アラウンド50の逃げ切りイメージ

私は宇宙戦艦ヤマトとハイジの本放送が小学校1年の時、さらば宇宙戦艦ヤマトは小学校5年、銀河鉄道999とカリオストロの城、ガンダムが小学校6年‥‥と、まさに「アニメブーム時代の申し子」とも言える世代です。生まれる前からテレビアニメが存在した世代でもあります。

 

そんなアニメ世代の少年少女も今やアラウンド50。一方、アニメ制作は確実に「デジタル化」の道を辿り、数年前は「聖域」とも言えた作画工程にも「デジタル」の波はどんどん押し寄せています。

 

生まれた頃からアニメ制作のシステムが存在した世代にとっては、旧来のアニメ制作スタイルは「普遍的」なものに思えるでしょう。‥‥しかし、日本のテレビアニメの制作システムはたかだか50〜60年前後。人類の歴史の時間からすれば、ほんの束の間の出来事と言えます。(=ヤマトのナレーションみたいな口振りですが)

 

まあ、要は、いつ大変化が起きても、さして驚くことではないのです。人類が食事をしなくなった!‥‥というのなら天地がひっくり返るような大事ですが、アニメの作り方が変わった!‥‥というのは、「時代が変化したんだったら、普通じゃん?」と言われるだけのことです。

 

2〜3年のスパンではなく、20〜30年のスパンで考えてみましょう。私の同世代の人々の中には、旧来のアニメ制作スタイルを維持して、「自分が働いている期間だけは、今までのままの作り方で、逃げ切りたい」なんて思う人もいると思いますが、ぶっちゃけ、その「逃げ切る期間」は、あと何年なのよ?‥‥という話です。

 

60歳になったら引退して、悠々自適の余生を送る? ‥‥さて、それを可能にする「リアルな貯金」はどれだけ貯まってるでしょうか。現実から目をそらさずにイメージしてみれば、アニメ制作関係者のうち、どれほどの人間が60代で引退できるほどの貯蓄を有しているのか、「その難しさ」が思い浮かぶはずです。もっと言えば、何歳まで生きるつもりなのか、生きたいのか。

 

恐らく‥‥ですが、大した貯金も築けず、持ち家も持たず、助けてくれる配偶者も子もいないような境遇の場合、あと10年逃げ切って60代で引退するなんて、「夢のまた夢」なんじゃないですかネ。

 

自分のゴールはどこにあるのか。仕事を辞める時か。死ぬ時か。

 

どこをゴールに据えるかによって多少の増減はありましょうが、アラウンド50の人間は、この先20年間は現役で働き続ける状況が予測できるわけです。

 

20年‥‥ってさ、「逃げ切る」にはとても長い年月だよネ。

 

アラウンド40の人間ならば、30年はまだ残されているわけで、「逃げ切る」年月として、より一層、程遠い期間ですネ。

 

現在60代以上の人たちには、「どうぞ逃げ切ってください」と申し上げられますが、アラウンド40、50の人間は、「逃げ切る」なんてイメージは現実的に判断・評価して、未来予測が甘過ぎる‥‥と思うのです。

 

ヤマト世代以下のアニメ制作関係者は、逃げ切る・やり過ごす‥‥なんてイメージではなく、制作スタイルのフェイズを大転換するイメージが、生きていくために不可欠なんじゃないですかネ。

 

昔話は、雑談や酒の肴だけで十分。

 

今必要なのは、自分らの未来が消滅しないように、時代の技術変革に合わせて、巧妙にシフトしていくことです。その際、「逃げ切る」イメージを「現役」の人間が持ち続けることは、有害にすらなり得ます。何かにつけて「消極的」で「ネガティブ思考」になりますもんネ。

 

20〜30年も逃げ続けるなんてできません‥‥よネ。

 

「新しい物事なんて、もうそんな気力も体力もやる気も出ない」なんて言っても、一方で、20〜30年の長期間を逃げ続ける気力や体力はあるんでしょうか。

 

判りやすい分岐点としては、東京オリンピックが終わった後でしょうね。そこから、逃げ切ることを選択したアラウンド50と、もう一度生き直すつもりで新しいフェイズを選択したアラウンド50の差が、徐々に浮き彫りになっていくことと思います。


バッグ・イン・バッグ

早いもので、もう1週間で9月。猛暑やらオリンピックやら台風やら忙しい8月でしたが、まったりと本業の作業は続いております。

 

相変わらず、iPad ProとApple Pencilで作画やらカラースクリプトやらを作業しつつ、日々が過ぎていきます‥‥が、一方で新しい技術のステップは次の段階へと駒を進めています。何か新しいことにチャレンジする時、「やることに意義がある」なんていう人もいますが、「やっただけじゃ後に続かない」のもまた真なり‥‥です。一つ一つの短期プロジェクトが複数の点となり、点と点を繋げて面にして、面と面を組み合わせて立体にしてこそ、次世代のアニメーション映像制作の「姿」が見えてきましょう。

 

ただ、のんびりし過ぎていると「遅きに失する」ことだってあります。多方面作戦でしんどいこともありますが、淡々と粛々と作戦図を実践していくことが肝要です。幸い、iMacやiPadと言ったコンシューマ向けのパーソナルコンピュータは、映像制作における言わば「貧者の最新兵器」‥‥つまり資金力の乏しい個人や少人数グループの実戦プロ機材に成りえますから、あとは「どう使うか」‥‥ですネ。

 

‥‥で、当然のことながら、使うためには設置しなければならず、しかもiPadやKindle(Fire)などは日々運んだりもしますから、着々と作業を進めるためには、持ち運び方法や作業スペースなど、基本的な取り回しを確立する必要があります。絵を描いたり映像をコンポジットする基礎技術はもちろん何よりも必要不可欠ですが、技術を実践し発揮するために必要な「雑多なこと」もある程度は解決しておかねばなりません。

 

最近の私にとっての雑多なことは、複数の「板」をどう運ぶか‥‥でした。私は基本的にiPad Pro 12.9と9.7、そしてKindleの3つの「板」を自宅と職場で持ち運びますが、用途や作業内容・規模に応じて、オプションが増減します。ゆえに、昔から使っていたバッグも含め、大中小の3つのビジネスバッグを用意して使い分けていました。

 

しかし、「漠然」と使い分けしていると、(まあ、人によると思いますが、少なくとも私は)「入れ替えミス」がたまにおきます。バッグを変える際に、Apple Pencilを入れ替え忘れたり、Kindleを忘れたり‥‥などです。そして何よりも入れ替えそのものが「面倒」です。

