オールデジタルの頓挫

私が、自分の経歴の中で幸運だったと思うのは、前世紀末の「デジタルアニメーション」立ち上げの時期に深く関与できたことです。コンピュータを導入した制作システムなど存在しないところからスタートし、色々なことを解決しながら、徐々に長尺が作れるように発展していった経緯を、極めてリアルに体感できました。当時、20代後半でしたが、物事を柔軟に吸収できる年頃に「システムを構築する」方法を自然とマスターできたのは、大きな収穫であり、現在まで続く得難い財産です。

 

2016年から今にかけて、「オールデジタル」を標榜して、結局成し遂げられなかったプロジェクトを、いくつも耳にします。作画部門にPCとソフトウェアを供給すれば「デジタル」を具現化できるわけではないのを、今の時期、色々な人が痛感していることでしょう。

 

ペンタブで作画すれば「デジタル化」できるわけじゃないもんネ。実は、作業の動作を「デジタル」化するのと同じくらい、いや、それ以上に、作業行程周辺の整備が必要なんですよネ。

 

何に注力すればシステムが出来上がっていくのか。‥‥一番重要な知識が、システムありきでキャリアをスタートした人間にはよくわからないのです。かくいう私も、「デジタルアニメーション」の取り組みを1996年に開始するまで、絵に描いたような「業界システムの箱入り息子」で、単に「作業をコンピュータに置き換えれば、デジタルでアニメを作れる」と勘違いしてましたもん。

 

時は経ち、2017年。同じ勘違いが、そこかしこで繰り返されているんだと思います。‥‥普通、そうなるわな。システムの作り方なんて、社会システムの中でぬぼーっと生きてれば、学ぶ機会なんてないもんネ。

 

「ノウハウさえ溜まってくれば」‥‥なんて思う人もいますが、それも大いなる勘違いです。「ノウハウ」が溜まることは、決してシステムの構築には結びつきません。むしろ、「ノウハウ」で現状をやり過ごすことだけを覚えて、システムの設計をゼロから見直そうとする気運を妨げる、「障害の原因」にすらなり得ます。

 

2017年の「オールデジタル」の経緯って‥‥

 

  • 新しい土地を購入しました
  • ワラを敷いてとりあえず座ってみました
  • 壁があったほうが良いと思って板で四方を囲ってみました
  • 雨が降ってきたら濡れてしまうので、屋根もつけてみました
  • 住みにくいけど、工夫でなんとかなると、自分を勇気づけてみました
  • ふと、トイレがないことに気づきました
  • なので、部屋の中に便器を置いてみました
  • 急場は凌げましたが、部屋の中に便器を置くことは異常だと思いました
  • 加えて、下水道がないので、色々とヤバいことになってきました
  • 夜になると電気がないのでまっくらにもなりました
  • ライフラインが開通していないので、旧市街から物資を調達しました
  • いくら土地があっても、ちゃんとした家とインフラがないと暮らしていけないと、改めて解りました
  • 新しい土地を離れ、昔住んでいた家に戻りました

 

‥‥みたいな状況も多いんじゃないですかね。

 

今まで、普通に暮らして来れたのは、様々に環境の行き届いた「家」があったからで、「土地」を漠然と購入しても、そのままでは暮らしていけないことを、昔の家を飛び出してみて改めて気がついた‥‥という、めちゃくちゃ「ありがち」なオチです。

 

家の建て方も知らないのに、土地だけ買っても、そこでは生きていけません。‥‥普通に考えればわかることですが、なぜか、自分たちの身になると、気がつかないものです。

 

 

解決法はシンプルです。

 

家を建てることをちゃんと意識して、建築する方法を実践すれば良いのです。ただそれだけ。

 

 

その際、最初から鉄筋のマンションを建てようと、素人が誇大な夢を見ないことです。小さなコテージから始めます。

 

数十秒のアニメ映像を、まずは「オールデジタル」のプチシステムで作ってみることからスタートします。その際に、決して「個人の器用さ」に頼って作るのではなく、その場その場の取り回しで作るのではなく、どんなにミニサイズでも「システムで運用して」作るのです。‥‥実はこれが「極めて重要」です。

 

数十秒の短尺だから、命名規則もフォルダ構成も、レイヤーの名前も、テキトーでいいじゃん。===ダメなのです。そういうことをしてるから、いつまでたってもシステムが作れないのです。

 

「小さい作品だから、個人の手際や器用さで、作っちゃえば良い」だなんて、チャンスを無駄にする典型です。「小さい作品だからこそ、システムのプロトタイプや雛形の運用テストができる」のです。小さい作品こそ、「手弁当ではダメ」なのです。

 

おそらく、「オールデジタル」で頓挫するのって、現場を構成する作業者各個人がコンピュータを扱える状況を、システムができたと誤認したがゆえ‥‥でしょう。各作業者がコンピュータの扱いに慣れて、器用に個人プレーで立ち回って場当たり的にこなせるようになったことを、ワークフローができたとか制作システムができたなどと勘違いするのは、ほんとに‥‥‥‥‥‥よくあること、、、なのですよ。

 

 

実のところ、ファイル名やフォルダ構成、レイヤー名だけをパッと見ただけで、当事者のシステム運用のスキルやレベルがわかります。システムが構築された現場で扱われるファイル名は、とても「整然として美しい」ものですが、システムが出来てない現場のファイル名は「無残に汚い」です。各作業者が個人プレーで状況を切り抜けていくような現場だと、それはもう、ファイル名もフォルダ構成も支離滅裂になります。

 

こんな風に書くと「そうか。決め事をどんどん決めていけば、システムが作れるんだ!」と思いがちですが、それも大いなる勘違いです。

 

ワークフローの設計、ネットワークの設計など、様々なシステム要素を鑑みた上で、「設計上から決め事が浮かび上がってくる」ようにするのが「正解」です。

 

何の根拠ももたない一時的な決め事で、作品制作が成立するのは、個人制作の短尺の自主作品だけです。その場のノリで決め事を乱発しても、うまく統制できるわけがない‥‥ですよネ。

 

あくまで、決め事はシステム設計全体から滲み出していくものなのです。

 

 

 

システムを軽んじる人、システムの重要性は知りつつも困難にブチあたる人、手堅くシステムのステップアップを進める人。2017年から数年は、色々な思惑と状況が錯綜する数年となりましょう。

 

 


日本の強み

欧米のいわゆるカットアウト系のアニメや3DCGベースのアニメは、日本の今後の技術展開の観点からみて、決して無視できない「潮流」であると感じます。その「潮流」が、新たなエコシステム=生態系をかたち作ると考えます。

 

ただ、私は一方で、欧米の動向は気にはなるけれど、日本は日本ならではの強みがあって、その強みが「新たな潮流」と混じりあった時、欧米では考えつかないような形態を形成できるとも考えています。私が、悲観的な展望を抱かないのは、その「日本の強み」ゆえです。

 

欧米がカットアウト系で発展しようが、日本も合わせて「カットアウト一本勝負」にでる必要はなく、むしろ、従来の技術を最大限に活用し、カットアウト系と様々な豊かな表現と組み合わせて「複合技術」とすることで、「欧米のカットアウト系とは一線を画す」映像が作れると、今から強く予感できます。

 

欧米から輸入した技術をもとに、日本人は何を作り出したか。今のアニメを見渡せば、ディズニーの絵柄の影も形もないですよネ。

 

同じく、カットアウト系の技術を日本が扱い始めても、決して欧米の表現スタイルで満足するわけはなく、独自の美意識を色濃く反映するでしょう。小難しい技術論を持ち出すまでもなく、実は、日本の美意識こそ、日本の最大の強みだと思います。同じ動力源を用いても、欧米とは活用アイデアが大きく異なる、美意識を足場とした「発展の独自性」が日本にはあるのです。

 

しかし、どんなに日本に「強み」があろうと、新たな表現技術の潮流が一向に滴ってこないのなら、どうにもなりません。カットアウト系を全く扱うことができなければ、組み合すもクソもないです。0 x 1000 = 0です。

 

