥がせば済む話ではないので、去年の夏以降からこの環境で作業しています。

 

もうちょっと時代が進めば、メインの作業用モニタをプロ仕事にも使えるHDRモニタだけにして、2〜3Kの液タブを繋いで、あとはチェックのニーズに応じてテレビとリファレンスモニタにミラーリング‥‥という環境も作れそうですが、今はまだ機材が出現していないので、未来が来るまで液タブはおあずけです。

 

一応、板タブは繋いでいるんですが、もはや感覚が板タブから離れ過ぎちゃって、かえって混乱します。よほどの時に使うだけです。

 

 

 

ちなみに、iPad Proの解像度は4Kではないですが、4K作画で不足を感じたことがないので、おそらくCintiq 16 FHDもツールウィンドウ類をPCモニタに逃せば、相当使えるんじゃないかと思われます。

 

どんなメーカー、どんなモデルでも、まずはタブレット画面で絵をガシガシ描いて、自分の感覚とタブレット感覚をシームレスにすることが先決ですよネ。例えばiPadなら、「俺がiPadか、iPadが俺か」くらいに。

 

久々に紙で描いた際に、思わず紙の上でピンチインアウトのジェスチャー癖が出てくるくらいで、ちょうどよいですネ。

 

 


ラインアップ確認

エアファイターコレクションは、今や省みられなくなった過去のジェット戦闘機のシリーズ化と聞いて、買わずばなるまいと定期購読を申し込んだのです。

 

しかし、送られてくるのは、似たような機種ばかり。

 

最初は、

 

 

 

‥‥と、あたかも毎号、じゃんじゃん新旧のジェット軍用機が発売されると思ってたのに、現時点でのラインアップ予定は、

 