 

当然の成り行きとして「バッグ・イン・バッグ」を物色するわけですが、コレが中々、「自分のニーズにピッタリくる」ものが見つかりません。ちょうど良い「仕切り」で区切られたバッグインバッグが欲しいのですが、そんな「自分に都合の良い」商品なんかあるわけないです。

 

‥‥ありました。

 

バッグインバッグを買うこと、3度目にして、私のニーズにジャスト過ぎる商品に出会いました。奇妙なくらい、ピッタリです。

 

 

 

私の持ち運びたい3枚の「板」がすっぽり収納できます。しかも、iPad 9.7インチに至っては、嵩張るケースに入れたまま、ポケットに収まります。

 

 

 

商品自体は、800円台で買える、とても手頃なものです。これより前に買った1600円のバッグインバッグは、タブレット保護の緩衝材がかえって厚みが増して邪魔だったり‥‥と使い勝手がイマイチでしたが、800円で買える低コストが好都合に作用して無用な保護パッドの厚みもなく、スッキリと収まります。バッグインバッグを収納する親バッグには、たいてい既に保護パッド・緩衝材が内装されているので、バッグインバッグ自体に余計な緩衝材は不要なんですよネ。

 

 

 

とは言え、3つの板を収納してたっぷり膨らんだバッグインバッグ。小さめのバッグには窮屈で入らないかな‥‥と思ってたら、これまた、予想に反して、スッポリと収納できました。

 

 

*もともと、12.9インチのiPad Proを手軽に持ち運ぶ用途で買った、アマゾンの14.1インチバッグ。1580円というリーズナブルなお値段ですが、充分な緩衝材が内装されております。

 

 

 

こりゃ、便利。日々の持ち歩きは、できるだけ軽装にしたい私ですが、板を3つ運ぼうとする時点で軽装にはなりにくいジレンマがありました‥‥が、アマゾンの14.1インチバッグに収納できるのなら、「大所帯ながらもコンパクト」に抑えられます。

 

もはや、特別なミッションでもない限り、Mac Bookは持ち歩かないので、iPadやKindleを詰め込めるリヒトラブのバッグインバッグで日々十分対応できます。

 

ちなみに、アマゾンの14.1インチのバッグには、リヒトラブのバッグインバッグを入れても、20〜30枚前後のA4書類、2個程度のHDDやSSD、財布、iPhone、ハンカチくらいは収納できます。分厚いA4書類などを持ち歩きたい場合は、1サイズ上のバッグが必要になりますが、書類を含めて「デジタルフロー」を確立したい私としては、印刷物ではなくデータで持ち運ぶのが常なので、Mac Bookを持ち出してプレゼンでもしない限りは、14.1インチンバッグで十分そうです。

 

この手の商品って、収納したい物品を持参して、実際に店舗で実物に詰めてみないと、リアルなところは解りません。ゆえに、アマゾンのような通販ですと、「イチかバチか」の買い物になります。返品システムもあるでしょうが、返品の手続きはそこそこ面倒ですので、現実的には「買ってみるまでわからない」類いの商品です。

 

私の場合、9.7インチ、12.9インチ、Kindleの3つを詰め込む条件がありましたが、このリヒトラブのバッグインバッグは、ニーズを満たしてくれる製品で、久々にしっくりくる買い物ができました。通販での「イチかバチか」の買い物って、実物が届いてみると大体は何か1つ2つを妥協しなければならないことが多いですが、今回はうまくハマりました。

 

 

先人の確立したシステムではなく、新しいシステム作りから始めるのって、大変なことですよネ。人間が、朝起きて、飯食って、仕事を始める際の、色々なことをゼロから見直さなければなりません。でも、先人の敷いたレールから外れるからこそ、先人が知りえなかったエリアやフェイズに斬り込むことができて、相応の収穫を得られます。それが「新しいことをする」たまらない魅力・楽しみでもあります。

 

iPad Proをどう持ち運んで、どのように机に置いて、どのようにペンを走らせるか。

 

そんな基本的なことも、新しい技術体系のいち要素なのです。


習慣とは‥‥

現在は100%、iPad Pro 12.9インチで作画に関する様々な作業をおこなっています。ただ、習慣とは怖いもので、iPad Proでは全く必要のない動作が、まるで盲腸のように疼きます。(‥‥実際、盲腸が疼いたことはないんですが‥‥)

 

前にも書いたかもしれませんが、自分でも失笑した動作を挙げますと‥‥

 

  • 朝一番に作業する際に、思わず動画机のライトのスイッチを入れてしまう
  • 何らかのミスタッチによるチリのようなブラシ線を、息で飛ばそうとする(消しゴムカスの習慣)
  • イメージボードを着彩する際に、無意識に手を浮かして描いている(乾いていない絵具に対する習慣)

 

中でも驚いたのは、あんなに「パームリジェクション」「パームサポート」とか「リストガード」とかに拘っていたのに、着彩の際に全く手をガラス面に置かないで描いている自分です。下書きや清書の際は、べったりガラスに手をつけているのに、着彩作業の際は、完全に手を浮かしたままApple Pencilで描いています。

 

何て言いますか‥‥。「作業のイメージ」‥‥なんでしょうネ。

 

自嘲しつつ、気を取り直して、水彩風のブラシで着彩を「手をべったりつけて」描いてみたのですが、頭ではなく、体の拒否反応がすごくて、習慣とは恐ろしいものだと思いました。「手を着けて絵具を塗ったら、手もビチャビチャになるし、絵具を引き摺って絵も壊れる」という習慣が、体に染み付き過ぎていて、ものすごい違和感でした。

 

しかし、板タブや液タブの時は、意識したこともなかったのに、なんで今頃、iPad Proで紙の時の習慣が疼くのか‥‥と言うと、やっぱり、iPad Proは薄くてワイヤレスで、作画机に紙のように馴染むので、体がiPad Proを無意識に「紙の一族」と判断しちゃうのかも知れませんネ。

 

板タブや液タブの時のように、「さあ、ペンタブを使うぞ」という改まったキモチが、iPad Proだと希薄なのかな‥‥と思います。


タブレットと他と

ここ数週間の間に自宅にて、45リットルゴミ袋10袋前後に及ぶ大量の紙関連を処分しました。もちろん、高解像度でスキャンして‥‥です。紙そのものだけでなく、クリアホルダやバインダ、ドキュメントボックスなど、紙を収納する事務用品や文具なども、大量に処分しました。思い入れのある筆記具は、大切にダンボールに格納した上で倉庫送りとなりました。

