新しいの

‥‥が出ましたね。iPad Proではない、Apple Pencilが使えるヤツが。

 

これで、実質、すべてのiPadでApple Pencilが使えることになりますネ。

 

 

 

仕様を見比べると、iPad Proと、iPad Airやminiとで、細かい点が違うのがわかります。

 

要目 iPad Pro 11インチ iPad Air iPad mini
Pro Motion × ×
高色域(P3)
Apple Pencil 第2世代 第1世代 第1世代
ビデオ録画 4K60p HD(2K)
fpsは明記無し
HD(2K)
fpsは明記無し
純正キーボード 有り 有り 無し
厚さ 5.9 6.1 6.1
解像度 264ppi 264ppi 326ppi
認証 Face ID Touch ID Touch ID

 

 

軽く絵を描いて、打ち合わせにも使う‥‥という点において、iPad Airとminiはもはや旧機種とは一線を画した「使えるモデル」だというのが、仕様からも解ります。

 

「実際の作画作業には?」と問うと、13(12.9)インチに達しない時点でどのモデルも作画作業のプロ用途には厳しいです。

 

しかし、アイデアメモ、あらゆる場所でのスケッチや落書き、打ち合わせでのPDF絵コンテへの書き込みなど、「サブ用途」であれば、もはやiPad Pro 11インチの存在意義は、Airやminiに相当「喰われた」状況となりましたネ。

 

iPadの「軽くて持ち運びしやすい」やつを欲している人だったら、

 

「アイデアを書き留める」

「ファミレスでノート代わりに使う」

「打ち合わせで絵コンテに絵や文字を書き込んで使いたい」

 

‥‥などのニーズを満たせるであろうことから、iPad Airは断然オススメできる機種だと思います。ミニサイズが良い人はminiでも。

 

私は先代のAirを設定や絵コンテビュワーとして使っていますし、「Apple Pencilの使えるiPad」を打ち合わせに使うこともありますので、それらよりも性能向上した新型のAirやminiは相当使えるはずです。

 

また、Apple Pencilの第1世代第2世代の差はどうか?‥‥という話で言えば、実際に毎日両方使っている身からすれば、「どっちも変わらない」のが本音です。充電時の「お尻に刺すか、磁石でくっつくか」は重大な差にはなっていませんし、タップでメニューが出るのも大した差ではないですし(私が昔のに慣れている‥‥というバイアスはありますが)、書き味に変化を感じたこともないです。

 

 

 

私がちょっと残念に思ったのは、miniのカメラが2Kビデオだったことです。miniが4Kビデオで強力な手ブレ補正だったら、綺麗な写真&ビデオメモさえ可能な、小さなバッグにすっぽり入る「映像制作者のお供」になっただろうに‥‥と思います。

 

iPad Proや最近のiPhoneの、2160pの60p〜1080pの120fps〜720pの240fpsのビデオ撮影能力は、実は意外に、アニメの作画の参考になりますヨ。

 

でもまあ、映像制作者視点や作画作業視点で優劣を語るのも変な話。まずは、どのiPadでもApple Pencilが使えるようになったことを、素直に喜びましょう。

 

サウンドIFを繋げば、軽い宅録もできるでしょうし、夢は広がりますネ。

 

 

 

ちなみに、新しいAirもminiも、Lightningコネクタで、ちょっと安心。しなやかなケーブルは良いです。

 

USB-Cのケーブル(特にサードパーティ製)は、現時点でゴツくて使いにくいものが多いです。机の上のものを「なぎ倒す率」が高い。

 

*しなやかで控えめなLightningケーブルに比べて、USB-Cケーブルはかなりゴツくて机の上でも存在感があります。

 

また、Face IDの認証も「いちいち顔をカメラに向けて、ある程度の明るさも必要」となり、かえって面倒になった感がありますので、新しいAirとminiのTouch IDはわたし的には好感が持てます。ミー文字とかで遊びたい人は残念かも知れませんけど‥‥。

 

 


高画質時代への備え

スタイロス(最新バージョン)の「モーションチェック」において、大きなサイズ(4Kとか)でQuickTime出力すると内容が真黒になる障害があります。サイズを50%にして2Kに抑えると、正常に書き出すことが可能となります。

 

最初、何がマズいのかわからなくて、シートやアルファチャンネルを確認したのですが、ソフトウェア上の問題(内部的に上限を設定してるのか?)だと判明して、作業フローで対応しました。

 

あくまで「モーションチェック」での不具合なので、連番の書き出しでは正常に4K等の大サイズで書き出すことができます。ただし、単一のムービーファイルは「書き出し」管轄だとFlashしか書き出せないので、これまた悩ましいです。

 

まあ、ソフトウェアも色々と「曲がり角」ですネ。

 

 

 

ちなみに、スタイロスから出力するオフライン用途の線画ムービー(=前述のモーションチェックからの出力)は、QuickTimeのProRes422LTで出力しています。そこそこ綺麗なわりに低容量なので、ProResを使える環境でオフライン用途だったらオススメです。

 

ProResは現在の私らの標準ムービーフォーマットで、ProRes4444を常用するようになって既に結構な年数が経過しました。品質も含めた信頼性は抜群です。同じ10bitのDPX連番と重ねてON/OFFして比較しても、全く同一と言って良いほどの画質を誇りますが、容量は遥かに低容量なので、コンポジット出力最上位のムービーファイルとしてProRes4444は最適です。

 

ProRes4444はさらに4K時代に適した「XQ」も用意されているので、当分はProResでイケそうです。

*ただし、After EffectsからXQはいまのところ書き出せないんですよネ‥‥。XQはAppleがAdobeに提供するのを渋っているのでしょうかね?