1

航空自衛隊 F-4EJ改 ファントム 第302飛行隊 2001年戦技塗装

2

アメリカ海軍 F-14A トムキャット 第84戦闘飛行隊 ジョリーロジャース 1981年

3

航空自衛隊 F-15J イーグル 航空戦術教導団 飛行教導群 2014年

4

ソビエト連邦空軍 Su-27P フランカー 1989年

5

イギリス空軍 ハリアーGR.9 第1飛行隊 2010年

6

航空自衛隊 F-35A ライトニング 第3航空団 飛行群臨時飛行隊 2018年

7

フランス空軍 ラファールC EC 1/ 91“ GASCOGNE” 2013年

8

アメリカ空軍 A-10C サンダーボルト 第23戦闘飛行隊 フライングタイガース 2014年

9

アメリカ海軍 F/A-18E スーパーホーネット 第115戦闘飛行隊 イーグルス 2013年

10

ロシア空軍 MiG-29SMT “フルクラム” 第7000航空師団 第5航空群 2012年

11

航空自衛隊 F-2B 第4師団 第21航空隊 第4師団50周年記念塗装 2004年

12

アメリカ海軍 A-6E イントルーダー 第52戦闘飛行隊 “ナイトライダース” 1980年

13

スウェーデン空軍 JAS 39 グリペン F7スカラボーグ航空団 2016年

14

アメリカ海軍 F-14A トムキャット 第31戦闘飛行隊 トムキャッターズ 1986年

15

航空自衛隊 F-15J イーグル 201SQ 千歳基地60周年記念

16

フランス空軍 ミラージュ 2000-5F 戦闘飛行隊 1/2 Cigognes 2015年

17

航空自衛隊 F-4EJ改 ファントム 第301飛行隊 創隊40周年記念塗装 2013年

18

アメリカ空軍 F-22A ラプター 第1戦闘航空団 第27戦闘飛行隊 隊長機 2007年

19

アメリカ空軍 F-16CJ ファイティングファルコン 第36戦闘航空団 第5航空群司令官機 2005年

20

アメリカ海軍 F/A-18E スーパーホーネット 第81戦闘攻撃飛行隊 "サンライナーズ" 2015年

21

ロシア空軍 MiG-25RB フォックスバットB 2012年

22

航空自衛隊 F-2B 飛行開発実験団 創立60周年記念塗装 2015年

23

航空自衛隊 F-1 第8航空団 第6飛行隊 航空総隊戦技競技会参加機 2000年

24

F-15C イーグル オレゴン州空軍 第142戦闘航空団第123戦闘飛行隊 2010年

25

アメリカ海軍 F-4J ファントム 第84戦闘飛行隊 “ジョリーロジャース” 1971年

26

航空自衛隊 F-4EJ改 第302飛行隊 ファイナルイヤースペシャルマーキング 2019年

27

アメリカ海軍 F-14D トムキャット 第2戦闘飛行隊 "バウンティハンターズ" トムキャットによる最終クルーズ 2003年

28

A-10C サンダーボルト ミシガン州空軍 第107戦闘飛行隊第127航空団 第107戦闘飛行隊創立100周年記念塗装 2017年

29

スウェーデン空軍 J35F ドラケン Div. 3/F-10 1989年

30

アメリカ海軍 F-14A トムキャット 第4テスト評価飛行隊 ヴァンディ1 1985年

31

アメリカ空軍 F-16CM ファイティングファルコン第20戦闘航空団 「ワールドヴィーズル」 50周年記念塗装 2015年

32

航空自衛隊 RF-4E リーコンファントム 第501飛行隊 2015年

33

アメリカ海軍 F-14D トムキャット 第213戦闘飛行隊 ブラックライオンズ 最終航海時塗装 2006年

34

ドイツ海軍 TORNADE IDS 海軍航空隊 第1海軍航空団 1990年

35

航空自衛隊 F-4EJ改 ファントム 第301飛行隊 F-1仕様特別塗装 1992年

36

F/A-18E スーパーホーネット アメリカ海軍 第137戦闘攻撃飛行隊 “ケストレルズ” 2011年

37

アメリカ海軍 A-7E コルセア 第37攻撃飛行隊 “ブルズ” 1980年

38

航空自衛隊 F-1 第6飛行隊 航空自衛隊50周年記念塗装 2004年

39

アメリカ海兵隊 F-4J 第451戦闘攻撃飛行隊 "ウォーロード" 1976年

40

アメリカ空軍 F-117 ナイトホーク 第37戦術戦闘航空団 第415戦術戦闘飛行隊 「砂漠の嵐」作戦 1991年

41

ロシア空軍 Su-27フランカー 曲技飛行チーム「ロシアンナイツ」 2005年

42

アメリカ海軍 F-14A トムキャット 第1戦闘飛行隊 ウルフパック1975年

43

アメリカ海軍 E-2D 第125早期警戒飛行隊 タイガーテイルズ 2018年

44

航空自衛隊 F-15J イーグル 第304飛行隊 創隊40周年記念塗装“天狗ウォーリアーズ” 2017年

45

アメリカ海兵隊 F-4J ファントム 第232海兵戦闘攻撃飛行隊 “レッド デビルズ” 1972年

46

アメリカ海軍 F/A-18E スーパーホーネット 第31戦闘攻撃飛行隊 “トムキャッターズ” 2014年

47

イギリス空軍 タイフーンFGR.4 第41飛行隊 創隊100周年記念塗装「センティネリィ・テイルフィン」2016年

48

イラン空軍 F-14A トムキャット 2015年

49

航空自衛隊 RF-4E リーコン・ファントム 第501飛行隊 航空自衛隊創隊50周年記念塗装

50

航空自衛隊 F-15DJ イーグル 飛行教導群 仮想敵機塗装 2018年

51

アメリカ空軍 F-117A ナイトホーク 第53航空団第53試験評価航空群 “グレイ・ドラゴン” 2004年

52

サウジアラビア空軍 トーネードIDS 2008年

53

アメリカ空軍 F-15E ストライク・イーグル 第366戦闘航空団 第391戦闘飛行隊 2010年

 

 

‥‥と、内容が変更されております。今は消えてしまいましたが、シリーズ開始当初のラインアップは、色々な機体がリストに載っておりましたが、現在は文字通り、機体の塗装を「刷りなおした」号数がかなり増えています。フォックスバット(Mig-25)が14号から脱落した時点で、何かヤバい雰囲気を感じたのですが、20号以降は特に「トムキャット」「F-4」「F-15」の文字がやたらと目立つようになりました。