 

ふと周辺の状況を見渡すと、あの人もこの人も何気に「デジタル」を使い始めていて、ちょっと驚きです。私の現在作業中の作品においても、特に「デジタル作画」を謳った作品ではないにも関わらず、半数の原画マンが何らかの形で「デジタル」で作画作業を進めています。

 

私の密かな仮説〜状況は2年を3回繰り返して6年、6年を3回繰り返して18年で、ほぼ転換し周期する〜という分析に、どこか近い状況を感じます。現在の「使う人は使い始めているが、使っていない人は傍観している」という状況は、1998年前後の状態にかなり近いように感じられます。いわゆる「既視感」というやつです。

 

‥‥で、1998年前後に既に「デジタルアニメーション」に関わっていた人は、18年後の2016年においてもタブレットで作業してたりするので、状況だけでなく、人それぞれの行動も、18〜20年くらい前と似たカタチとなっているのは、とても興味深いです。18年前を振り返れば、2016年以降の状況を暗示しているようにも思います。

 

私は‥‥といえば、2台目の13インチiPad Proの導入を考え始めています。私だけでなく、iPad Proを使い始めた人は、その作業の快適性ゆえに、2台目、3台目のタブレットが欲しくなるようです。あくまでMac/PCが主幹‥‥という人でも、マルチディスプレイとペンタブを兼ねたiPad Proの「融通がきく」性能は、仕事場と自宅作業場の両方に常設したいと感じるみたいで、私だけが妙にiPad Proにハマっているわけではないのを知って、ちょっと安心しています。

 

ただ、移り変わりの激しいコンピュータ関連機器ゆえに、現行のiPad Pro 12.9インチは9.7インチに比べてやや見劣りする面が出てきており(まだ発売してから1年経ってないのにネ)、とりあえずはAppleの恒例イベント後の10月まで待ってみようとは思っています。Apple製品は「買うと損しやすい時期」というのがあり、Apple主催の定期イベントの1ヶ月前は待てるなら買い控えておいたほうが良いのです。実は職場のMac Pro(ゴミ箱型)も、9月のイベントを待って導入した経緯があります。現行機種を買った1ヶ月後に全く別物の新型が出たら泣くに泣けないですし、導入を進めた人間のリサーチ不足=失態にもなりますからね‥‥。

 

 

私だけでなく、若手中堅ベテラン全域にわたって、タブレットによる作画(絵コンテも含むので演出さんも)作業が徐々に広まりつつあります。その理由の大きなところは、ぶっちゃけすぎて気が引けますが、「デジタルは楽(=融通がきく)」だということでしょうネ。

 

紙をバッサバッサとり回さなくても良い(特に大判ネ)し、消しゴムのカスで机は汚れないし、推敲と修正にはいろいろなアプローチがあるし、「旧来の作画スタイル」内だけで見ても、利点は多いです。しかも、作品が終わるごとにカット袋を収納したダンボールが山積みになることもありません。行き場所がなくて廊下に積まれたダンボールの山って、アニメ会社を貧乏臭くしている悪癖の代表例ですからね‥‥。

 

それに、今さらいうことでもないでしょうが、タブレットで絵を描くことを、旧来基準のアニメ作画に閉じ込めておくことはないわけです。同じ機材で線画から色付きのイラストまで、極めてミニマムな機材規模で実践できるのは、コンピュータで絵を描く大きな利点の1つです。

 

ちなみに、私が自分の「本命」として取り組んでいるのは、その複合例、すなわち「今までのアニメでは到底不可能だった絵柄を、アニメで動かす」ことです。言い換えれば、紙と鉛筆とセルと絵の具とフィルムではできなかったことを実現することです。「今までと同じことをするのなら、今までのままでも良い」わけですが、「今までできなかったことを、新しい道具で実現する」のは、至極、正論だと思っております。

 

また、描いた絵がナマで見る側に伝わるのも、「デジタル」で絵を描く・映像を作る大きな利点の1つです。「デジタルなのにナマ」という表現も奇妙ですが、中間コピー媒体での劣化を大きく抑えた上で、高解像度端末で美麗に再生される可能性を秘めているのも、デジタルの醍醐味と言えましょう。‥‥まあ2016年現在は、データストリームの性能制限と各家庭の端末の性能不足により、「美麗」と呼ぶにはもう少し時を待たねばならないでしょうが‥‥。

 

 

出版や映像作品に従事する絵描きは、1点ものの油彩を描く画家ではなく、最終的には複製物を市場に流通させて対価を得ている「複製元」「コピー親」たる人間です。それはデジタル云々ではなく、フィルム時代でもそうでした。

 

その「複製物で商売する」構造が、どんどん洗練されてきて、「複製の中間コスト」「中間劣化」が抑えられ、2016年の現在に至ります。

 

これから先、「データを格納するためだけに存在し流通する媒体」というのは、どんどん消滅していくのかも知れません。Apple MusicやAmazonのプライムMusicはもとより、Kindleの読み放題も始まり、ビデオオンデマンド(VOD)もどんどん浸透してきています。

 

昨日、楽天レンタルの「サービス中止=廃業」のメールが来て、巷でもそこそこ話題になりましたが、円盤を物理的に介してコンテンツを販売する商売も、もしかしたら予想よりも格段に速い速度で衰退しちゃうのかも‥‥知れませんネ。

 

実際、私はここのところCDを全く買わなくなりましたが、それはApple Musicの影響が100%です。しかもそのApple Musicの費用は、クレジットカードのポイント還元(ポイントをiTunesギフト券にできる)ですべて賄っています。‥‥まあ、「社会構造の思う壺」なのかも知れませんが、現代社会の都市圏で生きる以上は、「長いもの」に闇雲に反発するよりは、「利用されつつしつつ」がちょうど良いと思っています。

*私はクレジットカードのポイント(自動で追加されるので実感はないまま)を何となくクオカードに還元して使っていましたが、iTunesギフト券にするようになってからは、「お得感」が高くなりました。‥‥まあ、クオカードでも代金は代金‥‥ですから、人それぞれのお得感は不思議なものです。

 

そんな社会の変遷の中でのアニメ制作。

 

90年代や80年代、ましては70年代と同じようにいくはずもなし。

 