もっと言えば、「日本ならではの強み」が、潮流を塞き止めているような皮肉な状況すらあり得ます。

 

日本のアニメは、たとえその源流がディズニーなどのアメリカンアニメーション(タップの規格やところどころに残るインチサイズが「先祖の面影」を物語っていますよネ)だとしても、独自の美意識を色濃く反映した、「ほとんど米国人の血が残っていない、クオーターのクオーター」の混血です。しかし、出自がどうであれ、アニメ業界を支えている技術基盤は、テレビや劇場の夥しい数のアニメを作り上げてきた経験と実績であり、それゆえに、日本で独自に発達した作業様式に「かなりの自信を持っている」と言えます。今や、アニメは日本の「土着の特産物」かのようです。

 

その和製アニメに対する強い自信が、24コマシートに作画のタイミングを書き込んで、絵を一枚ずつ動かす技術基盤から、一向に目線がそれず、旧来作業スタイルに「無意識」にでも固執している原因だとも言えます。「新しいものなど求めずとも、今のやりかたで十分うまくいく」という考えは、口に出さずとも、多くの作画関係者が胸に秘めているのではないでしょうか。

 

ゆえに、カットアウト系のアニメ技術に対してひとたび日本が「本気」で取り組み始めたら、欧米人では全く予想もできなかった作品表現を生み出せるにも関わらず、「そもそも手を出さないから、進展もしない」状況に甘んじます。現在のエコシステムに漫然とした安心感を抱くあまりに、新しい技術の潮流を感じることができずに遅きに失する‥‥のも、実は「日本人ならでは」なのです。

 

 

日本のアニメの作り方が、特に状況が過酷なテレビアニメにおいては、産業として成立しにくい状況にどんどん進んでいるのを、業界経験のある人なら誰しも認識しているはず‥‥です。70〜80年代に形成されたアニメ業界のエコシステムが、2020年以降にどのような様相を呈するのか、どんなにポジティブに考えようとしても楽観的なビジョンは浮かびません。

 

一方で、家庭のテレビは、やがて耐用年数に到達し、「次に買い換えるのなら、4K」という人は結構いるでしょう。白黒テレビ〜カラーテレビ〜テレビのステレオ放送〜VHSビデオデッキでの録画〜DVDの登場〜DVDレコーダでの録画〜ハイビジョン放送〜BDの登場〜BD or HDDレコーダでの録画‥‥という流れに、人々がなんだかんだ言いながらも誘導されていることを考えると、次のリプレース時期にすんなりと4Kを受け入れてしまう家庭は多いと予測されます。家電メーカーの2020年あたりの主力が、2K上位互換の4Kテレビになっていれば、なおさらです。

 

旧来のアニメ技術の限界は、内側からも外側からも、ジワジワと迫ってくるのに、「今は大丈夫。だから、未来も大丈夫だろう。」という、ある種の、戦前から通じる日本人の「おおらかさ=呑気さ=危機管理の甘さ」が、「同じ過ちの歴史を繰り返す」元凶とも言えます。

 

今のアニメ制作スタイルで散々痛い目にあって、もうこれ以上はダメだと疲弊しきって破綻するまで、次の技術への移行へと踏み出せないのは、日本人の悪い性質だとも思います‥‥が、同時にその粘って粘って粘りきる粘り強さが、アニメをここまで高度に技術発展させた原動力とも考えます。

 

弱さは強さのみなもと。悪は善を生み出すジェネレータ。

 

‥‥悩ましいですネ。我が国の性質とは言え。

 

 

それにまあ、根本的なシフトである必要もなく、日本人の「なんでも取り入れてしまう国民性」を発揮して、今の技術に新しい技術を組み合わせる発想で、むしろ良いと思います。白黒はっきりさせて「塗り替える必要」など、こと、技術に至っては必要ないのです。技術発展の本質は「覇権争い」ではないのですから。

 

中々に、技術のシフトや新規導入というのは、日本人の気質ゆえ、難しいものがあるな‥‥とも思いますが、少なくとも私は、難しいからといって、あきらめないですヨ。

 

踏みつけられても、最後には粘り勝ちできるのも、日本の「強み」なのですから。

 

 


高詳細の痛撃

私は、新しいアニメーション技術を用いる際は、基本的には清書を自分でおこないます。つまり、動画工程の清書まで自分で作業するわけですが、これは事「イラスト」的に考えれば、ごく自然な流れです。私はProcreateを常用しますが、Clip Studio(既にバリュー版が満期になってライセンスを1つ持っております。クリッピーは溜まる一方‥‥。)でも同じことがごく普通に可能です。

 

もし新しい技術スタイルで、清書作業を現在の動画作業者に依頼する際は、そもそも今までとは違う高詳細な絵を、丹念に清書するわけですから、作業費目は動画ではなく他の費目にします。もちろん、作業単価も「数百円」なんてことはないです。‥‥ありえんでしょ、普通に考えて。

 

4Kを常用している私自身が日頃感じていることですが、絵はなんだかんだいっても、キャンバスが大きくなれば細かくなっていきます。なので、作業する作品が2Kの場合は、故意に絵の密度を下げるようにして描きます。

 

しかし、そもそも、4Kがフォーマットとして存在する意義はまさに「4K=2Kより高詳細であること」ですから、4K作品の制作が開始された際は、実写だけでなく、アニメでも、高詳細な絵を作るのが必然的になります。ミッフィを描くのでもなければ‥‥です。

 

 

一方、現在のアニメ業界の標準的な作画工程。

 

世間の流れに抗いきれず、もしアニメ業界で4K作品を旧来のワークフローで生産した場合、おそらく4K24pで作業することになると思いますが、それは何よりも動画作業とその作業者に痛烈なダメージをあたえることになるでしょう。

 

現在ですら、新人で平均10万円以下だとも言われる収入が、より一層、かなり落ち込みむのではないでしょうか。仮に今の数百円の動画料金が2倍になっても、2倍以上の作業時間がかかったら、収入減になります。つまり、新人の脱落の度合いが一層高まって、「新人が育たない」‥‥というか、育ちたくても生きていけない状況に猛烈な拍車がかかる‥‥のではないでしょうか。

 

今の萌絵の流行がまだ続いたとして、その萌絵の内容は止め絵のイラストを見れば、止め絵とばかりにかなり描き込んだものも多く、その緻密な描き込みに「同じとは言わないまでも」かなり迫った作業を4Kで「やらされる」ことになるのは必至です。そんな絵を8〜12fpsのままだとはいえ、何千枚も描くことになるのは、何よりも動画作業者に痛撃を与えることになるのは、アニメ業界関係者なら誰でも容易に想像できますよネ。

 

 

私が現在の、どこかの誰かたちが牽引しようとする「デジタル作画」の風潮に、どうしても同調も賛同もできないのは、そういう都合の悪い未来には全く言及しないからです。タブレットで作画するようになって、2Kでも4Kでも8Kでもキャンバスサイズが設定可能になって、拡大作画も簡単にできるようになって、その次に来るのは‥‥‥を、全く言わないじゃないですか。

 

「大丈夫ですよ。アニメで4Kなんて、作るようにはならないですから」‥‥と言う人がいれば、ぜひ、その言動をiPhoneか何かで撮影して映像証拠として残しておいて欲しいです。

 

私は、アニメであっても、映像コンテンツ産業の一角として存在する以上は、高詳細だけでなくあらゆる高品質化の波に呑まれていくと思います。

 

16ミリで撮影した昔のアニメですら、HDのリマスタリングで「高品質化の波を利用」して商売してるのです。現代の趣向を色濃く反映して作っている作品が、「高品質化の波」を脇目に、独自の価値観だけで生きていけるわけがない‥‥と、少なくとも私は思います。アニメキャラのデイザインを、しんちゃんやタラちゃんやカツオやミッフィに限定してそれ以外は禁止!‥‥には、到底できないでしょう。

 

 

なんかさあ‥‥、「デジタル作画推進」の流れって、とにかく皆にコンピュータの作画環境を所有させてしまって、その後で「後出し」で高詳細なキツい作業を「なし崩し的」に標準化してしまおうという、「悪どい流れ」すら感じてしまうのですよ。