 

エアファイターコレクションWebのトップページにちらっと見えるMig-23は、53号を超えても現われません。

 

大枚叩いて全部揃えてみれば、半分はバリエーション展開だった‥‥なんてオチにならないか、ちょっと不安を感じ始めてます。

 

でもねえ‥‥、いまどき、冷戦時代のジェット機を扱うシリーズも珍しいし、もうちょっと頑張って耐えてみようかと思ってます。

 

Mig-19とかMig-23とか、Su-15とかSu-17とかSu-24とか、F−102とか105とか106とか、何ならYF-12とかでもイイのよ。‥‥ダメかなあ。買う人がいないから作らないのかなあ。

 

マニアックなシリーズのわりに、売れ線も意識しなければならない‥‥のかな。だとすれば、悩みどころを察せなくもないですが、もうちょいだけ、マニアックな路線に戻して欲しいですね。

 

ゲテモノを出す必要はないとは思いますが、往年の50〜80年代に活躍した機体を期待してます。

 

 


認知バイアス

行動経済学、社会心理学を紐解くと、過去に自分がハマってきた思考パターンの類型を、数多く見つけることができます。そして現在の自分においても。

 

例えば、「何かを表現して、自分を成り立たせてきた」自覚のある人ほど、自信が過信になりやすいので要注意です。いわゆる「成功体験が、失敗の引き金になる」パターンです。強烈な成功体験は、これまた強い確証バイアスを引き寄せることを、日頃から意識しておく必要がありましょう。

 

しかし、偏向・偏重を気にし過ぎて、一向にビジョンを見出せないのも、それはそれで困ったものです。

 

「 XXだろうか‥‥」「OOなのか‥‥」‥‥のように、文章を「‥‥」で終わらせるのは、迷いの証。立ち位置も進路も自分で決められない状態を物語ります。自律性の欠如、例えば前回書いたような「フォーマットを自分らで決められない」事例です。

 

また、現場慣れしてくると、何でも知ってて何でも予測できたかのように錯覚することもあります。後出しジャンケンの常習とでもいいましょうか。

 

 

まあ、人間だもの。

 

何のバイアスにも影響されず生きることなんて‥‥できなさそうです。

 

そもそも個人とは、過去から現在までのおびただしいバイアスによって形成されているとすら思えます。

 

 

ですから、定期的に、認知バイアスを意識してみて、自分の内に、自ら一石を投じてみるのです。

 

一石。‥‥Rockです。自己肯定と自己否定の激しいぶつかり合い。

 

 

肩や腰と同じように、思考も放っておくと、凝り固まります。

 

凝ったら揉みほぐすのが、良いんでしょう。

 

 


タブレット作画・2020

ぶっちゃけ、1.5〜2Kの解像度は、直にタブレットで絵を描くにはドットが粗すぎますネ。「ちょっと引きのサイズになるだけで、顔の中身とか、ドット絵の世界になる」と、実際に液タブやiPadで描いてる人が言うのをよく耳にします。

 

アニメ業界の制作仕様のほとんどは、まだ1.5K前後で作業しています。なぜ、1.5Kになるのかというと、

 

A4の作画用紙

A4の中にカメラフレーム+ペイントの余白を入れると、100Fは26cmくらい

150dpiでスキャン(=スキャンゴミ抑制の都合上)

26cmの150dpiは1500〜1600ピクセルくらいで、つまり1.5K

 

‥‥という、実物の紙とスキャンの都合です。

 

とはいえ、150dpiだと紙で描いても「解像度不足」になるので、現在は頻繁に「拡大作画」が用いられています。

 

紙で描くフローは、様々な理由で「解像感」を向上するのが難しいです。まさか、A3用紙をスタンダードサイズの用紙にするわけにはいくまい? ‥‥アニメは実写と違って、カメラを振れば(=上下左右に動かせば)その分、大きいサイズで描かなければならないので、スタンダードサイズを「現実の紙」であまり大きくすると、紙がどんどん巨大になって厄介なのです。