テレビシリーズの基礎は70年代に培われましたが、70年代と同じ基本構造で作ること自体、限界が近いのでしょうネ。

 

タブレットを使って作業するという行為は、現代社会の全体像の中のほんの一部ですが、逆に言えば確実に、現代社会の現実=リアルの表れであると思います。


私の暮らし‥‥的な

「とと姉ちゃん」ではないですが、新しいアニメ制作にも「暮しの手帖」的な存在が必要なのかも‥‥と最近思います。旧来ワークフローは、様々なTIPSや運用の事例で溢れていますが、コンピュータをベースとした制作環境では、例えばどんなマシンを買うべきかもわからない状態です。勧められるままに、7〜8万円のPCと2万円のHD解像度のモニタを買って、結局2年と保たずに買い替えるのだとしたら、絵に描いたような「安物買いの銭失い」ですし、一方で「時は金なり」とも言いますから、この先の数年間を性能ギリギリの作業環境で過ごして時期を待つか、4〜5Kの環境で未来の映像制作に先乗りして陣地を確保するか、判断も迷うところでしょう。

 

最近、「デジタルで作画できるのなら、デジタルで」という人は増えてきており、「デジタル時代」のアニメ制作者のための「暮らしの情報」の必要性はどんどん高くなっていると感じます。

 

お金を使いたい放題使えるのなら、話は簡単なのですが、実際は「やりたい事とできる事とのせめぎ合い」、つまりは必ず、お金と時間の制約を受けます。1万円で作業環境PC一式を買えるはずもないですが、100万円なければ一式を揃えられないだとしたら、そもそも新しい取り組みすらスタートする事が難しいでしょう。コンピュータはある種、消耗品ですから、月々の支払いが現実的なレベルで環境一式を揃えられることが基本条件です。貯金をはたいて一世一代の買い物をするのではなく、月々の作業上の必要経費としてコンピュータを捉えることが求められるのです。

 

何度も書いてきた事ですが、コンピュータは金食い虫です。しかし、その金食い虫と上手に付き合う術を身につけないと、「映像制作に関わって生きる人生」を全うできません。この先の未来、映像分野でアニメーション作品に関わる以上は‥‥です。

 

制作会社がPC一式を用意してくれたとしても、自分の「画業」を会社提供の環境に依存し甘んじて生きるのは、なかなかに難しいです。結局のところ、自分の品質は自分で保証する土台が必要なのです。

 

フリーランス作業者が制作会社の望むままにPC一式を購入しても、それは現状を「間に合わるためだけ」の機材でしかなく、購入した人間の未来展望など考慮していません。フリーランスの「暮らし」を支える機材のチョイスは、やはり自身で精査する必要があります。

 

とはいえ、精査するにも、情報があまりにも少ないですよネ。

 

さらに、「どんなマシンを使っている」「どんなソフトを使っている」なんていう話題に終始するのは、いわゆる雑談レベルであって、重要なのは運用の視点、ワークフローやワークグループを絶えず意識できているか否か‥‥です。

 

例えば、iPad Proで作画する‥‥というアイデアは、どのようにワークフローとして確立するのか、いわゆる「アイデアの実践」が不可欠です。漠然とiPad ProとApple Pencil、Procreateを購入したところで、制作システムを構築できなければ、単に「やってみた」程度の「思いつき」に終始するだけです。

 

外注個人のフリーアニメーター、フリー作業者として仕事を請け負うだけですと、システマチックな視点を持って、ワークフローや効率を意識するのは難しいです。しかし、当然なことではありますが、発注される作業は何らかのシステムやフローに基づいて行われるので、フリーランスとはいえシステムのメカニズムについて見識を深めておく必要があります。

 

それに、作業環境一式を自分のものとしたのなら、たとえ10カットでも自分のやりたいようにアニメを作ってみたい‥‥と思う人もそこそこ多いのではないでしょうか。いつも「受け身の絵描き」に甘んじるのではなくて、です。例えばiMac 5KとAdobe CC、そしてペンタブかiPad Pro作画用品さえあれば、ゼロからフィニッシュまでオールインワンで映像を作ることだって可能です。しかもプロ(=商品)と同等の品質で。

 

とは言え、漠然とiMac 5KとAdobe CCを導入しても、作業システムやフローは自動で出来上がるわけではありません。「xxを買った」「xxを使ってみた」という情報だけならネットに豊富にありますが、作業場作りや運用の勘所を説く情報が大きく欠落しているのですよネ。

 

つまり、「アニメを作って生きる」という「暮らし」に対する、新時代の総合情報が、転換期の今に、暗黙のうちに求められているように思います。

 

フォーラムという切り口もあるのですが、フォーラムは脈絡を欠いた記事の羅列になりやすく、いわば「編集長のいない雑誌づくり」のような弱点があります。主催者にはとっては放置しておけば話題が増えていくので都合良いですが、読む側にすれば漠然として読みにくいこと甚だしいのです。

 

漠とした情報、欠損したり過多な偏った情報、そもそも情報として存在しない情報、それらを向こう10年間くらいを踏まえて、編纂した上でガイドブック的に纏めた総合情報が有用かと考えています。‥‥が、どうやって作っていったら良いかは、かなりのボリュームがあるので、思案のしどころでしょう。

 

とりあえず、Google Sitesあたりから試してみても良いのですが、ネットって猛烈に「タダほど怖いものはない」世界ですから、プレーンなデータをWikiに流し込む方が、いざという時の引越しに面倒がないのですよね‥‥。

 

 

コンピュータを道具とし、アニメ作りのプロとして生きていく上でのポリシーは、色んなタイプやスタンスがあって良いと思います。私は私なりの達成目標や指針がありますが、全ての人が同じである必要はなく、むしろ別の考え方でコンピュータを使いこなす人々が沢山いた方が、ものつくりの現場全体は活性化します。

 

環境を構築して維持さえすれば、かなりの小規模グループでも映像が作れるようになる、未来の作業環境。‥‥これを昔からの相変わらずで、プランテーションの小作農として、今流行りのキャラを描くことだけに使い倒すのか、プランテーションから脱して、次のフェイズへとシフトする取り組みへと挑むのか。‥‥実は、そのあたりの話題にも通じていくことだと思っています。

 

 

 


成功をアピールする

日本人の場合、成功事例など上手くいったことを自慢する態度は、何か「謙虚さに欠けて」「はしたない」ことのように思いがちです。島国特有の「ムラ社会」の「空気を読む」感情が作用して、「上手くいっていない人もいるのだから、気遣って」‥‥みたいな、ある種の「思いやり」感情が発動するのかも知れません。