 

「そんなつもりはない」と言ってても、実際に未来の顛末がそうなれば、同じことです。

 

そんなつもりはなくても、「どうなっていくか」は想像できているはず。物理的制限のあるA4用紙と違って、ソフトウェアの許す限り、キャンバスサイズを大きくできることを、まさか「デジタル作画」に関与している人で、「そんなの知らなかった」なんて言う人はいまい。

 

ゆえに、作業費の問題とデジタル作画推進は、「同じまな板の上」だと思いますけどネ。

 

 

私は、新しい技術においては、旧来の料金体系は一切白紙に戻して、「然るべき技術をもった作業者が、然るべき作業時間を要した際に、技術者の報酬として然るべき金額」を全て検証して、それが制作費の中に収まるべく、制作に関わる人間すべてで「再定義」していきたいと考えています。新しい技術には、新しい作業費の制定が不可欠です。

 

「そんなの無駄。だって、作業の手間も人員も変わらないんだから」と言う人もいましょうが、たしかに、それは正しいです。結局、同じ工数と人員で作業してたら、再定義しても実質は変わりませんよネ。どんなに座る席を変えても、L寸のピザを20人で分け続けていたら、いつまでたってもビンボーですもん。

 

だから、新しい技術においては、作業のフローも所要人員も大きく様変わりするのです。「作業の手間も人員も変わる」から、「無駄」ではないのです。今やっている短尺の仕事は、映像を作る実質のスタッフ数が3〜4人で完結してしまいます。しかも、工期は変わりません。品質は技術の性質が良い方向に作用するので、通常より高くなります。もちろん、4KにもスタンバイOK‥‥です。

 

私は、このブログでも日常の会話でも、コンピュータの良い部分と悪い部分を包み隠さず言うようにしています。そして、次世代の高品質映像フォーマットをターゲットにするということは、かなりのリスクを伴うことも、ゆえに、競合も少なく有利に‥‥は、まあ、何度もしつこく繰り返し書いてることだから、いいか。

 

 

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というは、もしかしたらアニメ業界の嫌な流れかも知れません。「赤信号だとわかってて渡って、トラックに轢き殺されても、皆一緒だから、痛み分け」みたいな‥‥ネ。それじゃまるで、「ネズミの集団自殺」じゃないですか。

 

でも、ネズミの集団自殺は、実は追い詰められたそれぞれのネズミが、自発的に「海の向こうを目指して泳ぎに飛び出す」行為だとも聞いたことがあります。

 

ネズミは、ある時には猫をも噛み、ある時には大山を鳴動させることもありましょう。ネズミは群れに依存しているときは弱い存在かも知れませんが、一匹となってブチギレた時には恐ろしい攻撃力を発揮する‥‥のかも知れませんよ。


TGA

いまさら気付いたんですけど、Targaって、解像度情報を持てないんですね。TGAって、受け取るばかりで、出力するのはかなり稀だったので、今の今まで、解像度がundefinedとは気づきませんでした。

 

紙ありきの現場でもう20年以上使われていたファイルフォーマットだったので、てっきり、紙スキャンの解像度を持っているのだとばかり、思い込んでいました。

 

私がトラブったのは、「デジタル原画」の体裁を整えて出力する際でした。規定の解像度情報が必要だったのです。‥‥う〜〜〜む‥‥、変な気をまわして、Targaなんて使うんじゃなかったな‥‥。裏目にでました。

 

 

私がローカルで取り回す際は、PSDかTIFFかJPEGです。たまにPNGも。‥‥なので、解像度でトラブったことはなかったのです。

 

解像度情報を使う場合は適宜処理して使えば良いし、無視して使う場合(ピクセル寸法の情報だけで取り扱う場合)は無視すれば良い‥‥という感じでした。

 

しかし、Targaは、バッチやスクリプトで解像度情報を書き換えて上書き保存したつもりでも、全く何にもなってなかった‥‥です。うーん、我ながら、マヌケ。

 

 

例えば‥‥

 

 

上図のようなAfter Effectsから出力した大判サイズの原画を、Photoshopで72dpiから150dpiに変更すると‥‥

 

 

‥‥のように変更されて、解像度情報だけを変更できます。

 

いわゆる、何ドットが何インチかを表す情報だけを書き換えて、ピクセル寸法は変更しない画像解像度の変更です。

 

Photoshopのウィンドウの情報を見ると‥‥

 

 

‥‥となっており、あたかも解像度が変更できたかのように思えます。「ファイルを変更しました」を表す「米印」も表示されます。

 

 

上書き保存すれば、解像度の変更を反映したファイルを保存できた‥‥と思いがちです。

 

しかし、これはあくまでPhotoshop上のドキュメントのインスタンス内で一時的に保持されているプロパティであって、上書き保存したTGAファイルを他のソフトウェアや、Photoshopで再度開いて、解像度を確認すると‥‥

 

 

 

‥‥のように、解像度情報は記録されておりません。Macの場合は、昔から72dpiがデフォルトなので、「72dpi」と表示されているだけです。いっそのこと、解像度情報がないのなら「Undefined」とか「情報なし」と表示してくれれば良いのに‥‥。

 

 

‥‥で、この記事を書いている途中でフォーマットの仕様書をネットで探して、Targaのデータのディスクリプションを調べてみたら、たしかにレゾリューションのプロパティは無いですね。

 

ファイルのデータは、いきなり画像のデータ本体が始まるのではなく、先頭に「どんなファイルの内容か」を記すヘッダ部分があります。HTMLやメールでも、最初にどんな文字コードを使っているかなどのヘッダがあるように、TIFFやJPEGなどのファイルもデータ先頭のエリアにファイルの様々な情報が付記されています。

 

例えば、JPEGならば、デンシティユニット(Density units、カタカナ訳でスマんす)で解像度の基準を記述し、XとYのデンシティ(Xdensity, Ydensity)を記述する項目があり、それが解像度の内容を示しています。Xdensity, Ydensityで、ピクセルレシオも表現できますよネ。

 

Targaは以下のような感じ。データのどの位置にどんな情報が記述されているかを表しています。

 

- - - - -

OFFSET              Count TYPE   Description
0000h                   1 byte   Length of image identification field (below)
0001h                   1 byte   Color map type :
								 0 - no color map
								 1 - 256 entry palette
0002h                   1 byte   Image type :
								  0 - no image data included
								  1 - Uncompressed, color-mapped image
								  2 - Uncompressed, RGB image
								  3 - Uncompressed, black and white image
								  9 - RLE encoded color-mapped image
								 10 - RLE encoded RGB image
								 11 - Compressed, black and white image
								 32 - Compressed color-mapped data, using
									  Huffman, Delta, and runlength encoding.
								 33 - Compressed color-mapped data, using
									  Huffman, Delta, and RLE.  4-pass quadtree-
									  type process.
0003h                   1 word   Index of first color map entry
0005h                   1 word   Count of color map entries
0007h                   1 byte   Number of bits per color map entry
0008h                   1 word   X coordinate of the lower left corner of
								 the image.
000Ah                   1 word   Y coordinate of the lower left corner of
								 the image.
000Ch                   1 word   Width of the image in pixels
000Eh                   1 word   Height of the image in pixels
0010h                   1 byte   Bytes per pixel
0011h                   1 byte   Flags (bitmapped):
								 0-3 : Number of attribute bits
								   4 : reserved
								   5 : Screen origin in upper left corner
								 6-7 : Data storage interleave
									   00 - no interleave
									   01 - even/odd interleave
									   10 - four way interleave
									   11 - reserved
								 The byte should be set to 0. Don't know why.
0012h                   ? char   Image identification string, usually not there,
								 when the length (see up) is 0.
????h                   ? byte   Color map data
								 Depending on the number of bits per color map
								 entry, the entries here have a different size.
								 4 bytes : 1 byte for blue
										   1 byte for green
										   1 byte for red
										   1 byte for attribute
								 3 bytes : 1 byte for blue
										   1 byte for green
										   1 byte for red
								 2 bytes : Bitmapped as a word in Intel byte
										   order as follows :
										   ARRRRRGG GGGBBBBB
????h                   ? byte   Image data
								 For images of type 9 (using RLE), the image
								 data is divided into packets, the first byte
								 being the indicator for repetition or copy.
								 If bit 7 of the first byte is set, then repeat
								 (first byte and 07Fh+1) times the next byte,
								 otherwise copy first byte+1 pixels from data
								 stream. RLE packets may cross scan lines !