 

昔、HDCAM(SRではない無印)で運用していた頃と同等の画質は、ProRes422(無印)です。ビットレートもほぼ同じですし、絵の荒れ方も大体同じです。HDCAMや422のトーンジャンプに悩まされないためには、やはりProRes4444以上を使うのが良いですネ。422のHQでもちょっと危なっかしいです。

 

QuickTimeのWindowsサポートが終了して「脱QT」が盛り上がったのは数年前。‥‥とは言っても、他のフォーマットやコーデックに移行して画質が劣化するのでは残念な限りなので、ProResコーデックはまだしばらくは手放せません。

 

以前AvidのDNxHRをテストしたことがありますが、絵は目に見えて荒れることなく綺麗でした。ただし、容量はProRes4444よりさらにデカいので、その辺は覚悟して、制作現場のインフラの拡充は必要になりましょう。容量がデカくなるということはサーバの容量だけでなく、通信速度も10Gbpsなど、相応に大きく速くすることが求められます。デカいトラックを高速に走らせるためには、道幅も広げないとダメ‥‥ということです。狭い道路のままだと渋滞しちゃいますもんネ。

*DNxHRは、素でディザ処理をするようなので、圧縮効率はProRes4444よりもかなり低めなんでしょうネ。

*最近のアニメーションロスレス圧縮(昔からあるヤツ)も、ディザ処理が入っているのでトーンジャンプが出ないのですが、容量は8bitのわりに極めて大きく、とても未来のコーデックには適しません。昔はディザなんて処理してなかったのに、After Effectsから出力する場合に限って‥‥なのかな?

 

 

 

未来はこうして、今までのソフトウェアが新時代の基準から脱落したり、インフラの拡充が必要だったり、「金、金、金、金、金」の連続です。2010年代の10年間を「のほほん」と今までの環境のまま過ごしちゃった人や集団は、2020年代には結構大きなツケが回ってきます。

 

なので、ちょっとちょっとの地道な環境更新を実施して、巨大過ぎる環境入れ替えが一度に来襲するのを防いだほうが良いです。

 

「高品質なんて必要ない」といくら強がっても、例えばスマホを毎日使っている人はそもそも「通信手段の高品質」を享受しているわけで、いざ自分の職業だけ別待遇で「高品質拒否」をしようとしても、まあ、そう都合よくはいきませんよネ。時代の技術進化は、すべて相関関係にあることを、自分の職業のリアルな毎日にも当てはめて考えることが求められましょう。

 

高画質時代への備えは、一度には無理でも、ロードマップを描いて、徐々に実践していくことで現実味が生まれます。未来を一括払いで手に入れるのは難しいですが、分割してパーツごとに揃えていくことは可能です。

 

 


家計簿のゆとりちゃん

「ゆとりちゃん」って、アニメにもあったんですね。2019年現在、検索にかけると、アニメのほうがひっかかります。

 

私が前々回で書いた「ゆとりちゃん」はコレ。

 

 

画像荒いなー。

 

アマゾンの表記によると、販売開始が1999年とのことです。MacOS、PowerPC全盛のころですネ。

 

このソフトだけのために、2000年代の後半まで、MacOS9で動作するマシンを保持していました。OSXに他が全部切り替わった後もネ。

 

マムレターも途中でふにゃふにゃになり(VM ware Fusionのバージョン移行時にデータを喪失しました)、挫折していた数年ですが、来月からはクラウドの会計ソフトを始めます。

 

 

 

私は意外に、細かい操作が必要なシムシティとか戦略シミュレーションが好きなので、実はそんなに家計簿付けは苦にならないようです。かつて「野人」「獣」と呼ばれた自分でも驚きですが。

 

人間の一生って長いな、果てしないな‥‥と思っていたら、もうアラウンド50。

 

今年は、身の周りを一旦整理して、これからの時間の使い方を大幅に見直そうと思っていた矢先に、クラウドの会計ソフトがかなり良いと聞いて、時間だけだなく、お金も含めた運用方針を心機一転して実践しようと思います。

 

アニメーション映像制作の事業も、自分の事業も、これからは広げた風呂敷の上でどう展開するか‥‥ですネ。広げたのに、何もしないで畳むのは、アホみたいですもん。

 

松本零士調ですが、「限りある命を大切に」です。

 

 