 

しかし、それゆえに、自分らを取り巻く業界全体の制作状況が、どのような経緯を経ているのかがわからず、数年経って、一層状況が悪化している事がわかって呆然とする‥‥の繰り返しです。成功の事例も失敗の事例も闇の中なので、事態を想像しにくいのです。

 

とはいえ、失敗した事例はあまり外には見せたくないでしょう。わざわざ「私たちはこんなことに失敗しました」なんて具体例を挙げて公開する企業などありません。もし公開するならば、失敗が存在したとしても、それら幾つかの失敗を経て勝ち得た成功の事例でしょう。

 

成功した事例、上手くいったことを見聞きするだけでも、状況はそれとなく推し量ることができます。制作グループ同士の良い刺激にもなるでしょう。劣悪な制作状況に瀕している制作グループは、自分たちの状況と照らし合わせて、問題点を意識できるかも知れません。

 

何かしらの失敗や失態を指摘できるとすれば、あくまで単一企業内の取り組みであって、まさかよその会社の制作指針を内政干渉できるはずもありません。しかし、アニメ業界は昔から作業力を各社で融通し合って、作品制作を支えてきた経緯があり、全くの無関係という状況でもありません。‥‥ややこしい話ですが、それが現実なので、「アニメ業界自体の構造ガー!」と叫んでみたところで何も変化は起きないのは、散々今まで見たきたことですよネ。

 

ポジティブ要素でネガティブ要素をあぶり出す。‥‥実際に日本社会におけるアニメ制作コミューンでできそうなことって、このくらいだと感じます。日本人の一番苦手なのは「総括」でしょうから、その苦手なことができるようになるまで気長に待つのではなく、「これだけ制作状況を改善できた」「新技術でこれだけ制作システムを高効率化できた」などの成功事例で、「失敗事例を暗に糾弾する」流れを作れば良いのです。

 

人間には多かれ少なかれ自尊心というものがあり、「リア充」なんて言葉が流行っているのも、その逆像とも思います。アニメ業界全体が落ちぶれていくのなら、アニメ業界内でのある種の「傷の舐め合い」が成立しましょう。しかし、どこかの作業グループが成功事例や改革事例を打ち出して「自慢」すれば、取り繕いに明け暮れる制作体制を続ける自分たちは何でこんな体たらくなんだ‥‥と卑屈な思いにかられ、自尊心に訴えかけるような流れが発生することもありえます。‥‥まあもちろん、より一層自虐に走る人もいるでしょうが、このままじゃマズいと一念発起する人もいましょう。

 

自分たちよりももっと酷い制作状況の会社もある‥‥だなんて、下を見て安心するよりも、成功事例を重ねることに努めて、上を見て歩むことの方が、今は重要じゃないかな‥‥と思うのは、私だけでしょうか。

 

自分らの成功事例を「自慢」する行為は、何か気がひける‥‥という日本人特有の感情はわからないでもないのですが、過去最悪の制作状況の事例が業界を駆け抜けている今、空気とか雰囲気とかを気にしている場合でもないように思います。個人レベルで言えば、場の空気にビクビクして、空気を読み続けて、空気のような一生を送って終わりたいのか‥‥ということでもあります。

 

 

繁栄があれば、必ず衰退します。週120本とも160本とも言われる制作本数は、果たして日本アニメ業界の未来を約束するものでしょうか。私にはロウソクが消える間際の最後の輝きに思えます。その制作本数の内情を垣間見れば、その数がハリボテに等しいことは誰にでもわかることでしょう。

 

アメリカンアニメーションの黄金時代の終焉」という歴史的な出来事は、私の好きな「バンビ」や「アリス」と同じクオリティのものがもう2度と見ることができない悲痛な現実として響きます。どんな事象であれ、必ず衰退期が訪れ、それはアニメ業界を1つの生命体として見た時にも、無縁ではないでしょう。

 

ただ、私は衰退してもなおも生き残る道を模索します。20〜30年前くらい、私が20代の頃に「ミーム」なんていう言葉がその手の話題のスキモノの間で流行りましたが、例え現在のアニメ業界が制作上の頂点を過ぎて衰退期に移行しようとも、新しい制作技術基盤による新生のアニメ業界に遺伝子を受け継いでいきたいと考えます。

 

要は、遺伝子を受け継ぐ前に死滅してはマズいわけです。‥‥シンプルな話ですが。

 

 

他も大変でそこそこ失敗してそうだから、ウチもまだまだ大丈夫だ‥‥なんて妙な安心感でキズの痛みを散らすよりも、皆で成功事例を積み重ねて、良い意味での競争でヒートアップした方が良いのではないですか。

 

キズの舐め合いなんかで、未来が紡ぎ出せるものでしょうか。

 


空気を読んだ代償

穏便に済ませてその場を取り繕っても、結局はさらなる悪化を招くことは、この10年間で業界全体が身にしみて痛感したことだと思います。悪い内容での「まさか」が、現在の制作状況では現実になっているのを、業界に10年以上滞在した人なら解っているはずです。

 

1日300カットの撮影、捨て動仕、作監10数人。

 

10年前の業界人がタイムスリップして現在の制作状況を見たら、「そんな未来にはならないように、声を大にして啓蒙し、悪化対抗策や改善案を実践しなければ」と思うでしょう。

 

で、現在。

 

10年後の未来を見据えて、何か啓蒙したり、対抗策や改善案を打ち出していますか?