 

- - - - -

 

‥‥たしかに、無いすネ。解像度関連。

 

あるのは、「Width, Height of the image in pixels」くらいで、単に縦横のピクセル寸法の記述だけです。インチやセンチあたり何ピクセルかを実質的に表す項目は無いですネ。

 

無念。

 

 

 

あー、ほんとに、変な気を回さず、TIFFかPSDにしときゃよかった。

 

でもまあ、こういう細かい部分をちゃんと確認せず、「多分、そうだろう」で使った私も悪い。

 

 

 

ちなみに、Photoshopのバッチで、Targaを処理すると、処理後の「保存して閉じる」際にRLE圧縮が外れるようで、それもまた困りもの。バッチ前まで1MB未満だったファイルが、いきなり数メガバイトまで肥大化します。

 

TIFFの場合はLZW圧縮のファイルはちゃんとLZW圧縮をしてバッチ処理を終了してくれます。

 

 

Targaって、PICTやSGIなんかと同じくらい古いファイルフォーマットで、PICTがもうとっくの昔に死滅したのに、TGAはアニメ業界標準のファイルなので、今でもバリバリ現役ですよネ。

 

古いファイルフォーマットは、実は運用実績が高くて、時代に即している限りは、何の問題もないのです。

 

しかしまあ、「紙」という現実世界の実寸をもつ媒体が存在するわりに、アニメのフローって解像度情報のないTargaを長く使い続けてきたんですね。スキャンした後は紙に戻ることはなかったから、問題にならなかったんでしょうかネ。‥‥「デジタル原画」の「紙戻し」するまで、まさか解像度のプロパティを持たないファイルフォーマットだったとは、気づきませんでした。

 

まあ、今後はTIFFかPSD、プレビュー用に軽くしたい時はJPEGにしときます。


デジ熱

ダルい。体が熱い。汗が出てくる。熱でも出たか‥‥と、ふと室温を見たら、27.8度。

 

どうりで暑いわけだ。冬だと思って油断してました。

 

暖房は、もちろんOFFのまま。‥‥と、言いますか、暖房自体、今シーズン通算で数時間しかONにしておりません。

 

 

恐るべし、コンピュータ熱。

 

 

よって、まだ2月だと言うのに、冷房です。

 

マシンはあまり暑い部屋に置いてはダメなのです。格段に故障するリスクが増えます。‥‥まあ、そもそも、人間も「熱中症」というのがありますもんネ。

 

 

まだコンピュータの運用の知識の無かった20年近く前の私は、「人間が普通に過ごせるのと同じ環境が、コンピュータにとっても故障の少ない環境」だということを知らずに、あまり入らない部屋にMacを置いて、35度くらいの室温でどんどんハードディスクが故障していったのを、「ハードディスクって壊れやすいんだな」とプンスカしていました。

 

無知の恐ろしさよ。

 

 

冬は19〜20度、そのほかの季節は26度を目安に空調すれば、人もコンピュータも「不調なし」です。

 

室温に気をつけ、メッシュのラック(メタルラック)にサーキュレータと一緒にマシンや周辺機器を設置し、エアフローを考えて運用したら、一気に故障率が減りました。メタルラックをうまく活用すると、空気が何段にも渡って吹き抜けるので、便利ですヨ。自宅のサーバやマシンラックにはぴったりです。

 

 

それにしても、コンピュータや周辺機器の熱って、そうとう強力ですネ。冬だけは、コンピュータの排熱が暖房代りになりますが、春夏秋は電気代がキツいです。特に夏場は地獄。

 

コンピュータが部屋にどんどん増えると室温が上昇するので、部屋全体の冷却が必要になり、一層のコストがかかります。

 

 

ふと、「コンピュータがなかったら、お金、いっぱい貯まってただろうな‥‥」と思いますが、反面、「コンピュータがなければ、稼げなかっただろうな」とも思いますので、ほんとにもう、つくずく、コンピュータとはメフィストフェレスのような存在です。

 

 


価値観の時間軸

人は往々にして、今まで体験して、やがて習慣化した、感覚や価値観に、無意識に支配されがちです。私も2003年のイノセンスくらいの頃まで、どうしても「フィルムの風合い」に対する愛着が強く、フィルムのもつ特性を表現のメソッドとしてコンポジットに取り入れていました。

 

例えば「フローティング」という技術は、絶えずカメラが動き続けるメソッドで、「手ブレ」や「ハンディ揺れ」よりもさらに小さく緩やかな揺れをカメラワークに追加するテクニックです。1999年のBlood劇場版で全面的に取り入れ、画面が全く動かなくなる(アニメだと「止め絵」で簡単にそうなる)のを防止していました。

 

前世紀の当時、アニメ制作といえば一般的にはフィルム撮影で、ラッシュチェックは16mm映写機で会議室などで映写してチェックしていましたから(35mm作品でもラッシュは16mm)、それはもう盛大に映像そのものが揺れまくっており、完成した35mmでも「今のレベルでいえば」相当揺れていました。そんな「フィルムの習慣」を身体中に纏っていた私が、業務用モニタに映し出される「デジタルアニメーション」の、「あまりにも整然とした」映像に違和感を感じたのは、今にして考えれば「幼いな」と思うけれど、当時の生理的感覚としては、とても受け入れられるものではありませんでした。

 

ゆえに、フィルムのグレインはもちろん、様々な「フィルムのいい感じ」を「デジタル」の表現の中に模索して、コンポジットの技術として確立していきました。

 

 

‥‥で、今。

 

少なくとも、「フローティング」は使っていません。なぜかと言うと、「デジタル」のあまりにも整然としたルックに、もう身体が慣れきったからです。「フィルムのようじゃなくても、気にならなくなった」のです。

 

しかし、それは私個人の感覚や習慣だけでなく、世間的にも、「デジタル」に馴らされていったのでしょう。20年近く前は、それこそ「CGの違和感が、あーだ、こーだ」と口にしてた人々は、すっかり「デジタル映像」にも慣れ、逆に「フィルムの特性」を古めかしく感じて、「デジタルのマスタリング技術が云々」などとフィルム作品のDVDやBDを責め立てるくらいです。

 

 

要するに、価値観には時間軸が存在し、徐々に、感覚や習慣も移行していくのです。

 

当時は違和感たっぷりでも、時間が経過して、社会の標準になるころには、価値観は既に次の段階や次元に移り変わっているのです。

 

そして、段階的に移行してきた新しい価値観を足場にして、次なる可能性を考えられるようにもなるのです。作品や製品を送り出す側、作り出す側の人間なら、なおさら‥‥です。

 

 

 

私が「デジタル」でアニメーションを取り扱うようになって、得た教訓はズバリ、

 

今の自分の価値観を、信じ過ぎるな

 

‥‥ということです。

 

 

 

むしろ、新しい技術のムーブメントに対し、今、違和感を感じているものにこそ、現時点では理解が及ばないものにこそ、「何か、得体の知れない可能性が潜んでいる」と考えるようになりました。

 

「今の自分の価値観にそぐわないものは、不必要なものだ」と安易に片付けてしまうのは、とんでもない判断ミスや勘違いではないか?‥‥ということです。

 

実際、2004〜6年あたりにアニメ業界全体規模で定着し始めた、「デジタルペイント」と「デジタル撮影」に差し代わったアニメ制作システムは、それからほんの10年前の1990年代は「常識の外側」、いわば「非常識」だったわけですが、2004〜6年にキャリアをスタートした当時の若い人々は、すんなり「デジタル」を受け入れ、それを「常識」として取り入れていったのです。いわゆる、「フィルムのフローを知らない世代」ですが、知らないがゆえに、「フィルムの慣習」を踏襲する必要性をハナから感じていなかった人々の行動が、まさに「価値観には時間軸が存在する」ことを証明しています。