雑感

私は、レイアウトチェックをスキップして原画を2者に分割する「1原2原」にはどうしても構造上の欠陥があると考えています。

 

なによりも、レイアウトのチェックができなくなる点です。今、レイアウトチェックって、実質死んでしまったのですかね。

 

第1原画は、レイアウト+ラフ原画+シート‥‥で、レイアウトと同時にラフ原画まで描くので、描く側は「レイアウトの変更があった場合、ラフ原が全直しになる」という恐怖、チェックする側は「ラフ原を描いてもらったので、レイアウトの直しが気が引けてできなくなる」という状態に陥っています。実際、そういう場面は何度もありました。

 

第2原画のほうは、「原画の仕事はないですか」という問い合わせではなく「第2原画の仕事はないですか」というのもあると聞いて、愕然としました。「原画の仕事を問い合わせて、第2原画ならあります」という流れではなく、最初から「第2原画決め打ち」で仕事を欲しがる人がいる‥‥という現実において。

 

もう、もとには戻らないのかな‥‥。

 

原画の第1第2工程が既成事実となって、今や第2原画もれっきとした工程のようにフィックスされて、もし以前のカタチに戻そうと統合しようものなら、「第2原画で生活している人もいる」とかの論調が巻き起こりそうです。

 

総々作監、作監十数人にしても、もとのカタチに戻す努力をしても良いんじゃないかと思いますが、「必要だから存在しているんだ」と言う論調もあるでしょう。

 

従来の現場の出来事は、従来の現場の人間が主導して解決していくべきで、私が口を挟むこともお節介だなと思います。

 

 

 

アニメ業界を親方のように慕って、親方の決めた枠組みでしか生きられない自分。親方に異を唱えて、枠組みの限界を突破するのが、そんなにダメなことなのかな。


世界規模の新しい技術が活用できる場面において、それすらも「業界がお気に召すように献上」するのか?

 

だったら、ずっと、親方=業界のいいなりのままだよ。

 

 

 

親方=従来のアニメ業界はずっと健在なのでしょうか。

 

アニメは産業ゆえに、時代の流れによって、浮き沈みもありましょう。

 

過去、旧来技術に固執するあまり、時代についていけなくなって、衰退した産業はいくらでもあります。

 

 

 

私は、アニメ業界の主流に同調せずとも、アニメを作って未来に生き続ける道を模索したいです。やっぱり、作監が1話に十数人クレジットされるのは異常だと思うし(「監督責任」をとれないじゃん?)、「1原2原」でレイアウトチェックが死んでしまった現実を受け入れられません。

 

原動仕美撮と言うカタチを崩して新しいカタチに変えても、絵を描いて動かす人は不動、色を彩る人も不動、情景を造り出す人も不動、コンポジットする人も不動です。ただ、原動仕美撮というスタイルではなくなるだけで、人間の力は不動です。

 

新しいワークフローには、レイアウトを吟味する工程がちゃんと設けられています。動きの根本を専門に扱う工程、絵を綺麗に整然と動かす工程、階調トレスを扱いHDRでペイントする工程、ランドスケープ(景観)を作り出す工程、舞台のレイヤー構造を組む工程、ビジュアルの様々な効果を生み出す工程、その他にも色々と工程が継承されたり新定義されています。

 

私は今までよりアニメ制作にはお金がかかるようになると思います。たとえ新技術を導入しても、4KHDRの時代にふさわしい丁寧で美しいアニメを作りたいですから、お金が従来より多くかかるのは当然です。人件費も機材費も今までの枠に収まるわけがない‥‥と、私は実感しています。

 

 

 

でも、まあいいか、もうこの話題は。

 

従来現場をどうしていきたいかは当人たちが決めるべきだし、新しい現場も当人たちが構築していけば良いだけのことです。

 

お金の問題も全部含めて、「誰かが変えてくれるのを待つばかり」だから苛立ちもするのです。

 

当事者の行動こそが、未来を変えていけると思います。

 

 


ゆとりちゃん消滅以後

私は昔、MacOS9の時代に、いや、MacOS9の時代が終わってもMacOS9で、「ゆとりちゃん」という家計簿ソフトを愛用していました。自分のお金の使い方が、数字だけでなくグラフで解るので、日々の自分の浪費傾向が自覚できたのです。

 

しかし、ゆとりちゃんを維持するだけにMacOS9のマシンを維持するのがどんどんつらくなって、10年くらい前にディミヌエンドしていきました。

 

キモチを立て直し、Windowsの仮想環境でマムレターという家計簿ソフトを心機一転使い始めたのですが、Windowsの仮想環境をバージョンアップする際にうやむやになってしまい、これまた挫折。

 

ゆとりちゃんがOSXでも使えていれば、何も問題なく続けられたのですが、Macの弱いところはまさにソコで、家計簿や年賀状印刷などの家庭の事務的なソフトの選択肢が異様に弱く、OSX以降は事実上、家計簿ソフトが消滅してしまったに等しく、すっかり家計簿をつける気が削がれたままでした。今思えば、月々の集計だけでもNumbersの表計算で雛形を作ればよかったのかも知れませんが、ゆとりちゃんが忘れられないまま、ズルズルと今まで引きずってしまいました。