 

つまり、同じことを繰り返すだけです。

 

状況が悪くなった、大変になった、お金が安くなった‥‥などの話題を身内の井戸端会議で語り合うだけの構造は、10年前、20年前、30年前と全く同じです。私も含めて、皆が何の効果もない井戸端会議に参加して、「深刻ぶっていた」いただけです。

 

私がここ1〜2年、辛辣な内容をブログで書くようになったのは、そうした自分の「悪化を容認した態度」に対する後悔と反省がきっかけになっています。

 

「あの時、マズいと思ったんだよなあ‥‥」では、何の解決にもならんのです。思っただけで何か状況を好転させられるんだったら、そんなに楽なことはないわけです。

 

辛辣なこと、痛いところをつくこと、触ってほしくないところに触ることをしなければ、その場は「空気を読んで」穏便に済ませることができるでしょうし、和気藹々と終了出来るでしょう。

 

人は誰しも、嫌われたり疎まれたり憎まれたりしたくないものです。

 

できる限り、八方美人で居たいよね。

 

で、この結果です。空気を読むことに全力を傾けるような連中が、どんどん状況を悪化させたわけです。

 

 

私も、できる限り八方美人でいたいと(こんな私でも)思いましたし、和気藹々と作業を進めるのが良いと考えていました。私も皆と等しく、空気を読んだ連中の一員だったのです。

 

でも、どうやら、そのやり方ではダメみたいです。

 

‥‥現実問題として、そう思いません? もし「まあまあ、ことを荒立てずに」の方針が功を奏したのだったら、現在の状況まで落ち込んではいないはず‥‥ですよネ。

 

その場に居合わせた人間が、自分に降りかかるトラブルを回避するための、ズル賢い処世術が「ことを荒立てず」のスタンスなのです。そのことに気づいている人は、相応にいると思うんですけどネ。

 

 

「恐れ」を何に抱くか‥‥は、人それぞれでもありましょうし、年齢別で差もありましょう。私は今では、重要な場面で空気が凍りつくことも恐れなくなりました。空気を読みすぎて後で大惨事の恐怖を招くより、今、凍らせて恐怖しておいたほうが良いからです。

 

それに雨降って地固まる‥‥ということもあります。

 

空気を読み続けるばかりでは、いつまでたってもフワフワした状況が続き、そのフワフワ感の代償としての窮状の恐怖が継続するだけです。

 

 

 

今後、アニメ業界は「移行期の旬の時期」へと入っていくでしょう。その「旬の味覚」を喰う側になるのか、喰われる側になるのか、人それぞれです。

 

空気を読むことに必死になるより、転換期の旬の香りを嗅ぎ分ける方が、移行期には重要です。過去10数年の業界のアレコレが、全て教えてくれているではないですか。

 

とは言え、3年で制作スタッフが辞めていく‥‥というような状況も業界では多い中、経験を伝承することすらままならないでしょう。であるならば、生き残り組が伝承していく必要がありましょう。

 

淘汰に生き残って、経験と技術も豊富な人々〜すなわち発言力のある人々が、空気を読んで穏便に事を済ませるスタンスに徹していたら、誰が状況を好転させられるのでしょうか。

 

実力を持った実感があるのなら、いいじゃないですか、多少キツいこと言って嫌われたって。 ‥‥発言力を持たない若い世代に、ケンカしている姿を年長者が見せることだって、重要な新人育成の要素だと思いますよ。


雑感

「デジタル村」で活動しようと、思想まで変える必要はありません。結局のところ、私は自分の創作の源を、それこそ10代の頃から変えてはおらず、自分のやりたいことを運用するための「トランスポート層」として「デジタル」を利用しているだけなのです。

 

やりたいことは昔から変わらずに存在し続けていて、その実現手段としてオンタイムの技術を選択している‥‥というわけです。

 

自分はどのような意志に基づいて、どのような手段をもって、最終的にはどのような絵の表現をしたいのか。その辺りの自己分析や自己批判を習慣化できている人とできていない人では、「デジタル」や「道具」に対してのスタンスも大きく異なると思います。

 

言い方を変えれば、自分が絵や映像に関わって全うする「ビジョン」が、どれだけ明確に意識できているか‥‥とも言えますネ。

 

鉛筆を使うのが重要なのか。

 

絵を描くのが重要なのか。

 

私は紛れもなく、後者です。‥‥なので、絵を描くための手段や道具を変更するのは、やぶさかではありません。その時代ごと、よりダイレクトに映像制作の核心を突ける道具やスタンスを選択します。

 

まあ、この辺は人それぞれなので、これが正しいとか正しくないなどの虚しい論議は必要ありません。自分の描いた通りのビジョンに基づいて行動すれば良いのです。

 

 

ただ一方で、絵を単なる方便として用い、「デジタル」と絡めようと画策した時、どんどん話は妙な方向に転び始めます。「デジタル村」にどっぷり浸かり過ぎる危険は、実はその辺にあるのです。「デジタル村」はあくまで冷静にその「村の活用方法」を意識すべきであって、絵をないがしろにした別の部分で心酔すべきものではないのです。

 

絵で作品を作りあげて商品として成立させようとしているのに、絵を創り出す感覚の希薄な人々が中核を成すのだとしたら、笑けてしまうくらい本末転倒じゃないですか。でも、「デジタル村」はそういう流れに流されそうになることが往々にしてあります。「絵描き不在のデジタルアニメ」なんていう冗談のようなことが起こらないように、「村」の意識や統制を固めていく取り組みが、今後も必要だと思っています。‥‥まあ、中核を絵描きだけで固めても、統制がとれずにグチャグチャになってダメなので、要は「良いバランス」が必要なのでしょう。

 

身の回りに「デジタル」が溢れ、ふんだんに「デジタル」を活用しようと、ものつくりの中核は決して「デジタル」ではなく、人間の生っぽい部分です。「生臭い」と言っても言い過ぎではないでしょう。

 

その人間の生臭い部分を、「デジタル」のトランスポート層とアプリケーション層で実現する「痛快さ」が、「デジタル」をあえて用いる醍醐味だと思っています。

 

 

アニメーション制作における「デジタル」リソースの活用術と運用術。作画村からデジタル村への移住計画。両村の色々な感情が錯綜することでしょう。

 

導入期の2000年初頭から、今までの初期浸透期を経て、ようやく第2段階たる発展期が到来します。おきまりのフレーズではありますが、「お楽しみはこれから」‥‥なのです。


Apple Pencil、忘れた

ついにこの日が来たか。‥‥という感じの、Apple Pencilの忘れ物です。

 

紛失したわけではなくて、職場の机に置いてきてしまったのです。Apple PencilのないiPad Proは、もはやただのiPad。

 

私は職場の据え置き用に1本、携行用として1本、計2本を所有していますが、自宅据え置き用には特に用意しておりませんでした。

 

自宅でApple Pencilを使う場合は、携行用を兼用するわけですが、それを職場に置いたままにすると、自宅で使えなくなります。つまり、肌身離さずApple Pencilを持ち歩いていないと、絵が描けない場面が出てくるわけです。

 

まあ、いつかやらかすとは思っていました。自分の性格・性質から言って、こまめに必ず何かを持ち歩くなんて、できるはずもない‥‥と思ってましたから。

 