 

 

私は、4Kをベースとし、最低でも24コマフルで動かす映像を、研究がてら、頻繁に目にしているので、たまに深夜のテレビアニメをみると、その線の太さ、動きの分解能の低さに、かなり違和感を感じるようになりました。

 

「ああ、そうだった。アニメというのは、3コマの8fpsが基本で、アップコンのレタス線ゆえに、線も太くなりがちだったんだ」と思い起こすのです。

 

今は世間の人々のほとんどが、2K30iや30pの映像技術圏内の中にいるので、4K60pは「異質の映像質感」です。

 

でもそれは、未来永劫、ずっと持続する感覚でも習慣でもない‥‥と思います。

 

人は、ストレスがないもの、快適なものに、寛容で無防備な性質があります。

 

皆、4K60pの実写映像に、最初のうちは違和感を感じるものの、自然となれていくでしょう。iPhoneのビデオ撮影、ネットでみる映像、テレビのニュース、バラエティ番組、そして何よりも「エロい」コンテンツの映像が、人々を次第に巻き込んで、いつしか価値観を塗り替えていきます。

 

今は技術的基盤が脆弱だとしても、徐々に技術は発展し、「技術的常識」をも時間が塗り替えていきます。

 

私はiPhone6で、2K60pのビデオを撮影してみて、「後でビデオアルバムとして見返すのなら、コレだな」と直感的に思いました。60pの動きが、とてもリアルで、今まで「ホームビデオとはこんなもんだ」と思っていた認識を、良い意味で塗り替えてくれたからです。過去の思い出を、このリアルなモーションで残せたら、どんなにか「記憶の中の映像」が色褪せなかっただろう‥‥と思うのです。「愛する何か」〜人でも犬でも猫でも金魚でも花でも風景でも〜を記録するのなら、フレームレートはかなり重要だと再認識しました。

 

歴史的映像もそうで、もし特別攻撃隊の海軍機が、米機動部隊の空母に突入する映像を、4K60pで残せていたら(SF的「もしも」…ですが)、「映像による追体験」は格段に強いものとなっていたでしょう。正視できないほど、強烈なリアル感が、見るものを圧倒したでしょうネ。

 

 

なぜ、人はテレビをみるのでしょうか。

 

答えは簡単ですよネ。

 

2K30pを求めて、テレビを見ているのではなく、そこに映し出される人々や事象の「光景」「ありさま」を見るためです。

 

アニメも同じです。

 

2K24pの雰囲気が大好き!‥‥だからではないですよネ。

 

 

 

プロになると、そういう根本的な部分が遥か下層に埋もれて、24.0なのか23.976なのかとか、お盆の上の事ばかりに気がまわるようになってしまいます。かくいう私もそうなりがちです。

 

そして一番マズいのは、そうした旧来の技術上の慣習や平均で判断を下してしまおうとするスタンスです。そして、その判断の正しきを何よりも自分を安心させるために、世間の風潮を引き合いに出すこと‥‥です。世間の風潮ほど、大きく揺れ動き、移り変わりのはやいものはない‥‥というのに。

 

iPhoneは日本では流行らない‥‥といってたアナリストは、少々、赤恥をかきましたよネ。

 

 

 

4K60pでアニメのコンテンツを‥‥というのも、旧来の作画の作業慣習や撮影の技術の「平均」で考えれば、何も有益なビジョンなど見えてきません。おそらく、皆が手を出さないのは、「旧来の作画や撮影の技術」や「現場の実情」から抜け出ることが難しいからでしょう。ぶっちゃけ、1秒60コマのタイムシートなんて、果てしなさ過ぎるもんネ。手を出さないのは当然至極。

 

そして、現時点での世間の風潮を引き合いに出して、「そのスタンスや思考で大丈夫」と自分を安心させるのです。そしてこう結論づけます。「アニメはリミテッドだから良いのだ」と。

 

おいおい‥‥。さも皆がそう感じているみたいなことを言わないでよ‥‥。私は、制作費が許されるのなら、枚数を使いたいように自由に使いたい‥‥と、フィルム時代から思ってましたし、ディズニーのマルチプレーンカメラにずっと憧れてましたよ。

 

エコノミ=ローコストが日本の総意みたいに言うなよ‥‥。頼むから。‥‥いつまでたっても、貧乏国じゃんかよ‥‥。

 

 

2000年頃にオール3DCGのアニメに関与したことがありますが、その作品はまさに「日和って」、24fpsの3DCGを12fpsに落としていましたが、あれは単にチープなだけだったな‥‥。アニメ現場気質の「悪しき感覚」で、2コマ打ちのルックに「依存」しただけ‥‥でした。

 

一方、2000年代中頃にスペインで作られたポコヨでは、コマ落としなんて一切せずに、可愛いニュアンスをはちきれんばかりに発揮していました。カリカチュアはされているけど、決してリミテッドではないのです。日本のアニメ現場の慣習とは無縁の、ヨーロッパで作られたのが、功を奏したのでしょうネ。もし日本で作ってたら、無意味なコマ落としが蔓延したでしょう。

 

それに‥‥です。

 

たまに見かける、リミテッドアニメーションと、エコノミーアニメーションを混同して語る論調自体、当人の知識が足りてないのです。リミテッドというのは故意に動きを限定して、表現を強調する「技法」なのよ。‥‥仕方なく、動きの枚数を削っている「状況」とはまるで意図が違います。リミテッドを、枚数を削るエコノミー=ローコストと誤認している時点で、実はまるで説得力に欠けるんですよネ。

 

 

 

アニメ制作においては、もし4K60pをフォーマットとするなら、今までの演出法や作画法は、通用しなくなります。今までの商業アニメの表現スタイルは、フィルム時代の24コマを基礎とし、無意識にせよ意識的にせよ、その分解能による残像感で映像を作っています。当然、フレームレートが変われば、色んな演出上の手練手管が通用しなくなり、新しい演出と作画法の確立が必要となってきます。

 

これは実際に、私が60pで研究してみた感慨でもあって、「映像作品の時間的感覚の取り扱いが一変する」と、恐れおののいた‥‥と言っても過言では無いです。60pで動かしたアニメの映像を見て、「うわー‥‥やばい‥‥。今までの方法があまり通用しなくなるぞ‥‥コレ」と途方にくれたものです。

 

‥‥と同時に、「アリだな」とも思ったのです。

 

アニメはリミテッドなもの、省略されたもの、3コマでカタカタうごくもの‥‥という価値観で絶対視するのではなく、「アニメなのに、なんでこんな不思議な質感なんだろう。今までのアニメとは明らかに違う。つくりもののようで、つくりものでない感覚‥‥というか」‥‥と、新しいアニメ映像の感覚や価値観も、十分イケそうだと思ったのです。

 

絵が動いて喋る、作りものであるはずのアニメが、何か、強烈に存在感を訴えかけてくる‥‥なんて、少なくとも私は「超絶に素敵!」だと思うのです。

 

 

4K60pで今のアニメキャラを動かしたら‥‥などと「現在の時間軸での技術想定や価値基準」で考えるのではなくて、「未来の時間軸」で、4K60pで最大限に生命感を発揮するキャラや作劇の表現を考えるのです。未来への前方予測のマージンを含めて、色々な可能性を探るのです。

 

‥‥そりゃあ、24コマフィルム起点のシステムで培ったスタイルをそのままに、とってつけたように4K60pを当てはめても、しっくりくるはずがない‥‥のです。

 

 

私は、24コマベースのアニメの雰囲気を今でもこよなく愛しております。しかし、その感情は、その感情のままでとっておいて、未知の新しいアニメーションの表現フィールドに進み出で、そこでしか得られないアニメの映像作品を実現して、新たな映像体験へと駒を進めたいのです。

 

今はぶっちゃけ、4K60pのアニメなんて、コストがかかり過ぎます。原画を描いて動画を描いて‥‥という今のスタイルでは到底、60pのフルモーションなんて実現できないですが、新しい技術をもってしても、12秒の尺でレンダリング50時間‥‥とか(まあ、コンポジット内容も大変ではありましたが)、運用的にお話になりません。少なくとも、今は‥‥です。