 

そして今。クラウドの時代。

 

最近、青色申告で65万控除をしたフリーランスの監督さんから、クラウドベースの会計ソフトがかなり使えることを聞き、調べてみると、新しいのから古参まで色々と、WinだけでなくMacにも対応していて、充実した機能の会計ソフトが使用できることを知りました。

 

すごいね。‥‥時代の進化は。

 

昔の状況〜特定のマシン(=ソフトをインストールしたマシン)でないと家計簿などの一貫した会計ができない、OSの変化に常に揺さぶられる、ソフトウェア会社の方針変更で大打撃を受けることがある‥‥などのリスクが格段に減るのが、なんとも嬉しいです。

 

私は、単に自身の会計ソフトとして、4月から早速使おうと思います。

 

 

家計簿はね‥‥。つけないと、生活が荒れますヨ。お金の使い道を、どんぶり勘定でしか把握できないんだもん。当然ですよネ。

 

最近のアニメーターの業界問題に対するツイッターでのやり取りをみていて、思いの外、アニメーターをはじめとした現場のスタッフは「親方日の丸」意識が高いことに驚きました。「親方」とはアニメ業界であり、フリーランスであっても、まるで国家公務員かサラリーマンのような考え方をしていて、結果、「国家公務員のハンデ」と「フリーランスのハンデ」を引き受けちゃっているような状態‥‥と感じました。

 

フリーランスは、まさにフリー。個人事業主として、事業を「自由」に展開できることが、大きなアドバンテージであるはずですが、アニメ業界をまるで親方のように無意識に据えているのは、人生における大きな損失ではないでしょうか。アニメ業界の枠にずっぽりハメられて身動きできないのは国家公務的、昇給も賞与も保証もないのはフリーランス的‥‥では、「やられっぱなし」です。

 

私の両親は国家公務員だったので、家庭に漂う日々の生活の信条もどこか国家公務員的でした。どんなにプチサイズでも、起業する、事業を起こす‥‥といった意識が希薄で、私も20代までは無意識に「親方日の丸」的に行動していたと思い起こします。「学校」というシステムも、そうした「システム組み込まれ意識」に拍車をかけたと思います。学校では何かを打ち破る戦術論・戦争論など教えないですもんネ。

 

ちなみに、私らが現在4KHDRのプロジェクトに従事しているのは、年功序列で忖度の結果ではなく、自費で数年かけて研究を重ね、しかるべきタイミングで「打って出た」からです。じっと待ってさえいれば、何でもエスカレーターが運んでくれると思うな‥‥ということです。組織の中だろうが外だろうが、起業精神は必要ですヨ。技術屋意識だけでは限界があります。

 

とは言え、何を実践するにも、自腹であっても、「金」が必要です。自分のお金を細かく把握し、分析できていなければ、「金」などいつまでたっても「運用」できないでしょう。

 

「金」をどんぶり勘定=月々の出納でしか把握できておらず、申告も税額の大きい「白色」でしかおこなわないのは、合理的とは言えませんよネ。とあるフリーランスの人は、「お金が苦しいのなら、なおさら青色にしないとダメでしょ」と言います。アニメ業界の人々がお金に困ること多いのは、アニメ業界の低い報酬額もさることながら、自分の月ごとや年次の会計を自己分析していないことも、かなり大きな原因ではないか‥‥と話していました。年収が少ないのなら、むしろなぜ、青色のやりかたを覚えないのか?‥‥と、自分でやり方を覚えて青色65万控除をした人は言います。

 

フリーランスであろうが、会社員であろうが、「アニメ制作の産業」に関わる以上は、自分の能力を常にベースと考え、自分自身で「発展を盛っていく」取り組みが必要だと思います。

 

私も、4Kなどの取り組みは進めていたものの、他のプロジェクトや個人的な取り組みが以前より鈍化していたのは、自身の「お金」を詳細に把握していなかったことも大きな原因と自覚します。家計簿ソフトを使っていた頃は、手に取るように、自分の「お金の使い方」がわかりましたもんネ。

 

なので、月額を払って、クラウドの会計ソフトを使おうと決めました。ゆとりちゃんの代わりとして。

 

ここ数年の生活の乱れを直視することになり、結構ツラいものがあるでしょうが、フタをし続けても未来のビジョンが鈍るだけです。ゆとりちゃんを使っていた頃にリセットして、頑張ろうと思います。

 

お金って、現代社会の「兵站」みたいな側面を多分にもつじゃないですか。

 

ここ数年の私は、技術開発にかかりっきりで、兵站を軽んじていた傾向がありますので、ここはひとつ、10年前にはなかった現代の強みの1つ=クラウドを利用して、まずは自分の兵站の分析から再スタートしたいと思っています。

 

 

*注記)