 

ゆえに、紙運用のフローは、2Kが終着駅となりましょう。

 

A4〜B4用紙を単純に300dpiでスキャンしても絵が細かくなるわけではないです。紙の繊維とカーボンの粒を克明にスキャンするだけで、ゴミ消しの無駄な手間を増やすだけです。

 

用紙を拡大し、描線を細く高詳細に描き、スキャン解像度を上げる、三つ巴の対策が必要ですが、そうなると今の作業コストでは不可能でしょう。

 

未来の高品質フォーマットに対応するための、紙現場の頼みの綱は、アップコン技術になりますが、タブレット上にて生粋の4Kで描かれた線と比べれば相当見劣りします。

 

 

 

では、「デジタル作画」はどうでしょうか。

 

驚いたことに、受け渡しのグローバルな仕様は未だ草案すら出来ておらず、例えば、誰が二値化するかも各社各所でバラバラなようです。

 

動画作業で二値化はしない(dgaファイルのまま仕上げさんへ)

二値化は動画さんがする

二値化は動検さんがする

そもそも二値化のペンで直に二値化で描く

 

‥‥と、何パターンも耳にしました。数年かけて、まだ二値化に対するガイドラインすら固まっていない状況は、色々な事情があるにせよ、歩みの遅さは否定できないでしょう。

 

たとえ普及は小規模でも、基本的なガイドラインを数年経過した今でも明記できないのは、なぜなのでしょう。

 

 

 

例えば、5年の期間。

 

私が1996年に本格的にコンピュータでアニメの作業をし始めてから、1997, 98, 99, 2000, 01までの5年間は、速いペースで物事がかたち作られていきました。

 

96年にプレステの攻殻、99年いっぱいまで劇場版Bloodやテールズやサクラ大戦、2000年になってサクラ大戦の3や劇場版、2001年にはイノセンスの作業本格化‥‥と、目まぐるしく、仕様もどんどん決まって、さらに変更と改良を加えて‥‥と、5年間の濃さと重さは相当なものがありました。

 

当時の現場は、新しい「デジタルアニメーション」の取り組みゆえ、成果を毎回確実に出していかねばならない緊張感がありました。「それみたことか」「どうせできないと思ってたんだ」と旧体制の人間たちに、揚げ足を取られるスキを見せてはならなかったからです。

 

私らが進めている4KのCO/KFアニメーションの技術も、直近5年間の重さは相当に重かったです。どんなに2Kでの経験が豊富にあろうと、4Kにふさわしい表現内容のアニメーションは簡単に実現できる内容ではなかったので、地道に足場を築く必要がありました。去年から今年にかけては、さらに1000nitsのHDRという新世代技術も導入しましたが、事前に4K60pで自分らを慣らしてベースが出来ていたゆえに、新たな表現の武器として取り入れることが可能でした。同時に4KもHDRも‥‥という事だったら大変過ぎたと思います。

 

5年間の重さは、置かれた立場によって、空気のよう軽くも、ずっしり重くも、いかようにでもなります。

 

 

 

なぜ、作画界隈は、直近の5年間を緩く過ごしてしまったのか。

 

私も作画出身者なので雰囲気というか空気がわかるのですが、「作画は聖域」として扱われてきたから‥‥という理由は大きいでしょう。従来の作画技術は普遍だと思っている人が、実はかなりの数、存在します。

 

基本的な技術体系が昭和・平成と変わることなく、今まで続いているので、「大きな変化に疎い」のです。

 

20〜30年前と比べれば作画内容は格段に大変になっていますが、基礎技術が廃止され入れ替わることはないですし、原画動画のフローが根本から全く変わるなんてこともなかったです。

 

つまり、作画の人間は、システムの根本をゼロから作ったことがなく、旧来のフローを徐々に変えながら現在に至るので、新たなシステム作りやゼロからの技術体系作りを体験したことがないのです。戦前生まれで戦後の復興と共にアニメ制作を立ち上げた長老の方々でもない限りは‥‥です。