 

しかしねえ‥‥。今、アニメ業界が「あたりまえ」のようにして運用している「デジタルアニメーション」のフローだって、20年前は困難の連続だったんよ。透過光1つ、手探りだったんだからさ。1998〜99年制作(公開は2000年)のBlood劇場版の、とある1カットでは、その当時のハイスペックPCで5日間レンダリング(100時間越え)したのだって存在しましたしネ。

 

現在の業界の制作システムで、毎日アニメ制作に従事している人々が、新しい技術を目の前にして、「不可能」だとか「前例がない」とか「価値観が合わない」などと感じても、そうした人々が立つ足元そのものが、20年にも満たないちょっと前には「不可能」だとか「前例がない」とか「価値観が合わない」など言われてたものなのですヨ。

 

今、困難であることは、未来への何のバロメーターにもならんです。

 

現在が困難だから、未来も発展していかない…というのは、誤った判断です。昔、そのあたりを紹介する「プロジェクトX」なんていう番組があったじゃないですか。

 

今の技術的な価値観は、10年後20年後には、あてにならないことも多いです。人間の感情は何百年前でも共通する普遍的な価値観がありますが、技術的な価値観はどんどん、それこそ無節操・無慈悲とも言えるくらい、移り変わっていきます。

 

100年続いたことが、数年で消滅寸前まで衰退することだってある‥‥のは、「フィルム」の件で経験したばかりですよネ。

 

 

 

人は、自分のキャリアをもとに、未来の新しい土台や基盤を判断しがちですが、そのキャリアって、何年程度なのよ?‥‥とはよく考えます。

 

私はたかだか30年程度。しかもその間に、いろいろな土台の揺らぎも経験しました。

 

30年程度で、絶対的な価値基準の判断なんて‥‥‥さ、できるはずもないからこそ、新しいムーブメントに対しては、柔軟でいようと心がけたいのです。そもそも、人間の寿命の範囲内で、絶対的な何かって、形作れるのかな‥‥とも思いますしネ。

 

私が知る、経験豊かな人々は、実はそのへん、とても謙虚でフラットで、そして用心深いです。軽はずみに「自分の今の感覚だけで、最終判断」しません。

 

私も、現在の自分に縛られて、技術の限界や価値観の停滞を、自分の中に設けたくない‥‥のです。

 

 


UHD 4KのBD

なんか、略語ばかりでアレですが、要は4K HDRのブルーレイです。もう6万円を切る価格で、プレーヤーが発売されているんですネ。

 

日常会話では「4K、4K」言いますが、4Kは「4K、60p、HDR」の3拍子が揃ってこそ、4Kの真価を発揮します。解像度が4Kになっただけでは、はっきり申しまして、映像のプロでもない限りは見分けがあまりつかないですもん。まあ、撮り方にもよるとは思いますが、解像度だけで「世界が動く」わけはないのです。

 

で、アニメの今の作り方は、もう聞きたくもないでしょうが、「4K、60p、HDR」のどれにも対応できない限界があります。

 

私が「何かに取り憑かれたように」このブログで書き続けていることは、まさに「ソコ」なのです。アニメ業界が「デジタル作画」でどんなに盛り上がろうと、原画動画の単価制で作業分配するシステムのままでは、全く、時代についていけないのです。

 

実は、私らの作業グループで新技術にて引き受ける仕事は、内部的には4K対応のフォーマットで運用しています。これは全くもって制作条件とは切り離した内部的な取り組みで、量産試作機の初期型が実戦に参加するようなものです。アニメ業界ののんびりとした4K対応など待たずとも、自前で経験と実績が蓄積できますし、ゆくゆくは、4K商談のサンプルにも使えますしネ。

 

新技術のアニメで、わざわざ低解像度合わせの2Kで作る必要すらない‥‥と思う雰囲気すらあります。‥‥だってさ、新技術で苦労して作るのなら、高品質にフィニッシュして、「明日に繋げたい」じゃないですか。

 

 

4Kテレビは50型で10万円台前半、プレーヤーは5万円台。4K60pHDRの再生環境は、もう20万円を切るくらいまで、落ちてきたのですネ。ほんの数年前とは大きな違いです。そして厄介な3Dテレビは消えてくれて、これも時代の流れですネ。

 

足りないのは、4Kのアニメのコンテンツ。

 

アップコンやドットバイドットで作っている2Kアニメと比べて、4Kのアニメは映像表現面でも大きな差が出ますよ。もちろん、4Kを活かした演出法と作画法は必須となりますけども、ゆえに、旧来2Kアニメとは品質面で見た目上の差が出せます。

 

私らとしては、早めにオセロゲームの四隅を押さえてしまって、この先の10年20年を有利に展開したいと思っています。

 

 

一方、「デジタル作画」を旗振りしている人々は、現在から未来へと続く、長期的な映像戦略を見据えているのでしょうか‥‥ネ?

 

飛来するB-29を竹槍やライフルで迎撃できると思っているのか。航空戦がとって変わろうとしている時代に、大艦巨砲主義の大和と武蔵を建造して、それで勝てると思っているのか。巴戦の古風な空中戦でジェット機時代の制空権を掌握できると思っているのか。

 

アニメ業界「大本営トップ」的立ち位置の人間たちの戦略上の判断は、果たして、正しい方向を志向しているのでしょうか。

 

心に夢を抱いた若者を粗末な特殊攻撃機に乗り込ませて、特殊攻撃に飛び立たせていったのと、結局は似たことをくりかえしているようにすら思います。「デジタル」をジェット特殊攻撃機「橘花〜海軍特攻機に命名される「花」は「散る花」の意〜にしないでほしい‥‥と切に思います。

 

 

まあ、今の作り方に限界を感じたならば、そこで心中する必要はないです。

 

4Kテレビで、綺麗に滑らかにコク深く映し出される、未来のアニメーション作品を作りたいと思うのならば、私らと合力して、次世代を勝ち取りにいきましょうヨ。

 

 


タイムシート

新しいアニメーション技術には、旧来のタイムシートに記述できないテクニックがあまりにも多いです。モーションの24fps分解能でのタイミングを書き留めるくらいしかできず、いわゆる「作画上」も「ペイント上」も「撮影上」も、コンピュータならではの新しい技術をタイムシートには記述できないのです。

 

これはすなわち、どんなに新しい映像フォーマットが台頭してきても、タイムシートががっちりと昔の流儀に縛りつけて離さない‥‥ということでもあります。

 

いわゆるCutout Animation的な技術は、どうやってタイムシートに記述すればよいのか。まさか、全部、TB,TU,SLで記述するわけにもいかないでしょう。

 

Live2Dのようなキャラクターの「リグ」を組んだ動きはAfter Effectsでも可能ですが、タイムシートには全く記述できません。

 

そもそも3D空間のZ軸を記述することすらできません。

 

ピクセルモーション、ディストーション、三角メッシュやボーンで動かす時も、どこに何とも書けません。

 

フレームレートが24fps固定なのも、いかにも未来の展開上で危ういです。

 

 

例えば、納品は30pでお願いします‥‥なんていうオーダーは、ゲームのOPなどで2000年代の以前から存在しますが、24コマタイムシート上では何も対応できません。まあ、撮影上のテクニックでバックグラウンドで吸収してしまいますが、タイムシートがかたくなに24コマである以上、24コマの呪縛からアニメは逃れることもできません。

 

ちなみに、30p納品の技術は、未だに撮影を引き受けるグループによって技術格差があり、私が数年前に見た事例だと、まさかの「1234456788」で処理している作品がありました。納品した先のクライアントから「動きがシャクる」と言われたようで、そりゃ、当然ですよネ。「1234456788」で処理したら、PANなんてシャクるにきまっています。

*24コマで作っちゃった映像を30フレに変換するには、何らかの方法で4コマ分を5フレーム分に増やす必要があります。でも一番の解決策は、24コマで30fpsプログレッシブで作る方法ですが、それって案外普及してないんですよネ。