初心者の頃は、経験も技術も知識もないのですから、どうやったって自立なんて無理です。ここで書いているのは、キャリアをある程度積んだ状況が前提です。動画もコンポジットも、全くの我流では仕事などできませんから、制作集団の内部に入って、まずは基礎を積むことが必要です。

基礎をマスターすれば、徐々に「やりかた」がわかってきて、「攻め方」もイメージできるようになりましょう。

 


ボールペン

私は、万年筆に関しては「定番」と呼べる銘柄を自分の中で確立しているものの、ボールペンに関しては半世紀を生きても不定です。使おうと思うと、インクが出ない‥‥という体験が多く、どの会社のどの製品が信頼性が高いのかが、未だによくわからないのです。

 

もちろん、万年筆もインクがでないことはしょっちゅうですが、理由もわかりますし復活方法も手馴れているので、頼れる製品は定着しています。私はペリカンが好きで、ラミーのカリグラフィ用も使いますが、日頃使いで一番信頼しているのは、何と言ってもプレピーです。

 

 

 

1本単体だと300円くらいの「安い万年筆」ですが、しばらく放置してたまに使う程度でも、まるでサインペンのようにいつでも書ける!

 

私はペリカンやラミーではコンバータを常用していますが、その理由は頻繁にインクの水分が揮発して書けなくなるので、「ちゅう〜」とインクを吸って復活させる必要があるからです。カートリッジだと不経済なのが理由です。まあ、毎日使う人こそ万年筆が似合うのでしょうけどネ。

 

しかし、このプラチナのプレピーは、どういう技術かよくわかりませんが、万年筆なのにインクが乾いて書けなくなることがないです。書き味だって、普通に万年筆です。なので、万年筆のインクをさっと使いたい時は、メンテが不要なプレピーを使うことが多いです。

 

 

 

「消せない文字」用途なら、プレピーで決まり!‥‥のように思えるのですが、「複写」が必要な場合は、万年筆には全く不向きです。万年筆の筆圧では、複写は無理ですもんネ。

 

なので、プレピーのように、いつでも確実にインクがでるボールペンを常備したいと思っています。

 

携帯用はステッドラーのアバンギャルドを愛用していますが、だからといって、頻繁に鞄から出して使っていると、外出した時に鞄に入ってない!‥‥なんてことを、私はやってしまうのです。そういう些細な場面での管理能力が私は異様に劣っているので、携帯用は携帯用として鞄に定着させたいです。

 

机に常備するボールペンで、確実にいつでも使える製品はないのか。

 

最近、「加圧式」という何やら「インクの推しの強そうな」ボールペンがあることを知り、試しに買って使っています。

 

コレ。その名も「エアプレス」

 

 

 

書いた感じは、特に「エアプレス」を感じるものでもなく、至って普通です。耐久性も長く使ってみないと判らないので、まずは数ヶ月間〜1年のんびり使ってみようと思います。

 

濡れた紙にも書けるというのは、凄いですね。‥‥まあ、そういう場面があるかは別として。

 

 

 

 


なびきと目パチ

相変わらず、従来技術のアニメ制作現場では、「多重組み」「複合組み」のトラブルが頻発しているようですが、キャラクターデザインから考え方を改めなければ、「多重組み」のトラブルは絶対になくなりません。

 

「多重組み」を引き起こした本人が修正して責任を持つべき‥‥というのなら、「本人」とはすなわち、「多重組み」が絶対に発生するデザインをしたデザイナーでしょう。

 

髪の毛に目が透けるデザイン(=髪の中に目を書き込み)だったら、顔Aセル、目パチBセル、髪の毛のなびきCセルで、100%「多重組み」は発生します。

 

原画マンが「目パチのタイミング」を髪の毛のなびきの一定区間に必ず限定して、セル番号もちゃんと事前に振っていれば、「意図した多重組み」によって絵の破綻は防止できます。

 

●目パチの区間だけリピートをバイパスする

*セル番号の模式図ですので、「1コマ打ち」というわけではないです。適宜、2コマや3コマに読みかえてください。

*当然ですが、目パチできるタイミングは、髪の毛のリピートの「C4,5,6」の区間に限定されます。

*同じく当然ですが、目パチの「コマ打ち」は髪の毛の「コマ打ち」に完全にシンクロする必要があります。

 

 

しかし、「目パチのタイミングは、ここじゃなくて、こっちにズラして」と演出さんがタイミングを変えたら、その時点で原画マンの「意図した多重組み」は総崩れとなり、「目は閉じているのに、髪の毛の中の目は開いている」という「テクニカルエラーとしての多重組み」となります。

 

それでも、エラーの当事者は原画マンなのでしょうか。「テクニカルエラーとしての多重組み」を問われるのは、原画マンなのでしょうか。

 

あまりにも理不尽過ぎますよ。

 

もうね‥‥、こんな話題でトラブっている時点で、従来の現場はダメなんよ。「多重組み」は本人が修正すべき‥‥と言いつつ、その本人とは誰なのかも曖昧。

 

原画マンは、キャラ表に描いてあれば、よほどのことがない限り、デザインを守らなければなりません。「よほどのこと」が、まさか、目パチ&髪の毛のなびき?