なので、もう1本。

 

絵を描くメインの場所は、職場と自宅に絞られるので、その2箇所に常設するApple Pencilと充電アダプタを用意すれば、忘れることはないのです。

 

職場に1本、自宅に1本、バッグに1本の計3本です。合計4万円近く。

 

デジタルは金がかかるなあ。

 

1万数千円の高級万年筆を何本も買う思いです。LAMYのSafariだって、1本2〜3千円ですもんネ。忘れたから他のを‥‥なんていう融通が全く利かないのがApple Pencilの宿命です。

*ちなみに、万年筆は高級なんていうとキリがないので、1万円以上のものを総じて「高級」と呼ぶことにしてます。

 

前回、書いたばかりですが、「ライフサイクルコスト」の観点でコストを考えた時、デジタルは猛烈にお金を喰います。制作終了の紙素材の保管もお金はかなり喰いますが、デジタルのお金の喰いかたは、「骨の髄までしゃぶり尽くす」えげつない金の喰いかたです。ある種、現代的なコスト相関構造と言えましょう。

 

要は、紙時代に比べて、作業に関するコストの概念が一変します。‥‥そのあたり、「デジタル作画」に挑んだ方々は、骨身にしみてきている頃ではないでしょうか。デジタルは、導入したそのあとが怖いのです。

 

まあ、Adobeなどの大手ソフトウェア会社やプラグインなどを開発する中小規模の会社も、「ライフサイクルコストの長期的な分配・配当を当て込んで」ソフトウェアを開発するわけですから、「アニメ業界はCS6で終了。これ以上、びた一文、PhotoshopとAfter Effectsにはお金を出したくありません」といったところで納得するはずもなく、やんわりと首を絞めにかかってくると思いますヨ。今後の新しいOSでどんなにCS6で不調が発生しようが、サポートするわけがないです。‥‥ソフトウェア会社だって生きていかねばならないのですから、当たり前の話です。

 

紙をメインに使う「作画村」の気風をどんなに維持したくても、デジタルに手を出した以上は「デジタル村の流儀」に従わなくてはなりません。‥‥実は、ソレが最大の、アニメ業界に立ちはだかる壁なのかも知れませんネ。

 

様々な成り行きはありましょうが、「デジタル村」に立ち入ったのなら、その「村」ならではの利便性を大いに活用して、自分らに有利に活用すれば良いのです。‥‥だから、デジタルを受け入れた以上は、潔く、昔の流儀にこだわるべきではないのです。

 

そして、これも重要なことですが、世間はなんやかんや言っても、デジタル側になびいています。各個人にそのつもりはなくても、社会全体はデジタルの味方なのです。皆さんがケータイやスマホを所有する時点で、デジタルに加担しているのと同義です。もっと極端に言えば、テレビで何らかの映像を見る時点で、デジタル陣営勢力に協力し応援しているのと同じです。

 

この状況をうまく使わない手はないじゃないですか。どんどん利用しましょう。

 

その代償として、‥‥やっぱり、デジタルに関わるとお金がかかるなあ

 

 

‥‥でもまあ、お金をかけたなら、達成すべき経済的な目標はただ1つ。

 

お金をかけた分、いっぱい稼ぎたいよネ。

 

こうした、日本人なら裏に隠しておきたいことを、いつになく、あえて、フォントサイズ変更で強調してみました。

 

 

なので、Apple Pencil3本もやむなし

 

 

ちなみにヨドバシならポイント5%還元で即日配送で届きますので、無理にアップルストアで買う必要もないですネ。


Fireやら

アマゾンのFire 7インチ端末がドキュメント&画像ビュワーに使えそうなのでテストしてみよう‥‥ということで、実際に新規購入して使ってみました。Fire端末はこれで通算4枚目‥‥ということになり、もはや1台2台と数えるよりは、枚数で数えたほうがしっくりきます。デスクトップパソコンをこの調子でバカスカ買っていたら、何よりも置き場所に困りますが、タブレット端末は置き方さえ工夫すれば狭い場所に何枚も収納できるので、土地の値段が高い都市部では重宝します。‥‥あ、あと、電気代もネ。

 

新規に購入したFire 2015 7インチは、定価は8980円ですが、プライムデーのセールで3480円で購入しました。セールを逃しても、プライム会員ならクーポン利用で4000円引きとなり、いつでも4980円で買えるので、iPad miniのほぼ1/10の価格です。

 

まず、結果から書きますと、Fire 7インチは「十分、作画作業の補助用途に使える」ことがわかりました。

 

JPEGやPDFはもちろん、m4vやmp4などのムービーの再生が可能、しかもデータ容量の大きいムービーや画像データは「ストレージ端末」〜microSDカードスロットに挿した大容量SDカードに保存ができるので、大量の画像&ムービー資料を収容できます。

 

また、スワイプやピンチインアウトの反応も良く、操作性でストレスを感じることもありません。

 

長辺寸法が1024ピクセルで、いまどきのビデオ解像度から見るとショボい印象を受けますが、7インチに1024ピクセルですから、アニメ会社の一般的な作業用メインモニタよりも遥かに高密度で、画像の荒さは全く感じません。横置きにして使えば、画像の表示においても小さくなり過ぎることもなく、ごく普通に作業の流れに馴染んでくれます。

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‥‥性能とは無関係ですが、アマゾンブランドの端末なので、アマゾンダンボール箱のデザインのケースにしてみました。持ち歩く必要のない場合は、ケースは特に買わなくても良いですネ。

Fireの不利な点の1つとして、保護ケースや保護フィルム・ガラスなどのサードパーティ製の商品展開がiPadほどではなく、値段の安いものが少ない点が挙げられます。本体が安く済んでも、ケースと保護フィルムで3千円くらいかかってしまうので、そのあたりは人気機種のiPadとは違うところ‥‥ですネ。

上図本体に、64GBのmicroSDカードを挿しました。

 
*2016年7月現在、SDXCの64GBは大体どのメーカーも2千円を切る価格です。128GBも1年後くらいにはもっと安い価格で買えるかも知れませんネ。


このカード=外部ストレージに、容量喰いのデータを保存して、タブレット本体のメモリ容量を消費しないようにします。

私のテストした結果ですと、画像は「JPEG」「PNG」、ムービーは「m4v」「mp4」が難なく再生できました。FLVやMOVは再生できないので、CompressorやHandBrakeで変換する必要がありますが、その辺りはiPadも同じなので特に問題にはなりません。iPadで再生できるm4vやmp4ならば、そのままFireでも再生できるので、変換の手間が増えることはないです。