 

どうも、30pで納品してと言われたのに、24コマしか技術がないから、当初「WSSWW」のフィールド合成処理のプルダウンで納品したらしく、「絵が汚い」とダメだしをくらったので、仕方なく「1234456788」で処理したようです。‥‥で「納品拒否」をくらったその他社作品を、様々なトラブルの解決を含めて、同僚が作り直しの処理をしていました。

 

24コマタイムシートの世界しか知らないから、ちょっと違う映像フォーマットにぶち当たっただけで、すぐに対応不可能になる‥‥という事例を何度も見てきました。アニメ業界の結構な「弱点」であり、「触れられたくない部分」ですネ。

 

 

新しいアニメーション技術でもタイミングを記述するスプレッドシートは必要ですが、それはもはや「何コマ」の固定されたフレームレートはありません。秒は小数点で扱い、タイミングの分解能を24分割でラフに表現することはあっても、24コマ固定では一切ありません。

 

48fpsでも、59.94fpsでも、96fpsでも120fpsでも対応していく所存です。‥‥もちろん、納品フォーマットのフレーム数に応じて、制作費も制作期間もより多く必要になりますけど、対応できない制限はありません。

 

まあ、たしかに、タイミングを記述するシートは、フォーマットの策定が難しく、私も手を焼いていますが、テーマははっきりしています。

 

新しい技術を活用でき、新しい映像フォーマットに対応できること

 

命題が明確なら、いくつものアプローチで解決への糸口が見えます。

 

 

一方、「デジタル作画」では、そのへんの話題は「暗黙の御法度」みたいになっているようで、誰も口に出したがらないようです。

 

まあ、つまりは、新しい映像フォーマットの「ビジネスチャンス」を逃し続けるということでもあります。どんなにアニメ業界で触れたくない話題であっても、世の中の流れやビジネスはアニメ業界の弱点など考慮しませんから、徐々に、そして確実に、時代性を失っていく状況を招くでしょう。

 

アニメ業界が対応に足踏みしている間に、新しい技術をもった勢力が、仕事をどんどん引き入れて、実績と技術基盤を築いていきます。アニメ業界の作業者たちが、相変わらずの単価制度でスペックオーバーの仕事で苦しんでいる同時期に、新しい技術を持った人間たちは、有利な仕事をこなして、有利な状況をかたち作っていきます。

 

「そんなのズルい」と言っても、新しい技術を開発して基盤を確立する苦労は引き受けようとしないのだから、新しい仕事を新しい勢力に取られても、ズルくも何ともありません。開発にはたくさんのお金と時間が必要ですが、その対価を支払ってないのですから、新技術ベースの有利な仕事も手にはいるわけはないのです。

 

 

タイムシートは、いわば、アニメ業界・制作現場の今の姿を映し出す「鏡」とも言えます。

 

タイムシートのフォーマットの内容をみれば、アニメ業界のアニメ制作技術がどの段階かがわかります。どんなにデジタルデータ化しても、フォーマットが24コマフィルム時代のままだと、アニメ制作現場の技術レベルもその段階だ‥‥ということです。

 

タイムシートのフォーマットが根底から変わり始めた時、アニメ業界も根底から変わり始めるのでしょう。

 

 


ジェットエンジンだけぢゃジェット戦闘機にはならない

日本のアニメ制作技術が、欧米に比べて遅れをとっていると言うのは、確かに事実です。しかし、紙と鉛筆を捨て、「デジタルで今まで通りの原画と動画」を作業しても、欧米には全く追いつくことができません。

 

「作画作業用のコンピュータとペンタブ」を導入すれば、無条件に近代化できるわけではないのです。「欧米に比べて、日本は紙のままで、遅れをとっている」という論調は、実は全然、的を得ていません。私は自己研究の中で、線画までを紙で描き、動かす作業をコンピュータの各種機能でおこなっていましたから、「鉛筆だタブレットだ」というのは単なる入力メソッドに過ぎません。

 

要は、アニメの根本である、絵を動かす技術基盤を、コンピュータでリビルドしない限り、「欧米」には追いつけないのです。入力メソッドの入れ替えで解決する問題ではありません。

 

私が最近の「デジタル作画の盛り上げ」の風潮に全く気乗りもしなければ、同調もできないのは、その辺に由来します。

 

「日本は欧米に遅れをとっているから、デジタル作画で挽回すべし」というのは、いわば、零戦52型を無理やり改造して、ジェットエンジンを積んだ零戦71型を作るようなものです。そして、その零戦71型で編成されるのは、相変わらずの「特別攻撃隊」です。

 

だから、イヤなんだってば。

 

一番重要なのは、目先のペンタブやソフトの話ではなく、絵を動かす「技術の思想」そのものなんだってば。

 

私がもし零戦71型を「使い道アリ」と思うのならば、それは「どんな原型機でも良いから、ジェットを積んで試験飛行をする」とか、「旧型の機体にジェットエンジンを積んで、訓練飛行に使う」とかです。

 

実戦の、しかも主力装備として、ジェットエンジン型の零戦71型は、あまりにも虚しいと思っています。

 

 

零戦は何だか描く気がしないので(悲しい飛行機ですもんネ)、架空の日本機モドキで描きますが、現状の紙と鉛筆の作画を日本のレシプロ機に例えるなら‥‥

 

 

……のような感じです。いかにも小回りがきいて、ドッグファイトに強そうな感じです。

*ところどころ、柔らかそうなメカですけど。

 

そして、「原画と動画をデジタルで近代化だ」と言ってる未来像は、だいたい、こんな感じ。

 

ホントに、レシプロ戦闘機のエンジンを、ジェットに換装しただけです。用兵の思想も「格闘戦至上主義」を色濃く継承しています。

*実際、レシプロ機の絵の一部を消して描き直しただけです。

 

作画作業を、紙と鉛筆ではなく、タブレットで作業しよう‥‥というのは、「絵を生み出すエンジン」が「紙」から「コンピュータ」に変わっただけですから、別に何の嫌味でもなく、上図のような姿と言えます。実際、こういうレシプロ機の面影の濃いジェット機は実在しました。

 

飛行機をあまり知らない人は、上図のジェット機の「何がいけないのか」、よくわからないかも知れませんが、よりパワーの出るジェットエンジンの利点を全く活かせてない点が、イカんのです。「旧式な機体のスタイル」がジェットエンジンのポテンシャルを制限しちゃってるのです。

 

似たようなこと‥‥ですが、作画作業をコンピュータに移行しても、結局、実質的な内容が、紙と鉛筆の「作業スタイル」のままでは、コンピュータのパワーを活かせません。様々なコンピュータの機能を活用せず、紙と鉛筆の代用品にしている時点で、「ちょっと便利」くらいです。コピペが楽だな‥‥とか。

 

じゃあ、どんな機体のスタイル・デザインがジェットに適していたか‥‥というと、

 

 

‥‥のような後退角のデザインです。ジェット先進国のドイツで既に戦時中から研究が進んでいました。速度面で、レシプロ機の直線翼より効率的で有利でした。

 

作画に話を戻しますと、コンピュータのパワーにいち早く気づいたであろう欧米某国では、既に5〜6年以上前から「アニメ作画の後退翼」とも言える、様々な新しい作画技術を具現化したプロモーションビデオが完成していました。このブログでもちょっとだけ触れたことがあるかも知れませんが、当時仕事がらみで見て、かなりのショックを受けたものです。

 

欧米のソレは、ごく普通に、アニメの映像作品として成立していました。アニメの動かす新技術の合わせ技にとどまらず、カラースクリプトも徹底されていました。う〜ん、欧米パワー、恐るべし。日本でよく耳にした「Flashアニメ」とか言われていた映像とは、一線を画していたのです。それが5〜6年以上も前の話です。(多分、もっと前に映像は完成していたでしょうね)

 

私は当時(まあ、今も‥‥ですが)あくまで個人研究、欧米大手は会社のプロジェクトとして技術をどんどん構築していましたから、なんとも悲しく、侘しい感情に苛まれたものです。日本はいつまでたっても、発明と開発のできない国なんだなあ‥‥と。

*ちなみに、そのPVは、未だ世の中では公開されておりません。なので、私も詳しくは喋れません。

 

 

ジェットエンジンに動力源を変更するということは、様々な技術の革新が求められるのです。

 

同じく、作画の「エンジン」を、紙と鉛筆からコンピュータへと移行することも、様々な作画技術の革新が求められていきます。

 

単に「道具がペンタブになった。ソフトは何がいいかな」なんていうレベルを、「改革の目標」にしているようでは、はっきり言って、どうしようもない‥‥のです。

 

そして、先導役の人間たちが、「原画と動画をペンタブで作業しよう」なんて旗印を掲げているようでは、同じく、どうしようもありません。旗印は、「未来への行動の核心」を記すべきだと思うのです。

 

 

作画技術を近代化することは、原画と動画をペンタブで作業し、旧来のエコシステムの存続させることですか?