 

「テクニカルエラーとしての多重組み」を原画マンの作業範囲で100%回避できるというのなら、その方法をちゃんと明示しないと説得力がないです。

 

私の見解では、どんなに原画マンがタイミングに気を使って、セル番号をちゃんと振っても、後でタイミングの変更があったり、そもそもデザイン上で「多重組み確定」で、さらには髪の毛や目に作画修正が入って設計意図が崩れたら、もはや原画マンの「テクニカルエラーの修正の保証対象外」です。

 

 

ちなみに。

 

現在作業中の作品で「多重組み対策」として実践しているのは、「デジタル作画」と呼ばれるカテゴリのカットにおいては、

 

髪の毛の奥側の目は透けない=目の書き込みはない

肌や目に、髪の毛の影は落ちない

 

‥‥という処理です。かなり割り切ったデザイン上の処理にすることで、どんなに目パチのタイミングをズラそうが、変則タイミングだろうが、髪の毛のなびきに関する「テクニカルエラーとしての多重組み」は100%発生しません。

 

一方、新しい技術を用いるカットでは、

 

髪の毛の奥側の目はコンポジット処理で美しく滑らかに透ける=目のトレス線かきこみだけの処理とは大きく異なる

タイミングは自由自在

肌や目に髪の毛の影が落ちてもOK=髪の毛の影が肌や目に落ちる場合は、コンポジット処理

 

‥‥です。そもそも「組み」が存在しません。レイヤー重ね、もしくはマスクワークで、コンポジット技術上で実現します。

 

 

残念ながら、従来の現場では、

 

原作のキャラに縛られて、アニメのキャラデザインをセルワークに最適化できない現実

マスクワークに関する処理の指示は、旧来のタイムシート用語では確立できていない

レイヤーを全て分けられるほど、手間もかけられないし、お金もかけられない

 

‥‥という状態です。

 

クライアントの無茶なオーダーに、意に反してキャラデザインを合わせなければならないこともあるでしょう。マスクワークの指示方法は、「T光」くらいだけで、より高度なマスクワークはタイムシートでは伝達不可能です。キャラのカットだけ豪勢に贅沢にレイヤー分けできるほど、アニメの現場には余裕はないです。

 

ですので、現状のアニメ制作現場では解決しようがないです。アニメのキャラは美少女キャラ合わせでどんどん複雑になる一方で、新しいセルワークや処理が業界全体に標準化されるわけでもなく、ただひたすら「根性で作画」「根性で仕上げ」「根性で撮影」体質だけで支えているのですから。

 

ゆえに、状況がわからない人は延々と「原画マンがルーズだから」と思い続けて、現場の不信感は増す一方です。‥‥ダメになり始めると、とことん、ダメになっていくよねえ‥‥。

 

じゃあ、どうすれば良いのでしょう。

 

少なくとも、ツイッターで文字を書き込むだけじゃ、改善など不可能ですよネ。焦燥感、飢餓感だけが煽られるばかりで。

 

「テクニカルエラーとしての多重組み」を「意図した多重組み」へと改善するにも、何らかのアクションは必要でしょう。旧来の現場を大切に想う当事者、旧来の現場でこれからも飯を喰っていこうと思う当人が、重い腰を上げてこそです。

 

 


老化

子供の頃、何が嬉しかったかというと、「昨日できなかったことが、今日できるようになった」という実感、そして、その実感ゆえに、「今日できなかったことが、明日できると思える」ことです。

 

一方、歳喰って、何が悲しいかというと、「昨日できていたことが、今日できなくなっている」こと、そして、「今日できていたことが、明日できなくなるかも知れない」という不安と恐怖に日々晒されることです。

 

これは個人の問題だけではなく、技術や産業にも当てはまります。

 

アニメ業界のアニメ制作現場は、成長を続けているのか、老化へと進んでいるのか。

 

もし、以前可能だった技術や段取りが不可能になって、違う手段〜パッチあての作業で取り繕っているのだとすれば、確実にアニメ業界の老化は進行していると思われます。

 

まあ、色々と個人の実感や見解、感想はありましょうが、私自身の実感としては、アニメ業界の従来技術は確実に老化へと向かっていると感じます。過去可能だった色々な技術が現在不可能になっていたり、様々な新しいことへの柔軟性を著しく欠いていたり、いつだかに身につけたプライドにすがっていたりと、老化を示す要素はいっぱいあります。

 

自分が若い頃、爺さん世代のどんな面に呆れていたかと思い起こせば、「新しいことなんて必要ない。今までのやりかたで十分だ。新しいものは、胡散臭くてインチキだ」‥‥みたいな論調に凝り固まっていたことでした。「なんか、不自由ですね。新しい何かを取り入れてみて、良い部分は吸収し、悪い部分は直したり抑制すれば良いだけですよね?」と思っていました。

 