画像と映像に関しては、ファイルやフォルダのツリー構造に厳密な決まりはないらしく、ファイル名の規則もユルめです。ファイルを追加した時点でFireがファイルの種別を判別し、「写真」もしくは「マイビデオ」の一覧に表れます。ちなみにファイルの転送は「Android File Transfer」を使って、Finderのウィンドウと同じような操作でおこないます。

 

 


Fireは「Amazonビデオ」の端末の末弟として売り出しているだけあって、さすがにビデオの再生はとても綺麗で滑らかです。ムービーファイルの資料の再生だけなら、ストレスを感じることはありません。ただ、標準の「写真」「マイビデオ」のアプリでは再生だけしかできないので、コマ送りやスクラブして再生したい場合は、何か方法を考える必要があります。

PDFファイルがちょっとくせもので、外部ストレージではなく本体の「Documents」フォルダに収納しないと、「ドキュメント」アプリからオープンできない‥‥みたいです。まだそんなに使い方をほじくってないので、確証はないのですが、PDFの扱いは画像やムービーに比べて縛りが強い‥‥というか融通が利きにくい感じです。

ファイルの取り回しはともかくとして、PDFで絵コンテを表示してみましたが、思いの外、使えそうな感じです。もちろん、全画面で1ページを表示すると「豆本」みたいになって実用性を欠きますが、横置きで部分表示すれば、文字も絵も十分な大きさで表示されます。

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*絵コンテの様子。横置きならば「ミニチュア表示」にならずに、必要十分な大きさで、それぞれのコマが表示できます。全カットを俯瞰視して頻繁に各カットを確認する演出さんだと不向きな表示状態ですが、担当シーンだけを作業する原画マンならば、特に大きな問題は感じないでしょう。少なくとも私は、iPad miniで上図と似た表示状態で原画作業をこなしたので、充分作業できると実感しています。


設定表(キャラ設定やメカ・小物設定)を表示する場合は、さすがに7インチだと狭さを感じ始めます。キャラ設定は、全身像の前後とキャラ表情の幾つかを1ページにまとめることもありますから、7インチの物理的限界があります。9.7インチのiPadですら狭く感じますからネ。

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*「そこそこ収まって表示されている」ように見えますが、横幅が15cmのディスプレイですから、キャラ設定等の全体表示はなかなかキビしいです。もちろん、ピンチイン&アウトで拡大表示はできます‥‥が、キャラの立像は全体表示したいので、キャラの立像の時だけ縦置きに変えなければなりません。

資料写真の表示で、「大体の感じを掴む」場合や「拡大してディテールを見る」ようなニーズならば、ピンチインアウトとスワイプで拡大縮小・上下左右で表示を操作し、充分に役立ってくれます。

この他、Fireを運用する際のポイントをかいつまんで書きますと、

 

  • 母機が必要(アマゾンのクラウドを使わない場合)
  • 本体ガラス上で指が滑りにくく、指紋がつきやすいので、保護フィルムによるタッチの改善が必要
  • 環境設定やファイル送受のOS周りが少し不安定


‥‥などです。つまりは、タブレット本体としてのあからさまな弱点はないのです。弱点は、「7インチという大きさ」だけ‥‥ですが、7インチのFireを買っておきながら7インチが弱点だ‥‥と言うのも変な話ですネ。

7インチの大きさでも、案外、色々と使いまわせるものだな‥‥というのが使ってみた本音です。実は当初、7インチは小さすぎて、作業には何の役にも立たないんじゃないかと思っていましたが、机の上に置く幾つかのディスプレイのうちの1つをFire 7インチに変えても、作業上の支障は生じない事が実感できました。

 

* * *

作画作業をする際、机にはまず作画用紙、次に絵コンテ、キャラ設定、参考資料、時にはビデオ資料‥‥など、机を占有する物体が増えることはあっても減ることはほとんどありません。

春先に作業したオールデジタル=ペーパーレスの作品では、全ての要素がデータだったので、どんなに作業が進行しても机が荒れることはありませんでした。複数台のiPadが臨機応変に絵コンテになったり設定表になったり参考資料になったりと、iPadがその役割を様々に姿を変えてくれたお陰で、机は(散らかしやすい私であっても)整然とした状態を維持していました。

 

ペーパーレスと作業の効率化が結びついた時、新しい次元へと制作現場をシフトできる。‥‥そのことを、つくづく実感できました。
 

以前は、ペーパーレスにしたところで、どれだけコストの削減ができるんだろう‥‥とは思っていたのです。今でも、同じ人員規模を維持したままペーパーレスにしたところで、コンピュータ関連機器のコストと維持を相殺できるほど、ペーパーレスの効果は劇的ではないと感じます。ペーパーレスはすなわち、効率化の象徴であるべきで、コンピュータの全面導入と同時に人員の効率化(=今よりも格段に少ない人数でアニメを作ること)も一緒に遂行しなければ逆効果となります。作業人員を減らしもしないのに、コンピュータをどんどん買い込んで作業者にあてがったら、コストなんて簡単に破綻します。

 

ただ一方で、終了作品の紙素材が、通路や部屋を占有していく様子を垣間見るに、紙は確実にコストを消費し続ける存在だとも感じます。紙を「保管時における、空間を占有する度合い」という視点で見れば、土地の値段の高い都市部においては、無視できないほどのコスト消費を負っているとも言えます。作画の紙素材を保管するコストがどれだけのものか、本気で調査すればすぐに算出できると思います。

 

まあ、コンピュータも猛烈な金喰い虫なので、ペーパーレスにしたからコストダウン‥‥なんて簡単な話にはならないのは、上述した通りです。ただ、「紙は金がかからない」というのは極めて局所的な捉え方であって、「環境性能を評価する習慣」や「ライフサイクルコストを思考する習慣」を持てば、紙も実は相当な金喰い虫なのが見えてきます。

 

この辺は話が長くなりますし、わかっている人はわかっているでしょうから、しつこくは書きません。

 

紙の現場は、カット袋を詰め込んだダンボールをどんどん山積みにする。デジタルの現場は、Adobeのソフトウェアを最新バージョンにアップすることができない。こうした状況の延長線上を歩むのか、別の新しい進行路を見出すのか。

 

ホントに、これから先10年間は、各制作グループの「運用の腕の見せ所」だなと思います。

 



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