 

作画技術やシステムそのものを、未来の映像技術に適応させて、時代とともにアニメを産業として成立させ、アニメを末長く作り続けることではないですか?

 

 

私は、旧来の枠組みを取り払って、コンピュータのポテンシャルを引き出す新時代のアニメ制作技術を、地道に積んでいくことだと思っています。

 

今までのワークフローに固執し、枠組みに執着している以上、どんなに新しい「エンジン」が新開発されても、旧来の限界を突破することはできないでしょう。

 

旧来の枠組みを守りたいのなら、旧来のお金の問題もずっと引きずっていくしかないです。「日本のアニメーターは貧乏」なんていうフレーズを少なくとも私は30年前以上から聞き続けていましたが、それは原画と動画をペンタブで作画しても変わることはありません。デジタル作画だからって、単価が極めて優遇されるわけでも、5倍の効率を手に入れられるわけでもないわけですからネ。マシンのイニシャル&ランニングコストで、僅かな効率アップも相殺されるので、下手をすると、紙時代よりもマイナスに転じるフリーアニメーターも出てくるんじゃないですかネ。「デジタル作画」の話題の時は、そういう部分には綺麗に蓋をするよね‥‥。

 

 

旧来のセクショナリズムを撤廃した上で、コンピュータを導入してその優位点をふんだんに活用すれば、技術も、報酬も、大きく様変わりします。実際、私は今月後半から来月頭にかけて、短尺パッケージの原画全てと動画1200〜1500枚相当をひとりで作業することになりますが、それを今までの原動画技術でおこなうのは全く不可能ですもん。新技術だから引き受けられる仕事です。もちろん、報酬はその物量に対してのものなので、相応な額が出ます。

*ちなみに、技術の安易なコピペと流出を、「共有」とか「セクショナリズムの撤廃」とすり替えるのは、一番マズいので、取り扱いには十分注意したいですネ。流出によって技術を受け取った人は、それを「タダで手に入った」としか思わないもの‥‥なんですヨ。タダで手に入ったので、タダでさらにバラ撒いて、技術開発に金がかかるなんて全く思わない人種は、残念ながらそこそこ多数存在するのです。

 

しかも、キャラの中割りでのキャラ崩れもなければ、割りミスも色パカもなく、動きは中枚数など全く気にせずいくらでも滑らかに描写でき、今まであまりにも大変で避けてきた繊細な描写も可能‥‥と、作業する側も完成物を手にする側も、良好な相互関係を築けます。

 

私が進めている、そうした作画技術の発展計画を、上図の流れで飛行機に例えるならば、前述のコレを‥‥

 

 

下図のような‥‥

 

‥‥デザインへ進化させることを第1段階目標とします。

 

今までの「ドッグファイト用の機関砲」、つまり作画で動かす技術と同時に、ミサイルという新兵器、つまりトランスフォームやディストーション、ボーンや三角メッシュで作画する「新世代の武装」も併設し、機体はあらゆる空気抵抗を減らすため、より流線的に洗練=ワークフローを洗練させていきます。エンジンのパワーを速度に直結させるため、後退翼はいわずもがな‥‥です。

 

次は、データベースをガッチリ組んで、「全天候型レーダー」的な作業ができる‥‥

 

 

‥‥のような形態へと進化したいです。

*これでも、まだ日本機モドキのパーツはかろうじて残っています。胴体のパネルの一部‥‥とか。

 

そして、できれば6〜8年以内に、もはやレシプロ機の面影などどこにもない‥‥

 

 

‥‥のようなレベルまで進化できたらと思います。これでも、まだまだジェット機の歴史で例えれば、ジェット第2世代くらい‥‥ですもんネ。

*原型の日本機モドキからは何も流用せず、全部消して描いたら、こんな粗うなってしまいました。

 

F-14や15、F-16や18、フランカーやラプターやF-35なんて、高望みなんてしません。まずは第2世代のジェット機レベルまで、アニメの技術を進化させるだけでも、2020年代前半は上出来と思います。

 

 

このブログは文字で書くがゆえに、文字で何かを伝えるメディアですが、こうした「発展の理想」は、何よりも作品の表現で日々実践していけば良いと思います。

 

今年は去年以上に、色々と発展できそうな予感。やっぱり、ピンチの時代はチャンスの時代なのです。

 

もう、可愛いキャラでも、リアル風なキャラでも、キュートでもハードでもヘヴィでもクールでもkawaiiでも、何でも実践するものは実践していきます。自己研究はそろそろ切り上げて、次なるフェイズに突入せねば‥‥です。

 

「業界の総意」がどういう意向や流れでも、結局は自分たちの会社、自分たちのグループ、そして自分‥‥ですよネ。まず、そこを大事にして発展させていかないと。

 

 

 

 


ペン先の替え時は。

Apple Pencilのペン先は、果たして、いつまで使えるのか。

 

中は空洞の円錐になっており、本体からは金属の円柱が伸びているので、円錐が磨り減り過ぎて穴が空く以前に交換しないと、金属の円柱が接触し、ディスプレイ表面を傷つけることになりそうです。

 

いつ変えるのがベターか、その見極めどきが難しいです。磨り減っていても特に不都合なく描けちゃいますしネ。

 

気になってネットで調べて見たんですが、使い過ぎて穴があくと、金属が露出して、やっぱり、ディスプレイを傷つけるらしいですネ。

 

ただ‥‥、磨り減った写真をみると、なにか、不自然な減り方なようにもみえます。かなり荒いヤスリで削ったような‥‥。どう使えば、ガタガタな減り方をするんだろう。それとも、金属を露出させるために、わざとヤスリで削ったのかな‥‥?

 

私の減り方は、均等に円錐状に磨り減っていきます。

 

 

 

 

ちなみに、Apple Pencilは、「ボタンがついてない=ショートカットが割り当てられない」とか「消しゴム機能がついてない」とか言われますが、そこが良いところなんです。Wacomのペンみたいじゃないところ=鉛筆やシャープペンのように細く、適度な重さがある‥‥のが凄く良いのです。

 

愛用していた925とかにちょっと似ているのです。

 

ショートカットはジェスチャーでほとんどカバーできますし、消しゴムは指先に割り当てて消した方が(Apple Pencilは指先と使い分けできる)作業性が高いです。(‥‥まあ、ソフトウェアの設計に依存するんですけどね)

 

ボタンは便利なように思われがちですが、ボタンがあるとペンの円周上に方向性=裏表ができちゃうので、わたし的には、今のデザインと機能のほうが好みです。以前、ステッドラーの925を買うと、クリップを即座に外して指のひっかかりを防止してましたし、他のシャープペンも同様でした。クリップが外せないシャープペンは避けて買わないほどでした。

 

 

写真を撮るために並べて見て思いましたけど、何だか、私の愛用する道具は、皆、似たような太さですネ。

 

人それぞれ、色々と意見はあるでしょうが、私は「Apple Pencilは今のままで良い」と思っています。追加で違う趣向のペンが出ても面白いとは思いますが、今のペンの表面上にゴテゴテを機能を付けて新機種に刷新されちゃうのは、勘弁してほしい。「今のままが良い」というユーザの声も、反映されるといいなあ。

 

 



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