私に限らずとも、現在40〜50代の人が若かった頃、爺さん世代の「思考の凝り固まり」に対して、辟易していたんじゃないですか。‥‥そして、「若かった自分が歳をとった今」、似たような「凝り固まった老人」へとどんどん突き進んでいる‥‥のではないですか。

 

歳をとること、技術が成熟したことが、「新しいことを拒絶し、学ぼうとする謙虚さを忘れる」ことと同義なら、なんと絶望的なことなのでしょうか。

 

 

でも、希望なのは、肉体の老いと、ココロと技術の状態は、必ずしもシンクロしないことです。

 

歳をとることが、色々な視点から分析する慎重さを獲得することと同義なら、そんなに悪いことでもないです。

 

まあ、慎重さは、経験に頼りすぎて極性化(「こうあるべきだ」という強い思い込み)へと変質する危険性も持ち合わせているので、慎重さをさらに俯瞰で吟味する慎重さ(トンチみたいな話ですが)にも、年の功を活かしたいですネ。

 

 

新しい何かを盲信するのはよくないです。

 

新しい何かを頑なに拒絶するのもよくないです。

 

新しい何かを、ジャンクで稚拙で胡散臭いものだと捉えるのも、いかにも老いた証拠です。

 

例えば、AIを「完全に人と同じことが出来て、無人化を達成できる」なんて盲信するのは愚かだと思う一方で、AIの「何から何まで気に食わない」と拒絶するのも愚かです。AIの有用・有効な部分は取り入れ、人間じゃないと出来ない部分は人間の能力を用い続ければ良いだけのこと‥‥でしょ。

 

アニメ作品制作の初期、例えばテレビアニメの1960年代、アニメは今のような技術と品質を獲得していたでしょうか? 思い出しましょうよ。相当な、技術不足で、品質も危うかったですよネ。

 

過去の至らなかった自分(自分たち)を顧みずフタをして、謙虚さを忘れ、傲慢になって、新しい何かをあざ笑うのは、いかにも老いた証しです。

 

 

アニメ業界の老化なんてイヤですか?

 

だったら、まずは「古い習慣」から抜けて、ココロと技術の「錆びついた」状態から脱出しないと。

 

 

 

 


「付加」価値

すごいツイートを見かけました。

 

私のオスプレイ発言が話題になっていますが、鉄の塊15トン15万円が、なぜ200億円になるのか?経済的には、それを付加価値と呼ぶ訳ですが、その付加価値なるものの中味を詳細に分析する必要があるのでは、という問題提起です。なぜなら、国民の皆さんの税金で買う物だからです。

 

私は前後の経緯を知りませんし、ツイートした議員さんも知らないし、文章を分割して言葉尻を論う気もないですが、「鉄の塊が15万円が、なぜ200億円になるのか」というのは、何か、どんな時でもどこにでも生じる「人間の心理」を物語っていて、興味深いです。

 

もちろん、文中では「付加価値の中身を分析」とあるので、オスプレイの材料費が15万円(かなり無理がある試算とは思うけど)なので200億円は高すぎると主張しているわけではない‥‥のは判ります。

 

 

ただねえ‥‥。この言い回しをあえてする必要があるのか

 

15万円と200億円とのものすごい「ギャップ」を強調して、嫌悪感を煽ろうとする意図のほうが見え隠れしますが、私はそういう政治的なことよりも、どんな理由であれ、「材料の原価」を持ち出して論じる人間の心理のほうに、深刻な問題を感じます。

 

 

 

作画の人間は最近まで、いや今でも、紙に鉛筆で絵を描いてきたじゃないですか。プロの技量を持つ人が、紙に。

 

紙を運用する現場において、成果物は紙で提出されるわけですが、価値を推し量る場面で、「紙の原価」を論点にされたら、たまったもんじゃないですよネ。

 

「いや‥‥、だから、付加価値の分析を」

 

‥‥と言うのだとすれば、その時点でズレているのです。ものつくりのことを全然理解できていません。

 

紙を基準にして、描かれた絵が「紙の付加の価値」だなんて、思っている人、いる???

 

描かれた絵が基準でおおもとであって、紙は単なる「結果物の媒体」みたいなものです。

 

 

コンピュータのデータだって、同じです。

 

今は32GBのSDHCカードが今だと1080円くらいで買えます。だからと言って、その中に収納した何万ファイルもの連番データや、何百ものMOVデータが、数円、数十円の原価だなんて、言い出す時点で無知で馬鹿で阿保です。

 

 

 

これ、笑い話じゃないんですよ。

 

昔ね。ソフトウェアの販売メディアがCD-ROMへと移り変わり始めた時、

 

いまどき、フロッピーで売ってんの? だったら、もっと安くして。

 

‥‥みたいなことを言い出す人が続出したんですヨ。

 

今だとうひゃひゃひゃと笑い飛ばせますし、むしろ、高度なプログラムがフロッピーサイズに収まる=コンパクトになることのほうが賞賛されます。

 