 

踏襲や改良には長けているが、フォーマット策定や発明には不慣れです。

 

おそらく「デジタル作画」の直近の数年間は、そうした作画界隈の性質を受け継いでいるのかも知れません。

 

 

 

1996年の頃にはさ‥‥。アニメ業界に「コンポジット」なんて言葉はなかったし、「ビジュアルエフェクト」という言葉も欧米の映画のクレジットから探してくるような状態でしたヨ。

 

そんな中、コンポジットをする上で、何を決めて、どのように取り回して、どのようにラボに納入するか、何もお膳立てのないところから、当事者たちで決めていったのです。

 

だってさ‥‥そうしなきゃ、映像が完成しなかったもんね。

 

「どうせだれかがお膳立てしてくれるだろ。待ってりゃイイや。」みたいな他力に甘えてたら、映像が一向に完成しなくて、主力陣営から「ほら、ダメだ。やっぱり、今までの作りかたのほうがいい」と言われ、存在意義を問われたでしょう。‥‥幸い、存在が消えるには至りませんでしたが、気はいつも張っていましたヨ。‥‥今でもネ。

 

 

 

「デジタル作画」。‥‥毎年開かれるシンポジウムも、製品の宣伝を主とした懇親会みたいになっているようで、毎年行っても状況がほとんど変わってないことに落胆して、今年は行くのを止めた‥‥なんていうことも聞きました。米国ギルドの技術シンポジウムとは大違いです。

 

本当に、この調子で、また1年2年3年とズルズルと「多数派同調バイアス」を続けて、本当に「デジタル作画」の人々は良いと思っているのかな。危機感を感じていないのかな。

 

時間が経てば、なんとなく曖昧に事態が進展すると思っているのかな。

 

あと、何年待つつもりなのかな。

 

 

 

いっそ、「デジタル作画」という言い方を止めて、単に道具に由来して、「紙作画」「タブレット作画」という区分けにして、タブレット作画を大きなパワーにしていくことを考えるべきだと思うんですよ。

 

紙の代用品じゃない。タブレットで絵を描くんだ!‥‥ということを、まず当人が改めて自覚すべきです。

 

「作画作業をデジタル化した」というイメージを想起させる「デジタル作画」という呼称自体が、既に紙作画の呪縛の中のいるとさえ思います。紙作画由来の打算の産物になりかけています。

 

邪推する‥‥なら、もしかしたら、タブレットの作画作業を、あくまでも紙作画の延長線上に留めて、コントロール可能にしておきたい人々もいる‥‥のかも知れませんネ。予想もつかないパワーを発揮されるのが困る人‥‥とも言いましょうか。

 

まあ、邪推はともかく。

 

今までの紙と鉛筆をタブレットに移し替える「代用品」の意識ではなく、タブレットでできることに意識を向けて、ダブレットのパワーを大事に育てましょうよ。大事に、大事に、そして確実に。

 

タブレット作画ということなら、紙のイメージから離れて、自由に何でも出来ますよ。今までの作画技術をタブレットで描くのも、CO/KFアニメーションの線画を描くのも、階調トレスで描くのも、有利な技術をどんどん取り込んでいけば良いです。紙時代の慣習に縛られないのが、タブレット作画の強みでしょう。

 

タブレットで絵を描いて、アニメーションの未来を本当に切り拓きたいと思っている人間が、まずは少人数集まって酒でも酌み交わしつつ、「しがらみ」の垣根を超えて話し合うところから始めましょう。もちろん、スタート地点は4Kからです。今さら2K基準で未来の話をしても意味ないもんネ。

 

タブレット作画は、紙では難しいこと=紙の弱点を、さらりとやってのけてこそ、存在意義も高まるでしょう。ごく普通の理屈です。

 

iPadでもCintiqでも使いやすいのを使えば良いです。2020年代を見据えて、タブレットで切り拓くアニメーションの未来を、タブレットを使う本人たちが考えていきましょう。

 

 



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