でも、昔はそういう人が居たんですよ。ソフトウェアの価値を、記録メディア自体の価格で計ろうとする人がね。

 

 

アニメ制作現場にもありますよ。似たようなニュアンスのことはネ。

 

デカイ容量の映像ファイルは凄い。レイヤー数の多いのは絵が凝っていて「仕事してまっせ」感がある。素材を何種類も出力すると、どんなに凄いことをしているかをアピールできる。

 

「レイヤーを整理せい!!!」‥‥ただそれだけですけどネ。

 

コンパクトにまとめられたレイヤー構造で、美しく素晴らしい映像を実現したいと私は思っています。でも中々コンパクトにはまとまらず、「見極めが甘い」と精進する日々です。

 

同じく、紙一枚に描かれた線画が、これ‥‥凄いな‥‥とプロ同士の目線で見ても驚嘆することもありましょう。

 

 

絵でも飛行機でも、材料の原価を持ち出したら、お話にならないですよ。

 

 

オスプレイの材料原価が15トン15万だが導入時の価格は200億円。‥‥この論調を持ち出す時点で、明らかに他の思惑がありますよネ。逆にボロが出て、透けてみえちゃったように思います。

 

同じように、紙と鉛筆で描いているのなら、原価が安いから安くして!‥‥みたいなことを言い出す人は、そりゃあもう、原価なんて「方便」であって、絵描きの人間を安く買い叩きたいだけの理由です。

 

好きな絵描きさんがいて、その人が描いた絵の画像ファイルがJPEG形式で1MBだったとしても、それは1円くらいの価値しかないんでしょうかネ?‥‥そんなことはないですよネ。

 

 

 

飛行機が空を飛べるのは、鉄の塊の「付加」価値じゃ無いってば。

 

観る人々を惹き込むキャラの表情が描けるのは、紙と鉛筆の「付加」価値じゃ無いってば。

 

でも、人はたまに、そういうこと=原価云々を言い出すんだよねえ‥‥。

 

やめましょうネ。原価で物事を推し量るのは。

 

 


筆圧と肩こり・リプライズ

タブレットを導入したら肩こりが激しくなった‥‥みたいな文を読むと、何よりもまず確認せずにいられないのは、筆圧設定です。

 

タブレットは、敏感な設定にするのが、体を守る鉄則ですヨ。

 

 

 

「自分は筆圧が強い方だから」なんて言って、タブレットの筆圧まで鈍感にしたら、際限なく力を込めてしまって、あっという間に肩を痛めます。

 

過去の自分の筆圧とは決別する覚悟くらいじゃないと。

 

前にも同じことを書きましたが、こういうことです。下図は再掲。

 

 

ちなみに、Apple Pencilはワコムのペンと違って、全く沈み込みません。なので、力の入れ過ぎに気がつきやすいかも知れません。

 

「描き方が変わるのは嫌だ」というキモチも分からなくもないですが、そもそも、筆記具を変えたのなら、書き味も感触も変わって当然です。

 

鉛筆などは同じメーカーでも、9800とかuni starとかuniとかHi uniとか変わるだけで書き味も描線も変わるわけですから、ペンタブに変わったら、相当な覚悟で描き方を変えないとアカンす。

 

ペンタブに変えたら肩がこるようになったので、病院や整体に行った‥‥なんてことは、ひとりボケツッコミみたいなものです。

 

 

 

私は全く肩は凝りません。若い頃の鉛筆時代は、相当筆圧は強かったですが、ペンタブを使うようになって変わったのです。鉛筆を使っていた頃のほうが、指も痛むし、肩も凝りましたし、首も痛かったです。今はないです。

 

個人差もあるのだとは思いますが、ペンタブのほうが肩はこりませんヨ。いくらでも「筆圧に対する感度を調整できる」のですから。

 

リアルな鉛筆の場合、濃い線を描くには、濃い黒のカーボンの鉛筆銘柄と、紙の繊維に強くカーボンを擦りつける強い筆圧が必要ですが、ペンタブの場合はペンの設定で如何様にでも「軽く濃く」描くことが可能です。

 

例えば、エレキギターを上手く弾くには、運指の指に力を込めてはダメです。軽いタッチで、十分に音は出ます。力強い音を出すことと、抑える左指の力は、全く比例しません。ネックを強く握る必要など全くないです。

 

同じく、iPad Proでもペンタブでも、力強い絵を描きたいのならそのような内容の絵を描けば良いだけで、力強くペンを握ってペンタブを貫かんばかりにペン先を押し付ける必要はないです。

 

私はiPad Proを使い始めた時に、「これで画業の寿命がぐっと伸びた」と思いましたが、それは筆圧を敏感にして描けるがゆえに、体に優しいからです。

 

とにかく、筆圧だけは軽くしておきましょう。ペン設定も、筆圧に対する流量を増やして、僅かなペンの強弱でニュアンスが表現できる「自分の体に優しいプリセット」を作りましょう。

 

自分に合った環境設定とペンのプリセットは、最強の武器と言っても盛り過ぎではないのです。

 

 



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